第36話
「………?」
「変な霧ね…」
真夜中の街を疾風の如く駆け抜ける2人は周囲に突然、立ち込める霧を不思議に思っていた。
突然の爆発、それによる火災が起こり街を徘徊するアンデット達、当然の霧…
しかも、これほどの混乱の極致だと言うにも関わらず騒ぎが起こらない…
「魔力を感じます…」
「自然の産物ではなさそうね。」
これは恐らく幻術の類…
自分が使っている故にそう言う事には敏いと自覚している。
「弟さんですか?」
「分からないわ…」
だが、ユウの魔法は幻術系ではないはず…
どちらにせよ、今はこの霧に対して出来る事は無い。
「取り敢えず、今は追い付かないと…」
「弟がそんなに好き…?」
ん?シエルにしては珍しいわね…
いつもは口数が少ないし、ましてや必要最低限の事以外は喋らないし他の人の事について話すなんてもってのほか…
「そうね、大好きよ?」
「…どうして?」
これは良い兆候かもしれない…
正直、まだ追いつけそうもないしユウに何の策もないとは思えない。
少し話ながら走っても構わないだろう。
今まで言った事無かったしちょうどいいだろう…
「私って自慢じゃないけど物心ついた時から周囲から凄い好かれてたの…」
「………?」
突然の話に疑問を抱きつつもシエルも興味があるのか黙って耳を貸す…
こんなの話すのは初めてだなぁ…
「おかげで周囲の人全てが肯定者にしかならなかったの、それはそれは…地獄だったわ」
「………」
周りの人間は…いや、人間に限らず意思を持った生物は全部私に従ったわ…
それはもう理由も無く異常な程にね。
最初はそれが心地良いと思う事もあった…けど徐々に気味が悪くなってきた…
そして最後には人に関わる事に飽いてきた…
「友人、親友、父親、母親、祖父、祖母、叔父、叔母、教師、先輩、後輩、店員…全部が同じ反応…何も考えず何も思わず等しく同じ肯定を返してくる。退屈を超えて絶望したわ…」
「………」
何をしてもどれだけ失敗しても帰ってくるのは中身の無い肯定…
この先私は何のために生きるのだろうか?
何を楽しみ、何を苦しみ、何に怒り、何を悲しむのか?
「もう私は気が狂いそうで自殺まで考えた。」
「…!?」
シエルも驚いた様子だが…
本当の事、実際にあのことが無ければ私は自殺していた。
「そこでね?奇跡的に私の耳がある会話を聞いたの…会話自体は何一つ特別な物じゃなかった。その話は単純…弟が言う事を聞かなくて困ると言う何気ない会話…」
「………」
学校での出来事だった。
教室の隅で集まり行われている会話…
たまたま聞こえたあの話の主と会えたのなら精一杯の感謝を伝えたい。
「私はそれを聞くなりどうやって弟を作るか考えたわ…だけど、私の親は既に子を産めない身体だった。」
「………」
まぁ、それほど落ち込む事は無かったわ。
多分、私は既に親を期待していなかったのだろう。
代わりに初めて私は弟と言う未知のものに期待を抱いた。
「様々な孤児院を訪れた。義理でも弟…ひょっとしたらと言う希望を抱いてね。」
「………」
その時の私はそれまでの人生に無かった程にやる気を漲らせた。
インターネットから紙媒体まで…人の話から自分の足を使って…
「けど、私は望んだ結果を得られなかった…。」
「………」
目が全て同じだった。
あの残酷な肯定者達と同じ
やはり義弟も他と同じ末路なのかと…
「だけど、最後に親戚が経営する孤児院…そこで私はユウと出会った。」
「………」
あの時は正直、ほとんど諦めていた。
どうせここでも同じなのだろうと…
「そこでは問題児と言われる一人の男の子が居たの…その子は一人だけ他の子たちとは一切の接触が取れない様に違う部屋に入れられていてね。食事も必要最低限しか摂らないし誰かが部屋に入ると拒絶する。だけど、私が部屋に入れば普通なら目の色を変えてすり寄ってくるはずだった。」
小さな部屋で電気はついておらず外の光も絶対に入らない様にしていたから真っ暗…
そして部屋の隅でいつも膝を抱えて座り込む…
こんな様子も私が部屋に入れば一変するはずだった。
「けど違った。部屋に入るなり彼は私を殺気さえ感じるような目で私を睨みつけた。初めて敵意に晒された私の身体は動けなかった。そのあまりの嬉しさに…しかも、「これからは私があなたの家族よ」って言ったのにユウは無視して睨み続けるの…」
あの時は悩んだわ。
何せ、自分の言う事に耳を傾けず無視して敵意を見せ続けられるなんて初めてだったから…
初めての敵意にどうすればいいのか全く理解できなかった。
だけど嬉しかった私は何度も通い続け、彼の心を開いていった…
「それがあの弟さんですか……」
「そう、それからはユウだけが人間だった。それ以外は人間の皮を被った何か。もちろんみんなは違うよ?しっかりとした意思を持ったやり取りができるんだから。だけど、あの時、傍に居てくれたユウは特別…それだけじゃないけど。まぁ、こんな感じ…」
「そう…なんですか…」
最後まで聞いてくれたみたいだけど…
シエルは何を得る事ができたのだろうか?
何か考えるようなシエルを見ながらも先を急ぐのだった。
「飛鳥、敵はどうなっている?」
(少し拙いかもしれません…門の突破速度が思ったより早いです。接触までもうすぐです。)
どういう事だ…足止めになっていなかった?
しかも門をすぐに突破した?さすがにアンデットなんていれば惑わし霧も意味を成さない無いはず…
今はそんな事を考えている暇は無い
しかし、どうやって向かい打つ…?
こんな開けた平原では遠距離攻撃やアンデットの人海戦術にやられてしまう…
しかし追い付かれると言う事なら逃げるのは難しい。
追い付かれるまでに少しでも迎撃態勢を整えないと…
(失楽園……)
(あらかた準備が整ったんじゃない?)
「やっぱり、事前状態が分かっているからな!飛鳥様々だよ。」
(ありがとうございます。)
出来る事なら敵の魔法まで知れたら良いのだが…
それは贅沢というものだろう。
魔法についての情報の有無という点において不利なのは否めない…
あちらは俺の事についていくつか知っているだろうからな。
「どうすれば森にまで誘導出来るだろうか?」
(楽園昇華で私に乗って森まで行くというのはどうでしょうか?)
「それだとつけて来れないかもしれないし、ついて来れたら来れたで何故、森に逃げたと怪しまれかねない。」
だからここで倒す…
もしくは森までの出来る限り自然な後退…
この二つ…だがここで倒すのは恐らく不可能…
全力逃走も今この瞬間に不可能となった。
なぜなら…
「おっと、やっと追い付けましたか。」
眼前にあの声の男が居るのだから…
それに並ぶアンデットたちは霧のおかげで迫力満点だ…
そしてローブを纏った何人かの人影が見える。
「やっぱり、お仲間さんまでついてきてたか…」
「気づいていたのですか?」
「さぁね?」
空から敵を見つけてくれる飛鳥がこっちには居るんだから余裕で分かった。
…とは言えないのでてきとうに返す。
まぁ、相手も気づいていたのかと言いながら気付かれていた所で構わないと言った感じだ。
おもむろに話しだす男の仲間。
「殺すのか?」
「生け捕りと言っていた。」
子供の声…?いや、魔法を使えるなら年齢はどうでもいいと言ったところか…
簡単に殺すかどうかを問うような時点で何度も殺しの経験があると言う証拠の様なものだ。
相手が子供でも油断はできないし…慈悲や躊躇いは自分の命を脅かす…。
「できるならこれ以上荒っぽい事はしたくないんだけど?」
「いいか?死にたくなければ諦めて大人しく投降しろ。」
こっちは両方、男性成人、やはりローブで顔は見えないが…
やはり、こちらもこんなことに慣れている感じがする…。
子供の武装は鉤爪のような物、もう片方は片手剣を持っている。
この二人は前衛だろう。
あと男二人組はナイフ、そしてもう片方は恐らく素手…
素手とナイフ…こちらは輪を掛けてめんどくさそうだ…恐らくは魔法と近接格闘を組み合わせた戦いをする確率が高い…。
「随分とお喋りな仲間たちだな。」
「えぇ、そうでしょう?しかし、そちらのお仲間さんは出てきませんね?」
当然だろう、大空にいるんだから…
もう一つ言うなら俺の仲間はお前たちと喋れない。
喋れるのは俺だけ。
だが、正直に言う必要もない。
「残念ながら少し人見知りでな。あんた達とは会いたくないってさ」
「確かに残念です。見事な隠密だったものですから、姿を見たかったのですが…今度、紹介していただけませんか?」
「前提が間違ってる。今度は存在しない。」
お前と俺は金輪際出会う事はないだろう。
故に、紹介の機会は巡ってこない…
「いいえ、存在しますよ。明日からは嫌でも会うことになるでしょうから。」
そう言って男は背中から杖を取り戦闘態勢に移行する。
恐らくこの男以外は前衛…
この4人を呼び出した仲間達で何とかしてもらいつつ森まで後退…
これで行くか。
「黄泉死還」
また、アンデットどもが増えるのか…
流石に厄介だな…制限などがあればいいのだが…
すると、さっき街で見たあの時と違い今度は地面が振るえ大きく割れる。
「なっ、ミノタウロス…」
現れたそれに対し思わず声が出る。
それは角を生やし牛の頭をした巨躯だった。
しかし、それはミノタウロスと呼ぶには少し違いがあった。
正確に言うならばミノタウロスの死体が地を割り這い出てきたのだ。
「こんな手まで用意してあるとはな…」
「驚いていただけましたか?」
「あぁ、お前の事は屍使いと呼ぶ事にしよう。」
本来は死霊術師と言うべきだが…
コイツの死霊術は死者の尊厳や魂を徒に弄ぶ行為だ。
だから俺は侮蔑の意を込めてコイツの事を屍使いと呼ぼう。
「そうですか、ではここからはやめてくれと言っても聞きませんよ?少し、仲間達も気が立っているようなので…」
「ようやくか…やっと身体を動かせる。簡単にくたばるなよ?」
その声の後に何かがこちらの足に飛来する…
当然、俺にはその飛来する物体を弾く事は出来ない…
しかし、その飛来物が俺に届く事はない。
その飛来物は届く前に剣により弾かれたが故に…
「ふ~ん、今のを弾いちゃうのか、ソイツらは…」
飛来したのはナイフ…
丁寧に黒塗りされ夜の暗闇に紛れていたが…
「あなたのその使い魔は何ですか?そのような生物は見たことがありませんが…」
俺が失楽園で呼び出していたのは夜叉…
人を食らう鬼神…人より少し大きい身体を持ち、両手に剣も持っている。
神格こそ宿らせてはいないが、身体能力はかなりのもの…
現に、何らかの魔法による強化を受け速度を増し黒塗りされていたナイフをなんなく捉え弾く…
「鬼のようなものか…?」
当然、一体ではない…一人一体に俺の護衛にももう一体の大サービスだ。
おかげで俺の身体はまともな回避運動さえとれない…
少しづつ後退して距離を少しでも離し森に行こうとする。
相手のアンデットは確かに多いが、ほとんどは人型…
人型は動きが緩慢…確かに力が強いし半端な攻撃では倒れないが…
夜叉にとっては取るに足らない相手だったようだ。
それこそまさに鬼神と呼ぶに相応しい戦い…いや、鏖殺だった。
他の獣のアンデットも鎧袖一触といった感じで薙ぎ払われる…
しかし、以外にも5人…いや、4人と1体は中々に善戦しているのだ。
鬼神の、人間では決して叶うはずのないアクロバティックな動きにさえ対応している。
素手の男に関しては体捌きもなかなかのもので躱しては同じような動きで反撃すると言う風に戦っている。
しかし、普通の人があの体捌きをしても確実に死ぬ…
恐らく彼は身体能力を向上させる魔法…
もう一人のナイフの男は恐らく、物に手を触れず干渉する魔法だろう。
宙に浮かせたナイフで夜叉に応戦する…
しかし、夜叉にとって軽いナイフの攻撃など取るに足らない攻撃…
縦横無尽に飛び回るナイフは深く夜叉の身体を刺すことは無かった。
だが、厄介な事があってコイツはなんとか夜叉の攻撃を避けながらこちらにナイフを飛ばしてくるのだ。
どうやら、落ちたナイフは拾えないのか護衛の夜叉に叩き落とされたナイフは動かないが厄介なことに変わりは無い。
そして、驚いたのが子どもの方だ…
コイツらは獣人だった。
それが分かったのは戦いが始まってすぐ、この子たちが変化したからだ。
男の子の声だった方は熊…
もう一人の女の子の声がした方はハイエナ…
恐らく、この子たちが俺を追跡していたのだろう。
正確な訳だ…視覚でなく嗅覚だったとは…
それじゃあ、霧でも見失わないよな。
しかし、変化とは…一応、本では書いてあったがこんな時に遭遇するとは…
全ての獣人ができる訳ではないし、物凄い貴重で強力な魔法と書いてあった。
伝説では、神獣に変化する者もいるらしい。
あとミノタウロスアンデットだが…
これがなかなかくたばらない…
無数の斬り傷で埋め尽くされていると言うのになかなか倒れない…
これがアンデットの強みか…
屍使いはどうにかミノタウロスアンデットを援護しようと何体かアンデットを差し向けるが…ほとんど焼け石に水だった。
しかし、この状況…今こそ膠着はしてはいるが…
夜叉たちは良い意味でも悪い意味でもずっと全力なのだ。
神格が宿る程の力を注げば違うかもしれないが夜叉たちにも体力はあるのだ。
つまり、スタミナ切れ…これが夜叉たちの弱点…
だがこうせねばこの場を持たせる事は出来ない…
(もうすぐだよ?頑張って!)
「あぁ…」
身体が重く、なかなか動かない…
まるで身体が何かの金属に変わったかのような錯覚さえ覚える。
魔力はまだ大丈夫だがこれは少しでも温存しないと…
「オラァァァァァ!」
突然、背後から響く雄たけび…
そして間を開けず夜叉が飛んでき次第に光になって消えて行く…
夜叉に心の中で礼を言いつつ身体から負荷が軽くなるのが分かる…
予想より早いな…仕方ないか…
「失楽園」
すぐに狼を呼び、またがっていち早く森に向かおうとしたのだが…
目の前にハイエナが現れる。
どうやら焦りすぎて2体同時に倒されたのに気付かなかったようだ。
やはり、もっと経験を積んで感覚を身体に染みつかせないと…
「何処に行くんだ?」
「ニガサナイ…」
ハイエナとあの素手の男か…
どうやら俺は教会の戦力を侮っていたようだ…
俺は負荷のせいでまともに直接戦えない…護衛の夜叉1体では2人を留める力は無い…
ここは一か八かで夜叉に全員戻ってもらうか?
いや、失楽園の隙はくれないだろう…
「これで終わりか?あいつらは多少手ごたえがあったがまだ力不足だな。」
「アイツ ヨワイ」
随分な言いようだな…
まぁ、夜叉も土俵が良ければもっと全力を出せただろうに…
だが今はそんな事は関係ない…どうやって乗り切る…
相手のアンデットも徐々に集まってきている。
どうやらあの屍使いは俺を優先すれば勝てると見たようだ…
この調子なら他のメンバーもいずれ突破してくるだろう…
やはり、一点突破しかないか…
そんな賭けを行動に移そうとしたその刹那…
後ろから来ていたアンデットの身体が上下でずれる…
しかもハイエナの方向でも一閃―――
「ユウ!大丈夫?」
目の前ではシエルが大鎌を一閃していた。
そして後ろの素手の男の方向にいてアンデットを斬っていたのは薙刀を持った姉ちゃんだった…
「姉ちゃんにシエルさん!?」
「このハイエナは私が相手する…」
「この男は私がやるわ!」
どうやら援軍が来たようだ…
ハイエナの子は一閃を避ける為に後ろに跳び、男も距離をとる…
しかし、その時…残りの夜叉たちもやられる…
どうやらあの熊の子が他の奴らを援護したようだ…
「ゴメン…俺が森に入ったら逃げて…森に入ったら俺は大丈夫だから…」
「本当に大丈夫なの?相手は魔法の訓練も受けているのよ?」
「無理です…私たちができる限り足止めするので森で大人しくしていてください…」
その優しさは嬉しいがきっとコイツらは姉ちゃんやティアでも手こずる…
あの刹那で相手は2人の接近にすぐに反応していたし相手が幻術に掛かっているなどの圧倒的有利でもない
「巻き込みたくない…その2人を少し足止めするだけでいいから…」
「だけど…」
「お願いだから…」
もし、この戦いで2人が怪我でもすれば俺が俺を許せない…
恐らく教会の者たちは俺を優先するはずだ…俺を人質にした方が彼らからすれば楽だろうからな…
「分かったわ…だけど!お願いだから…私の周りから…消えないでっ…」
「いいのですか…?」
「いいの…」
「いってきます…」
そこから先、狼は全力で森まで駆けだす…
その中…ユウは決意を固めつつあった…




