第86話
目の前の少女の姿を見て、最初に浮かんだ感情は“喜び”だった。
再会出来た事を喜ぶ気持ち……
しかし、それは一瞬……
次の瞬間に訪れたのは“恐怖”
もしかして、俺の今までの全てが筒抜けになっているのでは?
もしかして、俺がしていたあの演技を全て見破られていたのでは?
もし、それがティアに伝われば、俺の計画は破綻する。
ティアがどんな行動に出るか分からない。
復讐の炎という燃料が無くなったティアにもしもの事があれば悔やんでも悔やみきれない。
だが、シエルと言えど感情を読み取る力は無いはず……
演技だとばれている可能性は低いはずだ。
なら、演技を続行するだけ……
しかし、何故彼女が俺を見つけ出す事が出来たのかが不可解だ。
用心に用心を重ねて今日に至っている。
俺自身、何か失敗をした覚えはない。
シエルはどこまで知っている?
「はぁ……何故分かった?」
諦めたような溜息を吐き、直接問いかける。
当然、言葉に冷たさを含ませて、仲間に向かっての態度ではないだろう態度で……
裏切り者の仮面をつける。
手足を拘束された状況では、言葉程度しか抵抗手段はない。
「……ミチのグラスに薬を入れてから投獄まで全て見ていた。そして、あなたの所持品につけていた追跡用の法具を追いかけてきた。」
「…………」
あの日の出来事の一部始終を見られていたのか……
仮面が剥がされそうになる……
しかし、仮面を剥がされる訳にはいかない。
だが、今の自分には打開する為の言葉が見つからなかった。
「……薬はすぐに睡眠薬と分かった。だから何をするつもりかを探る為……いつでも殺せるようにする為にずっと見張っていた。」
「…………」
あの仮面舞踏会の時に既に俺はシエルに見つかっていた訳か……
俺は滑稽だな……
「けど私はまた見てしまった……あなたの別の顔を……別の声を……」
「聞き間違いだろう。」
「……私の耳と鼻はよく利く」
だろうね……
俺の言葉などただの言いがかりなんだから。
頭はフルに回転して打開する為の言葉を編もうとするが焦りも伴ってかこんな言いがかりしか出てこない。
「……それにこれを使えばハッキリする。」
「なんだ……その“短剣”は……」
俺とて、短剣という物は知っている。
だが、今シエルが小さな鞘から抜いた短剣はまるで戦いの為にある物じゃないかのような気がしたのだ。
それは直感でもあり、見た目からの推測でもあった。
その短剣は鞘からしても装飾過度だった。
決して下品な訳ではなく、上品な物な物であるのは確かだが、それを武器として見た場合は別だ。
柄の部分に透明な宝石のような物が埋め込まれている。
しかし、普通なら武器にそんなものをつけたところで、メリットなどなくデメリットばかりだ。
シエルがそんな無駄ものを後生大事に持つような気がしない。
「……これは“ムネーモシュネーの短剣”とても希少な法具……」
「ムネーモシュネー……」
法具……
つまり、何か特殊な力があると言う訳だ……
さらに希少とまで来た……
嫌な予感がする。
俺の背に走る悪寒は次の瞬間に訪れる言葉を予感しての物だったのかもしれない。
「……相手の過去を読み取る事が出来る法具」
「……やめろ、やめてくれ……ッ!」
ダメだ!
それだけはダメだ!
そこだけは触れてはいけない、触れられてはいけないのだ。
そこは最後の砦……
そこに触れられてしまえば容易く俺の仮面は砕け散る。
「……本当のところを言うと、私はあなたを裏切り者とは思っていない。」
「いいや! 俺は裏切り者だ! 全て演技だったんだよ! ティアも姉ちゃんもシエルの事も何とも思ってなんかいないッ! そんな短剣を使うまでもなく分かりきった事実だッ!」
「……なら使ったところで問題はない。それにあなたは囚われの身、私はあなたの生殺与奪権を握っている。あなたに命令権はない。事実は私が決める。」
「ぐ……ッ! 失楽……」
最後の足掻きとばかりに、俺は抵抗しようとする。
しかし、俺の言葉は途中で止まる。
それは驚愕、故にだ。
シエルは俺が抵抗しようとするのも構わず、俺の心臓の位置に向かい“ムネーモシュネーの短剣”の刃を突き立てる。
死んだ……
そう思ったにも関わらず、出血どころか貫かれた痛みすら訪れない。
一体、どう言う事だと絶句してしていると“ムネーモシュネーの短剣”についていた宝石が赤黒い色に変色していく……
「……これで終わり、真実は私の手の中にある。」
「な……ッ!? まさか……」
「……あなたを刺したこの“ムネーモシュネーの短剣”には今あなたの記憶が刻み込まれている。」
砦の門が破られる。
砦を守る兵士たちはいない。
いるのは抵抗することが出来ない砦の主だけ……
「……そして、これを私に刺せば……」
シエルは俺を刺した短剣を躊躇い無く自らの腹部に突き立てる。
表情こそ少し歪んだが、出血はしていない。
恐らく、これでシエルに全てバレてしまうのだろう。
俺は観念したかのように項垂れる。
「……ん!?」
シエルは驚愕の声をあげ、突き立てていた短剣を抜く。
一体、彼女は何を感じ、何を思っているのだろうか?
額を抑え、椅子に倒れるかのように座り込む……
「そんな……」
もう言葉は意味を成さない。
彼女は知ってしまった。
彼女に口外しないで欲しいと言ったところで彼女は俺を心から信頼していない。
姉ちゃんへの報告が優先されるだろう。
となれば、ティアに伝わるのも時間の問題だ。
「くッ……」
悔しさのあまり、顔を伏せる。
嗚呼、自分の弱さに反吐が出る。
道化になる事すら出来ないなんて……
いっそ、この場で死ねば何か変わるかもしれない。
だが、それすらも俺には許されていない。
「あなたは……」
シエルが何かを言おうとしたその時、パリーンとガラスが割れる音が響く。
この部屋はあの拷問部屋とは違い窓がある。
それが突然、割れる。
そして、次の瞬間、眩いばかりの閃光が部屋を包む。
「「――――!?」」
あまりの眩しさに咄嗟に目を閉じる。
シエルも目をかばった事だろう。
その一瞬の間隙の内に、俺の身体は誰かの手によって担がれる。
そして、確かに俺は聞き覚えのない声を聞いた。
「対象を確保――――」
「離脱せよ――――」
自分の身体が風を受け出す、俺を担いだ何者かが走っているのだろう。
しかも、かなりの速さと思われる。
普通の人間が俺を担いで出せる速度とは思えない。
そこで、ようやく目を開く。
「お前は誰だ。離せ……ッ!」
「やめときな、足掻いたところでさっきのあの嬢ちゃんがした拘束は解けないぜ。」
確かに、シエルの拘束は完璧だ。
足掻いたところで、きつくなるだけだろう。
しかし、魔法なら使えるッ!
「あんたが何者かは知らないが……俺は感謝もしないし、謝らないからな……」
「なッ!? 待て!」
「失楽園!」
どうやら、魔力を吸い取る法具がついていたようだが……
今の俺はその程度で屈しない!
許容量を超える魔力を保持しているのだから。
次の瞬間、呼び出したグリフォンに俺ごと体当たりさせる。
「がッ!? くそッ! なんであいつ魔法を使えるッ!?」
俺と男は横から現れたグリフォンの体当たりによって吹き飛ばされる。
男は俺を手放してしまう。
俺も思い切り吹き飛ばされて、受け身を取る事すらできなかった。
しかし、大した怪我はない。
俺の身体はもう、人のものではないのだから……
「どうしたッ!!」
「対象を手放してしまったッ! 援護してくれ! 一筋縄ではいかないぞ!」
4人……
この周囲にいるこの男の仲間の数は恐らく4人だろう。
男と同じ怪しさ満点の黒い外套が何よりの証拠だ。
恐らく、あの酒場でいたやつの仲間……本人もいるだろう……
シエル、つけられたな……
「失楽園……」
「舐めるなよ。ハウンド程度……」
グリフォンは既に帰した。
そして、呼び出したのはハウンド……
しかも、一匹だけだ。
だが、それだけでは終わらない……
「楽園昇華!」
「クソッ……それは予想外だ!」
「……コイツは確かに厄介そうだな。」
「ままならないものね。楽な任務かと思ったんだけど……」
「僕らなら倒せないことはないよ。」
4人の外套共が姿を現す。
周囲はパニック状態だ。
どうやら、周囲は市街地……
そして、逃げまどう人々が口ぐちにこう言う。
「ガルムだ! みんな逃げろ!」
「ガルルゥゥゥゥゥ!!!」
昇華されたハウンドの姿はあの時のガルムの姿と合致する。
その雄たけびは一瞬で人々を恐慌状態に陥らせる。
どれほどに、ガルムが恐れられているか一目瞭然だ。
「ロメリア頼んだ。俺らであれと戦う。」
恐らく、リーダー格と思しき男がロメリアとやらに何かを任せたようだ。
しかし、答える声はない。
となると、俺には探知出来ない相手がいると言う事か……
そして、外套を纏った奴らはガルムと戦闘を始める。
その戦いを見れば分かる。
あの外套達はかなりの猛者達だ。
しかし、ガルムも弱くない。
少々押されてはいるが善戦している。
「俺はその内になんとか……」
「動かないで……」
「その声……ッ!?」
この声は聞き覚えがある。
まさか……
これは全て……
「そう、あなたに助けてもらった私……自己紹介をしましょうか? マカ・マナフのロメリアよ。」
目の前の風景が一部歪む……
そして、その歪みはやがて人の形を持ち始める。
最後には外套を纏った女が現れ、自己紹介をする。
彼女はフードをとり、綺麗な顔を惜しげもなく晒していた。
「ロメリアか……良い名前だ。で、俺をどうする? 脳を弄るか? それとも殺すか? 言っておくが、拷問なら無駄だぞ?」
「私が今回訪れた理由は…………ッ!?」
何かを言おうとするが、それは遮られる。
唐突に現れた大鎌によって……
虚空より突如現れたのはシエルだ。
ロメリアは間一髪それを躱す。
「シエル……」
「……話したい事がある。けど、まずは邪魔者を排除する。」
「そこのあなた……邪魔。」
ロメリアは懐から短剣を抜きだす。
刃は黒塗りされている。
暗殺用の武器だろう。
しかし、彼女にそんなものは必要ないだろう。
「……ミチと似た技。しかも、臭いも音も消えた。」
徐々にロメリアの姿が消えていく。
これでは視認できない。
戦う上でロメリアは絶対的なアドバンテージを得た訳だ。
「……けど、それならそれでやりようはある。」




