第47話
(天使……?どこからどう見ても人間だったけど……? もしかして比喩的な表現?)
容姿や性格を天使に例えたのだろうか?
比喩表現として天使を用いる事は珍しく無いし、むしろメジャーだと言っても過言ではないだろう。
だが、そんな雰囲気は無かった。
(まぁ、正確にはさっきの女の中にいた女の事を彼女と言ったの。)
(ニア・フォルティナさんの中に? もしかして、ステラみたいな感じ?)
(そうだよ。)
(つまり、彼女は天使とか言うファンタジーな存在を体に宿していると……)
(そうだよ。)
……落ち着こう。
大丈夫、ファンタジーな存在なら散々見てきたじゃないか……
大体、今話しているのも悪魔だ。
今更、驚く事もないじゃないか……
取り敢えずは説明してもらおう。
(天使ってなに?)
(悪魔の天敵、神の使い、秩序の象徴。ちなみに悪魔は天に仇なすもの、欲望の体現者、自由の象徴。私たちにとって奴等は天敵だけど奴等にすれば私たちは天敵たりえない。一対一で正面から戦えば悪魔と言えど勝てないと思うよ。)
……そこまで?
普通、悪魔と天使は力が拮抗するとか、互いに天敵、という感じじゃないの?
(だって悪魔には、神様みたいな後ろ楯や大量の信仰者も居ないんだもん。同格なんて無理無理。)
もはや覆すことが出来ない事であるかの様に拗ねた口調でそう言うステラ。
(悪魔には神様とか親玉的な存在は居ないの?)
(居ない……と言うか生まれると同時に他の神に消される。)
ひ、酷い……。
だが、どうして悪魔が天使より力が劣るのかの説明にはなっていない。
(みんなの神様に対する信仰が強すぎて神様の力が訳が分からない程に大きくなってるんだよね……しかも、それが天使に力を貸すから私たちと奴等のパワーバランスが崩れる訳だよ。)
信仰の強さイコール信仰対象の強さになると……
そう言う事だよな……
だとすれば、確かに圧倒的差がついてるな……
(他にも直接魔力的干渉が出来ないとか対価がいらないとか魔法を構成するのが神力だとか色々と差があるんだけど……)
(あるんだけど?)
(要するにやってらんないって事!)
よく分かった。よーく分かった。
ステラが天使の事をよく思ってないと言う事がよく分かった。
声がまるで、仕事に不満を持つサラリーマンみたいだった。
だが、そんな天敵にさっき会ったばかりみたいだけど……
(平気なの? 相手もこっちに気づいてるんじゃ……)
(分からない。けどなんとなくは気取られてる気がする。)
なんとなく、そんな気はしていた。
姉ちゃんに対しての目と俺に対しての目は明らかに違った。
(降伏というか白旗挙げれないの?)
(死にたいなら……いや、死ねたらいいかもね。)
(そこまで!?)
(奴等が私たちを狩るのは私たちが何かをするからとかそんな理由は無いの。悪魔は存在自体が滅すべき悪……それ以外に狩る理由は無いの。)
つまり、今の俺たちは鬼ごっこで鬼に見つかった状態な訳か……
嫌だな……公都に行くの凄い嫌だな……
だけど我が儘言うわけにもいかないし……
「どうかしましたかユウ?」
ステラとの会話に夢中で頭から完全にティアと姉ちゃんの存在が抜け落ちていた。
しかし、先ほどまで天敵が目の前に居た事が判明したのだ。
この程度は大目に見て欲しい。
「ゴメン、ちょっと考え事してて……」
「他の女の事考えてたでしょ?」
何故だろう……姉ちゃんの機嫌と言うか目つきが怖い。
何か俺悪い事した?
大体、他の女って……
(うん、ユウは悪くないと思うよ。)
こういった時は話を逸らすに限る。
まともな話が出来るはずがない。
だが、記憶が正しければ……
話を逸らすって、そう簡単な事でもないんだよね……
「さっきの人が天使って知ってた?」
「あんな女認めないわよ!」
「何を!?」
まるで威嚇するかの様に声をあげる姉ちゃん。
ガルルゥゥゥと言う唸り声まで聞こえてきそうだ……
一体、何を理由に何を認めないのか……一切分からない。
話を有耶無耶にする為のジョークのつもりだったのだが……
「私も諦めた方がいいと思います。彼女は久遠の淑女と呼ばれるほどで……」
「諦めるって何を!?」
先ほどから話が見えない。
なんだかティアの言葉にも少し焦りを感じるし……
さっきの話から逸らすのには成功したというのに……
もっとめんどくさそうな方向に話が進んでいる。
「もういいよ。認めなくてもいいし、諦めるから……」
「分かってくれたのならいいの。あんな女居なくても私が居るじゃない。」
「流石ですユウ。時には勇気ある撤退も必要だと分かってくれたのですね。あと、姉弟というのはダメだと思います。」
なんだろう打って変わってこの生温かい視線は……
温かい視線なのに少し怒りを感じるのは何故だろうか?
もういいや、無視してすすめよう。
「で、何処で超越者達の宴をするの?」
「多分、公都ミレティアスでしょ?」
「はい、国の主力である超越者達の宴を全員公都から遠ざけるのは危険ですから。」
………公都か……
先ほどの会話を聞いている限りでは“悪魔”どころか“天使”も知らないだろう。
もしも、知っていたとすればもっと真剣な話になったはずだ。
つまり、俺を“悪魔”を宿しているからという理由で表立って攻撃する事は出来ない筈だ。
しかも、相手は中々に良い地位を確立しており、場所は都会……
尚更、不用意な手を使えないはずだ。
(だけど、奴らに放置するなんて選択肢は無いと思うよ。)
だが、ここに居ても厄介な事にはなる。
しかも、ティアについていかないなんて義に反する行為。
となれば……
「どうしたのですか?何か不安でもありましたか?」
「いや、全然。公都と言うからには何か美味しい物でも食べれるかな~って思って。」
考えるのを止めよう。
俺みたいなバカは難しい事なんて考えず、明るい未来に想いを馳せるのが一番だ。
何か起こればその場その時の俺に任せよう。
そんないい加減な考えを浮かべながら笑顔をつくる。
「そうですね。公都の市場の規模は大きいので、きっと沢山の美味しい物がありますよ。時間があれば前みたいに一緒に散策するのも悪くないですね。」
「そうだね。今から楽しみだよ。」
「…………」
懐かしい…と言うほどに時間は経っていないがあの日は良い思い出になっている。
なんたって姉ちゃん以外の女の子と2人で出かけたのなんて初めてだ。
……?なんだろうか?若干一名、威圧を放つ人物が……
というか姉ちゃんだった。
「……一緒に、散策? 前みたいに? 2人っきりで?」
虚ろな目でこちらに問いかけてくる姉ちゃんはそこらの心霊などでは立ち向かえない程のレベルで怖かった。
もう、何と言うか怖いし、恐い。
「そ、そうだけど……前に姉ちゃんと再会した日に……」
「……つまり、私に会ったのは逢引きの最中に見に来た劇で偶々、私をみたから? 私はついでだった訳?」
「逢引き……」
「いや、別に逢引きって訳じゃないけど……」
「…………」
確かに人目は忍んでいたが、恋愛感情があった訳ではない。
しかし、先ほどからティアは何故、何も言わないのか?
そう思うとついさっきは目を輝かせ、何か呟いていたと言うのに、何故か少し俯いて寂しそうな顔をしていた。
すると、先ほどまで何か考える素振りを見せていた姉ちゃんが何か思いついたかのように声をあげる。
「なら、公都では私と出か……私とデートよ。」
「なんでそのまま出かけるって言わないの!? まぁ、いいけど……」
先ほどと打って変わりキリっとした態度の姉ちゃん。
何故、“出かける”と言えないのか……
何故か姉ちゃんはいつも“出かける事”を“デート”と言うのだ。
もはや、訂正する気すら失せた俺は軽い冗談として受け流している。
「いいんですか!?」
「ふん、これが姉よ!」
弟とデートをすると言ってここまでふんぞり返えれる姉がほかにいるだろうか? いや、居ない。
しかし、それを指摘してはいけない。
もし、指摘しようものならお説教とお仕置きがセットでついてくる。
だが、放置しておけば機嫌が良くなる。
どうせ、指摘しようと連れて行かれる事は、姉ちゃんが提案した時点で決定事項なのだし……
少し誤解を受けるかもしれないが、ここは仕方ない。
背に腹は代えられないのだ。
(世知辛いね……)
(多分、これが生きると言う事なんだろう。)
(絶対、違うだろうね。)
むぅ……違うのか……
なんとも奥深いものなのだな……
「何故遠い目をしているのですかユウ。否定しないでいいのですか?」
「お仕置きは嫌だ……」
「何故、今そんな情けない事を……?」
これ以上は言えないのだ。
きっとティアなら分かってくれるさ……
「そう言えば、いつ行くの?」
「そうね! それまでに準備を整えないとね! いつなの?」
「あ、えぇと……」
突然の話の切り替えに驚きにながらも先ほど渡された紙を見るティア。
すると、顔にまた驚きの色が宿る。
「ん? どうかしたの?」
「……明日の朝に出発です。」
明日の朝!?
なんでそんなにも早くに!?
明日の朝なんて、今から出発の準備をしなければならないじゃないか!
「英傑の饗宴と仮面舞踏会にも出席せよ……と」
「英傑の饗宴ってもうすぐ申し込み始まるんじゃなかった!?」
「仮面舞踏会の準備だってすぐにしなければ……」
英傑の饗宴?仮面舞踏会?
一体、どういう事?
「ナニソレ?」
「取り敢えず、急げって事よ……詳しい事は馬車の中でね。今から団員にも言って準備させるから!」
それだけ言って駆けだす姉ちゃん。
すると、ティアもすぐさま立ち上がる。
「今から忙しくなります。サラやダグラスたちに緊急招集を掛けさせてください。全員集合です。」
「……分かった。」
理解できたのは今から慌ただしくなる事だけ……
つかの間の安息は終わる。
それが嵐の前の静けさだという事に気付く事が出来ずに……
上辺だけをメッキで塗り固められた偽りの関係が崩れ去る日は刻一刻と近づいている。
カタストロフの先に何が待っているかは誰も知らない。




