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第48話

 晴れ渡る空。

 澄みきった空気。

 響く喧騒。

 俺が立っているこの街は公都ミレティアス。

 フラディアス公国最大の都市だ。

 そして、今俺は……


「迷子だ……。完全無欠に迷子だ。」

(迷子って……)


 あまりの人の多さにティアが馬車を辞退したのだ。

 そして少し遠回りの道に行く馬車組とティアと劇団のみんなと俺に別れたのだが…


(沸き上がる好奇心で色々な店を覗いてたりしているとみんなとはぐれちゃったと……?)

「なんの申し開きも御座いません。今はただ反省するのみです。」

(まぁ、私に言っても仕方ないからね~。取り敢えずはみんなと合流しないと……)


 確か、遭難した時はあまり動かない方がいいとかなんとか……

 そんなことを聞いたことがあるような無いような……


(だけど大丈夫?)

「ん? 何が?」

(いや、気づかないふりしてるのか本当に気づいていないのか知らないけど、すぐそこに凄い目付きの悪い人たちが“大好物を見つけた虎みたいな目”してるよ?)

「えっ? 何言ってるんだよ~ きっとあれはこっちが迷子だって分かったから助けてあげようかな~って思ってる目だよ。」

(…………)


 いつの間にか周囲の人通りが少ないところに迷いこんでいたようだ。

 だが、幸運な事に辺りには何人か優しそうな(・・・・・)人たちがいる。

 彼らの手元には何か光る物が見える。

 刃物……ではなくあれはきっとコインだ。


「すいません。少し道を教えて頂きたいのですが?」

「おう、そうかい。まぁ、取り敢えず道教えてやるから有り金全部置いていきな?」

「えっと……、それは少し困るかなー? なんて……」

「ゴチャゴチャ言ってねぇで置いてけやゴラァ!」


 すると、男たちは怒声と共に懐からナイフや剣を抜き出す。

 どうやら怒らせてしまったらしい……

 しかし、剣は持っていないし持っていても俺では勝てるか微妙だ。

 さりとて、魔法(アーツ)を使えば血で血を洗う戦いが始まる。


 だがそれは、俺の望むところではない……

 もう既に手は血で染まっているくせにと思われるかもしれないが、好き好んで殺している訳ではない。

 出来る事なら殺しや争いは避けたいのだ。

 それに彼らも俺個人を狙っている訳でもなければ、前のように今後ティアや姉ちゃんに直接的な被害がある訳でもないならば、尚更……


 となれば、穏便に解決する方法は一つ……


(結局そうなるのね……)

(そう、この手段しかない!)


 覚悟を決め、力を漲らせる。

 勝負は一瞬の油断も許さない。

 その瞬間を見極める為、神経を研ぎ澄ます。


「…………」

「あぁ?聞いてんのか?」

「ビビったかぁ? まぁいいなら力ずくで剥ぎ取るま……」


 ――――今だッ!


「あっ!! ニア・リーチェ様だ!!」

「なに!?」

久遠の淑女(ベアトリーチェ)か!?」

「何処だ! 何処に居る!」


 そして、全員の目が一気に逸れる。

 俺は、漲らせていた力を爆発させるようにして一目散に逃げた。


「あ! 逃げやがったあの野郎!」

「なんだとあのクソったれ!!」


 振り返る事なく走る。

 後ろから雨の様に罵詈雑言が降り注ぐが気にしない。









 彼らとの距離も順調に離れ、遂に罵詈雑言も聞こえなくなった。


「いや~ ニア・リーチェさんに感謝だね。」

(こんなことであんな天使に感謝する事になるとはね……。)


 当然といば当然だが、あの場には俺とあの人たち以外誰も居なかった。

 何か、UFOとお巡りさん以外で気を引けるものは無いかと思って叫べばこれが成功するとは……


「凄い有名ぶりだね。」

(まぁ、彼らにとっては天敵みたいなものだもんね。騎士は……)


 まぁ、取り敢えずの窮地は乗り切ったのだ。

 飛鳥を呼び出せばこの人ごみの中でもみんなを見つけてくれるかも……

 そうと決まれば早速!


失楽(パラダイ)……」

「見つけたぞゴラァ!」

「よくも手こずらせてくれたなぁ?」


 見つかった!?

 クソッ!こうなったらまた逃げるまで!


「って行き止まり!?」

「どうする? 身ぐるみ剥いで奴隷にでも落としてやろうか?」

「こんなひ弱そうな奴、大した値になんねぇだろ。」

「バカ、これはこれで特殊な趣味の買い手に高く売れるんだぞ。」


 目の前で捕まえた後にどんな目に遭わせてやるかと言う話で盛り上がる男たち。

 だが、ここまで来れば力を使わない訳にはいかない。

 殺さないまでも気絶くらいまではいってもらう。

 心を決めたその瞬間……


「姉ちゃん!?」

「あぁ? こんどはお姉ちゃん助けてーか?」

「じゃあ、次はお母さーんか?」

「ハハハ! 違いねぇ!」


 嗚呼……

 誰も後ろを振り向こうとしない。

 さっきのような思い付きで言った嘘だと思っているのだろう。

 しかし、俺には確かに彼らの後ろで渦巻くドス黒いオーラが見える。


「今、助けてあげるからね?」

「あぁ?」


 膨れ上がる殺気……

 振るわれる薙刀……

 導き出された結末は状況を理解できない男が漏らす情けのない声が表していた。


「お、おい……」

「どういう事だよ……」


 仲間が壁に叩きつけられているの光景と薙刀を持つ美女はあまりにも現実感に欠ける光景だったに違いない。

 現状を見て唖然とする男たち……

 だが、それも当然だろう。

 こんな華奢な女が仲間を一撃で倒したのだから……


「皆殺し……なんて言わないでおいてあげるから、早く失せなさい。私の気が変わる前にね?」

「ひっ……」


 その言葉を受け、思い思いに逃げ始める。

 仲間を助けて逃げた辺りは仲間思いだと感心した。

 交互に飛び交う情けない声がなければなおよかったのだが……


「ふぅ……危ないでしょ? こんな路地裏に来たら……」

「……ゴメン。」

「分かればよろしい。戦争が近づいていてこの先のスラムの人たちも殺気だってるから……」


 スラム……

 やはり、その辺りの事はどうしても現実感が沸かない。

 それに、先ほど男たちが口にしていた奴隷……

 元の世界も昔は、労働力として奴隷を使っていたのは知っている。

 だが、現実感を伴わない……

 そんな物思いに浸っていると突如、体を包み込む柔らかで暖かなものを感じた。


「怖かった……何処かにユウが消えちゃうようで怖かった。」


 その時、理解した。

 自分がどれほど姉ちゃんを心配させたのか……

 迷子くらいで大げさとは言えないのだ。

 事実、俺は襲われた。

 危機意識が足りなかった俺の落ち度だ。


「ゴメン……。」

「許さない……迷惑を掛けた事はいくらでも許してあげる。けど、こればかりは許さないから。」


 直接は見えないが耳元で響く涙の混じった優しい非難。

 激しい叱責じゃ……肉体的苦痛じゃ……

 ここまで心を縛る事は出来ないだろう。

 どんな説教や拷問よりも姉ちゃんの涙は心を深く、そして鋭く穿つ。

 少なくとも今この場で俺はもう姉ちゃんの言うがままだ。

 今、俺に出来るのは許しを乞う事のみ……


「ごめんなさい……。」

「どれだけ謝ったって許さないんだから……けど、もっと謝りなさい。」

「ごめんなさい。」


 そこには確かに、幼い頃に得る事が出来なかったものを感じた。

 ここまで深い家族の情を感じたのは姉ちゃんだけだ。

 昔にもこんな事があった気がする。

 道に迷い、路地裏の人目の少ない所で虐められていた時。

 必ず、姉ちゃんが現れ助けてくれた。

 今思えば情けないが、姉ちゃんには感謝しかない。

 そんな感慨に耽っていると……


「はぁ……何してるんですか?」

「それはこっちの台詞よ。なんで良い雰囲気なのにぶち壊してるの?」

「知らないですよ。」

「今から、姉弟の深い絆を確かめ合い目眩く(めくるめく)ような倒錯劇が!」

「そんなの始まらせませんよ。」


 いや、俺もそこまでは行かないと思う……。

 義理とは言え姉ですから。

 まぁ、姉じゃなくとも俺は倒錯劇なんて縁遠い場所にいるからな……

 にしても、姉ちゃんの目や声は泣いていたなんて悟らせない程に輝いている。

 理由はともあれ良かった。


「ユウも、もうはぐれてはいけませんよ?」

「ゴメン……」


 ここにティアが来たと言う事はみんなで探してくれたのだろう。

 そう思うと罪悪感が胸を締め上げる。


「取り敢えずは無事で良かったです。」

「無事で良かった?ついさっきまでユウは襲われてたのよ! 許せないわ……」

「それは本当ですか?」

「ユウの事を身ぐるみ剥いで奴隷にして変態貴族に売り付けようとしていたのよ!」

「……ユウ、狩人を放ちましょうか?」


 ティアの言う狩人ってなに!?

 狩人って動物を狩って街に毛皮や肉を卸してくれる人だよね?

 だけどティアの言う狩人は絶対に違う事を生業にしてるよね!?

 ティアの言う狩人が何をする方々なのかは知らない……

 だが、これだけは分かる。

 ティアは本気(ガチ)だ。


「だ、大丈夫……もう終わった事だし……」

「そう、ですか。」


 うん、多分俺は正しい事をした。

 そうじゃないと姉ちゃんとティアが何をしでかすか分かったものではない。


「では、迷子も捕まえた事です。別荘へ向かうとしましょう。」

「えっ? ここにも別荘あるの?」

「普段は差し押さえられていますが超越者達の宴(エクシード)への招集などとなれば特別に使う事が出来るんです。」


 二つも別荘があるのか……

 貴族はみんなこんな感覚なんだろうか?

 もしかするとティアには他にも別荘があったりするのだろうか?

 止めとこう。

 知っても得は無い、何よりなんだか知りたくない。


「私とユウは相部屋で……」

「しっかりと別々(・・)の部屋を用意いたしますのでご安心を」

「チッ……」

「別に相部屋を望む訳じゃないけどいいの?二つも部屋使ってさ?」


 正直、俺一人に部屋を丸ごと使わせるなんてもったいないと思うのだ。

 ましてや俺は使用人……

 オルレシアの領の様な小さな領での話ならまだしもここ公都には宿も多く、俺も多少なりとも金銭を所有している。

 わざわざ一室を占領する必要などないのだ。


「そうでもしないとあなたが様々な意味で危険です。」

「そう? 姉ちゃんは家族だし、危険じゃないと思うけど……」


 むしろ、この世で唯一無二の無条件の信頼を置ける人物である。

 もし、姉ちゃんが危険なら俺に安住の地が見つかる日は来ないだろう。


「それに気がつかないという事が既に危険なのですが、それはまたの機会にしましょう。まず、ユウ一人ぐらいの部屋を用意出来ないと侮られてはシンフィールド家の名折れなのです。ここは私の為と思って……」

「……分かった。ありがとう。」


 つまらない意地。

 他人にはそう思えるものでさえ貴族には必要になるのだろう。

 理解はなかなか及ばないがここで俺が意地を通す理由は無い。

 自分には得な事なのだ。

 ありがたく受け取る事にしよう。


「面倒ね、貴族も」

「えぇ、面倒かもしれません。しかし、私には生まれながらに“高貴なる者の責務(ノブレスオブリージュ)”があります。果たして自分が高貴なる者かと言うのには疑問がありますが、私の中に流れる血は確かに高貴なる者に連なる血なのですから。」




原動力と参考の為に評価や感想をもらえると嬉しいです!

これからも楽園の狂詩曲(ラプソディー)をよろしくお願いします!



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