【0】プロローグ
「くっそー! 家まで後少しだっていうのに通り雨かよ~」
その日の俺は、テスト期間中で部活動がないのでいつもより早い時間に帰途についた。
校門を出た時から空が急速に曇りだし、後少しで家に着くと思った所で空から雫が降ってきた。
それまで早足だった歩調を駆け足に変えて真っ直ぐに家を目指す。
閑静な住宅街の中にある俺の家まで雨宿り出来る所がないのでとにかく急いで走る。
体感で2~3分走ったところで、
オレンジ色のレンガで建てられた。小綺麗な洋風な建物が見えてきた。
その建物は10年前から俺の家になったのだが、何度見ても大きくて立派なまさに屋敷!御殿!て感じで慣れない。
10年前にシングルマザーだった母親が再婚して、それまで住んでいた小さなアパートを出てこの義理の父の家に引っ越して来た。
義理の父は、優しくて格好い大人の男て感じで、仕事も大手企業のエリートらしい、公私ともに完璧な人だった。
身内贔屓に見ても美人でキャリアウーマンの母にぴったりの相手だ。
最初に再婚の話しをされた時には、幼いながら母を取られるようで嫌な感じだったが、シングルマザーで母が苦労しているのも理解していた俺は母の再婚を心から祝福した。
母と寄り添いながら暮らしてきたので、少し母を取られるようで寂しかったが、義理の父が連れて来た俺の新しい弟を見た時にそんな気持ちは弾け飛んだ。
そこにいたのは、現世に舞い降りた天使のような子供だった。
俺と同じ黒い髪と瞳の筈なのに、その髪はサラサラで柔らかそうで艶があり天使の輪がうかんでいた。
俺の剛毛の短髪と違い、肩口まである髪が天使が動く度にサラサラとなびいている。
そして天使の瞳は、パッチリと大きく好奇心からか内側から輝くような光を放っている。 俺の若干視力が悪く目つきの悪い細目とは大違いだ。
肌の色も俺が空手部所属で室内型の筈なのにランニングで校内のグラウンドを走り込んでいるので焼けているのに対して、マシュマロのようにふっくら白い肌をしていた。 勿論、ほっぺは薔薇色だ!
俺は、新しい弟にメロメロになった。 (最初に女の子だと思ったのは秘密だ)
その可愛い弟もすくすくと成長して立派なイケメンに成長していた。
イケメンになっても可愛い弟なのはかわらないが、最近困った事がある。
弟目当ての女の子共が家に押しかけて来るのだ。
中には自分を弟の彼女と自称して押しかける強者もいて、家の前に群れる女の子共を見て浮気するなんて酷いと勝手に弟を詰る勘違い女との口論の仲裁に入るのが日課になりつつある今日この頃。
今日も家の門前で弟と知らない女の子が口論している。
雨が降っているのに傘も差さずに何をしているんだか。
珍しく今日は取り巻きの女の子共がおらず、口論している女の子ただ1人だけだった。
「また、勘違い女か? 仕方ない、可愛い弟が風邪をひく前にお帰りしてもらおう」
俺は、ダッシュして弟の元に向かった。
近づくと口論の内容が聞こえてくる、どうやら弟に親切にされて、勝手に自分は弟の特別(恋人)だと思ったようだ。
しかし弟は誰にでも優しい、他の女の子に優しくしている現場を目撃したからと浮気呼ばわりするなんぞ勘違いも甚だしい!
俺の弟は容姿端麗、文武両道、心はまさに天使のような慈愛を持っているのだ。
そんな弟も、話しの通じない勘違い女に困り果てて、雨足も強くなっているから帰った方がいいと勘違い女を諭していた。
勘違い女は、傘を持っていないから雨宿りさせてくれと弟にねだっていた。
弟はそれを拒否している。
それもそうだろう。 俺の家は両親が共働きで深夜にならないと帰ってこない。
1つ屋根の下に、年頃の男女が2人きりでいたら外聞が悪い。
「おい! 弟が困っているだろうがサッサと帰れ!」
俺が勘違い女に声をかけると
「何よあんた! 水貴くんの兄? 似てない~」
なかなかに可愛い女の子なのだが、俺と弟を見比べて今一度俺を見て馬鹿にするように笑った。
イケメンじゃなくて悪かったな!
弟と俺は血がつながってない連れ子同士とは言え、露骨に馬鹿にした態度。 性格悪い女だなぁー。
「おい! 水貴この女と付き合ってるのか?」
「いいえ。 名前も知らない人です」
キッパリと否定した弟を勘違い女は驚いた顔をして凝視している。
「て、ことだ。 サッサと帰れよ。 傘を貸してやるから。 水貴、傘を持って来てくれ」
「はい、兄さん」
水貴が傘を取りに俺と女に背を向けた時に、俺の視界の端に銀色に光る物が見えた。
それは、刃渡り10㎝程ある包丁だった。
その切っ先は俺の可愛い弟に向いている。
その瞬間に俺の頭は真っ白になり、幼少期から習っている空手の事などサッパリ抜け落ち、ただ弟を守らなければと体を女と弟の間に移動させた。
直ぐに脇腹が熱くなり見ると包丁が俺の体から生えていた。
いや、正確には刺さっていた。
俺の体は直ぐに崩れ落ちた。
「兄さん!」
可愛い弟が必死な顔をして俺を呼ぶ。 でも、その声も段々聞こえなくなっていく。
雨に濡れて必死の形相なのに、俺の可愛い弟はやっぱりイケメンで……水も滴るいい男だなぁ~と場違いな事を思いながら、俺は弟を守れた事に安堵していた。
視界の端に走って逃げる勘違い女の姿が映る。
「水貴……あの女を恨むなよ?
あの女は、これから罰を受ける。 ゴホッ!」
「兄さんしゃべらないで!」
「水貴…聞いてくれ ゴホッゴホッ! 水貴には誰かを恨んで ゴホッ! ほしくない。 俺の可愛い弟……優しい水貴のままでいてくれ。 ゴホッ!なぁー水貴? 大好きだよ俺の可愛い弟……水…貴 」
「兄さんーーーー!」
俺の意識は、そこで途切れた。
気がつくと暖かい真っ白な空間にいた。
そこは不思議な所だった。
何が不思議かと言うと、体の感覚がないのに俺は、俺がこの空間を漂っているのが分かる事、目を開いていないというか目がないのに周りが見えていると言う現象が不思議なのだ。
現に俺の意識は、真っ白な空間に俺以外の存在がいる事を感じている。
俺はその存在に意識を向ける、すると漂っていた俺の存在が意志を持って移動を開始した。 目標は、俺以外の存在にコンタクトする為に近づく事。
しばらく移動するも周りが全部真っ白なので移動しているのか、分からなくなるが、感覚では目標に近づいているのが分かる。
目標に到着するとそこには、真っ白な子供がいた。
「初めまして」
「あ、初めまして」
真っ白な子供は、天使のように柔らかな笑顔付きで挨拶してくれた。 俺も慌てて返事をする。
可愛い~! 出会った頃の弟に張る可愛い子供だ。 全身、服や靴にいたまで白いのに瞳だけがルビーのような深紅で白兎のような印象だ。
「ようこそ転生コースはこちらです」
「転生コース?」
「はい! あなたはまだ若くして亡くなりました。 なので、まだ魂の力が漲っています。 ですから、天国で魂を休める事なく新たに転生する事ができます。
あなたは、大きな罪も犯してないので地獄で罪を清算する必要もありません。 ・・
直ぐに転生できますがどれになさいますか?」
真っ白な子供の手の中にはいつの間にか、色々な技能の才能、出身世界の選択、体の身体能力値の選択など、人1人を形造る色々な要素の選択項目がビッシリ書かれた書類が顕現していた。
正直俺は、学校の教科書から始まり、ゲーム機や携帯の説明書などに致まで長文を読むのが苦手だ。
余りに大量の選択項目に眩暈がする。
そんな俺に気付いた真っ白な子供がセットパックを進めて来た。
何でも大まかに可もなく不可もない常識の範囲内のバランスの取れたて選択で構成された見本のようなプロフィールを籤にして引いてもらい、何が当たるか分からないドキドキ感を体験してもらう為に作ったとか。
しかも、その中には当たりのプロフィールも紛れ込ませてあり。
それらを引き当てれば無敵になれるらしい。
真っ白な子供が持つ大量の書類を見て心を決める。
あの大量の書類を自力で攻略しても選択したものが完璧に反映されて転生出来るわけではないらしいのでここは!
「セットパックの籤を引きます」
「本当ですか! ヤッター!」
「????」
「あ、すみません。 今まで誰も籤を引いてくれなかったんです。 皆さん自分で好きな世界や才能を選びたいらしくて」
「なるほど。 まぁー、自分が持って生まれる才能とか自分で選択できたら最強だもんなぁ~」
「あなたが始めて籤を引くと言ってくれて嬉しかったんです。 実はこの籤は、僕が作ったんです」
「そうか~、この大量の書類を読んでプロフィールを作るとか大変そうだよな。 頑張ったんだな」
「はい!」
俺がツイツイ弟を褒めるように真っ白な子供の頭を撫でると嬉しそうに笑った。
俺はいま、手がない精神体な筈なのに触れる事が出来た。 真っ白な子供の髪の毛はサラサラとしていて気持ち良かった。
可愛い~!!
「ではでは、籤を引いて下さい」
「ああ!」
俺は、真っ白な子供が差し出した黒い箱に籤を引こうと手を伸ばす。
箱の中に手を入れてガサゴソと籤をかき混ぜながら疑問に思った事を聞いて見る。
「なぁ? やっぱり転生すると記憶て消えちまうのか?」
「そうですね大体の方はそうなります」
「そっか………」
「(記憶を)無くさないようにできますよ?」
「本当か!」
「はい、お兄さんは優しい人なのでサービスします!」
「ありがとう! あ、でも幼児体験とかヤダなぁ~。 母乳とか飲むのか……恥ずかしくて精神に苦る。 赤ちゃんプレイかぁ~」
「では、転生する時の年齢もサービスで今のお兄さんの年齢から始めましょうか?」
「出来るのか?」
「はい! ある程度成長してからの転生ですから生活に必要な知識も追加しておきますね」
「サンキュー!」
今度は頭を撫でるのではなく、嬉しさの余り抱きついてしまった。
「喜んでもらえて良かったです」
この真っ白な子供は、天使に違いないとその時の俺は思った。 事実は違うのだが……………
ガサゴソ
籤を引く。
「お、おめでとうございます! 当たりですよ。 早速、転生プロセスを開始します」
そう言うと背中から黒い翼が生えた真っ白な子供が俺に対して光の玉を放つ。
俺の意識はその光に呑まれて途切れた。
次に意識を取り戻すと俺は、爽やかな風の吹く草原に寝っ転がっていた。
上半身をゆっくり起こして辺りを観察する。 どこまでも広がる澄み切った紺碧の空に穏やかな緑の草原、かなり遠いところに大きな街が見える。
「とりあえずあの街に向かうか。 よっこらせ」
大地にしっかり2本足で立ち上った所で違和感に気づいた。 黒髪で短髪の剛毛だった髪が緩くウェーブした紅紫色の腰まである長髪になっていた。
それはいい、転生したんだし髪の色が変わって、伸びたとしても俺はそれを受け入れる。
だがしかし、この胸の位置にあるメロン2つはなんだ?
俺が動く度にユッサユッサ揺れる2つのメロン。
俺は、そのメロンに触れてみる。
ふにゃん!
「やわらけーー!」
ふにゃん! ふにゃん!
しばし、その感触を堪能してメロンの正体を推察する。
「まさか……これは、おっぱい?」
慌てて下半身を確認する。
「ない! ないないない」
しばし錯乱する俺。
どうやら俺は、女に転生したようだ。
真っ白な悪魔がそんな俺を見て笑っていたとかいないとか?