第5話
私の名前はティア・シンフィールド
元は侯爵家だったがそれは前の話、今では子爵家にまで落とされ土地もほとんどが剥奪された。
いまではこの村と近くの町にある家だけだ。
私軍の縮小も命じられ活躍してかつての地位に返り咲く可能性も消えた。
今の子爵位だって安泰ではない
恐らく敗戦の責を全て押し付けた貴族達はシンフィールド家を完全に潰そうとするだろう。
特に恨みを買ったわけではない
ただ戦死者の中から選ばれてしまっただけ
しかしその家がもしも後に名誉挽回などすれば自分の身が危うい…
そうなればシンフィールド家を完全に潰そうとしてくるだろう。
しかしこちらとて大人しく潰されるつもりはない
このままでは国の為に戦って死んだ父と母が報われない
それに今シンフィールド家が潰れれば家臣達に見せる顔がない
しかし何かできる事があるとすればそれこそ何か大きな功績を残す位しかない…
あてがあるわけではないが動かなければ何もできない。
取り敢えずは相手がどう動くかを探る為にダグラス達を動かしたが
どうも落ち着かないのを見た家臣達の提案で気分転換に狩りに向かうことにした。
そこで私は彼と出会った…
彼は河辺で倒れていた。
当然放っておける訳もなく彼を連れて屋敷に戻る事にした。
彼は凄い事に所々に怪我を負ってはいたものの重症ではないし、風邪すら引いていない…
どうして怪我をしているのか…どうして倒れていたのか…
気になる所ではあるが本人が起きてから聞けばいいだろう
彼の部屋に向かうとどうやら既に目を覚ましていたようだ戸惑う声が聞こえた。
真っ直ぐな黒い瞳に同じ黒い髪をした少年はお伽噺話を連想させた。
お伽噺話の主人公はよく黒い瞳と黒い髪をしていた。その物語の殆どは事実の可能性が低いのでお伽噺話となっているがその全てを見れば納得だった。
その殆どはまずあり得ない程の奇跡を起こしているのだ。
死んでいるはずの人間の蘇生
複数の魔法の使用
一夜にして一国を滅ぼす
だとか、まず魔法をもってしてもまず不可能だとおぼしき事を書いているのだ。
まぁ事実だった所でこのまだ幼さを感じさせる顔をした少年に何か出来るとは思わないが…
しかし……
きっとどうにかしているのだろう私は…
彼が希望に見えた…
彼にすがりたいと思ってしまった。
もし言い訳させてもらえるならタイミングが悪かった…
こんなタイミングでこんなお伽噺話に出てくるような姿をした彼が出てきたのだ。
しかしそれはしてはならない。
彼には関係のない話だ。そして私が進むのは恐らく簡単な道ではない。
そんな道に彼を引き入れていい訳がない
しかし…
「私のもとに来てみませんか」
気付いたら私は彼を勧誘していた…
あぁ私は彼が厳しい状況下にあるのを知って勧誘したのだ。
私は彼の弱味につけこんだのだ。
きっと許されない…死んだ父と母が聞けば私を恥だと罵るだろう…
だけど今だけは彼にすがりたい
いつかこの恩は返す
私は決意した。
死んだ父と母の名誉の為に…
こんな私を信じてくれている家臣の為に…
そしてこの少年に恩を返す為に…
私はどんな手段を使ってでもこの苦境を乗り越える
取り敢えずはこの少年には私の近くでいて欲しい
しかし私の近くでいてもらうにはそれなりの力がいるのだ。
一応、私は子爵でその近くにいるには何かのしっかりした理由がいるのだ。
そこでまず彼についてよく知ることから始める事にした…
しかし彼は何も知らなかった。
魔物という常識すらも知らない様子
どうやら彼は見た目だけでなく中身までも浮世離れしていたようだ…
しかもこれといった特技は無いように見える
このままではいつも身近に居てもらう事は難しそうだ。
そうこのままでは
つまり今から強くなってもらう
彼の潜在的な力も全て引き出しそれに見あった色々な武術の手解きを受けてもらう
そうすれば彼はきっと成長する…
ならば「善は急げである。」丁度ダグラス達も頃合いだろうし戻って来てもらおう
しかし彼はまだ悩んでいる様子…
この状況では断られる事はないと思ったのだが
どうやら何か訳があるのだろうか?
そんな事を考えているとその答えは本人の口から出てきた。
「俺、姉ちゃんに女の家に外泊してはいけないと言われてるんだけど…」
なんと思わぬ伏兵(過保護な姉)がいたようだ…
恐らく弟の女性関係を気にして言った言葉なのだろう…
しかし私は彼とそういう関係になるつもりはないのだ…
それにこれは保護と言えなくもない…
そうだこれは保護なのだ…だから彼の姉には喜ばれこそすれど恨まれるはずなどない
どうにか説得できたもののまだ何か腑に落ちないようだ…
恐らく私が厳しい状況で好条件を出しすぎたので不思議…といったところでしょうか…
まぁここで本当のことを言うのもはばかられるのでぼかしておきますか
これで無理ならまた別の手段をつかいますか…
まぁここで手を握ってくれるのが一番なのですが
しかし別の手段は使う必要はなかったようだ。
しかも勘と言った事を信じているようだ…
それを聞くと思わず笑みがこぼれてしまう。
これはもっと疑うということを覚えないとダメですね
いやこれからは私が守るとしますか
これも償う立場としては当然ですよね…
しかしここでまた先の思いやられる発言が飛び出す
「ア、魔法とは?」
魔法を知らない!?
確かに紋章をが無かったですがそれはなにかしらの事情があったのかと思っていたら
まさか魔法も知らないとは…
ダメだ落ち着かないと
にしてもこれはもしかしたらなにか魔法が使えるのでは?
しかしこれはあまり期待せず「使えたらいいな」ぐらいの気持ちでいたほうがよさそうだ
魔法を使えるのは血筋が関係するのでは?という説があるくらい平民の魔法を使える人材は少ないのだ。
彼なら…と思わないわけではない
しかし魔法を知らない彼にはこの儀式は抵抗が当然あるだろう…
そう思ったので後日でも良かったし本当に嫌ならやらなくても良かったのだが
「魔法ってなんかカッコイイじゃないですか!」
とあまりにも元気に言うので驚いてしまった。
正直、そこまでカッコイイと思わないのだが一部の人にはそういう時期があり
大人になってこの事を思い出し恥ずかしがるらしい
まぁあまりつっこまない方がいいそうなので忘れることにしよう。
しかし本人が望んでいるのなら躊躇う必要はない
「善は急げ」だ。あの気に食わない神父に会うのもこれが理由ならまだ我慢できる
教会につけば案の定あの神父がいる
気持ち悪い笑みを浮かべこちらを見ている
この様子だといつも通りこっちが来る事…そして来た理由さえも知っているのだろう…
嗚呼、気に食わない…
コイツは恐らく全部知っている。いつも知っていた。
父と母の死んだ時もそうだった。
先にコイツは知っていたんだ。
葬式の時の準備が早すぎたのだ…
葬式を頼む時にはすでに準備が全て整っていた。
それだけじゃなかった私がコイツに遭う際には絶対理由をしっていた。
そしてそれを隠そうとはせず聞いたら誤魔化すのだ。
私はコイツが憎い…
コイツは警告しなかったのだ。
知っているのに動こうとしなかったのだ…
コイツが警告していれば父と母は助かったのかも知れないのだ。
しかしコイツは聖十字教会所属の神父だ。
手を出せば好機とばかりに潰されるだろう…
しかしコイツの秘密はいつか暴いてやる…
そんな事を思い浮かべていると儀式が始まる…
輝いていたところを見るとそこには青い紋章があるはずだった…
しかし紋章はアメジストの様に透き通った紫の輝きを放っていた。
見る人全てを魅了してしまいそうな紫色の紋章は星と月を象っている。
どういうことだろうか?
男なら青、女なら赤の紋章があるはず紫などの例外は聞いたことが無い…
しかしコイツはまた知っているのだろう…
そう思ったがコイツでさえ知らなかったようだ。
演技の可能性もある…
しかしコイツはそんなまどろっこしい真似はしなかった
儀式が終わると案の定コイツは魔法を使わせようとしてきた。
しかしそんなことさせてたまるか…
当分、教会とは関わらないようにしなければ
これは本当に彼が私達を救ってくれるのではないかというのが現実になるかもしれない
そんな期待のせいなのかその夜はなかなか眠れなかった…
少し夜風に当たってこの興奮を冷まそうと思い外に出るとそこには彼がいた。
何故、こんな時間に彼が外に出ているのか気になったので声を掛けようとした。その時、彼の近く何かがいたのだ、それは魔物の中でも数が多いだけが取り柄のゴブリン…
ゴブリンとは言えど戦闘経験なんて全くなさそうな彼にゴブリンと戦って勝てるはずがない…
これは力や武器が無いという不利から推測するのではない
初めて迫る死の恐怖に体が動かなくなるのだ
なので私の軍ではまずこの死の恐怖と一度向き合ったら正式に配属が決定する。
実際に彼はゴブリンを前にして敵対できていない
それどころか逃げてさえいない
私が……
私が助けないと…
「ユウ!逃げて!!」
気付けば私は冷静さをかなぐり捨て彼を助けようと動いていた。
彼の名前を初めて口にしたのさえ自分で気付かずに大きいで逃げろと叫んでいた。
けれど彼はこちらを振り向く事はできたものの逃げれていない
私はいざというときの為に腰に差した剣を片手に彼の元へと駆けた
しかしこれじゃ間に合わないかもしれない
だから私は消費が激しくなかなか使わない魔法に頼った…
あと少し…あと少しでゴブリンに刃が届く…
そこでゴブリンが消えた…分かったのは彼が何か言ったのとゴブリンがもうここには居ないと言うことだけだ…
取り敢えず事情を知ってそうな彼に聞くことにしよう
どうやら襲われていたのではなく
彼の魔物を召喚するという魔法を試していただけのようだ。
しかし召喚系統となると実用段階に達している者は少ない…
しかも見る限り既に実用段階に至っているようだ。
召喚系統というのは実用段階に移っている者はとても少ないのだ。
例えば、何を召喚出来るのかを決める事が出来ないや召喚出来るはいいが戦いに生かすことができないものしか召喚できない。召喚したものが自分の指示に従わない…
最初の欠点と最後の欠点が合わさった物だった場合は目も当てられない…
このような役に立たない場合が何故か多いのだ。
しかしこのような欠点が無い場合はかなり役に立つのだ。
単純に戦力の増加以外にも情報の伝達に偵察と多岐に渡る使い方がある。
しかしそんな優秀な魔法を持っている彼を私は自分勝手な理由で引き留めていいのだろうか?
この魔法がなければWinWinの関係だった…
しかしこの魔法があれば彼はもっといい環境で過ごせるかもしれない
ここに来て私は迷ってしまう…
どんな手をつかってでもと思った
彼に縋ろうとした
しかしここで私の偽善の心が彼を自由にしろと
彼の精神的負担を掛けてはいけないと
そうだ今なら間に合う…
それを伝えようとした、その時
「関係ないね」
分からない……
何故言おうとしたことが分かったのか?
そして何故、それでも関係ないと言い切れるのだろうか?
これから先、彼には富も名誉も手にいれる事が出来かもしれない
それなのに私の元に居ようとする…
理由が分からない…
魔法がどれだけ優秀なのかも説明したのに
何故、彼は私の元にいてくれるの?
その答えはあの時得られなかった…
彼は続ける…
「それよりティアの為になりたいからって気持ちの方がやっぱり大きいんだ。だからここから離れるつもりはないよ、しがみついてでもここにいてやる。」
嗚呼…私の為……?
卑怯です……もう…そんな事言われたら
私は貴方にすがります…
苦しい時、辛い時、怖い時……
貴方にも背負ってもらいます。
これから貴方は…
その魔法を狙おうとする者や珍しい紋章や容姿だけを狙う者たちに遭うことになるかもしれません
しかし私の元から貴方を奪おうとする者全てから貴方を護ります…
だから……魔法なんていらない…彼だけでもいい…
だから…私が立っている為に貴方を利用する事を許して……
「なら好きなだけ利用してくれ俺にとってそれが恩を返すということだから」
嗚呼…貴方は優しすぎる…
いつかその優しさは身を滅ぼすのではないかと思えてしまうほどに
しかし絶対にそんな事は起こさせない…
そんな決意を胸に私は初めて自分の意思で彼の名前を呼びおやすみといった。