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登場人物
末堂美瑠 (すえどうみる) 16歳 高校1年生
柏村紗菜 (かしむらさな) 16歳 柏村姉妹の妹。高校1年生
柏村絵里 (かしむらえり) 18歳 柏村姉妹の姉。高校3年生
※以下、順次追加
エピソード2 黒の逆襲
夕暮れ時の街中を、下校途中とおぼしき二人の女子高生が歩いている。
どちらの少女も、同世代の男子が見れば思わず意識してしまうような可愛らしい外見であったが、その様子は対照的だった。
ショートカットに髪留めをした少女は、ゲンナリと疲れきった顔で肩を落としながら歩き、体育会系であろう、引き締まった体つきでポニーテールに髪をまとめた少女が、それを明るく慰めていた。
「うう……、もう耐えられない……。なんであんなのが私のお兄ちゃんなんだろう……」
「なるほど、原因はあの退魔師をやってるっていうお兄さんね。お~よしよし、なんでも聞いてあげるから、言ってごらん?」
そう言って、柏村紗菜 (かしむらさな) は子供をあやすように美瑠の頭をなでた。
「うう……、この前ね、事務所に呼ばれて行ったら、なぜか巫女さんの衣装が用意してあって、お兄ちゃん、『退魔師の助手といったら巫女さんだろう!』って、無理矢理それを着せられて、私、写真まで撮られちゃった……」
「無理矢理脱がされて、じゃなく、着せられて、ね」
と紗菜が苦笑する。
「そんな写真、何に使うのかと思ったら……」
美瑠はカバンの中からカラー印刷のチラシを取り出すと、恥ずかしさから、顔をそむけたままそれを紗菜に渡した。
紗菜がチラシを手に取り、目を通す。
チラシは、ロングコート姿でマンガの主人公のようなキメ顔をした礼と巫女装束を着た固い笑顔の美瑠、そのツーショット写真をメインに、数行の宣伝文句、右下の礼と美瑠それぞれのプロフィール付きバストショットで構成されていた。
「ええと、なになに? 退魔師 末堂礼、どんな依頼も、私たちが解決します……。ふんふん、……ぶふっ!」
チラシの文章を読んでいた紗菜は、いきなり吹き出した。
当の美瑠のプロフィールに、「6歳より恐山でイタコの修行。14歳にて下山後、成仏できない悪霊たちの悩みを聞き、癒しを与え続ける。その地道な活動が広く知られるようになり、現在は心霊たちとの握手会を開催するなど、日本初の心霊アイドルとして活躍中」などと無茶苦茶なことが書かれていたためだ。
「美瑠、あんた、イタコの修行してたの?」
笑いすぎて涙を流しながら紗菜が聞く。
「私は普通の小学生だったし、中学のときもそんなことしてませんっ!」
美瑠が口をとがらせて必死に否定するのもむなしく、紗菜の笑いはしばらく止まらなかった。
「でもさあ……」
紗菜はあらためてプロフィールにある美瑠のバストショット画像を眺めた。
こちらの美瑠は心霊アイドルという言葉を意識してか、投げキッスをするように口をすぼめ、カメラ目線でウインクをしている。
「この写真、結構ノリノリなんですけど……」
「もうヤケクソだよっ! うう……、あの時、明治屋のロールケーキに惹かれなければ……」
「あらら、ケーキで釣られたわけね……」
「だって、あの1日限定20本の、いつも行列であっという間に売り切れる明治屋のロールケーキだよ!? それを一本まるまる食べていいっていうから、大喜びしてたら、食べわった後に……」
「一本まるまるって……、美瑠は甘いものに弱すぎだよ」
「私が、バカでした……」
そう言うと美瑠はふたたびズーンと肩を落とした。
「うう……、消し去りたい、記録も記憶も、これに関わるすべてを……」
「でもさあ、美瑠の巫女さん姿、すっごい可愛いいよ」
「……本当?」
「うんうん、私も巫女さんのコスプレしたくなっちゃったもん」
「紗菜ちゃん……、ありがと」
それでも、年頃の女の子にとって「可愛い」という言葉は嬉しいもので、クラスメートの素直な感想に美瑠は少しだけ元気を取り戻すことができた。
その後、二人の女子高生はしばらく連れだって歩き、大通りにたどりつくとそれぞれの帰路に別れていった。
◇
美瑠と別れ、雑多な商店街を一人歩いていた紗菜は、人混みの中によく知る顔を見つけた。
「あ、お姉ちゃんだ」
紗菜の姉の柏村絵莉 (かしむらえり) が、こちらも一人で商店街を歩いていた。下校中の紗菜と違い、こちらはもう帰宅して私服に着替えているようだった。
「お姉ちゃん、ただいま! 早いね、もう帰ってたの?」
紗菜が絵莉のもとに駆け寄り声をかける。
スポーティーな印象の紗菜とは対照的に、絵莉はいかにも文学少女といった印象だった。眼鏡をかけた知的な顔立ちを、ストレートの黒髪がさらに引き立てている。
このタイプの違いが幸いしてか、二人は幼い頃からとても仲の良い姉妹だった。
両親が共働きで不在がちな家のなかで、面倒見のいい絵莉が活動的で小さなケガの絶えない紗菜をよく世話していたためだ。
もっとも、絵莉が3年生になり受験生となってからは、なかなか姉妹で一緒に過ごすということもできなくなっていたが。
そんなこともあって、学校帰りのこのひとときを久々に姉と一緒に過ごせると思うと、絵莉を見る紗菜の顔にも自然と笑顔が浮かんだ。のだが……
「……」
「?」
紗菜をみとめたはずの絵莉は、無反応でただ紗菜を見つめ返すのみだった。
「お姉ちゃん?」
不思議に思い、再度呼び掛けてみる。と同時に、紗菜は絵莉の姿に小さな違和感を感じていた。
なぜ、そう感じるのか理由はわからない。でも、確かにおかしい……。何かが……
「あなた、誰?」
必死に考えをめぐらせていた紗菜だが、絵莉の言葉で一瞬にして頭が真っ白になる。
「え? え?」
訳がわからず混乱する紗菜を尻目に、絵莉はふいと横にずれると、そのまますたすたと歩いていってしまった。本当に、紗菜のことなどまったく知りもしないという様子で。
家に帰った紗菜は、まず玄関の靴を確認した。
(帰ってる……)
鞄を乱暴に投げ捨て、ドスドスと荒い足取りで絵莉の部屋に急ぐ。
普段はちゃんと一声かけてから開けるドアを、今日は断りなしに開け、紗菜はさっそく中にいた絵莉に食って掛かった。
「ちょとお姉ちゃんっ! あれってヒドくない!?」
床のクッションに座ってスマホを見ていた絵莉は、はじめこそビックリしたようだったが、すぐに落ち着いて紗菜に声をかけた。
「紗菜、お帰り。……どうしたの?」
昔から見慣れた絵莉のいつもの笑顔と、いつもの柔らかな声……
その短い言葉だけで、紗菜の怒りはあっという間にしぼんでしまった。
「お姉ちゃん……、あの……、今日さ、商店街のほう行った?」
「ん~、今日は、あっちは行ってない。一人だったから、バスでまっすぐ家まで来たよ」
「へ……? マジ……?」
「それが、どうかした?」
「えっ!? いやっ、べ、別に、なんでもないっ。そっ、それじゃね!」
意味不明な事態の連続に、完全に訳がわからなくなった紗菜はしどろもどろになって絵莉の部屋を出た。
(落ち着こう、まずは落ち着かなきゃ……)
後ろ手に閉めたドアにもたれ、とりあえず深呼吸をする。
紗菜が見るかぎり、絵莉に嘘をついている様子はなかった(もともと嘘をつくタイプの人間でもなかったが)。
着ていた服も紗菜が商店街で見た絵莉の着ていた服とは違った。
だとすれば、絵莉とよく似た他人を見間違えたということになるが、目の前で『あれ』を見た紗菜には、とてもそうは思えなかった。
(あっ……!)
唐突に、紗菜はただひとつの気がかり、あのとき感じた違和感について思い出した。
商店街で会った絵莉が掛けていた眼鏡……
あれは、たしか1年半ほど前、絵莉が片想いしていた男子生徒に「似合ってない」と言われたのを理由に、掛けるのをやめた眼鏡ではなかったか。
新しい眼鏡が出来上がった日、紗菜は絵莉がその眼鏡をゴミ箱に捨てるのを、確かに見ていた。