第3話
「そういえば仕えると言っても何をすればいいんですか?」
俺はふと、浮かんだ疑問を口にする
すると彼女は呆れた顔でこちらを見た
「貴方は知らないのに仕えると言ったのですか?全く先が思いやられますね…」
「うっ……すいません…」
全く言う通りだが俺はこういうのとは無縁の生活を送ってきた
授業で歴史を習った程度の俺の知識では貴族に仕えるとはどんな事をすることなのかわからなかった
「まぁ取り敢えずは貴方がどんな事が出来るのかというのを確かめる所からですね。まずは…」
俺に出来る事と言えば家事くらいのものである
戦闘経験だって素人なのだボディーガードなんかできないし、ましてや魔物討伐もできるはずがない。
どんな事を確かめるのか疑問に思っていると
彼女の口から出た言葉は俺の予想を見事に打ち砕いた…
「どんな魔法が使えるか…ですね」
(えっ…魔法?)
きっと俺の顔は今、驚きで固まっているだろう
アーツ…恐らく魔法の事だ…
そう簡単に推測できた。確かに異世界だと言うのは分かっているが魔法があるとまでは思わなかった。
あくまで魔法とは俺がもといた世界の住人が考えたフィクションだ。
もしあるのだとすれば犯罪者たちはより一層凶悪になるし魔物も使えるとなれば考えるだけで身の毛がよだつ
それがまさか存在するとは…
しかし魔法にも色々ある
もしかしたらこちらの世界の魔法とは科学のことを言うのかもしれない
そんな淡い希望を胸に俺は彼女に問いかけた
「あ、魔法とは……?」
しかしそんな希望はすぐに打ち砕かれる…
「その様子だと魔法を知らないのですか?紋章がなかったのでもしかしたらそうじゃないかと思ってはいましたがまさかホントに知らないとは…まぁ簡単に説明すると産まれたとき絶対に一人につき1つ持っている特別な能力のことを魔法といいます。」
「じゃあ……皆魔法が使えるの?」
もしそうだとしたらとんでもない世界に俺は飛び込んでしまったようだ。
幸いなことに俺の言葉はすぐ否定される。
「いえ、残念ながら魔法を使えない人の方が圧倒的に多いです。大半の人が魔法を行使するためのエネルギーである魔力が備わってないのです。」
「魔力ですか…」
どうやら皆が皆、魔法使いという訳ではないようだ。しかし魔力とはなんだろか
「魔力はどうやって調べるのですか?」
全く検討がつかない。まず魔法自体まだ信じられないというのにそれを調べる方法なんて
「異性の血と聖水を杯で飲むと体のどこかに紋章が浮かび上がるのです。その紋章の色と形で大まかな事が分かるんですよ」
「血……ですか…」
あまり進んでやりたいとは思わないな他人の血を飲むなんて…まるで吸血鬼みたいだ。
「やはり抵抗がありますか?まぁ血の量だってほんの少しですし、もしやりたく無いようならやらなくてもいいですよ。別に魔法を強要する気はありません。魔法だって使えない方が多いのです。」
優しい人だ……きっと多くの人に慕われているのだろう領主であるという立場でありながら命令しない。もう俺は仕える者であるのにも関わらず俺を気遣ってくれる…
「いえ、使える可能性があるならやります!それになんかカッコいいじゃないですか魔法って!」
そう言って笑う…
正直なところ別に特に魔法にこだわりはないし抵抗の方が圧倒的に多いが…
役に立てるなら恩を少しでも返せるのなら……
「…?まぁならいいんですが…ではついてきてください」
突然に明るく振る舞ったせいで不思議そうな顔をしていたがあまり気にしなかったようだ。
あまり心配はさせたくないあくまでここは俺がやりたいからやったという事にしたい
そう言われ部屋を出ると確かにそれなりに大きいとは思ったが豪華絢爛ではなくどちらかと言うと質素な印象を受けた。
そのまま進むと玄関のような場所に出た。
そこには頭を下げるメイドがいた。
そのメイドはとても綺麗なピンク色の長い髪をポニーテールにしていて目はトパーズのような輝きを放っていた
「サラ、教会に行ってくるだけだからすぐに帰ってきます」
「わかりました。いってらっしゃいませティア様」
どうやらこの人はサラという名前らしい
なんというか周りの人たちを癒すようなオーラが出ていて……
それでいてどこか抜けているような感じがしていて、言うならばドジっ子の雰囲気をただよわせていた。
しかしそんなことはないはずだ。
なんたって貴族の家につかえているのだから…例えさっきの言葉が子供が大人ぶって言っているようにしか見えなかったとしてもきっと優秀な人なのだ。
そう言えばこの人もここに住んでいるのだと思うがサラさんやティアさん以外にも誰かいるのだろうか?
俺は丁寧に置いてあった俺の靴を履きながらそんな事を考えていた
扉が開かれると庭が広がっていた
と言ってもそれほど広くはなくて噴水等もなく花壇と隅に小さな馬小屋があるだけの庭だった。
俺は先程の疑問を聞くことにした。
「あの屋敷に住んでいるのはティアさんとサラさんだけなんですか?」
「そうですよ。まぁ今日から貴方も住む訳ですがくれぐれも妙な考えを起こさないように」
「わかってますよ。恩を仇で返すなんてこと絶対にしませんよ」
だけど少し不安だな…あんまり話したこともない人と過ごす訳だしなにより「女は気をつけなさい。特に口にするものと寝る場所には注意しなさい」という姉ちゃんの言葉があるし…なにか理由があったのだろうけど俺にはわからない。ただその時の姉ちゃんは少し怖かった…
取り敢えず頑張るしかないか
屋敷を出ると淋しい村が広がっていた人々はにこやかだが人も建物も数が少なかった
まぁ都会の人混みを日常的に見ていた俺からすればお世辞にも人が多いとは言えなかった。
しかし別に全く居ないというわけでもなくそれなりに人はいた
どちらかと言うと今の俺には高い建造物が視界を支配する世界より自然に包まれ穏やかな情景の方が心が安らぐ気がする。
そんな事を考えていたら教会のような建物まで来ていた
「着きました」
どうやらここでやるようだ…
教会でやるなんて少し罰当たりな気がするが聖水を使うという事は別に血を飲むという行為は咎められないようだ。
まぁ別に黒ミサをするわけじゃないんだから大丈夫だとは思う大体もといた世界と同じ宗教体系をしているかも分からないのだから黒魔術の儀式である黒ミサなんて関係ないだろうが。
「神父に注意してください。何を考えているか分からないですし、なにより性格が悪いですから」
性格が悪い神父……なんだそれは…
教会の扉が開かれるとそこには大きな十字の前に立つ神父と思われる男がいた。
「ようこそ、聖十字教会へ私は君たちを歓迎するよ。」
胡散臭い笑みを浮かべこちらを見ている神父は二十代前後で金髪で黒縁のメガネをしている目の色は金色だった。容姿は凄い整っていて正直、聖職者とは思えない。しかし明らかに神父という服装をしているためお祈りに来た村人という線は限り無く薄いだろう。
「突然だが儀式を行いたい。」
「あぁその子の紋章の儀をやるのかい?」
「……何故、紋章がないと知っているのですか?」
確かにこの人は何故俺が紋章の儀式を受けに来たと知っているのだろう?
俺はそれこそつい最近この世界に来たばかり俺の事など知っている筈がない…否、知っていてはいけないそれこそ俺のようなイレギュラーはそうそう居てはいけない。魔法という未知の力が元の世界に干渉するというのはあまり良いことには思えないし元の世界の核などの兵器についてもこちらの世界に入って来るべきではないだろう。もしこの人が前の世界の事を知っているならば気をつけなければならない。それにもしこの人が同郷の人間ならより一層信用できない。
「さぁ、何故だろうね?」
胡散臭い笑みを浮かべたままでそう答える神父を見て思った。
(この人、性格悪いな…)
ティアさんが言っていたことが分かった…なによりも心の底から喜んでいるような気がする。しかも知らないと言うわけでもなく知っているという訳でもない正直言って凄く質が悪い…
恐らく何時ものことなのだろうティアさんは予想が出来ていてダメ元で聞いたのだろう。証拠にずっと無表情だったティアさんの顔が呆れたような顔をしていた。
「もういいです。それで今から儀式は出来るのですか?」
「おいおい、そんなに怒んないでくれよ。最近来る人が少なくて暇だったんだって。まぁそれは置いといて儀式だけど血がないんだよね~男の血ならすぐに用意できるんだけど」
怒んないでよと言いながらも、どうして紋章が無いことを知っている?という追求には答える気配すらない。
反省の色が見えない顔で話し出していた内容からすると血が準備できるまで儀式はできないだろう。
そう思った時……
「ここに血ならあります。他に不都合がないのなら早く始めましょう。」
「へぇ…いいのかい?」
「構いません」
なんとティアさんの血でやることになった。
すると神父は奥にあった扉をあけて中に入って何かをとってきた。
「まぁそれなら別に止めないさ、俺には関係のないことだ。君が何をしようとね」
その手にもっていたのは杯のようなものと何かを入れている容器だった。
そして杯に容器から水を注ぐと懐から綺麗な装飾が施されたナイフをとりだしティアさんに渡した
「ここに血を垂らしてくれ」
ティアさんは指を薄く切り血を垂らす
すると杯の中は真っ赤に染まった…
「さぁ後は君が一気に飲み干せば終わる」
神父はそう言ってこちらに杯を渡す
俺はそれを受け取り少し躊躇った…
しかしここでやめたら男じゃない!
俺は杯を一気に飲んだ
すると体が灼けるように熱くなる身体中の血が沸騰しているかのように…そして突然手の甲が輝き出す。あまりの眩しさに目を閉じてしまうほどの輝きが周囲を覆い尽くす
しかし段々と熱さも収まり輝きも収まっていった。そして輝いていた手の甲を見るとそこにはうっすらと星と月が描かれた紫の紋章があった。
「何が起きた…?」
「儀式が成功しただけだよ」
俺の疑問に答えたのは神父だった。
儀式はどうやら成功したらしい…しかしこの紋章はなんだろうか手の甲に紫で刻まれた星と月
これで何がわかるのだろうか?
「…見してくれ」
そうして怪訝な顔をして俺の手を見ると突然、訳のわからない事をいいだした。
「なぁ君って男だよな?」
「当然じゃないですか!!」
この人は何を言っているんだ!確かに顔が少し幼いと言われる事はなんどかあったし女よりの顔だと言われた事もあるが女じゃないかと疑われたことは初めてだ。
しかし冗談を言っているようにも見えない。先程までの胡散臭い笑みも消えている。しかもティアさんもこちらに向かって来る。
「どういうことなんですかこれは?」
「さて?どういうことなんだろうね?」
「どうしたんですか?話の流れが読めないんですがもしかして失敗でもしていたんですか?」
先程から訳が分からないので不安ばかりが募る
ティアさんは微かにだが驚いたような表情になり神父はもうお手上げとばかりに言う
「いや儀式は間違いなく成功だよ。しかし紋章がおかしい。男なら青、女なら赤で輝くはずの紋章が君の紋章は紫だ。訳がわからない……」
「普通ならその色の濃さで魔力の量がある程度わかるんですが…」
「前例は?」
「俺の知る限りではいないよ」
「私も知りません」
何か体の異常か?それとも異世界人だから?もしくは騙されているか…
1つ目は確かめる方法がわからない
2つ目なら他の異世界人でも試すしかない
3つ目だったらなおさら理由がわからない
どちらにせよ今のところはどうしようもない……
「と、取り敢えず。どんな魔法が使えるのかは調べれるのですか?」
「それならできはずなんだけどね……なにしろ初めての事だから確信は持てないけど」
「やるだけやってください……無理なら諦めます」
もし魔法が使えないだとかそんな事態になれば魔法が使えないなりに精一杯恩を返すだけだ
神父はまた奥の部屋に行くと次は本を持っていた
「じゃあ、この本を手に取ってくれ」
そう言われ手に取ると突然本が光出し手を離れ宙に浮いて勝手に物凄いスピードで白紙のページはペラペラと捲られていく……
「うわっ!」
行きなりのことで情けない声を出して驚いていると本は半分ぐらいの所で捲るのを止め俺の足元で魔方陣のようなものが現れ光が溢れ出した
光は俺を包み込むと次第に収まっていき本も地面に落ちる。
「これで……終わりですか?」
「あぁ終わりだよ。これでその魔法の事が分かっただろ?」
「えっ?なにを言っているんですか?まだなにも分からな……」
何故か分からないが俺は知っていたさっきまでは魔法の事だってほとんど分からないのに今では自分の魔法の事が手に取るように分かる…
「分かるだろ…それが君の魔法だ。」
「これが俺の…」
どうやら成功したみたいだ…しかし手にいれた知識はあくまでも自分の魔法の事だけだそれもどうやら俺の魔法は酷く曖昧な物だった……
「ちょっと使って見せてくれよ」
「待ってください。彼も精神的に疲れているはずです。これ以上は教会で行う必要もないですし今日やる必要もないでしょう」
「だけど彼も手にいれた力を試したいんじゃないのかな?」
「なにを企んでいるんですか?」
「企んでいるだなんて人聞きが悪いなぁ」
確かにこの力は気になるがこの話を聞いていてなんとなく今この神父の前でまだ掌握しきれていない力を見せるのは下策であるような気がした。
「すいませんが今日は帰ろうと思います」
「ん?そうかい、まぁ困ったことがあれば訪れるといい。俺の名前はガネスだ覚えておいてくれると嬉しい。じゃあ君たちに主の導きがあらんことを」
この言葉を聞いても敬虔な信徒には見えない。
しかしこの人と話しているとどこか底のない沼に脚をいれているような感覚になる。どの選択をしても沈んでいきそうな感じだ。
今回はティアさんがいたので助かったがもし一人で来なければならないとしたら充分に警戒しなければならないだろう。
こうして教会をあとにした。
「起きたばかりであのような場所に連れて行くべきではありませんでした。すいません」
「俺が行きたいと言ったのもあるし気にすることじゃないよ。むしろ気を使わせてすいません。仕える身なのに……」
「貴方はもとよりなにも知らないのですからこれから色々と身につけていってください」
ほんとにあの神父は嫌われているらしい
まぁ自業自得だが…
しかし主に気を使わせるなど失格ではないかもっと精進せねば
「あと、私のことはティアとよんでください。」
「えっいいの?」
「いいのです。私は優秀な従者よりも友人の様な関係を築ける従者の方がいいです。」
「じゃあ、俺のことも悠って呼んでくれよ。」
「分かりました。」
まぁ本人がそう言うのであればそれでいいんだろう。
これで一歩歩み寄れたのだろうか
「日も落ちていましたね」
「取り敢えず帰りましょう。サラも待っていることでしょう」
そうして帰ると美味しそうな匂いが広がっていた。
「お帰りなさいませティア様。晩御飯の準備が整っております。」
「ありがとうサラ」
なんと晩御飯の準備までしていたのだろうかしかもまるで帰ってくる時間を知っていたかのような振る舞いだった。
いや、さすが優秀なメイドさんだなー
出迎えに来た時つまずきかけていたのは内緒だ
大きなテーブルで三人で食事をすることになったが正直落ち着かない。落ちたとはいえ元はそれなりの財を築いていたのではないかと思う。やはり美術品等は殆どないが家具などはそれなりに綺麗な装飾が施されている。
ちなみに立場が違おうと皆で食事をするのが決まりらしいのでサラさんと俺もティアと一緒にテーブルを囲んでいる。
「んー!美味しいですね。」
「この程度、ティア様付きのメイドとして当然の事です。」
そう言うサラさんはどこか誇らしげだ。
「私にとってサラは優秀なメイドであり、かけがえのない友人です。」
「私には勿体ない御言葉です!」
熱いな~サラさん…
感激のあまり泣いちゃうんじゃないか?
いや、正直なところ流石に泣く事は無いと思うが……
「そう言えば他には人が居ないとは聞いたんですが他の部下の人達はどうしているんですか?」
「明日には戻って来ますよ。少し急ぎの用件があったので主要な人達には行って貰ってたんです。他の皆さんは詰め所や酒場にいるんじゃないでしょうか」
「どんな人たちなんですか?」
「そのなんというか……愉快な人たちですよ!」
何だろうか…
今のちょっとした間が怖いんだけど
「大丈夫ですか…それ…」
「まぁ会えばわかりますよ!」
こんな話をしながら料理を食べた。
サラさんの料理は美味しく頂いた。腕前はプロだった。
というか領主の晩御飯が不味い訳がないだろうが
そして日もすっかり落ち皆が寝静まったであろう時間に俺は起きた…
「今日は不思議な一日だった…」
誰に言うわけでもなく独り呟く。
領主のティアに仕えることになり
性格の悪い神父ガネスとも出会った
そして
この力と出会った……
俺はこの能力についての知識はあるがそれを目にした事は一度としてない…
この能力について俺は誰よりもよく知らなければならない。
俺が起きたのはこの能力を試す為だ。
この時間帯ならば誰の目に留まることもなく誰かに迷惑を掛けることもないだろう。
俺は静かに外に出た。