第1話
「うぅ……頭が割れそうだ…」
割れそうなほど痛む頭に顔を歪めつつも周りを確認する
しかし、確認するのは簡単だった…
目を開けた先に広がっていたのは森だった
360度見渡してもあるのは木々のみ
時々差している木漏れ日はとても綺麗にみえた
「何処だ…此処は…」
誰に対して言う訳でもなくそう呟く
こんな所に来たような記憶は全くない
まぁそれはともかくだ今はこの状況をなんとかしなければならない。
さもないと食糧がないので待っているのは飢え死にだろう。
姉ちゃんには生きるのを諦めることは許さないと言われたのを覚えている。
しかし姉ちゃんはある日突然、行方不明になっってしまいそれを知った時は昼夜を問わず泣いていた。
姉ちゃんはとても優しく俺の為に色々としてくれた命の恩人であり唯一の家族とも呼べる存在だった
俺はだから姉ちゃんとの約束は唯一の思い出だ。
だから出来る限り守ろうと思っている。
だが何にせよ情報が足りない
なので俺はスマホを取り出して見たが
最後の記憶から10分も経過していない…
しかも電波は届いていなかった圏外のようだ。
どうやらかなりの森の奥にいるんじゃないかと思う
(しかし10分も経過していないとはどういうことだ?)
幾らなんでも俺を電波の圏外に10分で運ぶなんて出来るはずない。それこそ魔法でもない限り
もしかして俺は死んでいてここは死後の世界なのでは、そんな考えがよぎる。
そんなことを考えるとゾッとする。
確かめる為に俺は脈を確かめるがしっかりと脈はある
しかし、もしかすると、死後の世界ではそういったところまで再現されているのかもしれない。もしかすると、この体は俺の体なのか実は違うのではないか?。
そんな考えが巡った時、俺は考えるのを止めた。それこそ悪魔の証明やシュレディンガーの猫と一緒で答えなんか出そうにない。少なくとも今みたいに非常時に考えることじゃない。
取り敢えず、後々そういうことは考えればいい。今は自分は生きているという事を前提に進もうと思う。
そうして俺は薄暗い考えを考えないようにして木漏れ日が差す森を一人歩いて行くのだった
「なにも見えてこない…」
もう日も落ちて暗くなっていくという時間だというのに人どころか人工物さえ見つからない。しかも運の悪いことに水場さえ見つからない。
不幸中の幸いか服は長袖とジーンズなので怪我はしていないし野生の獰猛な生き物達ともまだ遭遇はしていない。しかしそれも今はというだけの話
マムシ等は夜行性だという話を聞いたことがある
。
それに夜になれば視界がより悪くなる。
文明の明かりがないのであるのは月明かりだけになる。下手をすれば、崖に落ちて死ぬ何て言うのは勘弁して貰いたい物だ。
そんな事を考えた所でどうにもならないのを知りながらも歩いていると遂に日が落ちてしまう。
周りは暗闇に支配されていき…
冷たい夜風が頬を撫でていく…
こんな時はどうしても子供の頃を思い出してしまう。
怖い…怖い…誰か助けてくれ…!
忘れようと思っていた嫌な記憶が蘇る
暗闇が支配した世界で嫌な記憶を思い出してしまった俺は足がすくみそうなのを抑えて頬を叩き気合いを入れた。
「はぁ…はぁ……よし!もう少し歩くか……んっ?」
その時、変な臭いを嗅ぎとった
臭いの元を辿ろうと辺りを見回した時…
見てしまった…
臭いの元が分かってしまった…
臭いの元は…
血に濡れた小鬼のような姿をしたバケモノだった
「……おいおい嘘だろ…たちの悪い冗談はやめてくれよ…」
俺にはこいつを知っている見たこともある。
いや実際に見たわけではないが本やゲームに出てくる奴だ
しかし現実にいるはずがない…
ゴブリン━━━
そういう名前だったのを覚えている。
しかし、こういうものは想像上の生き物だ。
居るのは大体ファンタジーの世界と相場が決まっている。
だが、いる…今、目の前に…
どうするかを考える
ゴブリンが何故、此処にいるかなんてそんなことは後だ
今は運よく膠着状態になっている。
今の内に相手を観察する。
ゴブリンとの距離は約30mほど
目が赤く光っていて禍々しい…
手には血の付着した片手剣が握られている…
遠くにゴブリンと同じ目の光が見える
どう考えても和解が出来るような状況ではないし
目に知性の光はない
分かったのはこのくらいだ。
どうするべきか…背を向けて逃げたとしたらすぐ後ろにまで迫っていた。
なんてことにはなりたくない…逃げるならば少しでも保健を掛けた方がいいだろう。
しかし考えている間に痺れを切らしたゴブリンが突撃を敢行する。
そのせいで思考を中断を余儀なくされた。しかし攻撃はなんとか避けることができる程度のものだった。
俺はなんとか攻撃を横に飛ぶことで避けた。しかしそこで気付いた自分がおかしい事に
自分の避けた距離だ…
普通ならあり得ない距離を跳んでいるのだ。軽くトランポリンで跳ねたかのような距離だ。
しかしゴブリンは驚いた様子もなくすぐこちらに目を合わせてくる。
そしてまた突撃を敢行する。
俺は身体を反らし一発蹴りを入れて逃げようとしたが
そんな器用な事は出来ず浅い一撃を貰ってしまう。しかしなんとか蹴りを入れる事には成功しゴブリンの体勢が崩れたのを見た俺は急いでその場をから逃げ出した。
しかし今、俺は大量のゴブリンと鬼ごっこをしていた…
まさか本物の鬼達と鬼ごっこをすることになるとは…思いもしなかった。
若干、鬼の数が多い気がするが…
夜の暗闇が支配する森にはゴブリンの怒りの籠った声が響いている。
木の根に足を取られ木の枝に当たったりと散々な目に遭いつつもなんとか転ばずに暗闇を走っていた…
振り返ると赤い目の光が増えていた距離も開いて行くが諦めずに追ってくる。
服はもうぼろぼろになっているし怪我も多い日の出ている時間から動きっぱなしなのだ、体力がどんどん減っていく。
その時だった、前に火の明かりが見えた。…遂に見つけた…!」
すぐに駆け込んで助けを求めよう…
そう思い駆け込んだが現実は非情だった
「誰か!助けてくだ……」
その時目に写ったのはゴブリンどもの小さい集落のような物だった…
5体はいるのが見える
「うっ…臭い…」
腐臭などの普段ならそうそう嗅ぐことのない臭いが鼻をダメにする
「ははっ…逃げれないようだな…」
前にはゴブリン5体、後ろからは何体かは分からないが複数のゴブリンが来ている。
幸運なことにもまだ追い付いていない
「やるしかないのか…」
俺の目に飛び込んだのはゴブリンが人里より盗んだであろう斧があった…
俺はそれを両手で持ちあげ構える…
「はぁ……なんでこんな目に遭っているのやら…!」
一体が此方に単独で突っ込んでくるのがわかった
持っているのは錆びた果物ナイフだ
俺はタイミングを合わせ斧を横に振った
「ギャアァァァ…」
斧は見事に首にのめり込んだ。
ゴブリンは断末魔の叫び声を上げ首からは勢いよく血が噴き出す
「うっ……気持ちわる…」
流石に生き物を殺すのはくるものがある…
しかし、槍を持ったゴブリンがこちらに槍を向けて走ってくるのが見える。
今、罪悪感はいらない
(諦めない…!)
いるのはこの意思だけだ
こいつらには大した知性も無ければ理性も無いようだ。
槍を突きだしたまま、また単独で走ってきた。足は短いので走るといってもそれほど速くない
迫りくる槍の穂先を斧でそらして体を反対に反らす
そして攻撃を外したことで出来た隙に一歩踏み出しゴブリンの頭に斧を振り下ろす。
「ギャアァァァ…」
また、断末魔の叫びをあげ血を噴き出して沈黙する
次に来るゴブリンを倒すために斧を抜こうとするが斧はのめり込んだまま抜けない。
好機と思ったのかゴブリンがこちらに来る
持っているのは錆びた両刃の片手剣だ
俺はゴブリンが持っていた槍を拾い上げこちらに走ってくるバカなゴブリンに突きだす
槍はゴブリンの体に突き刺さると同時に持っている部分が砕ける
咄嗟に落ちた剣を拾い上げ構える
しかし、ゴブリンは仲間が殺られたのを見てなのか逃げていく
俺は後ろからまだ追い付いてこないゴブリンを不思議に思いつつゴブリンの集落を後にした…
暫くして追ってくるゴブリンが見えなくなったので歩いていると吐き気に負けてしまう
「……うっ…子供の頃に死体を見ているとは言え流石にキツいな」
子供の頃に起こった大火事の時に死体を見ていた俺はそのおかげなのかそれ以上なにも思わなかった。
とはいえあんなに派手に飛び散る血を見ると流石にキツいのか手や足は微かに震えていた
流石にもうなにも追って来ないだろうと集落があった方向を見る。
するとなにかが遠くでだがこちらに向かって動いている気がした。
形容し難い恐怖に襲われた。なにか根拠があるわけじゃない。
ただ、俺は逃げ出した。
走りながら考える…
今思えばあれだけ諦めずに追ってきていたゴブリンは何故突然追って来なくなった?
今思えば何故、俺程度の相手にゴブリンは逃げ出した?
今思えば何故、俺は明るい内から歩いていたのに他の生き物と遭遇しなかった?
恐怖によって急激に冷めた頭が回り始める
走りながら俺は一つの最悪の仮説に至った
━━━圧倒的な捕食者の出現━━━
確証は無い…
しかし、状況が物語っている
何故、ゴブリンは来ない?
―――それに襲われたから
何故、ゴブリンは逃げ出した?
―――それの気配を感じ取ったから?
何故、明るい内に何とも遭遇しなかった?
―――それの気配を感じ取ったか…
喰われたか―――
その時、そんな最悪の仮説が証明されてしまう…
「グルルルゥゥゥゥゥ!!」
そんな声が響き渡った…
その声におもわず振り返ると
巨大な狼のような姿をした化け物がいた……
暗闇のせいでよく見えないが大きさと体型は分かる
それだけで充分過ぎた……最悪の仮説が当たっていたことを理解するには…
ゴブリンとは格が違う…それがよく観察するまでもなく分かる…
俺は脇目も振らずに走った
しかし、音は徐々に近づいてくる。
俺は必死に走った
しかし、音は徐々に近づいてくる。
俺は諦めずに走った
しかし、音は徐々に近づいてくる。
歪んでいきぼやけていく視界
今にも内臓が口から飛び出そうなくらいに荒くなる息
爆発しそうなくらい鼓動を早める心臓
体からは力が抜けていく
だが足だけは止めない
生きるために!
最後のその一瞬まで!
格好悪くても笑われても―――
――――――足掻き続ける!!
その時…
地面を踏みしめる感覚がなくなり―――
―――浮遊感に襲われた
その時、俺は気づいた…
崖に落ちたことに―――
水の流れる音を最後に俺の意識はそこで途絶えた…