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第46話

 自分の部屋の中で外を眺め、思案に耽る。

 果たして……感情に従うべきか、この身に植えつけられた道徳観にしたがうべきか……


(多分、その美しいと思う感情に逆らう事は無理だと思うよ?)


 突如、そんな一人心地にいる俺の頭に響くステラの声に驚く。

 その言葉には、妙に説得力があった。

 それにしても、最近は脊髄反射で脳を介さずに感情のままに動いている事が多い。

 大した理由もなく流されるのだ。


(感情を食べられると言うのは、感情のバランスが崩れる事にもつながるからね、残っている感情に素直になっているの。時には、理性では抑えきれない程に……ね? しかも、食べるのを止めると抑圧されている感情が一気に溢れだすの。感情を私が食べても、食べるのをやめた時、記憶が殊更に感情を生むからね。)


 つまり、ステラの力を借りると俺は感情のバランスが崩れ、直情的になってしまう。

 と言う訳ね……


(そう、つまり私の力を借りるとユウは馬鹿になるの!)

(それは酷くない!? なんかもっとオブラートに包んでくれてもさ……)


 だが事実、考える事を止めて思うがままに動くのは馬鹿と言われても仕方ないことかもしれない。

 それによって結果、別人格にも見えると言う訳か……


(見える……と言うより、別人格と言っても完全に間違っている訳では無いと思うよ?)

(…………まぁ、それほど確立した自我を持っている訳ではないから大丈夫だと思うけれど……)


 どちらかと言うと、今は豹変と言った辺りがいいだろう。

 まだ、自分の人格をベースとしているはずだ。

 しかし、いつ確固とした自我が芽生えるかは分からない。


(そうそう、簡単に芽生えないと思うけどね。)


 だが、ステラの力は借りなくてはいけないもの。

 確かに、俺が生きる為にも必要だが……

 予測が正しければ……


(ステラも俺が全くステラの力を借りないと困るんじゃない?)

(まぁ、私たち悪魔は誰かに宿らないと、とても弱い存在だからね……だけど一応、あなたが感情を持っていれば生きていけるよ。けど、ユウの抱く激情は私の大好物だから困るのは確かね。)


 と言うことは、ステラは力をもっと使って欲しい訳か……

 頭の片隅においておこう。


(だけど、出来る限り使わないでね?私は、メフィストのような悲しみを感じたくない。)


 メフィスト……?

 と言うとファウストで出てくる悪魔メフィストフェレスの事か?

 しかし、あれはフィクションだし……

 大体、俺はどんな話かをあまり知らない。


(そっか……まぁ、要するに散々策を弄したのに私たちの天敵である奴らに彼を奪われてしまったの……まぁ、私の曲解かもしれないけれどね……)


 はぁ……

 しかし、天敵?

 さっき、自分たちは弱いと言っていたがあの悪魔である。

 強大で超常的な存在である事は間違いない。

 事実、契約したことで得られた力はかなり強大だった。

 しかし、それをして天敵と言わしめるとは一体……


(それは当然、悪魔の対となる存在で……ッ!?)


 ……?どうしたのだろうか?

 当然、何かに気付いたかの様に驚くステラ……


(何があったの?)

(奴らだ……間違いない。えぇ、間違えるはずがない。この気配……さっき言おうとした天敵のご登場みたい。)


 そんな強大な敵がここに!?

 となれば早く知らせなければ!

 素早く扉を開けまだ食事をしているであろう主の元へと駆ける。

 すると、客間に向かうサラさんとティアに出会う。


「ユウ、そんなに慌ててどうしたのですか?」

「実は……ッ!」


 出会ってすぐ好都合と思い話そうとしたがそれは下策と理解する。

 これはあくまでもステラと言う悪魔によって知らされた事。

 どうやってステラの事を隠しつつ話をするのかと言う問題に突き当たる。


「そんな事よりティアはどうしたの?」


 取り敢えず、ティアの話を聞きながらどうするかを考えようと思い話を促す。

 本当ならば、まだ食事をしているはずだ。

 なのに客間に向かっているとはどうしたのだろうか?


「実は客人が参られたのです。相手が相手なもので断る訳にも行かず……」


 そうサラさんが話す。

 こんな時間に来ても無礼が理由で追い返す訳にも行かぬ相手とは一体……

 もしや、天敵とは……

 そんな事を考えていると姉ちゃんまで廊下の奥から現れる。


「ん? ユウじゃない。もう大丈夫なの?」

「あ、あぁ……大丈夫だけど……」


 そうだ! さっきの事を謝らないと……

 だけど、こちらの天敵の件も早くどうにかしないと……

 そう思っていた時の事だった。


「むっ? こんな所でどうした。ティア・シンフィールド子爵。」


 男の様な口調でありながら、はっきりと女性と分かる声。

 煌めくその金の髪は本当に純金で出来ているのではないかと言うほど……

 そして、溢れ出る気品は彼女が高貴な者であると言う証明に他ならない。

 彼女には、シンフィールド家の者がついていることからして先ほど聞いた来客で間違いない。


 だが、俺の頭には警笛が鳴り響く。

 そう、他でもないステラによって……


(やはり、間違っていなかったみたいね。)


 その口調は落ち着いたものでありながらも敵意が隠し切れていなかった。

 つまり、この目の前に立つ麗人は悪魔にとって天敵。

 悪魔と同等以上の力を持つと言う事……


「すいません。食事中だったもので……2人は戻っていてください。」


 それは俺と姉ちゃんの事だろう。

 少しの戸惑いが生じた。

 悪魔に天敵とすら言わしめるほどの相手とティアを一緒にしてよいのかと……

 しかし、それがいけなかった。

 すぐに立ち去るべきだった。


「いや待て、そこの2人。」


 突如、自分と姉ちゃんを引き止める声が響く。

 その眼光は鋭く、こちらを見極めるような目だった。


「何でしょうか?」


 その声に姉ちゃんは瞬時に返事を返す。

 しかし、俺は返せなかった。

 彼女が、武に通じるものを持っているという事を否応なく理解させられる威圧感を感じ取ったからだ。


「名は何と言う?」

「柊未知と申します。」


 毅然とした態度で名乗る姉ちゃん。

 その名に何かを感じたのかその何かをその場で思い出そうとしている。


「ヒイラギ……ヒイラギ……あぁ、そうか音に聞く幻創の霧(ローレライ)とは貴女の事か……顔は初めて見る。」

「光栄です。」

「ほぅ……」


 姉ちゃんの返事に感心したかの様に呟く客人。

 一体、どうしたのだろうか?


「どこでそのような教養を身に付けた? この国の貴族にヒイラギなる者はいないぞ。」

「独学でございます。」

「…………まぁよい。何故ここにいる? ここはシンフィールド家が有する屋敷。貴族に仕える気はないと多くの貴族を袖にしたと聞く……まさかシンフィールド家に仕えた訳でもなかろう。」

「はい、仕えた訳ではなく、シンフィールド家を招かれておりました。」

「そうか……」


 すると、先ほどと打って変わりこちらを見る客人。

 だが、姉ちゃんと同じと言う訳に行かず言葉に詰まる。


「お前は名を何と言う。」

「…………神崎悠と申します。」


 やはり、柊の名を出す事は躊躇われた。

 だが、ますます眼差しは厳しくなる。


「……聞き覚えが無いな……何故ここにいる?」

「私の従者です。」


 俺に代わり答えるティア。

 だがしかし、こちらを見極めんとする眼差しが止む事は無い。

 もしかすると、悪魔についてバレている?

 目の前に立つ客人に対するありとあらゆる恐怖に心臓を握られる。


「まぁよい……ティア・シンフィールド子爵、今宵来たのは貴女に超越者達の宴(エクシード)への招集命令が出たからだ。それ以外に話す事は無い。」

「!?」


 その言葉を聞き驚くティア。

 まさか超越者達の宴(エクシード)にティアが招集されるなんてと自分も驚いている。

 もしかしてティアは超越者達の宴(エクシード)の関係者だったのだろうか?


「では、帰らせてもらう。もう話す事は無い。詳しい事はこれに記してある。」


 そう言ってティアに紙を渡すなり帰る客人。

 堂々とした足取りからは歴戦の風格を感じた。

 剣を交えれば瞬時に斬り捨てられる事は間違いないと理解できる。

 そして、天敵と呼ばれる敵対関係にある事により緊張感はかなり高まっていた。


超越者達の宴(エクシード)ねぇ……こっちも平和ボケしてるって訳じゃなさそうね。ユウ、もう怖がらなくていいわよ。」

「いや、別に怖がっている訳じゃないけれど……」


 嘘だった。

 怖くて仕方ない……

 けれど、そんな事は情けなくて絶対言えない。


「さっきの人って……」


 これだけは聞いておかなければならない。

 俺はまだ色々と把握しきれていない。


「分かりました。取り敢えず、食事に戻りましょう。そこで話しましょう。」


 そう言って食卓に戻る。

 その間、ティアは先ほど手渡された紙を見つめて何か考えていた。


「では、まずは超越者達の宴(エクシード)が何かについてですが……」

「簡単に言うとこの国の選ばれし者達の集まりの事よ。」


 ティアによる説明を遮り簡潔に姉ちゃんがまとめる。

 だが、“選ばれし者達”というのは少し曖昧だ。

 投票か何かがあって選ばれるのか?


「選ばれし者達?」

「要するに、とても優れた魔法(アーツ)を持っている者達の事よ。有事の際には大抵超越者達の宴(エクシード)のメンバーが出てくる。言わば、この国の切り札。」

「そんな大げさな……とは、言えませんね。確かに、このフラディアスの国防の要であることは間違いないです。」


 優れた魔法(アーツ)を持った者達……

 それならば、ティアが呼ばれると言うのは道理であると言える。


「まぁ、序列5位様が言っているんだから何よりの証明でしょう。」

「序列5位!?」


 序列と言うのは、なんとなく理解できる。

 だが、5位!?

 いや、納得はできるのだ……時間に干渉しているのだから……

 しかし、この国で五本の指に入る程とは……


「それほど驚かなくても……」

「やっぱりティアは凄いなぁ……」

「……なんだか、照れますね……。」


 頬を少し赤らめて照れる仕草を見せるティア。

 そして、何故か敵意の籠った眼差しでティアを見つめる姉ちゃん。

 突然どうしたのだろうか?


「それで! 序列5位様、先ほどの女性の事を教えてあげてはいかが?」


 何故だ?何故、姉ちゃんのティアに対する言葉に棘が含まれているんだ?

 一体、どうしたのだろうか?

 しかし、それほど気にした様子もなくティアは話す。


「序列5位はやめてください。ユウ、先ほどの女性は超越者達の宴(エクシード)序列4位公都ミレティアスの騎士団団長ニア・フォルティナ様です。」


 序列4位……しかも、公都の騎士団団長……

 どの肩書も物凄い凄さ……しかも、序列に関してはティアより上……

 だが、どれも直接自分との関係性が無い物。

 こうも立派な肩書を持った彼女が天敵になるなんて……

 そう思った時、頭の中に声が響く。



(天敵だよ。間違いなく……彼女は天使なんだから。)




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