第28話
「いやー楽しかったな!」
舞台が終わり沢山の拍手が巻き起こる。
ユウもとても喜んでいるようだ。
私もこれほどの劇は初めてだ。
私が子どもの頃に見た舞台の数段上を行くものだった。
私が知らない内にここまで発展したのか、それともこの劇団に限った事なのか…
恐らくは後者なのだろう。
貴族に声を掛けられると言うのも納得だ。
客席は先ほどの舞台を称える声で溢れかえりたくさんの笑顔があった。
そして舞台にはそれに応えるかのように役者たちが現れる。
その登場の演出まで魔法を使うのはさすがと言ったところだろう。
煙の中から現れたのは劇団の団長であるヒイラギ ミチという女性…
そのヒイラギ ミチは控えめに言っても美しかった。
憶測だが、彼女には魅了の魔力が宿っている。
魅了とはもし、魔力が少ないものが一度彼女を見れば彼女がその人の中で最優先になってしまう。
という一見、強力極まりないものだが…
魅了はかなりの強力なものでない限り、魔法が使えない者でも掛からない。
だが、魔力が無い…そんな人には効果抜群だろう。
彼女の言う事をなんでも聞いてしまい、果てには死ねと言えば死ぬ…そんな事も出来たでしょうが魅了も少し珍しい程度のもの。
下手をすれば身の回りの物にも宿るほど…
まぁ、それを悪用する事もそうそう出来ないので世の中では魅了の宿った人は尊敬と羨望の眼差しで見られる。
どうりて貴族が関わろうとする訳です…
そんな美人をあわよくば自分の物に…そんな欲に塗れた考えで関わる貴族も後を絶たないはずです。
そう言えばユウもこのヒイラギ ミチに興味を抱いていた。
それを思い出した私は隣に居るユウの顔を見た…
するとそこには驚きに目を見開いたユウの顔があった…
「ユウ、どうしたのですか?」
あまりの様子に肩を揺らし声を掛けると少し間をあけて我に返ったかの様にこちらを見る。
「ティア!あの団長に会えない?」
ユウにして珍しく無茶を言う。
一体どうしたのでしょうか?
一応、私も貴族だ…私の名前を出せば会う事ぐらいはできるでしょう。
しかし、相手は良い顔をしないだろう…
それは重々ユウも分っているはず…そこまでして何故…
「お願い!俺をあの人に会わせて!」
そう必死に頼み込むユウの姿には何か重要な理由がある事を簡単に想像させる。
私もユウの為ならその程度の事を躊躇うつもりは無い…
けれど、重要な理由…それは何なのだろうか?
まぁ、ユウの為だ…理由はこれから分かるだろう。
「…分かりました…他ならぬユウの頼みです。行きましょう。」
「ありがとう…」
そうと決まれば受け付けをしていた場所に向かうとしましょうか…
そこに居るであろう団員に少し頼めば案内してくれるだろう。
自分が無茶を言っているのが分かっているのだろうユウはどこか落ち込んでいるようにも見える。
しかし、目には決意の様な物が感じ取れる。
「あの…どうかいたしましたか?」
ちょうどいい。
こちらに来たこの団員に案内してもらうとしようか…
「ヒイラギ団長に会いたいのですが」
「すいませんが一般の方は…」
ユウがまずは団員に対して頼むが…
やはり断られてしまう…まぁ、貴族との事があればこういうようにしているだろう。
ましてや一般庶民ととりあう理由など無いと言ったところだろう…
「それなら問題はありません。私はティア・シンフィールド。爵位は子爵です。」
「あっ…す、すいません!こちらへ!」
隠匿の効果宿っている指輪をユウに預かってもらい自己紹介をする。
慌てたように謝り案内をする団員…恐らく何度か貴族に会っているのだろう。
だからこんなにも突然の貴族の登場に慌てているのでしょう。
普通ならこんな隠れてではなく、堂々と入ってくるだろうでしょうし…。
まぁ、ユウの為です。少し可哀想ですが諦めてください。
そのまま通されたのは客間。
団員の男が部屋からいそいそと去って行くとユウが申し訳なさそうに謝ってくる。
しかし、別にユウを咎めるつもりなど一切無い。
理由こそ気にはなるがそれも今聞くほどの事でもない。
「いいですよ。何か理由があったのでしょう?」
「ありがとう…」
もう少し気のきいた言葉を掛けれればで安心してもらえるのだろが…
私は生憎とそのような言葉を掛けれるほどコミュニケーション能力は高くない…
今は自分の人付き合いの少なさを恨むばかりだ。
そんな事を考えていると扉が開く。
顔も見せる前から早くも話をする気はないとばかりに話を終わりの方向へ持っていこうとするヒイラギ ミチ。
いくらなんでもこれではよっぽどの事が無ければ話なんて聞いてもらえるかどうか…
しかし、そんな心配は杞憂に終わる。
「えっ……ユ…ウ………?」
えっ…?どういう事でしょうか…?
あれほど私は話したい気分じゃないみたいな不機嫌なオーラを放っていたのが一転…
まるで、生き別れの家族との再会を信じられないと驚くかの様な顔だ…
「そうだよ、姉ちゃん………」
………えっ?
姉ちゃん…この人が…ユウの…お姉さん?
まさか、本当に生き別れの家族…
確か、ユウのお姉さんは…過保護だった気がする…
わざわざ、弟に女の家に外泊するななど言う姉は聞いた事がない。
このご時世、貴族でもなければわざわざ外泊するななど言わないだろう。
特にユウは男だ。
一般人は何時死ぬか分からない…故に、恋愛にはかなり寛容だ。
ましてや同意を得ているのだったら何も問題はない。
ほとんどの人がそう答えるだろう。
そうなればいかにユウのお姉さんが過保護なのかというのが窺える。
しかし、あの舞台に立っていたあの美人が…今、目の前に居るこのヒイラギ ミチが…
そんなにも弟を過保護なまでに溺愛しているとは思えない…
だが、あの琥珀色の目から伝う涙が嘘とは思えない。
「嘘でしょ…夢でも見てるの…?」
「多分、現実だよ?」
どうやらどちらも現実味が無くて信じられないと言った様子だ。
頭が良いのか悪いのかヒイラギ ミチは理詰めから納得させるようだ。
何やら本物かどうかの質問をいくつか始める。
その中から地球という聞きなれない言葉が出る。
そこがユウの出身地だという話だが…そんな場所は聞いた事がない。
それなりに地理については学んだつもりですが…。
恐らく、周辺各国にはそんな場所はないはず…。
では遠い国…もしや地球というのは東方にあるあの国の事なのだろうか…
少なくとも遠い国というのはかたいだろう。
もし違うのならば秘境やそれに準じるものだろう。
「あなたの名前は?」
「神崎 悠もしくは柊 悠だよ。」
もしくはとは…どう言う事ですか?
しかも、“ヒイラギ”どう言う事だろうか…
まさか…家名?
しかし、名前の後に家名はつかないはず…
いや……そう言えば…あの東方の国は名前の前に家名をつけると言う珍しい習慣があったはず…
これに関しては他の諸国も同じはず…
家名とは名前の後につくもの…これは私が知る限り東方独自の文化……
しかも、家名があるとなれば貴族…
しかし、貴族では無いとユウは言っていた…
やはり、ユウの出生については謎が多く…本人もそこまで語る気が無い…
恐らく…隠すつもりは無いが言及されれば答えるのだろう…
しかし、自分から言わないという事はあまり語りたくないのだろう。
ならば訊く必要は無いだろう。
いつか…ユウがそれを話してくれるのを待とう…
「最後に一緒にお風呂に入らなくなったのは?」
「…14歳の時……」
待ってください…どう言う事でしょうか聞き捨てなりません。
謎の出生や過去に犯した罪を無理に訊きだすつもりは無いですが…
それだけは見逃せない。
何故だかわからないがそれだけは絶対にダメです。
それに家族なのだとしても14まで一緒にお風呂はおかしいです!
「悠…現実なんだ…」
「うん、現実だよ…」
つまり、この女はユウと一緒に14までお風呂に入っていたと?
確かにこれ以上ないくらい確実に本人の確認ができただろう。
14までお風呂に一緒に入る姉など聞いた事がない…
それに、法として血の繋がった親族との婚姻は禁止されている。
世の中も流石にそこまで寛容では無い。
ちなみに私もそこまで寛容じゃない。
「ユウ…私にも説明してほしいのですが…」
「ゴメン…嬉しすぎて…」
確かに生き別れの姉と再会できたのです。
嬉しいのでしょう…私もそれが普通のお姉さんならば心の底から盛大にお祝いしたでしょう。
しかし、それも普通のお姉さんならばの話。
今の私は一刻も早い現状の説明とこのユウのお姉さんの視界からの退出を心の底から盛大に祈っている。
「実は柊 未知は俺の姉ちゃんなんだ。義理だから血の繋がりこそ無いけどね…」
「血なんて関係ない。私がユウの一番の家族なんだから!」
義理…いや、義理とは言え姉は常識的にダメだろう。
このユウの義姉は何やらテンションが上がって先ほどとは別人になっている。
どちらにせよ…異性とお風呂などはダメだ。
特にそれが義姉だとなおさらだ。
「義理ですか…それより最後のお風呂についてはどういう事ですか?」
「実は…」
「何が気になるの?姉弟が一緒にお風呂に入る事の何がおかしいの?」
「年齢ですよ。14歳まで異性とお風呂に入るなんて姉でもおかしいです。」
このユウの姉は…本当にそれが何も問題が無いかのように…
もしかして…この姉はあたかも姉と弟がお風呂に入るのは何もおかしくないとユウに教え込んだんじゃ…
ユウは騙されやすい所がある…恐らく全てこの姉の仕業だろう。
「あなたが原因ですか…」
「原因とは心外だわ。私はユウが好きなだけで何も悪くないわ。好きな者同士が…ましてや姉が弟が入ることのどこにおかしな点があるの?」
もうこの生き物に常識で説得するのは不可能です…
まがりなりにも14で拒んだと言うことからしてもユウにその気は無いのだろう。
それにユウが姉に恋愛感情を持っているようには見えない。
「そう言えば、ユウ…あなた何処で寝泊まりしてるの?」
「私の屋敷で何不自由なく過ごしていますよ。」
ユウには女の家に外泊するのを許さないと言われていたようだが…
そんなのは関係無い…
こんな女より私は安全だと保証できる。
「ユウ?女は危ない、おっかないとあれほど言ったわよね?それに外泊なんてもってのほかだって…」
「いや、だけど他に寝床が無かったし、保護してくれるって…」
あの身寄りもなく危ういユウを放っておけるはずは無い。
それに、今の私はユウという存在が必要だ。
それにあくまでも主従の関係…危ない姉弟の関係なんていう危険極まりない物じゃない。
何処までも健全な関係だ。
「何か問題があるのでしょうか?」
「大ありよ!ユウの身に何かあったらどうしてくれるの?」
「………」
………ユウの…身に危険…。
既に、ガルムとの戦いに教会関係者に狙われる結果になっている。
いや…私が守れば何の関係も無い。
「まさか既に何か危険な事に…」
「私が責任を持って守ります。」
ヒイラギ ミチはやっぱりといった感じでこちらを見ているようですが…
けれど、どれだけ危険にさらされようと私が守るのだから大丈夫。
「貴族の言葉なんて信用できないわ。特に今のあなたは厄介な立場のはず。」
うっ…それは…
なんとかすればいいだけの話…
「ユウ…これからは私の所に来なさい。」
何を言っているんですかこの人は?
そんなの色々な意味で危険すぎます。
「いえ、ユウは私が保護します。」
こちらを射殺さんばかりに睨みつけてくるが…
そんなのは関係無い。
それに、その程度の視線などは慣れています。
「そんなことすればいつユウが襲われるか心配で寝られなくなるわ。家族である私が引き取るのが妥当じゃない?」
「一緒にお風呂に入るような姉なんて危ない者の所にユウを送る訳にはいきません。私が保護します。」
どうやらユウはどちらを選ぶべきか迷っているようですが…
だけどきっとユウは分かってくれるはず。
主従はとても強固な絆で結ばれているのだから…
「ね、姉ちゃん…その、ティアには数多くの恩があるし…一応、仕えてる身だから…」
やっぱり…ユウは応えてくれた。
そうと決まればここにもう用は無い。
ユウの手を掴み足早に部屋を抜けだした。




