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第25話

「はぁ…」

 

 劇場の中、関係者のみが入れる裏方では様々な人が準備に追われ慌ただしくしていた。

 しかし、その中で一人の女性は椅子に腰かけ物憂げな溜息を吐きながら窓から空を眺めていた。

 それほどに場違いな雰囲気を放つ彼女を注意する者はいない…

 今回の舞台で一番働き、一番偉い人物なのだから。

 

「なんで舞台の今日に限ってこんなに気分が落ち着かないの?」

 

 今日はなんだか胸騒ぎがするのだ。

 何かが起こる前触れ、そんな言い方をすれば大仰かもしれないが他にどう表現すればいいのか分からない…

 何せこの感覚には根拠が無いのだから。

 

 こんな時は生き別れになった大切な存在である彼を頭に浮かべ落ち着かせるのだが…

 今日のこの気持ちはそれでは収まらない…

 むしろ、その顔が浮かぶ度に胸騒ぎが激しくなる。

 

「緊張なんて珍しいな、団長にしては」

 

 どうやら、私の様子を見て緊張していると思ったのかカームが話しかけてくる。

 だが、カームの言う事も正しいかもしれない。

 ただもうすぐ始まる舞台を前に緊張しているだけかもしれない。

 

「私だって人間よ。緊張だってするかもしれないじゃない。」

「あんたみたいな大物がこんな普通の舞台一つで緊張なんて…冗談にしか聞こえないぜ?」

 

 全く、私をなんだと思っているの?

 私だって年頃の女の子とそう歳は変わらないのだから緊張だってするはず。

 だが、私も緊張していると言う線は薄いと思う。

 

「その通りッスよ。団長が緊張なんて、ドラゴンの群れの討伐かなんかッスか?」

「リョク?ドラゴンに食べられる役がしたいの?幻影でやるつもりだったけど人に変わっても問題ないはずよ?」

「いやッスね~それは確か食い散らかされるからかなり吹き飛ばされる役ッスよ?人がやれる訳無いじゃないッスか~」

「ついでに上半身と下半身が永遠にサヨナラする事になるわ?嫌なら口を慎みなさい。」

「はいッス…」

 

 良かった良かった…誰も舞台を大切な仲間の血で溢れた殺人現場にはしたくないものね。

 まぁ、そんなリョクは放っておいて、今はこの胸騒ぎだ。

 もし、これで魔法(アーツ)に影響が影響が出れば舞台は失敗だ。

 まぁ、そんな事は絶対起こさせないが…

 

「団長さん、今日の舞台に大切な人でも呼んだの?」

「そんな事ある訳ないでしょシル?あったらあなたにも言ってるわ。」

 

 もし、私の大切なあの人と再会出来たら仲間たちにも紹介するわ。

 まぁ、会える事はもう無いかもしれないけれど…

 いや、絶対に会える。諦めなければきっと…

 

「大切な人って恋人?」

「未来の夫~?」

「私にはそんな人いないわよイラ、あとミラも私の大切なあの人は遠い場所に居るからこないのよ?」

 

 大切なあの人の事はみんなが知っている。

 私が酔っ払った際にしきりに名前を口にしていた様だ。

 まぁ、それと私の言う大切な人が同一人物とはまだ誰もしらないが…

 

「大切な人と言えば、今日は貴族がくるみたいよ?」

「それ本当なのシル?」

「あぁ、俺も聞いたぞ?」

 

 カームとシルの情報が一致していると言う事は恐らく本当の話だろう…

 貴族というのは厄介で、特別席を用意しろだとか舞台の邪魔になったりだとか…

 本当に対応に困るのだ。

 

 しかも劇を終わったあとが尚、厄介なのだ。

 関係者以外は入るなと言われる場所に貴族だからという理由で入ってくる。

 みんなも貴族にNOとは言えないから案内するし、果てはお抱えの劇団になれと言う始末…

 そんな事をすれば都合良く利用されるだけ、私にも目的があるのだ。

 貴族の思惑なんて物に構っている暇はない…

 

「で、今度は誰なの?グリゴレウスとか言うここの領主?」

「いや、ティア・シンフィールドとか言う貴族みたいです。」

 

 シンフィールドか…

 確か、あそこは潰されかけている落ち目の貴族でシンフィールド夫婦は戦争で死んで、今は超越者達の宴(エクシード)に一応いるティアとか言う娘が領主になった所…

 関われば厄介事に巻き込まれそうね…

 出来ればこないでいただきたいものだ。

 

「そろそろ時間です。全員、配置についてください。」

「おっと、もうそんな時間ッスか?」

 

 そう声を掛けるトーラ…

 全員が時間に気付いていなかったみたいで慌てて配置に着き始める。

 だが、慌てておらず冷静に動いていくシエルの姿を見る。

 

「シエルは落ち着いてるみたいね。」

「私は大した事をしない…緊張する訳がない。」

 

 別にシエルに簡単な仕事を選んではいないからみんなとさほど変わらないのに…

 いや、言葉足らずなだけか…

 

「……どうするの貴族?」

 

 貴族で私が苦労しているのを一番知っているのはシエルだから気にしてくれているのか…

 まぁ、メンバーの中で貴族とそんな話ができるのは私だけだから嫌でもそうなるのだが…

 シエルなんて大鎌で相手を三枚に下ろしかねない。

 

「まぁ、なんとかするわ。心配しないでいいわよ。」

「ならいい……」

 

 ん~…やっぱりコミュニケーション能力の低さは問題ね…

 どうにか出来ないものかな…

 その内なんとかしよう…うん、そうしよう。

 

「まぁ、今は舞台に集中するとしましょう。」

「分かった…」

 

 そんな事を言っている私は未だに集中出来てないんだけどね。

 まぁ、こればかりは仕方ないとしか言いようがない…

 なんせ原因が分からないのだから…

 

 そしていつもの位置に着く…

 ここからは全ての観客が見えるのだ。

 私の魔法(アーツ)には条件はがあって“一定時間視界に居る者”に対し“視界に居る時”に掛ける事ができる…継続時間や一定時間という辺りは感覚だし、相手によって違う…

 他にも掛かってからも解けてしまう条件もいろいろと曖昧…

 

「我ながら本当に面倒な魔法(アーツ)ね…だけど、それなりに強力であるのは確かだから仕方ないか。」

 

 この条件があってもお釣りの方が大きいくらい便利なのは確かだ。

 色々な場所で色々な役に立つ…

 特に戦いではこの魔法(アーツ)のおかげで簡単に敵と戦えた。

 逃げるのも容易だった為これで魔物を相手どって訓練も出来た。

 元より戦闘経験が無い自分を鍛えるのにはぴったりだったと言えるだろう。

 

「今日は旅団雪月花の劇にお集まりいただき、誠にありがとうございます。」

 

 どうやら始まったようだ。

 いつも通りのセリフが耳に入る…

 聞きなれたこの声を聞けば気分を切り替えれると思ったがざわつく心は止まる気配を見せない。

 結局、私は舞台が終わるその時までざわついた心を落ち着ける事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

「やっと終わったッス~!」

「今日は何事も無くうまくいったな…」

 

 舞台が終わり無事に終わった事を喜ぶ一同…

 今日の舞台での事を振りかえる者、ようやく終わったとくつろぐ者…

 中には、何を食べようか?なんて考え事をしている者もいる。

 

「うーん…おかしいわ…」

「どうしたの団長さん?」

 

魔法(アーツ)の調子でも悪いんですか?そんな様子は見えませんでしたが…」

 

 今日の舞台…おかしな事があったのだ…

 あの観衆の中に何故か…大切なあの人の気配を感じたのだ。

 その中から、見覚えのある…決して忘れるはずの無いあの顔を見つけた。

 何処から何処まで一緒…違うところを見つける事は遂に出来なかった。

 

「私の大切な人が…居るはずがないのに…」

 

 何故なら、住んでいる世界が違うのだから。

 大体、異世界があといくつあるのかだってわからない。

 しかも、世界を移る手段だって分からない。

 

 だからそれを探していた。

 手当たりしだいに資料を漁り、様々な人に話を聞いた。

 街にある全ての情報を漁ったら今度は違う街に移る。

 それをただくリ返していた…

 

 しかし、世界移動をする為の情報は何も手に入らなかった。

 だが諦める訳にはいかない。

 そんな思いだからこそ、私は信じられないのだ。

 そう簡単に会えるはずが無い…だから、きっとあれは誰かが作りだした幻…

 

「居るはずがない?どうしてッスか?」

「それは……会える事ができるはずじゃない凄く離れた場所に忘れてしまった私の一番大切なものだから……」

「じゃあ、会いに来たんじゃないの?」

 

 会いに…来たの?

 そんな考えごとをしていると突然声が掛かる。

 

「カインが貴族の人に団長に会いたいって言われたんだって」

「…はぁ、分かったわ……取り敢えずはさっさと貴族を追い払って街に探しに行くとしましょうか」

 

 カインも貴族と一緒じゃ疲れているだろうしさっさと解放してあげないと…

 一応、貴族と会うのだ。

 身だしなみは整えていかなければと思い着替えに行く。

 

 貴族と会う時には出来る限り何かを言わせる要素を減らして行く。

 色々と理由があるのだが、一番の理由は面倒だからだ。

 奴らは一つの欠点だけで一日中喋っていられる。

 そんなのに付き合わされた日にはモンスターの討伐の依頼を受けてストレスを発散している。

 

 今回は記録を更新しようかしら…確か最速は10分だったはず…

 もう最初から畳みかける…そこからは強気に出る。

 相手はそれほど権力が無い…となれば下手に出でもしないとそれほど長い話にはならないだろう。

 今回の切り札は相手の立場だ。

 そこから従う理由と利益が無いと切りだせば無理だと理解するはず。

 

 どうせ相手の目的は私たちを使って金をせっせと集めるか上の貴族のご機嫌取りだろう…

 私たちを使っても機嫌は取れないと思わせるか良い取引相手じゃないと思い知らせてやれば貴族も諦めるだろう。

 女の貴族は面倒だが男の貴族の相手はもっと面倒だ。

 今回は女で良かったと感謝するべきか…

 

「応接室に案内してある?」

「はい、やっておきました。もし何か粗相をしていて文句を言われたらすいません。」

「構わないわ。なんだったら飲みもの掛けてやるくらいしても問題ないわよ。」

 

 言っておいてなんだが、さすがに飲み物かけてたら困るけどね。

 まぁ、ともかくあまり待たせるとうるさいから早く入るとしましょうか…

 そして私は扉に手を掛けた…

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