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第71話

「ここで死ね、ティア・シンフィールド……」

「いやぁ……!!!」


 反射的に現実を拒む……

 恐怖が体を蝕み、心には罅が入っている。

 この世で一番信じていたユウが裏切った……?


 そんな事は理解したくない!

 一体、私はどこで間違えたのだろうか?

 何かユウに嫌われる事をしたのだろうか?

 最初からユウがそんな事を思っている訳がない……


 少し前までは復讐の事で頭が一杯だった……

 私は復讐とユウが天秤にかけられているのに気付かずに復讐を取っていたのだろう……

 もし、私が復讐を考えず、ユウの事を考えていたら……

 こんな事にはならなかったかもしれない。


 私は…………

 大切なものを……

 嗚呼、失ったと理解した今、やっと分かる。

 失ったものの大きさを……


 顔をあげるとユウの目の色が変わっていた。

 いつものあの綺麗で、見ているだけで自然と魅了されるような目はなく、先ほどから心底、蔑むような緑に輝く目があった。

 そして、口が開かれる。

 だが、あの聞くだけで心躍らせてくれる声はもうない。


「んぅ……まだ慣れないな……けど、これがユウの体……」


 様子がおかしい。

 先ほどまでこちらに吐かれていた心臓が凍えるような声ではない。

 それにこちらを見る目は先ほどより蔑みの色が増している。


「はぁ……ねぇ、あなた達……ユウの為に死んで?」


 その声は明らかにユウのものとは違う。

 その瞬間、理解する。

 今、目の前に居るのはユウの体の中に居る何かだ。

 恐らく、先ほどの一瞬の間に入れ替わったのだろう。


「あなたは……誰です……。」

「ん? どうしよう……まぁ、簡単に言うとユウの代行者だよ。」


 全くもって言っている意味が分からない。

 だが、そんな事は今、どうでもいい。


「……ユウを返して下さい。私はユウに話があります。」

「無理だよ? そんな事許さない。」


 代行者とやらの口調は段々と険を帯びていく……

 代行者などとふざけた相手と戯れる時間など無いのだというのに……

 だが、もしや、許さないと言う事は……


「あなたがユウを操ったのですか?」

「いい加減な事言わないでよ。これは貴女が全ての元凶なんだから。それに貴女がいくら話したいとしてもユウは話したくないの。だから無理。」


 ユウが話したくない?

 そんな……

 いや、耳に入れるな……

 この代行者とやらはユウの体を乗っ取っている事は確かなのだ。


「ユウの体から出て行ってください……そうすれば、話せるでしょう。話し合えば分かりあえるはずです。」

「ふふ……話せば分かりあえる? 冗談はやめてよ? 貴女じゃ無理。貴女はユウの何も知らない。現に、何故こうなったかさえ分かっていない……」

「では、貴女は分かっているのですか!」


 怒りがこみ上げる。

 こんな突然あらわれた相手に何も分かっていないなど言われたくはない!


「分かっているわ……何故、こうなったか……それどころか私は全て知っているわ。彼の悲劇さえ……」

「それは、私もこれから先知って行くはずのものです。」

「違うわ。こうなるまでユウの異常に気付けなかった時点でもう手遅れなのよ。」

「なら、あなたが今ここでそれを話せば……」

「手遅れなの! 貴女はユウを深く傷つけた!! 私はユウの“代行者”……“代弁者”じゃない。貴女が消えれば全て解決するの……後は時間を掛けて私が彼を癒すわ。」


 手遅れ?傷つけた?大切な人を?

 そんなのはあるはずがないのに……

 そんな事は……


「まだ信じないの? 先ほどまでの言葉を思い出しなさい……」

「いや……思い出させないで……」

「あれは紛れもなく……」

「やめて……ッ!」

「ユウの言葉なのよ? ユウは貴女と手を取り合う未来より、剣を交える事を望んだの!」


 糾弾の声は容赦なく心を抉る……

 目が緑に変わったのはあの言葉の後だった。

 つまり、この代行者とやらの干渉が入ったのはその時……

 それまでの言葉はユウのもの……


「さぁ、主の意に従いなさい! 失楽園(パラダイスロスト)


 その言葉はユウの魔法(アーツ)……

 その言葉の後、宙に浮かぶ魔法陣がいくつも顕現する。

 その魔法陣からは魑魅魍魎たちが姿を現す。


「もう一つ言うならね。この魔法(アーツ)で呼び出された子たちはね? ユウに従っているの……体に私が乗り移ってる時点で私の命令を聞く道理なんてないはずなの……という事はつまり、この子たちもユウが貴女との戦いを望んでいると思っているの。」


 身体から力が完全に抜け、膝から崩れ落ちる。

 涙は枯れる事などなく、梅雨に降り注ぐ豪雨の如く地面へと流れ落ちる。

 もう、剣を握る力、魔法(アーツ)を使う気力、戦意……

 その全てはもうない。


「……無駄な時間を使ったわ。早くしないと……」


 その小さく呟かれたその言葉は耳へ届かない。

 ダグラスも全ての魔物は捌き切れない。

 兵士たちも次々と吹きとばされていく……


「…………やはり、か……」

「はぁ、来ちゃったか……」


 先ほどまでは聞こえなかった凛と響くその声……

 その声の主を思い出す……


超越者達の宴(エクシード)序列四位公都ミレティアス騎士団団長ニア・フォルティナ……いや、この場ではこれよりも相応しい肩書を使うべきか? どうだろうか悪魔。」

「煩わしいわ……いつの世もあんた達は私達の邪魔をするのね。だけど、“天使憑き”さん? 今宵はどんな事があっても負けないわよ? 悪魔の意地……見せてあげるわ。」


 天使? 悪魔?

 話について行けない……

 しかし、これは分かる……

 ユウの身体が今、生命の危機にある……

 ニア・フォルティナはユウとは格が違うのだ。

 このままじゃ……


「悪逆の徒よ……滅び去れ! 創武破軍(ベネトナシュブレード)

「さぁ、主の意に従いなさい! 失楽園(パラダイスロスト)


 天に舞う無数の剣の嵐……

 地上に跋扈する魑魅魍魎達……

 見た事がないくらいに溢れかえる魔物達……

 これほどまでに魔物を呼び出すなんて……


「ふん、悪魔の名に相応しく、汚らわしい魔法(アーツ)だな……」

「今の言葉撤回しなさい……」


 その声には抑えきれない怒りを感じる。

 どうやら、代行者とやらの琴線に触れたようだ。

 しかし、我関せずと言った態度でニア・フォルティナは答える。


「ふん、何を撤回する必要がある? 事実、酷く汚らわしい魔法(アーツ)ではないか。」

「許さない……ッ! 悪魔への侮辱ならまだしも……ユウの楽園を侮辱する事は許さない!」


 その時、ユウの身体を纏う煉獄の焔を幻視した。

 彼女にとって楽園というものを侮辱される事は許し難い事なのだろう。

 しかし、悪魔とは? 天使とは一体?


「知らぬな、悪魔に心どころか身体まで売った者の事など……元より、気持ちの悪い魔力だと思っていた。」

「神話の影に住まうもの達よ……また天使が私たちの前に立ちはだかり、主であるユウを侮辱した! 私たちの手でかの天使を宿す者を裁くのよ!」


 その声に呼応する魔物達は咆哮とともに駆けだす。

 それに相対するニア・フォルティナは嵐の如く舞う剣達に命令を下す。


「悪魔狩りの時間だ。」


 無数の剣は魔物達の群れへと容赦なく降り注ぐ。

 しかし、魔物達の猛進は止まらない。

 力尽きた者はその身体を小さな閃光と共に光となるが、その命を剣が幾ら刺さろうと燃やし続ける者はニア・フォルティナの元へとその爪を、牙を突き立てんとする。


「ふん、脆弱な……」


 しかし、ニア・フォルティナは一人でも戦えるのだ。

 自ら持つ剣を虫の息の魔物達を相手に振るい始める。

 それはまるで完成された剣舞のようにこの夜においても輝く……

 しかし、ユウの魔法(アーツ)はそうはいかない。

 彼の魔法(アーツ)には負荷が掛かり、これほどの魔物を呼び出しているとなれば相当なもののはず……


「これだから天使憑きは嫌なの……大人しく逝きなさい。」


 しかし、そんな様子は見えず、余裕すら感じる態度だ。

 飛び交う剣を迎撃する魔物たちもいるがそれも全てを迎撃できる訳ではない。

 いくつかがユウの身体へと迫る。


「ユウの身体を護りなさい。」


 その言葉の次の瞬間、ゴーレムが出現する。

 ゴーレムは剣とユウの身体に立ちはだかり、その身をもって剣を受け止める。

 自らを盾として主へ尽くす。


「ユウは優しいから盾になれと言わなかったのでしょう……けど、あなたの役目はその身をもってユウへ迫る凶刃から守る事よ。」


 数と数の戦いである。

 どちらの兵たちも常に魔法陣とともに生みだされる。

 減っても減っても終わりが見えない、無尽蔵に湧きあがり、命令に決して逆らおうとしない軍隊。

 ましてや魔物たちは細かな命令を受けずとも戦い、主の身の危険が迫れば喜んでその身を投げ出す。


「そこの獣も、女も敵だよ。戦いなさい。」


 こちらにも代行者は攻撃命令を出す。

 しかし、やはりほとんどが無数の剣に掛かりきりで大量の魔物が送られてくる事はない。

 だが、私は……

 ユウに剣を向ける事が出来なかった。

 その魔物たちにも……

 雄叫びをあげ、戦うダグラスに守られる事しかできなかった。


「埒が明かない……」

「団長! ただいま参りました!」


 そこに現れたのは馬に跨る騎士達だった。

 彼らも下馬し、魔物達と戦い始める。

 だが、この程度では均衡が破れる事はないだろう。

 彼らには戦況に劇的な変化をもたらせることが出来る力はない……

 だが……


「どこだ! どこにいる! カンザキ ユウ!!!」


 尋常ならざる怒りの声が響く……

 その声には余裕などは一切見えない。

 こんな声は聞いた事がない……

 だが、これを余裕な口調にすれば思い当たる人物がいた。

 その人物とは……

 超越者達の宴(エクシード)序列三位エドワード・ベルナンド……


 終わりの時は刻一刻と迫っている。


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