第一積 スクとドク
冬の童話際に提示するつもりの作品です。
意見・誤字脱字等がありましたら、どうかご指摘お願いします。
拙作ですが、よろしくお願いします。
「つまるところだな、やっぱりデミッチの住処に生っている団栗が、一番美味しいのさ」
切り株の上で齧りかけの団栗を両手で抱えながら、リスのスクはそう言いました。
「なんと言うかだな、こし?……いや違う、硬さ?……いや違う、苦み?……そうだ苦みだ! あそこの団栗はグッと引き締まった実に、フワフワな甘味と絶妙な苦みが相成って、かじッと齧れば俺の口の中で最高のハーモニーを奏でるのさ! ―――分かるか? ドク」
スクは雪が付いた事で若干白くなってしまった自慢の茶色い体毛をチラチラと気にしながらも、やや興奮気味に自分の目の前にある雪の塊に問いかけます。
「ごめん、僕には少し分からないよ……」
おや? 雪の塊が質問に答えました。
しかしスクはそんな事に疑問を感じるどころか、「おいおい」と悲しそうに呟きます。
「わからない? 何を言ってんだ。もしかしてだがお前さん、自分が犬だからって俺の話に対しての回答を遠慮しているのか? だとするのなら安心しな。このスク様は種族の違いで他物を否定しない最高に器がデケぇリスだからな!」
どうやらスクの話しかけていた白い塊は、雪ではなく丸まった犬だったようです。
地面に伏して丸まっていた犬――ドクは、重たげそうに首を上げて答えました。
「それも違うよスク。僕はそんな事で悩んでないよ」
「じゃあ何に悩んでいるんだ?」
「ただ、君がつい数時間前までには『ワァッピの団栗こそがこの世で最も至高の団栗だッ!』って言ってたから、一体どっちなんだろうって悩んでただけだよ」
スクは自分のその小さな手で顔を数回掻くと、「あー」と気まずそうに言いました。
「それはあれだ、ドク。そう、聞き間違いだよお前の。ドクは耳が小さいからなあ」
「でもスク、君は何度も何度も僕に言ってきたんだよ?『ワァッピのこそ一番』って。流石に何度もそう聞こえたんだから聞き間違いは無いと思うけど……。それにね、僕の耳は少なくとも君より大きいよ」
「じゃあ、あれだ。ほら、覚えていないか? 俺がお前に言った時、その近くに丁度ワァッピが居たのさ。だからあの時はワァッピを持ち上げる為に敢えてそんな事を言ったんだ。そう、謂わば方便ってやつさ」
「でもスク、少なくとも僕の記憶が正しいとするならば、君はともかく僕は朝からずっと此処に居た筈なんだ。そしてワァッピは巣からの遠出を親の仇のように嫌うから、ワァッピがこんな所に居て君の話を聞くのはないんじゃないかな…………」
度重なるドクからの自分の発言に対する訂正や指摘に、持っていた団栗の残りを頬張りつつ、煩わしそうにスクは言いました。
「あーもうっ! ドクは細か過ぎるんだよ! とにかく、少なくとも現段階において俺にとっての一番美味しい団栗は、ドングリ・オブ・ドングリはデミッチなんだ!」
「うぅ……ごめんよスク」
大声を張り上げたことでスクに怒られたと思ったのか、申し訳なさそうに肩を下げるドクに『はっ』と我に返ったスクは、直ぐにドクに対して強く当たった事を謝りました。
「…………いや、こちらこそごめんな、ドク」
「うん」
それから暫くの間、スクとドクは口を閉ざしまた。
どうやら先程食べた団栗が今の手持ちで最後の団栗だった様で、スクは団栗を取ろうと伸ばした自分の手が空振った事に、やや残念そうな顔を浮かべた後に切り株の上で寝転がります。
対してドクは相も変わらず伏せて丸まっています。まあ強いて変わった点を挙げるとするのならば、体を寒さから逃げる為にほんの少しだけ動かしたこと位でしょうか。
沈黙が当たりを支配すると、途端に様々な自然の音が聞こえてきます。
僅かに聞こえるお互いの呼吸音。
木の枝や葉に昨晩の内に降り積もった雪が、ドサドサと落ちてくる音。
何物かの歩く音。
そして、何処からともなく聞こえてくる動物の鳴き声。喧嘩でもしているのでしょうか? その声からは微かな怒気が感じられました。
と、呆けた顔をしていたスクの顔に、何かが『ポト』っと落ちてきました。
石の礫でも、雨の粒……でもないようです。
それは雪でした。
フワフワと綿毛のように浮かび、
ハラハラと蝶のように舞う、
そんな雪でした。
「雪だ……」
スクがそう呟きます。
「そうだねスク。雪だ」
そしてドクは薄く開けた目で目の前に降ってきた雪を見ながら、そんな相槌を打ちました。
始めはポトポトと降ってきた雪は、暫くするとパラパラに変わり、更に時間が経つとシンシンと降り出します。
雪の勢いが徐々に増してきた事を危惧したドクは、スクに話しかけました。
「帰ろっか、スク」
スクはその言葉に頷きます。
「ああ、帰るとしようかドク」
ドクが立ち上がりました。
ドクは大きな大きな犬でした。
寝ぼけたような口調とは裏腹に、目じりはキリッと吊り上がり、眦はとても鋭く、閉じている口からチラチラと覗く歯は、恐ろしい獰猛さが滲み出ていました。
しかしスクはそんなドクの風体はいつも通りの見掛け倒しと言わんばかりに気にも留めず、ピョンっと切り株から飛び降りると、ドクが体に積もっていた雪をブルブルと飛ばしたのを見計らって、ドクの大きな背中(正しくは首と背中の境位)にちょこんと座り込みました。
「よし、準備完了! さあ、俺たちの家に帰ろうかドク!」
「うん。スク」
ーー◇――◇――◇ーー◇ーー
二、三十分程でしょうか。
お空に浮かんでいる太陽が少しだけ傾く程の時間をかけて、スクとドクは自分たちの家の近くにまでやって来ていました。
サクッ、サクッ、サクッ。
ドクが新雪を規則正しく踏んでいく音が辺りの木々に小さく木霊します。
一方スクは暖かいドクの毛の中で丸まって、白い雪をチラチラと気にしながらも暖を取っていました。
どうやらスクはドクの毛の中に埋もれていてもなお、自分の体にに雪が降ってきていることに気が付いた様で、ドクの毛の中を自分の頭や尻尾の上に持ってきて傘にしようと試みます。
しかし、どうにも中々上手くいきません。
やがて白いサラサラな粉が、自分の体を否応無しにお化粧していく現実を受け入れた(というよりも諦めた)スクは、精々の意趣返しだと言わんばかりに、時折自分の顔の前に落ちてくる雪を、その小さな手で『シッ シッ』と追い払います。
「スク、ねえスク」
おやおや。
どうやらスクは惰性でやっていたつもりの雪払いに、思うよりものめり込んでいた様で、ドクが自分の事を呼んでいるのに気が付きません。
「ねえスク、寝てるの? ねえ、スクったら!」
やがてスクはドクの大声にちょっと驚きながらも、ドクが自分を呼んでいた事に気が付きました。
「お、おう、どうしたんだドク?」
「……着いたよ。僕たちの家に」
ドクが家といった物。
それは決して言葉の綾でも概念としての呼称でもなく、本当に『家』でした。
ログハウス。
もしこの場に人間が居合わせていたら、その建物の事をそう呼んだ事でしょう。
やや年代が経っているらしく、所々に蜘蛛の巣が張ってあるものの、この雪山と森に群生している木の幹が綺麗に積み上げてあり、その端正な造りから建造主はそこそこの几帳面だった事が窺えました。
「おお、着いたのか。じゃあちょっとだけ待っててくれよ? ドク」
「うん。なるべく速く開けてきてね? スク」
「分かってるさ」
スクはドクの背中からログハウスの入り口にある手すりに飛び乗ると、そのまま玄関の扉の近くまで駆けて行きました。
そして扉と手すりの小さな隙間にぶら下がっているベルの前に立つと、
チリン チリン チリン
そう三回鳴らしました。
…………。
鳴らしてから大体数秒後の事です。
にわかにログハウスの中がガヤガヤと騒がしくなったと思ったら、扉のノブが『ガチャッ』と音を発てて回り、中から人が顔を出しました。
――――いえ、よく見たら(というかよく見なくても)それは人ではありませんでした。
赤ら顔に、スクの茶色い毛と比べるとかなり薄い、薄茶色の毛で体をおおっており、お尻からは長い尻尾が飛び出していました
そう、猿です。
ログハウスから出てきたのは、なんとお猿さんでした。
そしてスクはその猿に驚く所か、こう言いました。
「やあモーキ。ただいま」
モーキ。スクにそんな名前で呼ばれた猿は言い返します。
「ああ、お帰りだぜ。スク。それにドク」