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登場人物
末堂礼 (すえどうれい) 20歳 退魔師
末堂美瑠 (すえどうみる) 16歳 高校1年生
末堂都 (すえどうみやこ) 72歳 礼と美瑠の祖母
※以下、順次追加
雑居ビルの入り口から飛び出した美瑠は、わき目もふらず怒り心頭の足取りでその場を立ち去った。
そんな美瑠の姿をみとめ、ふと足を止めた人影があった。
美しい黒髪をなびかせながら、彼女は冷たく澄んだ瞳で雑居ビルを見上げる。
「……」
しばらくの後、視線を戻しながら
「気のせいか……」
とつぶやくと、彼女もまたいずこかへ立ち去った。
しかし、道行く人々は誰一人気づいていなかった。
彼女が物音ひとつ立てずに歩み去ったことに。
◇
閑静な住宅街の中、手入れの行き届いた日本家屋の縁側で、美瑠は名店の和菓子を乱暴に口に放り込んだ。
「まったくあのバカ兄貴、んぐんぐ、またバカなこと始めて、んぐんぐ」
ごくんと飲み込むと後ろを振り返り、品のよい、着物姿の初老の女性に話しかける。
「お祖母ちゃんも言ってやってよ! もっと真面目にやれって」
室内で同じ和菓子と日本茶を楽しんでいた末堂都 (すえどうみやこ) が、やんわりと相槌をうった。
「礼ったら、本当に困った子ねえ。あなたたちの両親が亡くなって二人きりの肉親だっていうのに、美瑠に心配ばかりかけて」
「あのビルだって、死んだお祖父ちゃんのビルでしょ? お兄ちゃん、ちゃんと家賃払ってるの?」
「ん? ああ、一応はね」
「どうせ格安にまけてあげてるんでしょ? お祖母ちゃん、甘いんだから」
「ふふ、そりゃあ、あなたたち二人とも、可愛い孫なんだから当然でしょ?」
都のうそ偽りのない言葉に、思わず美瑠が黙り込む。
「む~~」
「美瑠にあまり心配かけないでって言ってやりたいけど、礼はなかなかこの家に寄り付かなくて」
「う……、確かに」
「それに……たいまし、だっけ? 困ってる人を助けてあげる、すばらしい仕事じゃないの?」
それを聞いて、美瑠が笑い出す。
「あははは、ないない! お兄ちゃんが考えてるのは、若いコと仲良くなることだけよ」
「あら、本当に?」
「この前のホット・ヨガも、その前の私立探偵も、BLマンガ教室も、みんな出会い目的なんだから」
都には美瑠の言った職業があまり理解できなかったが、まくし立てる美瑠の話を聞きながら、思わずくすくすと笑い出した。
「何だか、似ているわね」
「誰に?」
「私の旦那さん」
「お祖父ちゃんに?」
「男の人って、若い時はそういうものなのよ」
「年頃の女の子はそういうのが大嫌いなんです!」
と言って美瑠は頬をふくらませた。
「ったく、お祖母ちゃん、本当に甘いんだから……。お兄ちゃんなんて、悪霊にとり憑かれて、呪われちゃえばいいのよ!」
むくれる美瑠の背中を、都が慈しむように見つめる。
「そう言わないで。あの子はああ見えて、いつも美瑠のことを一番大事に考えているのよ。6年前に、あなたたちがふたりきりになったときからね」
それを聞いて美瑠は苦笑した。
「そんなことないない。それに、ふたりきりじゃないよ……」
美瑠が笑顔で都を振り返る。
「私にはお祖母ちゃんがいるしね! ねえ、この美味しい和菓子、どこで買ったの? 湯島先輩に教えてあげなきゃ」
「? その先輩っていうのは、何の先輩?」
「学校の部活! 私、茶道部なんだ」
そう言って美瑠は、残りの和菓子を口に放り込んだ。