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ギタイマシ  作者: ヒロキヨ
エピソード2 黒の逆襲
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 どんよりとした雲が夕闇前の街を覆っている。

 学校帰りで通りを歩く絵莉の心もまたどんよりと曇っていた。

 先日の模試の結果が帰ってきたのだが、その結果がかんばしくなかったためだ。

 理由は、つまらないことだった。

 絵莉には同じ大学を受験する予定の友人がいたのだが、彼女の受験勉強が上手くいかず、志望校のレベルも下げざるを得なくなった。

 最初こそ気にしていない風だった友人は、そのうち絵莉に露骨に意地悪を言うようになり、最近ではすっかり疎遠になってしまっていた。

 聡明な絵莉は大学受験の厳しい現実も理解していたし、絵莉にあたってしまう友人の弱さも理解できた。しかし、やはりその一件は絵莉を深く傷つけていた。


(紗菜だったら、くよくよしないし切り替えも早いのにね)


 残念ながら、まったく対照的な二人の姉妹は、性格も正反対だった。




 重い足取りでとぼとぼと歩いていた絵莉は、ふと視線を感じて顔をあげた。


「……!」


 信じられないことに、通りの先に自分そっくりの女の子がこちらを見て立っている。

 その女の子は絵莉と目が合うと、すぐに横の小道に入ってしまった。


(紗菜の言ってたこと、本当だった……)


  何日か前、紗菜が自分でも信じられないといった様子で、絵莉そっくりの女の子を見たと話してくれた。

 その時はとても信じられなかった絵莉も、これでは信じないわけにはいかなかった。いや、姉妹がそろって不思議な現象を体験したのだ。これはむしろ自分が事の真相を確かめなければならない……

 文学少女で特にミステリー好きな絵莉は、わき上がる好奇心を押さえることができずに、気づいたときには女の子の後を追っていた。




 ますます薄暗さを増していく空の下、その女の子は絵莉に尾けられていることを知ってか知らずか、フラフラとさまようように歩いていく。

 住宅が少なくなり、辺りの景色は中小の工場こうばや倉庫が多くを占めるようなった。

 街の景気はそれほど良くないため、廃工場や廃倉庫もちらほらと点在している。


「あっ……」


 女の子を見失い、慌てて駆け出した絵莉は道路脇のコンクリート塀に人ひとりが通れるほどの穴があいているのを見つけた。

 すでに辺りは暗くなりつつある。危険を感じずに尾行を続けるにはギリギリの時間だった。


(でも……)


 少しだけ迷った末に、絵莉は恐る恐る穴の中に入っていった。

 先ほどから、ドキドキとうるさいほどに胸が高鳴っている。

 絵莉はすべてを忘れてしまいたかった。この非日常的で刺激的な行為が、心の中の嫌なことを全部吹き飛ばしてくれることを、絵莉は願っていた。




 塀の中にあったのは、もう長いこと放置されたままの廃品集積場だった。

 鉄筋プレハブ造りで一面だけ壁を取り払った建物の中に、風雨と日の光にさらされ、すっかり朽ち果てた廃品がところ狭しと置かれている。

 よく見れば入口付近に最近置かれたばかりと見える廃品もあり、管理されていないのをいいことに、不法投棄も行われているようだった。

 見わたす限り、辺りに女の子の姿は見えなかった。

 他に女の子のいそうな場所は、もう建物の内部しかない。

 念のため周囲を見回ってこの施設が無人であることを確認すると、絵莉は用心深く建物の中に足を踏み入れた。

 入り口のそばこそ外の光が届いているものの、建物の奥は暗く、まったく様子がわからなかった。



 ジジッ……



 さすがにそこまで踏み入る勇気のない絵莉が、懸命に目をこらしていると、ふいに建物内の照明が点灯した。

 といっても、古くすすけた電球の明かりはとても弱く、暗くて見えなかった建物の奥が、かろうじて色づいて見える程度の明るさだった。


「……!」


 建物奥の片隅に、女の子が立っていた。

 朽ちて色あせた廃品の山に囲まれ、すすけた灯りに照らされたその光景は、どこか幻想的で、現実離れした雰囲気をただよわせていた。


「そんな……」


 初めて、女の子の姿をはっきりと確認した絵莉が驚くのも無理はなかった。

 目の前の女の子は絵莉と同じ制服を着て、絵莉と同じ髪型で、絵莉と同じ顔をしている。

 到底現実とは思えないことだが、そこに『自分』がいることを、絵莉自身が認めざるを得なかった。


「!」


 もう一人の『絵莉』が、おもむろに絵莉の方へ近づいてきた。

 驚きのあまり先ほどから身動きすることすら忘れていたが、かすかな微笑みを浮かべた『絵莉』に敵意は見られず、恐怖は感じなかった。

 『絵莉』は彼女のすぐ目の前で立ち止まった。

 手を伸ばせば触れられる距離に自分がいる。だが、絵莉には自分が何を考えているのかも、また何と声をかければいいのかもわからない。その奇妙な感覚の洪水に、ただ立ち尽くしていた。


「ありがとう、私を、見つけてくれて」


 そう言って『絵莉』は柔らかな笑顔を浮かべた。

 絵莉の長所であり魅力でもある、相手をほっとさせる雰囲気を、絵莉自身が初めて自分で感じる。

 『絵莉』が彼女の手を優しく取って、両手でそっと握りしめた。


「会いたかった……。もうひとりの私」

「……」



 ガタンッ!



 その時、絵莉の前方にあるうず高く積まれた廃品の山が、いきなりガタガタと揺れだした。

 激しい揺れで、山の上部にある廃品が次々と転がり落ちる。

 驚きのあまり固まっていた絵莉が我にかえり、後ずさりしようとする。

 が、いつの間にか『絵莉』が彼女の手をがっちりと握りしめていた。


「離してっ!」


 全身の力を使って振りほどこうとしても、微笑みを浮かべたままの『絵莉』は、決して手を離そうとしない。

 迫る身の危険に恐怖を感じながら、絵莉は揺れる廃品の山を見た。

 ガラガラと大きな音をたてて崩れた山の中から、ボロボロの布に覆われた、巨大な何かが現れた。

 それは、おそらく高さ3メートルはあろうかという人型の物体で、のぞいている両腕と両足以外は、布に覆われて見えなかった。


「キャーーッ!」


 悲鳴をあげ、必死に逃げようとするも、『絵莉』の手がそれを許さない。


「離してっ……! はな……、ひぐっ……、ひぐっ……」


 大声で叫ぶ絵莉の声が絶望的な嗚咽に変わっていく。

 ぽろぽろと涙をこぼしながら絵莉が助けを乞い、すがるような目で巨大な何かを見上げていると、突然、ボロ布に覆われた目の辺りが光り始めた。

 紫色の怪しげな二つの光は、弱くなったり強くなったりと不思議な明滅を繰り返す。

 見ていると吸い込まれそうな感覚を覚えるその光に、絵莉の目は釘付けになってしまった。

 ふと視界が暗くなり、絵莉の意識はそのまま遠のいていった。

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