第73話
「やはり……本当の事でしたか……」
「そのようです。」
「下がっていいですよ……」
「その……いえ、なんでもありません。失礼しました。」
調査の結果を報告に来た兵士は何かを言おうとして、私を見てその言葉を飲み込んだ。
そして、退出していく……
何を言おうとしていたかの大体の見当はついている。
任せた調査……と言うほどのものじゃない。
「やっぱり、ベルナンド侯爵は死んだのですか……」
何故か……
今私の胸にあるのは……
復讐相手を横取りされた事に対する煮えたぎる怒りではない。
しかし、復讐相手が死んだ事によって空虚になっている訳でもない。
何故か恐怖や寂しさなどの雨のような色に染まっているのだ。
「私には、私の心が見えない……一体、私の心はどこに?」
いや、本当のところは分かっているのだ。
屋敷の者たちは私が復讐の事で悩んでいると思っているのかもしれない。
だが、それは違う。
私の心は、ユウにある。
ユウと一緒に過ごした時間を疎ましく思った事など一度もない。
それどころか、ユウと過ごす時間はまさに、至福の一時だった。
ユウは心の拠り所だった……
私はユウと復讐を天秤に掛けられている事に気付かなかった。
今なら、声高らかにはっきりと言える。
復讐などより、ユウを選ぶべきだったと……
しかし、ユウは私の下を離れた。
戻ってきてくれると言うならば何でもしよう。
私の傍でまた笑ってくれると言うならば、私に明日はいらない。
「一体、どうすれば……」
ユウの気持ちもあの行動の理由も分からない。
それでは同じなのだ……
同じ悲劇は二度と起こしたくない。
ユウを知らねばならない。
そして、一度ユウに会わねばならない。
しかし、手っ取り早くユウを調べるにはどうすればいい?
恐らく、あの夜の行動の理由を知るにはユウ本人、もしくは代行者から訊くかだ……
だが、それは不可能だろう。
ユウと代行者は私を殺したいほどに敵視している。
そして、ユウは今すぐに会う事は出来ない。
誰かに調べさせる……
それは恐らく無意味だろう。
何故なら、一度調べているからだ。
だが、不思議な事に何一つ分からない。
はっきり言ってまともじゃない。
それが意味する事はつまり……
この国ではユウの存在を突き止める事は不可能と言う事だ。
一応、私の名義を使えば、まずこの国の人間なら素性を突きとめる事ができる。
そして、他の同盟国の情報まで手を伸ばしたようなのだが……
結果は皆無……
今更、調べなおしたところで無意味だろう。
現在一番、現実的なのはミチに聞くことだろう。
しかし……
「ミチは……」
彼女は倒れてしまった。
どうやら、あの夜、私もミチも睡眠薬をユウに盛られたようなのだ。
私もユウのものというだけでいつもなら気づくはずの事に気付かなかった。
ユウには心の底から信頼を寄せていたのだから……
そして、あの代行者が私に刃を振り下ろそうとした時に何故か出来ず、叫びをあげて倒れた。
その後からは簡単なものだった。
倒れたユウはそのまま連行されていった。
途中まではあのニア・フォルティナも殺そうとしていたのだが……
突如、殺すのに反対したのだ。
まるで、憑き物が落ちたかの様に……
なんとか、その場で殺す訳にはいかないと言う謎の理由でユウは殺されなかった。
そして、次の日にミチが起きて、今回の騒動の顛末を聞いて倒れたようだ。
その場には私は居なかったが、私の部屋にまでミチのユウの事を呼ぶ悲痛な叫びが聞こえてきた。
果たして、起こしたところで彼女は正気を保っていられるだろうか?
「となると……やはり、ユウに会わねばなりませんか……」
だが、捕まって間もない……
今すぐに面会は無理だろう。
しかし、あまり時間があるわけでもない。
「恐らく、いや、侯爵を殺して、私も襲い、ニア・フォルティナにも抵抗した……どう考えても死刑は免れない。」
私の心はあの時の事を悔やみ、ユウとの別れに恐怖している。
そして、今もユウのいない寂しさは心を狂おしい程に締め付ける。
しかし、何故だか分からない。
何故、私はこれ程までに苦しんでいる?
あれほどまでに悪意と敵意を向けてきていた相手だというのに……
本当ならば……
もし、あれがユウでなければ私はその者に必ず復讐した事でしょう。
しかし、ユウだけは憎む事が出来ない。
それどころか……
今でも、ユウとの今までの時間が忘れられない。
それは何故?
「私には被虐癖でもあったのでしょうか?」
そんな訳はない……
そう断言はできないが、それはないだろう。
現実逃避はやめよう。
「取り敢えずの目標は二つ……ユウを知る事、そして、ユウの救出……」
心は決まっていた。
ユウが死ぬなんて望まない。
私の隣じゃなくても構わない。
まず、生きていてもらわねば和解の機会が訪れる事もないのだから……
これが、私が夜も眠らず、悩みに悩んだ末に導き出した結論だ。
もう、間違えない。
復讐など無意味だった。
今では驚くほど復讐の炎は収まっている。
あんな男一人を殺して全てを失うなんて割に合わない。
ユウに対して私が持っているこの感情の正体は分からない。
だが、私にとってはユウは……
父や母の死を侮辱した国や、地位、金などよりも遥かに重く大切だ。
きっと、母と父もそれを許してくれるはずだ。
「…………ん、うぅ……」
酷い寝ざめだ。
きっと私の顔は酷い事になっているだろう。
枕は涙で濡れている。
今でも少し油断すればまた止めどなく涙が出てくることだろう。
記憶はあの日で止まっている。
そう、あのユウが貴族を殺して捕縛されたという事を聞いたところで……
簡単に理解できた。
このままではユウが危ないと……
今までの胸騒ぎはこれの事かと……
「けど、確か、人が変ったように性格が悪くなって屋敷を襲ったとか聞いたような……」
人が変わったように……?
そのキーワードは私の心を否応なく揺さぶってくる。
まさか……いや、そんなはずは……
ない、と言い切れるか?
否……言い切れない。
自分から殺人といい、突然人が変わるなんて……
認めたくはないが、ユウはティア・シンフィールドの事をそれなりに慕っていた。
それが……屋敷を襲うだろうか?
「一度会わないと……」
そうだ……会えば分かる。
きっと直接会えば、ユウは私に心の内を明かしてくれる。
そうと決まれば、迅速に行動を開始せねば……
ユウに会う為の最低限の身だしなみを整える。
「よし! これで大丈夫!」
鏡に映る自分は充分、ユウに見せられる姿だった。
そのまま、部屋を飛び出す。
屋敷の面々はどこか暗い雰囲気が出ていて話しずらい。
だが、そんな事は瑣末な事だ。
ユウに会えればそれでいい。
「そうだ……団員達のところにも行かないと……」
もしかしたら、心配しているかもしれない。
彼、彼女らは大切な仲間なのだから……
しかし、まずはユウだ。
「なんですって!? 会えない?」
今、私は城門で衛兵と言い争っていた。
私が、囚人のユウと会いたいと言ったら……
「いったぞ。あと一週間の間は絶対に無理だ。それ以降も会えるか分からんがな。 すぐに死刑かでもおかしくない。まぁ、当然だろうがな。」
一週間は会えない!?
ユウがすぐに殺される?
この男は何を言っている?
「もう一度言ってみなさい!! あなたの親族郎党皆殺しよ!」
「はっ! やれるもんなら……」
「やめておけ。その方なら本当に簡単にやれる。」
その時、現れたのはニア・フォルティナ……
もし、彼女が現れず、警告を促さなければ本当にやるつもりだった。
ユウが殺されるのが当然?
そんな事を言うやつを生かしておく理由などない。
「ですが……この者が……」
「ギルドの筆頭傭兵だぞ? それを相手にお前は何が出来る? 何かできると言うのであればこの場で昇格させてやっても構わないぞ?」
「!? 失礼しました!!」
その場で頭を深く下げ、そのままどこかへ消えていく衛兵。
まぁいい。
今、用があるのはユウだ。
あんな衛兵ではない。
「さて、ミチ殿……残念だが、今彼に会わせる訳にはいかない。」
「……どうしても、って訳?」
「あぁ、例え私であっても、貴女であってもだ。」
「そう、それは残念…………本当に、残念。」
私はユウの為ならば戦端を開く事すら厭わない。
もし、会えずに死刑になるかもしれないと聞いた後では……
尚更……
「そう早まらないで欲しい。一週間だけ待ってくれ。衛兵はあんな事を言っていたが、彼は様々な意味でかなりの重要人物だ。そうそうすぐに死刑という訳でもない。心証次第では死刑を回避できる可能性だってある。」
「……そう、分かったわ。今日のところは帰らせてもらうわ。」
今日は引き下がろう。
今は雌伏の時……
刃を研ぎ、来るべきその時に備えるとしよう。
その時が来ない方がいいけれど……
「けど、一つ言っておくわよ。ユウに何かあったら…………何が起こっても知らないから……」
「肝に銘じておこう。」
そう言うニア・フォルティナを背にして私は帰路につく。
ユウに今すぐ会えないと言うならば、いざという時の準備とあの日の出来事を調べるとしよう。
最後に私は、地下牢に囚われているであろうユウに向かい呟く。
「絶対に殺させやしない。待っててユウ。」
この声は届かないだろう。
しかし、それでもいい。
これはユウへのメッセージであるとともに自分への誓いなのだから。
「……分からない。」
彼女は悩む。
人知れず、彼女は彼の行動を知っていた。
それ故に、何がどうなって、どこに彼の真意があるのか分からない。
二律背反する彼の行動……故に、安直な考えで判断を下す事は出来ない……
「しっかり見極めないと……それが、私の役目……」
彼女はまだ動かない……




