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ギタイマシ  作者: ヒロキヨ
エピソード3 Party Shaker
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31

「貴様っ!!!」


 主人の号令を受けた猟犬のように、青い腕が猛然と千霧に襲い掛かった。

 破滅的な威力を持つ青い拳が、うなりをあげて千霧に迫る。が、千霧は手にした錫杖でそれを正面から受け止めてみせた。

 錫杖と青い腕が衝突した瞬間、そこに小さな爆発のような衝撃が生じた。

 祭鬼とのスピーディーな戦闘と異なり、この魔物との戦闘は力と力のぶつかり合いになる。細身の千霧があの馬鹿げた力に対抗するためには、膨大な霊力を、インパクトの瞬間、正確なポイントに放つことが必要だ。並の退魔士ならば数回に1度しか成功しないこの芸当を、千霧は天才的なセンスで途切れることなくこなし続ける。

 空気すら断ち切る鋭いひと振りが凶悪な爪と衝突するたび、激しい光が散った。それは祭りの華やかな光とは異なり、戦場でしか見られない、命を刈り取る輝きだった。

 互いに引くことなく合数を重ねていく両者を眺めながら、森嶋はのそりと立ち上がった。


(認めよう……)


 たしかに、得意になってしゃべりすぎるのは自分の短所のようだ。だが……、


「その端末は単なるモニターにすぎん。それを奪ったところで、バックアップを制御することはできんぞ」


 青い腕の猛攻を時に弾き返し、時にかわしながら、千霧はスマホを手にしている理夢にちらりと目を向けた。視線に気づいた理夢が、千霧に向かって小さく首を横に振る。


「……ああ、わかっているさ。あなたは先ほど、誰にもこの呪いを止めることはできないと言った。あなた自身も、止める手段をもっていないのだろう? だから……」


 全速で突っ込んで来る自動車のような青い腕の薙ぎ払いを、これまでわざと後方に逃れていた千霧は、このタイミングで前方に跳んで避けた。虚を突かれた森嶋の懐に一気に迫る。


「押し通る!」


 自動障壁が錫杖による打撃で砕け散る。が、千霧の攻撃は内側に配されたもう1枚の障壁に防がれ、森嶋に届かない。


(2重の障壁か……)


 獲物を狙う冷酷な眼光と陰気に淀んだ眼差しが、明滅する障壁を挟んでにらみ合う。

 千霧を捕えようと背後から迫る巨大な掌を高く跳んでかわし、両者は再び距離をとった。


「……もう、くだらぬ駆け引きはやめだ」


 互いの状況が五分にもどったいま、森嶋もここから先は慎重に対処する必要があった。

 この時点で確信できたことは二つ。

 一つは、彼らにほかの仲間はいないということ、もう一つは、やはり彼らは間に合わない、ということだ。

 あの女退魔士があれほどの深手を負ってなお、ここを突破しようとするのは、チームのうちのふたりがここに釘付けになっていることが、大きなネックであるからだろう。

 だが、彼らは決してここを出ていくことはできない。女退魔士、たしかに目を見張るほどの能力の持ち主であるが、この程度の力では魔物と自分を退(しりぞ)けることは不可能だ。

 ならば必然として、残りの二名が時間内に、すべてのバックアップを破壊しなければならない。先ほどの会話の通り、そもそもシステムの制御手段は用意していない。ゆえに、デーモンデバイスの復元を止めるためには、すべてのバックアップを強制的に停止させる以外ないのだ。


「おそらく、残り時間はせいぜい10分。仲間たちが駆けずりまわったところで、市中に点在するすべての特設会場を回りきることなど不可能だ。無論、お前が私をどうにかすることもな」


 青い腕が、ただ力任せに千霧をぶん殴る。先ほどと同様、錫杖で相殺したつもりが、今度は千霧が押し込まれた。床を踏みしめた足は衝撃を抑えきれず、千霧は数メートル後方にずり下がった。


(まだパワーが上がるとは……。これが上位悪魔(グレーターデーモン)の力か)


 床に、2つ、3つと血のしずくがこぼれ落ちる。激しい戦闘の影響で、千霧の背中の傷は再び開きかけていた。


「もはや、手加減はせんぞ?」


 青い腕が隆起した筋肉に力にこめると、筋骨がさらに一まわり大きさを増した。


「言ったはずだ。押し通ると……!」


 千霧と青い腕とが、再び戦闘状態に突入する。

 背中に大きな深手を負いながら、摩利支の幹部クラスと同等の実力を誇るグレーターデーモン相手に千霧も善戦していたが、次第に息が切れ、額に光る汗が浮かび上がっていた。

 巧妙にフェイントを忍ばせ、素早い動きで翻弄し、絶妙なタイミングで隙をつき本体である森嶋を攻撃するのだが、強固な自動障壁に阻まれその身体には届かない。

 美しい女戦士と青い獣の戦いはなかなか決着を見ず、2分、3分と、無情にも時間は過ぎ去っていった。


「くっ……!」


 ついに、剛腕が繰り出す大砲のような攻撃を相殺しきれずに、千霧は理夢の目の前まで吹っ飛ばされた。

 何とか立ち上がるも、後方の理夢からは、肩で大きく息をする背中と、縦に大きく刻まれた傷口から新たに流れ出る血が否応なしに目に入る。手にしている錫杖も、何十と打ち合った衝撃により傷つき、いびつに曲がっていた。

 一方森嶋はといえば、相変わらず陰気な目で、しかし用心深く千霧の様子をうかがっている。青い腕にはそれほどダメージがある様子はない。にも関わらず、森嶋に一切の油断はないようだ。

 千霧は、明らかに追い詰められていた。

 ぼろぼろの体と武器で、なお強大な敵と対峙する千霧の後姿は気高く、理夢の小さな胸にも迫るものがあったが、これ以上、あの強敵と戦い続けるのは難しいように思えた。

 理夢は手の中にある父のスマホを、祈りを込めて強く握りしめた。


(お願い、どうか……)



 理夢が祈ったのは、しかし、千霧の勝利ではない。



 実のところ、千霧の死闘にはあまり意味はなかった。

 

 千霧はただ、忠実に実行していただけだ。

 

 美瑠から与えられた役割を、実に、完璧に。



 「ピー」という不安げなアラート音が、森嶋のスマホから発せられた。

 その音が有する重要性から、千霧も、そして森嶋も、一時休戦とばかりに理夢の持つスマホに注目する。

 理夢がスマホの画面を千霧に向かって見せると、モニタに映し出された地図上の黄色いマーカーの一つが、赤色に変わっていた。同じ画面を、少し離れた森嶋も同様に確認する。


「……」


 二つ目のバックアップの停止。やはり、姿の見えない女学生が動いていたようだ。だが、それも想定内のこと。残りはまだ4か……。「ピー」という不安げなアラート音とともに、また別のマーカーが赤に変わる。

 さらに、続けてアラート音がもう一度。


(な……、にっ……!?)


 信じがたいことに、

 

 そこにいる全員が、信じがたいことに、ほぼ同時に、3カ所のバックアップが破壊された。

 残るバックアップは、あと二つ。



次回は明後日に投稿します。

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