第26話
俺はその名前の後に話されていた全てが耳に入らず、頭は一つの思考が支配していた。
一体、どれだけそうしていたのだろうか…
だが、俺の次に行うべきである行動は不思議と身体が理解していた。
「ユウ、どうしたのですか?」
俺が呆けているのを見て不思議に思ったティアが心配そうな目で肩をゆする。
それで思考が戻った俺の中ではする事が決まっていた。
「ティア!あの団長に会えない?」
「恐らく私の名前を出せば…」
「お願い!俺をあの人に会わせて!」
俺は必死に頼んだ。
既に挨拶は終わり観客たちも帰り始めている。
普通なら俺たちも劇場を出る予定だったというのにいきなりの頼みに戸惑うティア…
しかし、ティアはすぐに答えをくれた。
「…分かりました…他ならぬユウの頼みです。行きましょう。」
「ありがとう…」
これで会える!
その時、帰る様子の見えない俺たちを見た団員がこちらに来る。
「あの…どうかいたしましたか?」
「ヒイラギ団長に会いたいのですが」
「すいませんが一般の方は…」
当然だろう。
そんなのは危険だし、疑う気持ちも分からなくはない…
だが、ここは譲れない。
ティアが恐らく隠匿の効果宿っているであろう指輪を俺に渡してくる。
「それなら問題はありません。私はティア・シンフィールド。爵位は子爵です。」
「あっ…す、すいません!こちらへ!」
ゴメン、ティア。ゴメン、団員の人…
だけど、どうしても会わないと…
案内されたのは客間の様な部屋だった。
「しばらくお待ちください!」
そのまま逃げるように部屋を出て行く男…
本当に申し訳ない…
「ティア…今回は本当にゴメン…」
「いいですよ。何か理由があったのでしょう?」
「ありがとう…」
こういう時にティアは優しい…
もっと聞けばいいのに必要以上に聞かず傍に居てくれる。
しばらくすると扉が開く…
扉に背を向けた状態のソファーに座っているためこちらもあちらも顔が見えない…
しかし、ここで身を乗り出して振り向く訳にもいかない。
「待たせて、すいません。ですがもし勧誘などなら無駄足を…」
やっぱりそうだった。
艶のある真っ黒な髪…そして琥珀色に輝く瞳…
間違いない…
やっと顔の見える位置に来た柊 未知は気づき息を飲む…
「えっ……ユ…ウ………?」
「そうだよ、姉ちゃん………」
「…?」
未知は涙が零れ始め
顔は理解が追い付かないといった感じで戸惑いを見せる…
ティアは現状に追い付けずにいた。
「嘘でしょ…夢でも見てるの…?」
「多分、現実だよ?」
涙を流し始める2人は未だに現実を受け止められずにいた。
そこから姉ちゃんは未だに事実を簡単に受け止められないのか、まるでそれは…石橋を叩いて渡るかのように…
それは…目の前にある幸福が手から零れ落ちてしまうのが怖くて怖くて仕方が無いかのよのうに…
「あなたの故郷の名前は?」
「地球だよ。」
地球で十分だろう。
これを知っているのは元の世界の人のみだろうし…
「私があなたに言った最初の言葉は?」
「“これからは私があなたの家族よ”だったよね。」
今でもあの時の事は、覚えている。
あの出会いが全てを変えたと言っても過言ではないのだから
「あなたの名前は?」
「神崎 悠…それとも、柊 悠の方がいいかな?」
神崎は俺の元の名前、今は柊なのだが…
今はもうあの世界じゃない…
親が必要な歳でもない。
もう自分の足で歩いていかないとダメだ…
だから、これ以上…柊の名前を借りる訳にはいかない。
「最後に一緒にお風呂に入らなくなったのは?」
「…14歳の時……」
最後の質問はあまり答えたくないのだけれど…
ここまで話せば分かるだろう。
そして、そこから俺の身体中を触りだす姉ちゃん…少し恥ずかしいな…
と言うか…触って本物かどうかが分かるのだろうか?
「悠…現実なんだ…」
「うん、現実だよ…」
そのまま抱きしめてくる姉ちゃん…
もう会える事はないと諦めていた…
だけど会えた…会えたんだ…
やっとその時、実感がわいた…
俺も心の奥底で本物じゃなかったらと不安があったのだろう。
胸の奥底から熱いものが込み上げて来るのが分かる。
「ユウ…私にも説明してほしいのですが…」
「ゴメン…嬉しすぎて…」
姉ちゃんから手を離し涙を拭ってティアにも説明をする。
と言っても今の話である程度分かっているだろうけど…
「実はこの人は俺の姉ちゃんなんだ。義理だから血の繋がりこそ無いけどね…」
「血なんて関係ないわ。私がユウの一番の家族なんだから!」
期せずして起きた奇跡の再会にもう姉ちゃんのテンションがおかしい…
いや、こんな時じゃなくても時々こうなってたけど…
「義理ですか…それより最後のお風呂についてはどういう事ですか?」
そこなの?気になるのってよりによってそこなの!?
それは慎重かつ丁寧に話をしなければならない…
「実は…」
「何が気になるの?姉弟が一緒にお風呂に入る事の何がおかしいの?」
「年齢ですよ。14歳まで異性とお風呂に入るなんて姉でもおかしいです。」
うん、ティア…それは至極真っ当な答えだ…
だけど俺はその頃までそれがおかしい事だとは思わなかったんだ。
知らないし知る事ができなかった。
とある人物の情報統制によって…
初めてそれがおかしいと知ったのはクラスメイトの会話だった。
「あなたが原因ですか…」
「原因とは心外だわ。私はユウが好きなだけで何も悪くないわ。好きな者同士が…ましてや姉が弟が入ることのどこにおかしな点があるの?」
どうやら俺が言うまでも無く理解できたみたいだ。
そう、姉ちゃんはそれが普通だと俺にずっと言ってきた。
「そう言えば、ユウ…あなた何処で寝泊まりしてるの?」
げっ…これは拙い…
姉ちゃんの目が嘘は許さないと言っている…
だが、ティアの屋敷で過ごしていただなんて…
言おうものなら…
「私の屋敷で何不自由なく過ごしていますよ。」
ティア!そこは黙っていてくれ…
これは危ない…姉ちゃんが…不機嫌になっている…
「ユウ?女は危ない、おっかないとあれほど言ったわよね?それに外泊なんてもってのほかだって…」
「いや、だけど他に寝床が無かったし、保護してくれるって…」
そう言っていたのはティアだったのだがティアがそこまで説明しようとはしていない。
まさに私不機嫌と言わんばかりの顔で積めよって来る。
なんとか自分で弁解するしか…
「何か問題があるのでしょうか?」
「大ありよ!ユウの身に何かあったらどうしてくれるの?」
「………」
あっ…これは…
正直、俺の身には既に色々な災難が降りかかっている…
お世辞にも何も無かったなど言えない。
「まさか既に何か危険な事に…」
「私が責任を持って守ります。」
あぁ、もう遠まわしに認めちゃったのと同じだよ…
まぁ、姉ちゃん相手に隠し事なんて…いつかはバレる事だし仕方ないか…
「貴族の言葉なんて信用できないわ。特に今のあなたは厄介な立場のはず。」
2人の間では火花が散っていた。
しかも色々と姉ちゃんはティアについて知っているようだ。
「ユウ…これからは私の所に来なさい。」
「いえ、ユウは私が保護します。」
あの感動の再会と言ったムードは跡形もなく砕け散っていた。
しかも、より険悪になって行く…
「そんなことすればいつユウが酷い目に会うか心配で寝られなくなるわ。家族である私が引き取るのが妥当じゃない?」
「一緒にお風呂に入るような姉なんて危ない者の所にユウを送る訳にはいきません。私が保護します。」
うぅ…これはどちらかを選ばないと収まりがつきそうにない…
どちらかを選ぶべきか…
「ね、姉ちゃん…その、ティアには数多くの恩があるし…一応、仕えてる身だから…」
「そんな…」
今までの威勢は削がれ力が抜けたように倒れこむ姉ちゃん。
その隙を狙うかのようにティアは…
「長く居座る訳にもいきません。帰るとしましょう。」
「えっ?だけど…」
「ありがとうございました。ではこれで…」
「ね、姉ちゃん!また今度ね!会えて嬉しかったよ!」
俺の手を取ってスタスタと劇場を出て行った。
別に会えなくなる訳じゃない。
空いた時間にでもまた会える。
そう思いそのままティアにされるがままに引っ張られた。
「私は分かってるよユウ…すぐ会いに行くから…」
ユウとティアが立ち去った後の客間ではその言葉だけが客間に空しく響いた。
「ちょっと待ってって。ティア。」
「すいません。ですがお姉さんに関してはまた今度、会いましょう。」
「うーん、大丈夫かな…」
こういう時…間違いなく姉ちゃんはじっとしてるタイプじゃない…
力づくで来たりは…しないよな流石に…
「あのユウ…私、選んでもらえて嬉しかったです。」
まぁ、姉ちゃんにはこれからも会う事は出来るだろうし…
だけどティアにはいつ何が起こってもおかしくない…
だからティアを選んだ。
第一、主の指示は絶対だしな…
「当然でしょ?」
そう言うとティアは顔を綻ばせて喜ぶ。
わざわざ姉ちゃんとの約束を破った甲斐があったという物だ。
だけど姉ちゃんにはしっかり謝っておかないとな…
「あの…これなのですが…」
「俺に…?」
そう言って渡されたのはペンダントだった。
見覚えがあると思ったら…
「あぁ…あの時、買いに行ったのか…それならそうと言ってくれればいいのに…」
「それではサプライズの意味がありません。ちなみにそれは天秤座のペンダントです。私とみんなを取り持って欲しいという意味を込めました。私は他の人とのコミュニケーションをとるのが苦手ですから…」
確かに天秤はあらゆる物を取り持つからな…
しかし、似ているのかな考え方が…
それとも相性がいいのかな…
「実は…俺も常日頃からの礼として…」
取り出したのは買っていたペンダント…
それを見たティアの顔は驚愕の色に染まる。
「これは…ユウも…」
「あぁ、乙女座のペンダントだよ。実は故郷でこれにまつわる話があってさ?この乙女座は女神が星座になった物だっていう話があってその女神がティアにぴったりだったからこれを選んだんだ、こんなんじゃ返しきれないけど今までのお礼を少しでも形にしたいと思って…」
「そんな…気にしなくても…私としては傍に居てくれるだけで、私の支えになってくれるだけで…」
ティアの顔はどこか申し訳ないようなしかし、どこか嬉しいような顔をしていた。
ほぼ100%ガルムの報酬である俺の財布で買った物で申し訳ない顔をされると困るのだが…
少しでも喜んでくれたのならサプライズは成功だな。
「当然、労働で今までの恩に見合う程の恩返しはこれからもしていくつもりだけど…労働だと形として残らないから。だからこれは俺の自己満足…気に入らなければ身に付けなくとも、一生使わなくても構わない…けれど、どうか受け取ってほしい。俺の感謝の気持ちを…」
「……はい。」
俺の話を聞いて顔を赤く染め上げ俯くティアは蚊の鳴くような声で返事をし俺のプレゼントを受け取る。
ティアはペンダントを取りだすなり気に入ってくれたのか…
「あの……ユウが付けてくれませんか?」
「………俺が?」
「……はい、せっかくのユウからのプレゼントなんですから…ユウに着けてもらいたいです。」
ティアは自分の言葉に照れているのかまだ顔が赤い。
だが、こんな事を言われれば断れるはずがない。
手渡されるペンダントをティアに着ける。
ティアから放たれるいい香りや口づけを交わせそうな程に近くにあるティアの瞳を閉じ赤く染まっている顔により少し邪な想いを抱いた事は秘密だ。
それ以前に俺は何故正面から着けたんだ?
けど、ティアも何も言わないし大丈夫だよな?
ダイジョウブダヨネ?
「その…ティア俺のも着けてくれない?」
「えっ……!?」
………俺は何を言っているんだ?
ペンダント程度、自分で着けれるだろうが俺!
クソッ!この煩悩が悪いんだ!
さっきから顔も茹っているかのように熱いし!
今からでもいい、早くさっきの言葉を撤回しなければ!
しかし…その謝罪は間にあわない。
「………はい、分かりました。」
ティアの顔は羞恥心故か未だ赤く染まっている。
だがこちらに微笑むティアの顔を見て取り消すなんて出来るはずがない。
俺との真似をしているのか正面からペンダントを着けようとするティア。
俺はその迫りくるその美貌に目をつぶるほかに抗う術を持っていなかった。
しばらくすると…
「とても似合っています。」
恐る恐る目を開くと元の距離にティアは居た。
思考回路は焼き切れ早鐘を打つ心臓は未だに落ち着きを取り戻せてはいない。
「あぁ…ありがとう…」
返せたのはそれだけ…
全く持って情けないとしか言いようがない。
相手を褒める事すら出来ず自分にペンダントを着けてくれと言いだし、一度もティアを褒めていない。
挙句、気の抜けた声で「あぁ…ありがとう…」ってなんだよ。
自分のコミュニケーション能力の低さに辟易する。
「私は似合っていますか?」
「……凄く似合ってる。」
何一つ考えていない。
ただ、そう思った。
何と口にすればいいか考える間もなく口は言葉を紡ぐ。
今日の朝も似たような事を言っていなければこの言葉でもよかったのだろう。
あぁ、穴があったら入りたい!
「ありがとうございます。そろそろ時間ですし屋敷に帰りましょうか。」
「あぁ……」
結局、俺はティアのその微笑みに碌な返事も出来ず屋敷に戻った。




