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虚を突かれた森嶋の後方上空から、千霧が梟のごとく音もなく襲い掛かる。
後頭部めがけて振り下ろされた錫杖は、だがしかし手前20センチで森嶋のまとう自動障壁に阻まれて止まった。
「無駄だ」
首を傾げ、背後の千霧を横目でじろりと睨みつける森嶋。その眼前で障壁表面のハニカム形状の紋様が紫から赤へと光量を増しながら変色していく。
(レベル3、いや4か。だが……!)
「なめるなっ!」
攻撃を受けると襲撃者に対して自動的に反撃を行うレベル4障壁が、自身に受けたエネルギーを正対原子変換してダメージ反射を行う寸前、千霧は手にした錫杖に霊力を一気に注ぎ込み、強引に障壁を叩き割った。
「何っ!?」
千霧の能力を過小評価していたわけではない。むしろ森嶋はその攻撃力を警戒して障壁の防御レベルを一段階引き上げていた。だが、千霧の力は森嶋の予想を遥かに超えていた。
相手の力を見誤った代償は完全に無防備な頭部への一撃だった。
消えゆく意識の中、千霧に恨めし気な視線を投げかけながら森嶋はその場に昏倒した。
「礼、聞いていたか」
『ああ、バッチリ聞こえてたぜ!』
千霧の耳元にセットされたハンズフリーの通話装置から、礼の返事が聞こえてくる。
千霧をはじめ、礼、美瑠、理夢の全員が退魔組織「摩利支」支給の通話装置を身につけ、ステレオモードにより屋上での二人のやり取りを聞いていた。
「しばらくのあいだ森嶋が目を覚ますことはないはずだ。今のうちに君は市民球場に向かい、バックアップ端末を破壊してほしい。そのタイミングでこちらもデバイスの破壊を行う」
ビルの外、道路の向こう側で理夢とともに様子をうかがっていた礼は、道の中ほどに出てビルの隙間からのぞく市民球場の灯りを見やった。
「了解した。その先でタクシーとっ捕まえりゃあ5分で着くはずだ。美瑠、球場についたら資材置き場へのナビ頼む」
『うん、任せて!』
事務所で待機中の美瑠からの返事を受け取ると、礼は道路わきの物陰を振り返った。
「んじゃあ、行ってくらあ。嬢ちゃんは中に入って千霧さんのそばにいな」
「ん、礼も気をつけて」
物陰から狐の面をつけた理夢がてくてくと歩み出て、軽やかに走り去る礼の背中を見送る。
覗き穴からのぞく深い夜空のような黒い瞳は、礼の姿が通りを折れて見えなくなるまで、瞬きもせず見つめ続けていた。
◇
市民球場では、地元でそこそこ名の知れたバンド数組が交代で持ち歌を披露するオールナイトライブが開催されていた。
礼がタクシーから飛び降りたとき、ステージ上ではこの日一番人気のガールズバンドがすでに3曲目の演奏をしているところだった。
短い丈の浴衣とホットパンツという衣装で、太腿もあらわに元気あふれる曲を奏でるバンドの女子たちと、観客席で一心不乱にサイリウムを振り回し声を張り上げる男性ファン……。ライブでは恒例の風景を尻目に、観客席横のバックヤードへ通じる通路へと、目立たぬように滑り込む。
最大限に辺りを警戒しながら通路を進む礼が見たものは……。
なんとものんびりとした舞台裏だった。
球場のバックネット裏にあたるバックヤードでは、今夜の出演バンドがそこかしこで友人知人らと騒いでいる。
IDカードを首からぶら下げた運営スタッフと思われる若者が慌ただしく通り過ぎていったりもするが、一方で缶ビール片手にただ談笑しているだけの、なぜそこにいるのかわからない面々も少なからず見かけられた。
だが、考えてみればこれは当然のことだろう。
このライブイベントは商業目的でもないし警備が必要な有名アーティストが出演しているわけでもない。単なる市民イベントであり、いわばそこらの大学でやっている学園祭の延長みたいなものである。
せいぜい音響と照明のオペレーションルーム、そしてステージ裏が関係者意外立ち入り禁止になっている程度で、目立たぬようにすれば球場内部はほぼ自由に移動することができた。
「ちぇっ、緊張して損したぜ……」
球場に到着してから4分と20秒。拍子抜けするほど簡単に、礼は資材置き場への侵入を果たしたのだった。
正対原子変換という用語は、超能力SFの古典『幻魔大戦』から拝借したものです。
元は「生体原子変換」と書きますが、一応丸パク回避のため^^;
確かベガのセリフだったと思いますが
「こちらの放つエネルギーはすべて生体原子変換され、はね返ってくる!」というセリフが妙にかっこよくて印象に残ってました。自分の作品で使えて嬉しい^^
あと、ガールズバンドのモデルはWhiteberry。
演奏している曲はもちろん「夏祭り」です^^