第69話
(ねぇ、本当にやるの?)
「ゴメン。だけど、止めるつもりはないよ。」
真っ暗な夜道を一人歩く……
傍から見れば一人事にしか見えないがユウには話相手がしっかりといた。
話相手であるステラは今回の事に乗り気ではないようだ。
いや、乗り気な方がおかしいのだ。
しかし、これを止めるのは許されないのだ。
(私はユウの感情が大体分かるわ。だから、ユウの決意も分かるの……けどね? 私はユウの止めたいと言う気持ちも分かってしまうの……)
「…………」
間違ってはいない。
本当はまだ、柊の悠が残っているのだ。
その柊の悠はあのぬるま湯に浸っていたいと望むのだ。
無理と分かっているのに……
(私はね? ユウの味方ではあるけど……逆に言うなら、それ以外のなんでもないんだよ? 残酷かもしれないけれど、ユウ以外の誰が死のうと、拷問されようと、強姦されようと……はっきり言ってどうでもいいんだ。ユウが幸せでユウと一緒に居れたらそれでいいと思ってる。)
それほどに思ってくれているのはとても嬉しい。
少し極端すぎるとは思うが……
俺だって似たようなものなのだ。
大切なものを守るためであればありとあらゆるものがどうなろうと構わないと考える時がある。
例え、それが自分であろうと……
「ゴメンな。やっぱり俺はこの道を行くよ。」
(……分かった。けど、危なくなったら頼ってね。)
「それは遠慮なく頼らせてもらうよ。」
そんな話をしていると、もう少しで目的地へと到着しそうだ。
この場所を探すのはそう難しい事ではなかった。
なんたってその場所の主は侯爵で、最近は勇者を排出し、知らない方がおかしいのだから……
「ベルナンド侯爵家……」
到着だ……
やる事は決まっている。
後はその通りに体を動かすだけでいい。
「むっ!? 貴様こんな時間に何の用だ! ここはベルナンド侯爵の屋敷であるぞ!」
門番と思われる2人ががこちらを見つけ、不審に思ったか手に持つ槍の穂先をこちらに向ける。
当然だろう。
こんな時間帯に供も連れていない男が現れたのだ。
不審者でしかないだろう。
(失楽園)
「なッ!?」
「なんだとッ!? 貴様! ここは……」
「知ってるよ。ベルナンド侯爵の家なんだろ? もう聞いた。」
派手に燃やせばいい煉獄魔人……
炎と言うのは否応なく目立つものだ。
きっとこれで、少しすれば憲兵か何かが現れるだろう。
煉獄魔人は門番の2人組に容赦なく炎を放つ。
その炎は徐々に燃え移って行く……
「おい! 門が爆発したぞッ!!」
「すぐに兵を集めろぉ!!」
「じゃあ、裏から入らせてもらうか……」
すぐにここには人が集まるだろう。
ならば、裏から壁でも突き破ってすぐに目的を達成させてもらうとしよう。
(失楽園)
煉獄魔人には帰ってもらい、大きなハウンドを呼び出してそれに跨る。
迅速にここから離れるのにはうってつけだ。
道すらも無視して壁に屋根にと縦横無尽に駆ける。
無駄に広い屋敷の裏側に回るのもそう難しい話ではなかった。
(失楽園)
ハウンドを帰し、今度に呼び出したのはティアとの戦いで露払いを任せたキングエイプだ。
呼び出した理由は簡単、この侵入者を許さない厚く高い壁を打ち砕く為だ。
少し後ろに下がりちょっとした助走を経て放たれる一撃……
―――ドォォォォォン!!!―――
凄まじい破壊音を響き渡らせて壁は粉々にされ吹き飛ばされる。
既に、前もってベルナンド侯爵の執務室と寝室はチェック済みだ。
そして、今の時間なら恐らく執務室……
(失楽園―――憑依)
キングエイプも帰す、そして神葬霊剣……
ここからは俺の手でやらねば……
その決意を胸に屋敷へと駆けだす。
「ん? 貴様誰だ!?」
わざわざ言葉を返す理由はない。
こちらに気づき驚く兵士の懐へと素早く潜り込み、軽装の男の首元へと逆手に持ったナイフを滑り込ませる。
屋内での戦いに槍は無用の長物だ。
狭い廊下での戦闘、剣でさえ慣れていなければ扱いにくいだろう。
「ぐぇ……」
飛び散る鮮血……
しかし、その程度であれば今の俺を足を止めさせる理由たりえない。
心は動じない。
体もそれに倣い淡々と行動してゆく……
ほとんどが外に出ているのか人はほとんど居ない。
だが……
「ここはやはり手薄ではないか……」
ただでさえ綿密な調査によって一番、人の少ない道を来た。
しかし、執務室の前は避けて通れない。
そして、その場所には騎士2人が立っているのが窺える。
だが、それはすなわち守るべき対象が中に居ると言う事。
「だが、いくしかないか……」
神葬霊剣ならば普通の鎧くらい貫けるだろう……
自然と神葬霊剣を握る手に力が入る。
一人は確実に殺さねば面倒な事になる。
「はッ!」
鋭い呼吸で近い方の騎士に短槍で突きを繰り出す。
短槍とは言えど、槍……この場では扱いにくい事にかわりはない。
しかし、それもすぐに形を変えればその扱いにくさは関係が無くなる。
「むッ!? ぐはッ!?」
「くそッ! 貴様!!」
全力の一突きは容易く胸元のプレートを貫き臓器を抉る。
まず、これならば戦えはしないだろう。
そして、じきに死ぬのは目に見えている。
貫通した槍を瞬時にナイフを経由して抜き、シミターに変わる。
「くッ! 訳のわからない剣を……」
シミターと騎士の剣が剣戟を響かせる。
二三、刃を交わせば相手は力押しで勝とうとしてくる。
シミターでは自分の剣は受けきれないと読んだのだろう。
しかし、それは作られた隙だったというのに……
「なッ!?」
交わすごとに力任せになっていく一撃……
その一撃を双剣へと姿を変えた神葬霊剣
双剣は二刀流などと違い、どちらの剣も短い故に、このような場所でも遺憾なく力を発揮してくれた。
完全に受け流されてしまい隙だらけの騎士。
もう、俺がこの男の命運を握っていると言っても過言ではないだろう。
双剣は細身のレイピアへと姿を変える。
「ぐぇ……」
相手は全身鎧ではない。
晒されている首にレイピアの刺突がはいる……
本来、レイピアは細く、相手の攻撃を受け流す、もしくは弾くのに向いていない為、単体では扱いにくい。
その為、マンゴーシュと呼ばれる武器を併用して戦うスタイルなどがあったようだ。
それを、この神葬霊剣の力を使い再現したのだ。
まぁ、併用ではなくて瞬時に変えたのだが……
「血に何も感じないとは言え、気持ち悪いな……」
体には既に沢山の血が付着している。
当然、顔にも飛び散るので気持ち悪いのだ。
手で拭うが血と言うのはドロドロして不快感が拭えない。
「まぁいい……」
もう血については諦め、神葬霊剣を片手剣へと変えて、扉へと手を伸ばす。
その先には執務机に座る男の姿があった。
間違いない、今、目の前に座る男は……
「オウエン・ベルナンド侯爵だな?」
「いかにも、オウエン・ベルナンドだ。」
オウエン・ベルナンドは動じない。
一切、取り乱す事はない。
堂々としており、まさに貴族の風格が漂っている。
「お前がシンフィールド家元家主に罪を着せたのは事実か?」
「それを聞いてどうする?」
「どうにもしない。答えがいかなものであろうと結末は同じ……お前の番が廻ってきたという事だ。」
もし、ティアの話が事実であろうと嘘であろうと……
あの、オウエン・ベルナンドに対する復讐心で生きている事は絶対的な事実だ。
そうである以上、結末は変わらない。
「答えない。貴様の自己満足に付き合うつもりはない。だが一つ頼みを聞いてくれるというのであれば答えた上で国が認めざるおえない程の証拠だって用意しよう。」
どこまでも傲慢な物言いだ。
まるで今、生殺与奪権を握られていると言う事実を分かっていないかのようだ。
しかし、その姿はあっぱれとも思った。
「聞くだけ聞こう。」
「家族だけには手を出すな。」
「無理だな。」
その頼みを即答する。
何も嫌がらせという訳ではない。
簡単な理由だ。
「俺があんたの家族と敵対する事は確かだ。降りかかる火の粉は払わねばならない。」
「…………」
「だが、今日だけでエドワード・ベルナンドは例外とするならばいいだろう。」
俺が恨まれる事は理解している、
それなら、その火の粉は払わなければいけない。
もし、俺がベルナンド家に殺されれば、作戦は大失敗だ。
だが、今日限定でエドワード・ベルナンドという危険な相手を例外とするならば構わない。
「分かった。それで構わない。しかし、契約書に誓ってもらうぞ。」
「念の為言っておくが、妙な考えは起こすなよ? おかしな事が書かれていれば即座に話は白紙、弁明の余地はない。出来る限り残酷な方法でお前の家族を拷問して証拠を引き出した上で殺す。それを頭においておけ。」
「ふん、精々よく見る事だな。」
一体、どちらが優位に立っているのか分からなくなるぐらいの威張り具合だ……
スラスラと契約書に書き込んでいくオウエン・ベルナンド。
記入はすぐに終わりこちらに契約書を渡してくる。
内容は……
「……いいだろう。」
特に記入されていることにおかしな点は見当たらない。
本当にこの男は足掻くつもりはないようだ。
ナイフで少し指を薄く切り血印をつける。
これで同意した事になるはずだ。
「さぁ、さっきの答えだが、お前の言っていた通りだ。俺があのルーカス・シンフィールドとセレス・シンフィールドに無実の罪を着せた。」
「その言葉に嘘偽りはないな?」
「先ほど契約書に俺が嘘をつけない事は書いたはずだぞ。」
「このやり取りを録音しているのだろう? それに証拠能力を与えると書いてあったぞ。それに俺も協力してやっているんじゃないか。」
オウエンの手には少し見覚えのある法具があった。
街の法具販売店で少しだけ見た事がある。
録音用の法具だ。
これによる証拠能力は高い。
「ふん、この辺りで録音はいいか?」
「もう一つ、聞きたい。何故、お前は彼らに無実の罪を着せた?」
これも特に聞かないといけない理由はない。
しかし、これから死ぬ者の意思を知っておきたいと思った。
「死者は朽ちゆくのみ……しかし、生者は生者である限り、行進を止めてはいけない。行進の為に死者を利用する事のどこがおかしい?」
これがこの男の矜持か……
人としては褒められたものではないだろうが、貴族として曲がりなりにもしっかりとした芯を持っているわけか……
だが、そのような考えを持っているのであれば少なからず顰蹙を買う。
この男は分かっていたのかもしれない。
それを理由に自分は死ぬと……
理解していたこの男はそれ故に最後の一瞬までその芯を通すのだろう。
「最後にこちらとしても聞きたい事がある。」
「まぁいい。なんだ?」
「何故、お前は俺を殺しに来た? 俺はティア。シンフィールドからすれば敵だが、お前は関係ない。ティア・シンフィールドも復讐の代行なんて事は望むはずがない。」
最後に聞きたい事があると言うから聞けばそんな事か……
確かに、そうだろう。
復讐の代行なんてなんの意味もない。
誰も満たされないのだから……
「だから、シンフィールド家の者も出張ってはこない。だが、ティアがお前を殺せばティアの身が危ない……」
「あぁ、そうだ。お前も馬鹿ではないだろう。ならば、どんな考えで俺を殺しに来た?」
嗚呼、そうだ。
ずっとこれで皆……俺も悩んだ。
しかし、答えは簡単だった。
「簡単だった。復讐の相手がお前だから都合が悪い。だから復讐の対象をすり替える。」
「貴様…………」
「お前が死者を身代わりにするように、俺はこの自分自身を身代わりにする。」




