第11話
ダグラスの決めた期限の最後の日
俺は森の中で昼を過ごしていた。
「あぁ緊張する……」
今日、俺はあの屋敷を襲撃する。
当然だが命は奪わないが怪我くらいはするかも…
いや確実に怪我人は出てくる。
それに決して今から行う作戦は簡単ではない。
(分からなくもないですがしっかりしてください)
この俺の頭に直接話しかけてきているのは俺の相棒の飛鳥だ。
こうやって励ましてくれていることには感謝してもしきれない。
「そうだけど…勝てるかな?」
思わずそんな弱音を吐いてしまう。
(大丈夫です。私たちがついています。)
静かだがとても力強い声が頭に響く
この声を聞くと俺は一人じゃない
あの元の世界の時のように一人じゃない隣で励ましてくれる仲間が…隣で戦ってくれる仲間がいる。
そう思えてくる。
(取り敢えず今はルールを再確認しましょうか)
「そうだね。あんなものまでこの世界にあるとは思わなかった。」
(確かに元の世界の物と違いこちらの契約書は破ることがまず無理ですからね)
そうこの世界での契約書というのはそこに記したことは絶対に守られるだ。
もちろん色々と限界は存在するのだがそれこそ自然の摂理に大幅に反しない限りこの契約は絶対なのだ。
例えばAを取ってはいけないというルールを契約書に書けばこの契約に同意した者たちは絶対にAを取ることは出来ない。
「契約書ってのは今確認されている限りでは破れる方法がないみたいだね。それこそまだ確認されていない未知の魔法でも使わない限り…」
(契約書の取り決めは絶対…)
「全く…どっちの世界の方が発展しているのか時々分からなくなる」
こんな物が元の世界にあれば犯罪はきっと減るだろうな…
まぁこれを逆に利用した犯罪が起こるだろうから変わらないかもしれないが…
(確かこの勝負の勝利報酬はお互いの命令権でしたっけ?)
(まぁ、俺が支払える報酬なんてそのくらいしかないからね)
(今回はいいとしてもこれからは絶対こんなバカげた報酬やめてくださいね?)
(あぁ、絶対にしないよ。まず、契約書なんて使った契約なんてそうそう無いだろうけど)
(まぁ、訳の分からない命令をユウ様が受けないようにするには契約書に記されている私たちの勝利条件を達成すればいいわけですね。その条件はティア、ダグラスのどちらかが生殺与奪権を握った場合。もしくは家宝である旗を手に入れた場合)
「ティアたちの勝利条件は俺を無力化した場合、もしくは刻限である12時を迎えた場合」
(一番予想外だったのが主なルールが“誇りを胸に戦う”のみというところですね)
そうなのだ今回のルールではあって無いようなルールだけで殺しを禁じなかったのだ…
当然どんなことをやっても死ななくなるわけではなく殺意を持った殺人のみが規制されるだけなのだがこれをすれば俺がティアを意図的に殺そうとしても出来なくなるのだ。
まぁそこを含めての試験なのだろう。
「特にやってはいけない事を決めなかったね。」
(まるでどんな手を使っても私たちは負けないとでも言わんばかりのルールですね…勝利条件も家宝の旗を取られた場合とダグラスの生殺与奪権を得られた場合はこっちの負けでいいと言う…舐められてますね……)
「まぁティアからしたらこちらを気遣ってのことなんだろうけどね」
流石にあっちも誇りが邪魔をするのだろう。
あちらからすれば明らかに勝つと分かっている勝負だからな。
(どちらにせよ付け入る隙があるのは良いことです。)
「まぁ少なくてもティアとダグラス、そして非戦闘員を除き相手の戦力は30人近くいたはず作戦からしても隙が多いに越したことはないね」
(確かに作戦上は……)
そうして打ち合わせをしている内に周りは夕暮れに染まっていた。
「確かこんな時間帯の事を昔の人たちは逢魔が時と言っていたんだっけ…」
逢魔が時、この時間帯は不吉な時だとか呼んで字の如く妖怪や幽霊などの魑魅魍魎たちと出会いそうな時間帯だとか言われていたそうだ。
まさに今の俺達にはぴったりの時間帯だ。
(では古くからの慣例に従ってさしずめ私達が百鬼夜行であの領主の仲間たちが私達を退治する陰陽師でしょうか?)
まぁ慣例どうりにいけばそうなるのだろう
いつも魔物は英雄に首をとられる
もはやこれは当たり前…
「だけどそうはならないんでしょ?」
そうじゃないと否定してくれる仲間がいる
寄る辺なき物語の魔物たちとは違う
俺にはとても大切な…そして心強い仲間がいる。
(そうでしたね。では英雄譚ではなく悲劇になるのでしょうか?)
そうだな…確かに英雄が勝てない物語なら悲劇になるのかな?
しかし俺にはだれも救われない悲劇を作り出そうとは思っていない
「さぁ?どんな物語になるんだろうね」
(楽しみですね)
八咫烏の姿のままでは彼女の表情は分からない
いままではそれでもよかったが今この時は彼女の表情が見れない事を恨んだ。
彼女は今どんな顔をしているのだろうか?
「あぁ楽しみだ。」
すでに俺の心から後悔や憂いは消えていた。
(それでは私はそれをあなたのすぐそばで見守るといたしましょう)
もう悩む事はない
今は前を向いて前進するのみ
「じゃあ始めようか…最高の物語を!」
夕暮れ色に染まる景色を眺めながらティア・シンフィールドは一人つぶやいていた。
「綺麗な夕暮れですね…」
こうやってゆっくり眺めるのは久しぶりの気がする
最近は現実から逃げるように仕事に没頭していてこんな暇はなかった。
こうしているのはユウとの約束の日だからである
相手が一人に対してこっちが使う兵はおよそ50人だ。
正面からぶつかれば戦いにすらならないだろう
なら相手の作戦は不意打ち…
確かに不意打ちで挑んでこられれば負けるかも知れない
だがもし不意打ちを選ばれても正面からぶつかって100%勝てる勝負が90%勝てる勝負に変わるだけ
しかし普通、相手もそれは承知のはず
だから念のため不意打ちを避けるためにもっと簡単そうな条件を出してやればいい
家宝の旗をとれば勝ち…この条件に釣られてきたユウに正面からぶつかり倒す
餌は甘すぎて警戒されてもいけない為、当然場所は教えていないがそれでもこれは魅力的な案のはずきっとユウは釣られてくるだろう
これがゲイルの作戦だ。
これ以外に出た案はダグラスの全員で炙り出すというものだった。
当然、この案はゲイルに完膚なきまでに論破されなくなったが
結局はこのゲイルの作戦で行くことになった。
今は、屋敷の外でゲイルが10人を率いてユウを捜索
ダグラスと20人が屋敷外で警戒
私と10人が屋敷内で警戒している
まぁ流石にユウが誰にも気取られずこの屋敷に入ってくるのはまず無理だろう
そう思えるほど厳重な守りだ。
すると廊下を走る激しい足音が聴こえてくる
そしてその足音は部屋のちょうど前で止まり今度はドンドンと荒々しいノックが響く
「ティア様!敵襲です!報告に参りました!」
どうやらようやくユウが動き始めたようだ。
そして敵襲と言うことはゲイルの捜索を掻い潜ったようだ。
「入りなさい」
ガチャとドアを開けて入ってきた兵士は報告を始める。
「屋敷の東にてゴーレムが一体出現しました!」
事前に全員にはユウの魔法のことは伝えてあるのでそこまで混乱はしていない
しかしゴーレムまで召喚できたのか…
「現在は周囲の者を集め4人で討伐しようとしているところです。」
本来なら魔物を狩るのを生業とする傭兵たちでもゴーレムには5人組で挑むのが普通なのだ。
第一の理由としてはゴーレムというのは体がとても硬いので刃が通らないのだ。
確かその材質は最低でも岩で出来ている
他にも強靭な力があり並みの戦士なら一撃で戦闘不能だ。
「ユウは見つけたのですか?」
「いえ、それらしき者を見たものはいません」
既にどこかに隠れたのだろう、それよりもゴーレムだ。
ゴーレムの弱点としては足の遅さとコアを破壊すれば倒せるというところのみ
まぁそれがかなり致命的なのだが
「それで?コアを見つけることは出来たのですか?」
「それが…」
ゴーレムとの戦闘ではまずコアを探すのが定石だ
しかし言葉を詰まらせる兵士、何か言いにくいことでもあるのか
「コアがほんの一部しか露出していないのです…」
「!?他にコアらしきものは見当たらなかったのですか?」
もし彼の言葉が本当ならこれは厄介な事になってしまう
コアを破壊出来ないのならゴーレムが動けなくなるほど破壊する以外倒す方法はない…
つまりゴーレムの体ごとコアを砕くか…その露出している一部を狙い攻撃するかしか道はない
「はい…残念ながらその一部だけです。」
これは私が出向くかダグラスが出向くかしない限りかなりの長期戦になるかもしれない
しかし旗の条件があるかぎり私が屋敷を出てはいけない…
ユウを誘導する為の作戦がここに来て自分達の足枷になってしまうとは…
もしユウがこのゴーレムを狙って作ったのだとすればかなりのものだ。
しかしそんなにも強力なものを何体も召喚することはできないだろう
これは恐らく一転集中でここを突破しようという考えだろう…
「では…」
そこに戦力を集中させようと指示を出そうとしたその時…
またもや廊下を走る足音が響く
次は何事か?と思い既に開いているドアの方向に目をやると息も絶え絶えな兵士が走ってきた。
「はぁ…はぁ…報告します!屋敷の裏よりゴーレムが一体出現しました!現在周囲の者を集め4人で討伐中です。」
どういうことだろうか?
先程、ユウが召喚したとおぼしきゴーレムが裏に現れたのだ。
この辺りは既に捜索済み…事前の仕掛けでは無いはず…
そして自分から離れた位置に召喚するのはまず無理なはず…
ではユウは隠れたのではなく移動しながら召喚している…
そしてゴーレム…さっきの報告のゴーレムを含めると…
「そのゴーレム…まさかコアがごく一部しか露出していないのでは?」
すると兵士はきょとんとした顔をして
「何故わかったのですか?確かにコアがごく一部しか露出しておらず手こずりそうなので報告と増援を求めにきたのですが」
これはまさか正面と西でも……
そう思ったその瞬間また慌ただしい足音が響く
これが意味することは一つ
「報告します!屋敷の西にてゴーレムが一体出現!ゴーレムはコアが一部しか露出しておらず苦戦中です!」
これは正面にも出る確率がかなり高い
しかし正面にはダグラスがいる。
そう長くは続かないだろう。
ならばダグラスを順次送りゴーレムを各個撃破する
そしてその間にゲイルたちを呼び戻して立て直しを図るしか…
しかし、その指示はまた下されなかった。
「報告します!」
その言葉はいつの間にか部屋に来ていたゲイルのところにいたはずの兵士が指示を阻んだ。
しかし報告?ゲイルの部隊はユウの捜索のはず、しかしユウはさっきからこの屋敷のすぐそばでゴーレムを召喚して襲撃している。
報告する事など…
「森で標的を発見しました。」
標的?標的というのはユウの事のはず…
それをどうすれば森で見つけれるのだ?
どっちが本当の情報だ…
本当のユウはどこにいる…森にも屋敷の周辺にもいるとは考えずらい…
森では目撃されているがこちらでは目撃されていない
しかし召喚魔法が屋敷の周りにいるという証拠…
「現在はゲイル様含め計10人で追跡中です。」
すでに追跡中となると呼び戻すには時間がかかりそうだ…
ならこちらだけでゴーレムを倒すことに集中すべきか
幸い、ゴーレムは倒せないわけではない
「それともう一つ、報告があります。」
「ん?なんですか?」
これ以上何を報告するというのだ…
彼はゲイルの管轄のはず…
「ここに来る途中、ダグラス様が戦闘中で…」
恐らくゴーレムだろう…
しかしダグラスならそれほど手こずる事はないだろ
じゃあここにいる者たちを送って他のゴーレムを討伐に向かわせれば…
「ゴーレム1体と狼が2体と戦っていたはずなんですが…突然、仲間がダグラス様に敵対し始めて…」
裏切り!?どういうこと!?
幻術系の魔物?それとも催眠系…
「様子を詳しく」
「それが言葉を発しないくらいしか特徴が…」
幻術系ではない…?
いやどちらにせよダグラスが足止めされ自由に動けない事は確かだ…
「西側、東側、裏側の報告に来た者は持ち場に戻り同じ事が起きていないか確かめに戻りなさい。その場で戦闘に残り増援を待っていてください。」
「「「了解!」」」
「追跡の報告に来た者は急ぎ屋敷に引き返すようゲイルに伝えなさい。」
「了解!」
「あと屋敷内の警備にあたっている者を3名ダグラスの援護に回してください」
「了解!」
取り敢えず、今は守りを固めないと…
最悪、日の出まで長引かせる事ができれば勝ち
いつの間にか私の頭の中は、この勝負に勝つことしか考えていなかった。
この勝負に負けても大した損失はないだろう。
それなのに私は全力を注いでいた。
これは誇りなどからくる“勝負には全力で挑む”という気持ちではない
楽しい!ユウと戦うのが楽しい!
私は存外負けず嫌いだったようだ。
この勝負…
私が勝つ!




