第44話
「ッ!? ごめんなさいッ!」
俺は状況に気付くやいなやすぐに逃げ出した。
着替えの途中だった姉、曲りなりにも女性の着替えを見たのならばその場で誠心誠意、謝罪し罰を受けるべきだろう。
だがしかし、着替えていたのは姉ちゃんだけ……
他にいた人たちはしっかりと服を着ていた。
しかも、あの姉ちゃんの目だ。
見逃すはずがない…あれは罠に掛かった動物を捕食しようとする目だ。
その瞬間、俺は悟った。
また、嵌められたとのだと……
「待ちなさい!」
「なんでこっちの世界でもソレするの!」
「何の事か分からないわね! 大人しくしなさい!」
盗人猛々しいとはまさにこの事……
あのガルムに追われた時以来のスピードで俺は駆けた。
そして、見覚えのある扉に飛び込んだ。
「ユウ、そんなに慌ててどうしたのですか?」
「ティア助けて!」
恥も外聞も投げ捨て目を潤ませながらティアに懇願する。
そして、答えも得ない内にティアの後ろに隠れる。
すると、間もなく……
「ユウッ! ここね! もう逃げられないわよ! 大人しく罰を受けなさい!」
ドンっと扉を壊さんが如き勢いで開かれる扉。
目を輝かせ、先ほどまで着替えていたはずなのに衣服を纏って現れた姉ちゃん。
「ユウに何をさせるつもりなのですか?」
「これは家族の問題よ! 人の着替えを見たならそれ相応の罰を与えないといけないの!」
姉ちゃんの言葉にティアはこちらに振り返る。
そうだろう、今の言葉……聞き逃せるはずがないだろう。
先の言葉を聞けばこう思うだろう。
姉に欲情した弟が着替えを覗いたと……
「本当なのですかユウ……」
悲しげなティアの瞳……
あぁ、完全に騙されてるよ……
これは……
「ティア、これは姉ちゃんの罠だよ。姉ちゃんはわざと俺に着替えを覗かせたんだ。」
「なんの為にですか?」
「この後、俺の想像が正しければ、今までの経験が正しければ……この後、罰で姉ちゃんの前で着替えさせられる。」
着替えを見たのだからあなたも見せなさいと言うのだ……
だが、本当に見られたくないなら「開いてる」なんて言う訳が無い。
しかも、男たちが無謀にも覗きに挑戦した事があったようなのだが……
軽くても全治3カ月だった。
ちなみにだが、姉ちゃんは制裁に参加したようだが、何故か姉ちゃんの着替えを覗けた物は誰一人居なかった。
なのに、俺だけは何故、暴力ではなく、着替えを見せなければならないのだろうか……
「そんな事する訳ないじゃない!」
「どちらを信じればいいのでしょうか?」
「姉ちゃんの顔を見てもまだティアは迷うの?」
ティアが姉ちゃんの事を見ると…
そこには目を輝かせ、涎を垂らす我が姉の姿があった。
「私は元よりユウを信じていました。」
「…………」
「本当ですよ?私は最初から……」
「…………」
「ユウの事を……」
「…………」
「すいませんでした。少しだけ……ほんの少しだけ……そうだったら嫌だなと思いました……。」
「……まぁ、分かってもらえたならいいけど……」
もう少し俺を信じてくれてもいいじゃないか……
まぁ、これに関しては俺が姉ちゃんの企みに気付かなかった俺も悪い。
とはいえ、どう考えても姉ちゃんが仕掛けた罠である以上、着替えるつもりは絶対ないが……
「仕方ないわね。ティアも来ていいわよ。触っていいのは私だけだけど。」
「…………私が乗ると思ったのですか?」
「ねぇ、ティア……今、迷ったよね?」
「いえ、迷っていませんよ?」
大体、俺を着替えさせようとするのだ?
俺の身体なんて見たところで誰も得しないだろうに……
「もういいや……先、帰る……」
「そんな……待って下さいユウ。」
「悠、待ちなさい。まだ……」
「“お姉ちゃんなんて大っ嫌いだ!”」
「ッ!? ……こ、これが反抗期なの? 数多くの姉達を恐怖と絶望のどん底に突き落としたと言うあの悪夢の……そんな……」
付け焼刃の知識で効果があるか分からなかったが…
俯いてなにやら小さな声でぶつぶつ呟いているところを見ると効果はあったようだ。
ある本でこう言えば姉はダウンすると書いてあったのだ。
どんな本かは忘れたが確かあれは姉ちゃんの持っていた……
まぁ、それはどうでもいい。
これで少しは頭を冷やしてくれることを祈り屋敷へ一人帰った。
「ぐっ……!?」
日も傾き始め周囲も夕焼けに染まりつつある中、庭の中での剣戟が鳴り響く……
しかし、その剣戟も鳴りやみ片方の男が苦悶の声をあげる。
その片方の男とは…
「ふぅむ……やはりこのくらいが限界か……これくらいにするぞユウ。」
「ぜぇ……はぁ……仕方ない、か……分かった。」
身体に既に訪れていた限界……
痛みならばなんとかなるのだが……
もう、身体が言う事を聞かないのだ。
憑依を解かなければ俺はもう一歩も動く事は出来ない。
(ん、もう解くからね。)
その言葉と共に身体から力が抜けるのを感じる。
先ほど言ったように、俺は憑依を解かなければ一歩も動く事は出来ない……
しかし、もう身体は限界……憑依のおかげで立っていられたのだ。
つまり、その力が解けた俺は大の字に倒れこむ。
「ッ! おいおい大丈夫か?」
「……これのどこが大丈夫だと?」
呻くような声をあげながらも小生意気な減らず口を叩く。
こうでもして虚勢を張らねば自分のプライドが木っ端微塵に砕けてしまいそうだったから……
無理に笑顔を作り上げ、挫けそうな心を隠す。
自分の弱さ……その弱さに吐き気すら催す。
今の自分では、ティアや姉ちゃんとは比べ物にならないほどに弱い。
もしも、正面から戦ったなら俺は簡単に叩きのめされる。
どれほど策を弄そうとも五分五分にしかならないだろう。
「肩から力抜けよ……お前はみんなが憧れる英雄でもなければ強靭にして高潔な騎士でも無い。お前がもしそれに追い付きたいのならば一歩一歩、歩いていけばいい。焦る必要は無い。お前なら追い付けるだろうさ……」
「………追い付ける、か……ダグラスの言うとおり、少し力み過ぎていたかもしれない。」
やはり、ステラの力を借りた後はどうしても感情的になってしまう。
もっと気をつけないとな……
「手を貸すぞ。」
「構わない、先に行っておいてくれ。少し遅くなるかもしれないけど……」
「……分かった。無理するなよ。」
それを言い残し屋敷に入って行くダグラス。
大の字に倒れている俺は夕暮れに染まりつつある空を仰ぎ見る。
だが、俺は何故こんなにも綺麗な夕暮れなのに……不満を感じるのだろう。
「大丈夫ですか……ユウさん?」
「あぁ、段々と慣れてきたよ。と言っても前と比べてと言う話なんだけれど……」
「くれぐれも無茶はしないでください。」
「そうよ、無茶は絶対ダメよ。」
なんとか動けるようになった身体に鞭をうって食堂まで来ると既に全員が集まっていた。
しかし、ダグラスはどうやら今日は、兵士たちと食事をしているようだ。
ダグラスは役職柄、もしくは、生来の気質だろうか兵士たちと食事をとる事が多い為、不思議ではない。
「……姉ちゃん、昼の事はゴメン。大嫌いとか言ったり、着替え覗いたりして……」
あのときは逃げるわ、屋敷帰るわと、どう考えても適切な対応ではない。
姉ちゃんだから許してくれたが普通ならどうなっていてもおかしくない。
まぁ、姉ちゃんだからあの態度となった訳だが……
もしかすると、今、平気な顔をしているのは、気負わないようにと、そこまで考えてその態度なのかもしれない。
「やっぱりなのね……私は悠を信じていたわ!反抗期は長く続くかもしれないと思って覚悟していたのだけれど……これも悠が私を信じているという証拠ね! 嬉しいわ!」
勘違い……だったのかもしれない…。
子どものようにはしゃぐ姉を見るとどうしてもそんな様子には見えない。
凄い姉である事には間違いなのだが……どこか残念だ。
「ティアもゴメン。先に帰って……」
「構いません。私にも否がありますから。」
ん~…
何だろうかこの差は……
実は姉ちゃんは何かの病気だったりして……
すると突然、姉ちゃんはこちらを怪訝そうな目でこちらを見てくる
「悠、何か失礼な事考えてない?」
「そんな訳ないじゃないか……」
「なんで目を逸らすの?」
なんで分かるんだ……
と言うかさっそく嘘バレそうなんだけど。
しかし、このタイミングで意図してか意図せずかティアが助け舟をだす。
「そう言えばミチ、あなたは各地を巡っていると聞きましたが……いいのですか?私たちに同行して……」
「ん……? あぁ、そうだったわね。私って劇団率いて旅してたわね。」
何?この姉ちゃんは劇団率いてた事忘れてたの?
今日、劇してたよね?
姉ちゃんの頭が心配だ……
「けど、各地を巡っていたのも悠と会う為なんだから、もう旅する理由がないのよね。」
恥ずかしがる素振りなど一切見せず、まるで当たり前の事を言うかのように話す姉ちゃん
すぐ近くにいるというのに堂々と言われると照れてしまう。
頭が心配だなんて少し悪い事を言ったかもしれない……
「では、隣国のロマリア帝国へは行きましたか?」
「えぇ、行ったわよ。あまり居心地がよくなかったけれどね。そう言えば、最近はキナ臭いみたいね。」
「キナ臭い? どういう事?」
純粋な疑問。
どうしても俺は世情に疎い。
なんとか本で隣国ロマリア帝国の存在は知っている。
しかし、その内情については全くと言ってもいいほど知らない。
「つまり、何か大きな事をこそこそとしてるって事。例えば、戦争とかね?」
「せ、戦争!? それってヤバいんじゃ…」
平和な日本出身だからこそ耳朶によく響く戦争の二文字。
全く理解する事が出来ない……そんな実感のない言葉。
ただ、漠然と多くの人が死ぬ……という事は理解できる。
「戦争はあの国の常套句ですから。ここ数年からフラディアスを狙っています。自慢ではないですがこの国は色々と恵まれていますから。」
「いくつもの鉱山に海、気候……さぞ彼らからは魅力的に見えた事でしょうね。」
「…………」
彼らは、国の発展の為に流れる血を厭わない。
彼らは、信じる神の為に流れる血を厭わない。
彼らは、明日の糧の為に流れる血を厭わない。
絶句した。
価値観、意思の強さ、生への執着…
全てが塗り替えられた世界。
怖くもあり、理解の出来ないものだった。
そして、身についた道徳観は異常なものだと判断する。
しかし……それでも、それをとても尊く美しいと感じた。
頭と相反する感情……
血を厭わないという行為が頻繁に横行する世界を美しいと感じた自分に対する嫌悪……
そして、ただ一つ理解出来たのは自分は***いるのだろうと言う事。




