第45話
「とは言え、ロマリア帝国も幾度も連続で大きな戦争を起こす程に国力が強い訳ではありません。先の戦争での父と母の働きには感謝してもしきれません……」
先の戦争……
恐らくはティアの両親が命を賭して戦ったのだ。
国民、領民……そして他ならぬティアの為に……
その時、俺は思ってしまった。
「少し暗い話になってしまいました……ユウ? どうしたのですか?」
今、俺はどんな顔をしているだろうか?
恐らく、かなり酷い顔をしている事だろう。
だが、そんな偽善で作られたこの顔をティアには見られたくなかった。
「………ゴメン。少し疲れた……部屋に戻ってるね?」
ティアから顔をそむけ、その場を足早に立ち去る。
「……? どうしたのでしょうか……まさか……! 私は何か気に障る事を言ったのでしょうか!?」
悠が立ち去った後、ティアはそう言ってとり乱す。
なにやら小さな声で、“ユウに嫌われたら私は……”とか何とか絶望的な雰囲気を醸し出す声音で呟いている。
「落ち着いてくださいティア様! 私が知る限りでは特に琴線に触れるような事は仰られていないはずです!」
「ですが……私とサラはユウとの付き合いがまだ浅いです……もしかすると、私たちの知らない琴線に……」
ん…………
ここは少し、美味しい食事の恩を返すとしよう。
悠が部屋に戻った理由は分からないが何かティアに怒っていると言う訳ではなさそうである。
「多分、ティアが悪い訳じゃないと思うわよ。」
「何故……ですか?」
「悠の怒りの琴線に触れるような事は一言も言っていなかったのだし、悠は理不尽に怒る人間でも無い。元々、そうそう悠は怒らないしね。」
弟になって以来……
悠は一度として本気で何かに怒っているのを見た事は無い。
だが、それは一概にいい事とは言えない。
悠の場合は“自分は虐げられ、劣っているのが当たり前”そんな暗示染みたものの所為なのだから……
これも全て、悠の親の所為……
まぁ、それも今はその親のおかげで悠と出会えたのだと思えば我慢も効く。
許す事は到底できないが……
「では、何故ユウは……」
「それは……もしかすると戦争と言う言葉に驚いたのではないかしら? 私たちの故郷は戦争とは無縁……とは言わないまでも、一般的な感覚にまで浸透していなかったから……」
「羨ましいですね……その故郷が……」
羨ましい……ね……
ティアの顔には本当に、心の底から羨んでいる事が窺える。
きっと、恐らく……彼女が見たら、失望する事でしょうね。
言葉にはしない。
夢を見れると言うのならば心地よいままの夢に……知らぬが仏だろう。
願わくば彼女にとっての夢の先が、理想通りでありますように……
「まぁ、悠の心の整理がつくまでそう長くは掛からないでしょう。待ってあげましょう。」
「そうですね……」
「そうだわ。丁度いくつか聞いておきたい事があるのよ。」
「なんですか?」
落ち着きを取り戻したティア。
丁度いいと思い、いくつか話をすることにした。
「ガルム……知っているわね?」
「………はい、オークションに出したものですね?」
色々と知りたがりの知り合いがオークションでのガルムについて嗅ぎとって興味が湧いたようなのだ。
そして、それは小さい領にも関わらずどうやって倒したのかと言う疑問に至った。
確かに、ティアなら単独討伐も可能だろう。
しかし……
「あなたの単独討伐じゃないわね? 言っておくけど、いい訳は無駄よ? どう考えても“あなた以外のものでしかあり得ない傷”があったのだから……」
「別にあなたに隠すつもりはありませんよ。確かに、あれは私が到着した頃にはユウの手によって既に瀕死でした。」
やはりおかしい……
どれだけ才能に恵まれようと……
元の世界の住人である悠には魔力は無い……
実際に、ユウには元の世界でも魔力を持っていたと言うような症状は無かった。
魔力は先天的につくもので、後天的にはつかない。
これが俗説だ。
だが、一つだけ生まれつき魔力を持たなかった者が魔力を宿したと言う話がある。
本人曰く……身体に悪魔を宿した為らしい……
しかし、証明することは叶わなず悪魔教徒の妄言として片づけられた。
当然、私としてもそんな事は信じてはいない。
だが……自分の目を信じられない程に愚かでも無い……
ユウの魔法は実際に存在する。
「一応聞くけれど……悠の魔法について何か知っている事は無い?」
「おおよそはあなたと同じと言う認識でいいと思います。」
元より、魔法と言う分野に関してはほとんど謎だ。
なんとか、魔法陣と言うもの使いを人工的に魔法を使う方法があるものの…
それだって、手に浮かぶ紋章が魔法に関わっているんじゃないかと言う仮説と聖遺物を何百年と解析した結果の産物なのだ。
「正直な所、流石に竜まで来ると周囲に気を配らなければなりませんね。」
そう、あの竜はやりすぎてしまったのだ。
あの判断のおかげで燃え盛る森を帰りやすくなった事は確かだ。
しかし、あの巨躯と存在感……
そして、今も残るあの一撃の爪痕はやりすぎたのだ。
「街では既に話題になっていますよ? 氷竜が現れた!と……」
「確か、グリゴレウスから調査及び、討伐の協力要請まで来てましたね。」
やっぱり……と言ったところね……
流石に領内で竜が現れたとなれば領主だって手段は厭わない。
他の領主に頼むくらいの恥ならば平気で……いや、竜が相手ならばその程度を恥とは言わないだろう。
竜には、色々な種がある。
下位、中位、上位……
下位の竜でさえ現れ次第に特別な討伐隊が編成される。
中位になると大抵、周囲の領主が協力し討伐が行われる。
しかも、中位の竜ともなれば災害指定を受ける……
ちなみにガルムも同じ災害指定を受けている。
下位の竜と中位の竜の大きな違いは魔法を使うかどうか…
魔法の使わぬ竜は亜竜と呼ばれる。
魔法を使う竜はその魔法にちなんだ俗称で呼ばれる。火竜や氷竜と言ったように……
ちなみに、上位の竜となればしっかりとした名前がつく。
しかも、国家級の災害指定を受ける。
もはや、戦争と同等、もしくはそれ以上の国家の危機として扱われる。
目撃者もいるようだし、現場を見れば氷に関する魔法を使ったというのは明らか……
となれば、中位以上の竜であるのは確かになる。
ここの領主は今頃、血眼になって氷竜を探しているだろう。
「どうするつもりなの?」
「当然、見つからないものを調査するつもりも討伐するつもりはありません。」
「そんな事は分かっているわ。悠の事を言うつもりなの?」
氷竜の事は悠の仕業だ。
その事を言うのが一番手っ取り早いだろう。
もし、それを言うのであれば……
「言いませんよ。あなた、私が言うと言っていたら……どうしていたんですか?」
「下手をすれば刃を交えていたでしょうね。」
「私だってユウが大切なんです。言葉で充分理解できます。」
もしも、この件を報告するならば悠について詳しく話さなければならない。
普通ならば、竜を何処でも呼べるかもしれない人間を自分の領地において置きたくは無いだろう。
しかも、それが知れ渡ればもっと困る事になる。
「念には念を込めてよ。殺すつもりは無かったから安心して」
「安心できないですよ!?」
「安心しました。」
「安心しちゃうんですか!?」
ふむ……中々に愉快なメイドね。
別にこのメイドは悠に色目を使っていないようだし……仲良く出来そうね。
「そう言えば、あなたにも来てるのでは?」
「えぇ、酒場から来たわよ。断ったらもの凄い形相して“参加してくれ! 氷竜だぞ? この街が襲われたらどうなるか……あんたにもわかるだろ! 金に糸目はつけない!”ってね。前向きに検討させてもらうって事で納得して貰ったけれど。」
「信頼されているのですね。」
「まぁ、“酒場”をまとめてるギルドからそれなりの評価を受けたからね。」
ギルド……傭兵ギルドの事だ。
様々な情報が手に入ると思い、このギルドにはそれなりのコネクトを作った。
まぁ、その所為でこんな厄介事を押しつけられたりするのだけど。
フラディアス公国本部があるのは公都だ。
公都での出来事ならば、もっと融通がきいていたはずだけど……
「やはり、酒場の方からも情報収集に乗り出しましたか……」
「あの夜の出来事……バレると厄介ね……」
絶魔化に氷竜……
それに、あの日の悠の異常さ……
「確かに、そうですね……」
ティアも思い出したのだろう。
となれば、今後どうするか……
「あの夜は相当に騒がしかったですから……」
「もしかすると……悠の関わりを疑われ、あの夜の出来事がバレるかもね。」
「ほとぼりが冷めるまであまり街に出ない方が……いや、いち早く街を出た方がいいかもしれません。」
あの夜の騒動の事は氷竜の件でほとんど掻き消されている。
氷竜の件との繋がりを疑う者はいないでしょうけど…
「用心に越したことは無い……という事ね?」
「はい。近日中にこの街を離れましょう。」
「私たちは別に構わないけど、何処に?」
「まだ決めてません。すぐに探すとしましょう。」
まぁ、今なら氷竜から逃げる為と言う理由もつくだろう。
引き留めはされるだろうけれど……
「何か大義名分があればいいのですが……いざとなれば無理にでも……」
「まぁ、常習犯ですからね……グリゴレウス様も帰ると言うのに挨拶をしない事については……あまり気になさらないでしょう。」
「……まぁ、常習犯でも事態が事態よ。出来るだけ無理のない方法でね?」
それにしても、このメイドはこんな無茶苦茶な話に抵抗はないのかしら?
客観的視点から見るとたった一人の為に街の要請を蹴るなんて…
と思われても仕方がない。
なのに、平然と常習犯だから大丈夫だろうとまで言う始末……
「あなた、サラと言ったわね?何故、止めないの?」
「何故と仰られましても…、私には止める理由も権利もありません。」
「あら、主を諫めるのは従者の義務でしょう? ティアもいいなりになるだけの従者など必要は無いでしょう?」
私が一番知っている。
いいなりになるだけの傀儡に用は無い。
自らの意思をしっかりと持ち、それを主張を出来る事は基本だ。
「仲間であるユウさんを守る為の行動の何処を諫めればよろしいのでしょうか? 今、私がすべき事は最善の結果の為に尽力する事のみです。」
「それでこそです。“仲間を想わぬ者などシンフィールド家に必要ない”その父の言葉……私は忘れません。」
嗚呼、理解できた。
彼彼女たちは馬鹿なのだと……
何処までも“貴族”と言う言葉が似合わないと……
きっと、彼彼女たちの事を示すのに相応しい言葉はシンフィールド家と言う“貴族”ではなく……
貴くなく……
尊いもの……
シンフィールド家と言う“家族”なのだと……




