第70話
「ふ、ふははははは!! 狂っている!!」
「そんな事は言われるまでなく分かっている。」
「ククッ、分かっているか、それは尚の事性質が悪い!」
突然笑い声をあげるオウエン。
それほどまでに愉快なものだろうか?
「まぁいい。そろそろ時間だ。」
「ククッ、面白い冥土への士産が出来た。さぁ、その狂刃を振りかざせ。」
潔し……
初めて会う人種だった。
そうして俺は神葬霊剣へ力を込め、振り上げる。
「あんたも相当、狂ってるよ。」
「ふん、お前と一緒にするな」
その言葉が発せられた次の瞬間。
神葬霊剣は肉を裂き、骨ごと断つ。
狂気のもと、振りかざされた一撃はオウエン。ベルナンドの首を斬りおとした。
狂気に濁り光を反射しない瞳はその物言わぬ屍を見下ろす。
「もし、地獄というもの存在すると言うのならば……」
その時、扉をあけて入ろうとする兵士が現れる。
しかし、鍵を掛けている為、体当たりをして無理やり開けようとしている。
だが、俺は物言わぬ屍とかしたオウエンに最後の言葉を続ける。
「そこでまた会う事もあるだろう。だが、それは……」
―――バァァァン!!―――
扉が軋む音が響いていたのが砕け散る音へと変わる。
兵士はこちらと屍を見て状況を理解する。
すぐさま、剣先がこちらへと向けられる。
しかし、ここでくたばる訳にはいかない。
「……今じゃない。そして、あんた達にでもない。」
俺の運命は決まった。
俺を殺していいのは……俺が殺されてもいいのは……
ティア・シンフィールドの手によってのみだ。
だが、今はまだその時ではないし、相手も違う……
「失楽園―――ゴエティアの悪魔」
紋章を隠す為にずっとしていた黒塗りされたグローブを外し言葉を紡ぐ。
眼前に現れた魔法陣の紫の光は部屋を覆い尽くす程の輝きを放ち始める。
こんなにも仰々しい事になるのも当然と言えば当然だろう……
悪魔をその身に宿して尚、悪魔を招来させようとしているのだから……
その悪魔の名はアンドレアルフス……
「ぐッ!? なんだこの騒音と光は!?」
「うあぁぁぁ!!」
「何なんだよ!!!」
瞬時に俺は契約書と証拠である録音の法具を手に窓を割って身を乗り出しその場を去る。
執務室では騒音が響き、孔雀の姿をした悪魔がその身を顕現していく……
異常……俺はベルナンドの家族に害をもたらす事は出来ない。
それ故にその者達は助かるだろう。
だが、それ以外の者はその音により恐慌状態に陥る。
そして、音は無差別に破壊をもたらす……
屋敷は震えだし徐々にその身に罅を刻み始め……
轟音とともに崩れ始める……
「悪魔の名に相応しいな……顕現させるだけでこれとは……」
既にアンドレアルフスは帰してある。
流石は悪魔というべきか負荷はとてもキツイ。
顕現の途中だから窓から飛び降りることもできたが……
これでもアンドレアルフスは負荷が軽い方なのだから驚きだ。
「さぁ、行こうか……まだ、一番の戦いがあるのだから……」
まだ、この程度は序の口。
今からが本当の戦い。
ここから先は地獄の一丁目
そして分水嶺は越えた、引き返す事は出来ない。
俺は倒壊した屋敷に背を向け、狼を呼び出してそれに跨る。
そして、まだ呼び出す……
「飛鳥、出番だ。頼むよ。」
(……分かりました。)
「ん? どうかした?」
どこか歯切れの悪い返事だ……
もしかすると……
(私は……疑問を抱きます。本当にこのままあなたをこの先へ導く事が正しいのかと……)
「ガルゥゥゥ!」
やはり、ステラと似た感情を抱いているのかもしれない……
そして、その飛鳥の言葉に憤るかのように吠える狼。
どうやら、狼の方は俺に賛同してくれているようだ。
「ゴメンね、これだけは曲げない。もう分水嶺は越えたんだ。けど強要する気はない。嫌なら今回は……」
(……いえ、差し出がましい事を申しました。もし間違えた道だとするならば、尚の事。私が必要になるはずでしょう……あなたが、この道と決めたならば……私はどこまでも御供します。)
嗚呼、なんと恵まれているのだろうか。
卑小なこの身がこれほどに疎ましく感じた事はない。
まだ、俺は呼び出す。
これから先は仲間が必要になる。
魔法陣が宙に浮かんでは誰かが顕現していく……
鎌イタチ、ヤクシャ、オーガ、エイプ、ハウンド……
寄る辺なき魔のもの達が集い人気のない夜道を疾走する。
(百鬼夜行ですね。)
「あぁ、心強いよ。」
出来るだけ目立たねばならないのだ。
これだけの行軍ならば、充分だろう。
(どうやら、御客さまが来たようです。)
「……かなりの数だろう。だが、確実にこっちに向かっているのは突出している一人だろ?」
(ご明察です。恐らくは……)
「公都ミレティアス騎士団団長ニア・フォルティナ」
彼女で間違いないだろう。
何か、確証がある訳ではないが……
この感覚は……
「そうなんじゃない? ステラ?」
(ユウの言ってるとおりだと思うよ。この背筋が凍るようなこの感覚は天使の気配で間違いない。)
ステラが言うのだ。
充分な確証も得られた。
だが、やる事は変わらない。
「飛鳥、今のペースだと遭遇はいつになる?」
(後、数分といった辺りでしょう。)
「まぁいいか……目的地にもうついたのだから。」
目的地……
それは俺も良く知っている場所で……
「ん? ユウじゃないかもう用事はすんだのか?」
確かに今日聞いた門番の声……
そう、目的地はここ……
ティア・シンフィールドの屋敷だ。
「おーい、お前ら……って、おいユウ……その後ろのはなんだ?」
現れたのはダグラス。
屋敷の方から出てきたダグラスは険しい顔つきになる。
闇夜に佇む赤い瞳たちに気づいたのだろう。
「何を言ってるんですかダグラスさん……っておいおいユウ、悪い冗談はよせよ。」
あぁ、門番も気づいたのだろう。
彼はもう一人の門番を奥にやる。
仲間を呼んだのだろう。
それが意味する事は……
「分かってるんだろ? 冗談なんかじゃないって。」
そう言って俺は手に握る神葬霊剣を構える。
ダグラスも武器を構え、他の兵士たちも武器を取る。
あぁ……これほどに心が痛むとは……
彼らの向ける剣先は既に心へと突き刺さっていた。
「分かっているんだな? その刃を向けると言う行為の意味を」
心を殺せ……そう自分に命じる。
生きているからこれ程までに痛むのだ。
しかし、心は脈動を止めない。
だが、体は動き続ける……
「ああ、ウンザリなんだよ。目標を達した今となっては、もう付き合う理由もない。」
自分ですら驚くほどに声は冷酷となる。
さぁ、演じろ……お前は裏切り者だ。
今まで受けた恩を仇をもって返すのだ。
「俺の不手際だ。お前がそんな男だとは思わなかった。見抜けなかった俺の……」
「おい、待ってくれダグラスさん。相手はユウだぞ?」
「俺だって話し合いたいが……ユウを生け捕りにできるほどに俺は強くない。それにこれが知れれば一番傷つくのはお嬢だ。だから……ユウはここを“去っていったんだ”。“裏切りなどなかった”……それが最善の結末だ。」
つまり、俺をこの場で殺して裏切りをなかった事にすると……
ダグラスは正しい。
だが、しっかりと俺は俺の役目を果たさねばならない。
今日は、最悪の結末でなければならないのだから……
「殺せるとでも?」
「殺すんだよ。それがお嬢の為だ。」
戦いの火蓋は切って落とされた。
ダグラスはすぐに距離を詰めてくる。
だが、その大剣の一撃は双剣に変化した神葬霊剣により受け流す。
そして、後ろのオーガがダグラスへ殴りかかる。
「ぐッ……!」
剣の腹でその一撃を受け止めるダグラスだったがオーガの一撃は常人にはあまりにも重く受け止めれるようなものではない。
後ろに軽く吹き飛ばされる。
残りの兵士達にもヤクシャやエイプ、ハウンドなどが襲いかかる。
「暴荒獣化!!」
ダグラスの魔法……
やはり獣化できるタイプだったか……
ダグラスの姿が光とともに赤いオーラを放つライオンの様な形をとる。
「ゴガオォォォォ!!!」
獣の雄叫び……
その巨躯の一撃はオーガの一撃を凌ぐほど……
次々とこちらの仲間達は薙ぎ倒される。
しかし、ダグラスは一つ失敗を犯したのだ。
「ダグラス、今行きます。」
「ガァッ!?」
そう音を出し過ぎた……
それに、ティアを呼ぶなという指示を出さなかった。
それ故に、ティアは現れてしまった。
「一体、敵は……」
その刹那……
俺とティアの視線が交錯する。
この様子を見れば分かるだろう。
もう取り返しはつかない、言い訳はできない。
「ユウ……? 一体、何を?」
「見れば分かるだろう。もう、仲間ごっこは終わりだ。」
「何を言っているのですかユウ? 私には理解できません……」
嫌、違う……
分からないのではないだろう……
理解しようとしない。
ならば、直接言おう。
「分からないなら、しっかり言ってやろう。ティア、あんたに永遠の別れを告げに来た。」
「やめてください。冗談にしては性質が悪いです。今なら許しますから本当の事を……」
「分からないやつだな……前々からバカだとは思ってたが言葉を理解する事もできないのか?」
「ガアアァァァァ!!!」
ダグラスの堪忍袋の緒が切れ、こちらに来ようとするがオーガたちが行く手を阻む。
もう、止めたい……
しかし、それは許されない。
さぁ、口を開け……
「ずっとめんどくさかったんだよ演技って、思いだすだけで反吐が出る。これでやっと清々する。」
「……ユ、ウ…………?」
止めろ、もう見たくない!
ティアの顔には涙が溢れていた。
俺が言葉を紡ぐたびにティアの涙がポタポタと零れ落ちていく……
「大体、いろんな事に連れまわされてウンザリしてたんだよ。」
口角をつりあげて嘲笑え、罵詈雑言で消えないトラウマを刻み込め。
未練を断ち切り、感情を殺し、修羅を灯せ……
さぁ、ティアを裏切れ!
「ここで死ね、ティア・シンフィールド……」
「いやぁ……!!!」
その言葉を最後に俺の意識は深い闇に沈んでゆく……
最後に見えたのは泣き叫ぶティアの姿
そして、意識が消える寸前で声が聞こえた。
(もういいの。後は私が代わってあげるから……今はおやすみ。)




