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(んほおおお! これが女子高生の部屋か!)
礼が足を踏み入れた栞の部屋は、ぬいぐるみなど可愛い系の小物が多く、まだあどけなさが残る栞のイメージ通りだった。その他には勉強机の横に置かれたパソコンが特徴的で、タワー型のデスクトップにヘッドセットも備えた本格的なパソコン環境が整っていた。
どうやらこの部屋の中で『腕』が暴れたことはまだないらしく、きれいに片付いたなかで、栞がちょこんとベッドに腰かけている。
うつむいていた栞は、まだ涙の跡の残る顔を上げ、入ってきた礼に弱々しく頭を下げた。
「それで、さっき言ってたプランって、何のこと?」
用心のために開いたドアの向こうから顔をのぞかせている美瑠が、礼に聞いた。
そわそわと興味深げに部屋を見回していた礼が、それを聞いて「ムフ」と笑った。
「ああ、ではさっそく始めましょう。園田さん、前回、あなたには猫又という妖怪が取り憑いている可能性が高いと話しましたが、そもそも猫又という妖怪は、いわゆる化け猫と同じ種類の妖怪だといわれています」
「はい……」
「ですから、化け猫の退治方法を試せば、あなたのその『腕』を消せるかもしれません」
「そ、そうなんですか……!?」
想像もしなかった提案に、栞は驚いて礼を見つめた。
確かに、それが本当ならば一刻も早く試してみるべきだろう。だが、美瑠はさっきの「ムフ」がどうしても気になっていた。
長く一緒にいる兄妹だからこそわかる。あの表情には警戒が必要だった。
「新潟で古くから行われている裸押し合い祭りは、化け猫退治が由来になっているそうです。言い伝えによれば、1200年ほども昔、村に現れた化け猫を退治するために、村人たちは化け猫にむしろをかぶせ、大勢で押し合いへしあい踏みつけたとか……」
「なんだか……、すごい、ですね……」
「もちろん園田さんにそんなことはしません。私はこの方法を現代風にアレンジしてみました」
「はい……」
「まず、妖怪が取り憑いている園田さんには、むしろの代わりに布団をかけます」
「は、はい……」
「そして、私もいっしょに布団の中に入り、裸で押し合いへし合いする……。これで妖怪は必ずあなたの身体から出ていくことでしょう!」
「え……? え……? 裸……?」
あまりにぶっとんだ話に栞の頭がパニックになる。
「何言ってんのよ! このバカ兄貴!」
栞の危機を予見していた美瑠がすかさず突っ込みを入れた。
「なんでだよ、全部言い伝えの通りだろう!」
「栞先輩が裸になる必要ないでしょ! それに、なんでお兄ちゃんが一緒に布団に入るのよ!」
「だから現代風アレンジと言ったろ? これが女性にも優しい化け猫退治法なんだよ」
そう言うと、礼は栞の方に向き直り、その両肩をガッとつかんだ。
「園田さん!」
「ひゃいっ!」
栞のほうはまだパニック状態が続いているようだ。
「もちろんやりますよね? この現代風アレンジで必ず妖怪は出ていきますよ!」
もちろん、礼のセクハラから栞を守る存在は美瑠だけではなかった。
礼の目の前で、栞の右肩からスーッと3本目の『腕』が現れる。
「……ッ!」
『腕』は具現化するやいなや、礼に殴りかかった。
「甘いっ!」
さすがに2度も同じ攻撃は食わないと、礼は両腕をクロスさせて顔をガードする。が……
『腕』は瞬時に軌道を変え、礼のガードをかいくぐってアッパーカットを食らわせた。
「ぐへえ!」
宙に浮いた礼が落ちてきたところを狙って、今度はその腹にコークスクリューブローを叩き込む。
「うぼお!」
強烈な連続攻撃を食らった礼は、今度は完全にダウンした。
「お兄ちゃんっ! 大丈夫!?」
「うう……、や、やるじゃねーか……」
礼は立ち上がれないほどのダメージを受けたが、かろうじて意識は保っていた。
「ソル・トルネード……」
かすかにつぶやいたのは、栞だった。
「「え?」」
礼と美瑠が同時に栞を見る。
たった今、目の前で起こったことがとても信じられずに、栞はふたたびつぶやいた。
「あれは、『シオン』の必殺技……、ソル・トルネード……」
◇
「では、『シオン』は、ネット対戦ゲームのキャラクターだというんですね?」
そう言って、礼は自分を抱き起こしてくれた美瑠にスマホを渡した。
「美瑠、俺の代わりにあいつらに聞いてみてくれ」
「ん、やってみる」
美瑠がスマホを起動し、文字入力を始めるのを見て、栞に視線を戻す。
栞がうなずいて言う。
「はい……、ゲームの名前は……」
ぬうべえ「ああ、『アニバトル』はプレーヤーが育成したアニマリオンていうバーチャルモンスター同士を戦わせるネット対戦ゲーだよ」
ゲンさん「このゲームの一番の売りは、そのアニマリオンたちが人工知能で独自に思考するってところだな。運営がいうには『小動物並みの知能』があるらしいぞ」
寺生まれのDT「へえ、そういうのがあるんだ」
トイレの花ちゃん「私もやってますョ☆(^_^)v」
礼「シオンって知ってる?」
ゲンさん「シオン!」
ぬうべえ「シオンっていったら、勝率9割の『アニバトル』最強プレーヤーじゃん」
トイレの花ちゃん「私のキャラ、シオンとは0勝5敗ですTT」
ゲンさん「俺0勝20敗w」
ぬうべえ「シオンは他のヤツとは違うんだよね。動きや状況判断が、なんていうか本当に生きてるみたいな」
オカルト好き「ところでこれって、オカルトと関係あります?」
美瑠が見せるスマホの画面をチェックしながら、礼が栞に質問する。
「園田さん、あなたはシオンの育成がとても上手みたいですね。それこそ、生きている動物のようなレベルまで、シオンを育てあげた……」
「人工知能って、なんでも成長の材料にするんです……。だから私、いろんなことを試してみて……。最近は、いつも一緒にいるよって、マイクをつけっぱなしにして……、なるべく、話しかけたり……。そうしているうちに、シオンは、どんどん賢く……、強く、なっていきました……」
「なるほど……。美瑠、次の質問だ」
礼「人工知能のモンスターも、妖怪になる?」
オカルト好き「なるほど……。そういうことですか」
ぬうべえ「人工知能が生命をもつって話はいくらでもあるから」
トイレの花ちゃん「うんうん☆」
オカルト好き「あり得る話だけど、進化するにはそれなりに知識とか経験などの学習が必要では?」
ゲンさん「さっきのシオンなんかは、バトルの数はダントツだぜ。休みの日はもちろん、平日も夜明け近くまでずっといるからな」
長老「マニアじゃな」
寺生まれのDT「何千試合、何万試合も倒し倒され、か」
トイレの花ちゃん「でも、最近見ませんね☆ シオンちゃん(T^T)」
礼がスマホから顔を上げ栞を見る。次に聞くべき質問は、当然決まっていた。
「ところで、最近『アニバトル』のシオンは?」
「それが……、少し前に、運営からお詫びの連絡があって……」
「はい」
「シオンのデータが消えてしまいましたって……。『アニバトル』に……、もう、シオンはいません……」
ハッとして礼を見る美瑠に、礼が無言でうなずき返す。
先ほどから消えずにいる栞の『腕』をおもむろに指差し、礼は静かに言った。
「間違いない、そこいるのが、シオンです」