誉田君の場合~Call me スピンアウト~
遠藤係長とやっとの事でくっついた青山を見てたら、俺も彼女がいい加減欲しくなったんだよね。
一応さ、これでもいいなって思ってる子はいる。
最初は…天然だしどう扱っていいか分からなくてさ…研修を青山に押し付けた経緯のある子だ。
今じゃ青山には気を許しているし、俺や小野寺さんとか、青山の周辺メンバーとはよく話もするし飲みにも行く。
「さて…どうするかな」
正直、仲間感覚が強くなってしまっていて、攻めあぐねているのが現状だ。
「誉田、お前…馬鹿じゃない?」
「…ほっとけ…」
この日、たまたま小野寺女史に永井女史まで一緒に、飲みに来た。
飲みに来たって言うのは語弊がある、正解は【食事に来た】だ。でも、この二人と一緒だと、どうしてもアルコールがメインになる。…絶対にこの二人、一升瓶を渡したら空にするタイプだよな。
「誉田さー、私達に気付かれないと思ってた?」
「何が…」
「…鶴ちゃんの事」
「……別に、手は出してないけど?」
「そうね、出してない。じゃなくて、出せない…でしょ?」
「…ほっとけ…」
絡み酒になるのが小野寺女史、永井女史は…今のところ、黙々と飲み食いしている。…まあ、早く食わないと、小野寺女史の胃袋に収まるもんな。それって正解だ。
「あのさ、誉田君」
「何すか?」
ある程度食べて、落ち着いたらしい永井さんが顔を上げてこちらを見る。
「入社研修の時、手に負えないって言って、ツグミちゃんに丸投げしたの…後悔してる?」
「いや…それはないですね。俺が指導してたら、多分もういないでしょ」
「そうかー、そうかもね。あの時もその前も、結構辞めたものねー」
う…穏やかそうに見えて、結構ぐっさり来るんだよ、この人の一言は。
「それで? どうしたいの?」
「…さあ…攻めあぐねてるし、どうしたもんかな…」
「余計な事を考えるから、あんたはだめなんじゃない。普通に誘えばいいでしょうが」
「誘おうとして、いつも邪魔してるその口が、それをいうのか?」
そうだよ、いっつも食事に誘おうとして、2人になれない原因は小野寺女史だ。
自分には相手はちゃんといるくせに、何故か俺の邪魔をしてくる。ほんと、何がしたいんだか分からない。理由を聞いたら『面白いから』って答えが返ってくるに決まってるから、何も聞かないけどさ。
バレンタインデー当日。想来ちゃんが3歳にして初めての手作りチョコを、始業前に係長に手渡した。その時に、青山と想来ちゃんからの義理チョコを俺も貰ったんだけど。
…おい、明らかに係長は別としても、女史達に渡されたやつより…絶対に少ないよな。
小さな箱に入っていたのは、青山が作ったブラウニー2つと、想来ちゃんの作ったと言うアーモンドチョコが…3粒…。3粒ってさ、可哀想じゃね? いくら義理って言ってもさ、可哀想じゃね?
「…鶴ちゃんに貰えばいいじゃないですか…」
おいおい、青山さんよ。そう簡単には行かないっての。何しろ、おれ…まだ何にも言ってないしな。
結局貰えなかった鶴ちゃんからのチョコレート。義理でもいいから、欲しかったなぁ。
仕事が終わったのは22時過ぎだったし、バイトの鶴ちゃんは既に勤務を終えて帰った後だ。
帰りがけに行きつけのコンビニに立ち寄り、缶ビールを数本と、つまみを何点かかごに入れる。ふと立ち止まったスーツコーナーに、1個だけ残っていたCMでも有名なものだ。小さなハート型のマカロンが乗ったそれは、名前はよく覚えてないけどアイドルタレントがCMに出ていた気がする。
「なんだっけ…キャッチコピー…」
何となく、その最後の一つもかごに入れて会計を済ませる。
「なんか自分でこんなの買うのって、もてない証拠みたいでカッコ悪すぎだろ…」
小さく溜息をつきながら呟き、歩き出す。自宅にたどり着いたのは、それから15分位後の事。
「ん?」
ドアの前に、小さな人影が見える。小さいって言うのは、子供がいるとかじゃない、誰かが座り込んでいる感じだ。
「こんな時間に何だ?」
退社したのが22時過ぎなんだから、既に23時を回っている。先週何十年ぶりだかで降ったという雪の所為で、いまだに日陰には雪の塊が残っていたり、朝も道路が凍る個所がある位に寒い。
「……」
「…あ、誉田さん。お帰りなさい」
「…何してんの?」
「誉田さん、待ってました」
「俺んちの前で座ってれば、それは分かる。でもこんなに寒いのに…何考えてるんだ?」
「え、だってバレンタインじゃないですかぁ。チョコ、忘れてきちゃった所為で、渡せなかったし…」
「…明日渡すってことも出来たんじゃね?」
「え? あ、そうか…。でも、やっぱり今日渡したいかも…」
「…コーヒー、入れてやるから暖まっていけ…」
「すいません。じゃあ、遠慮なく…」
やっぱ、俺…こいつの事可愛いって思うけど…分かんねぇ…。
コーヒーを入れてやると、鶴ちゃんの正面に座る。ビール飲むつもりだったけど、送っていく必要があるし、俺もコーヒーで我慢だ。
「誉田さん、これ。受け取ってもらえます?」
「…ありがとう…」
有名チョコレート店のパッケージ。普通だと…本命用だろ。
「これを…俺が貰ってもいいのか? 普通なら本命用だろ?」
「そうですね、でも貰ってくださっていいですよ?」
「……そっか…ありがとう。…そうだ…」
さっき買ってきたばかりのコンビニスイーツ…彼女なら喜ぶに違いない。
「これ、さっきコンビニで目についてさ。買ってきたんだ…食うか?」
「あ! 君想いショコラじゃないですか!」
「CMでちらっと見た事があるけど、そんな名前なのか? ラス1だったんだよ」
「わぁ、これ食べてみたかったんですよ! なかなか売ってないんですもん」
「じゃあ、食えよ」
「いいんですか? 嬉しいっ! ありがとうございます!」
パッケージを開けると、最初に上に乗っている小さなマカロンを手にする。
「バニラ味だぁ…おーいしー…」
ニコニコと満面の笑みで、それを食べつくす。それを見ているだけで、俺はなんだか嬉しくなってきているのに気が付いていた。
「知ってます? キャッチコピー」
「あー、思い出そうとするんだけどなぁ、思い出せないんだよ」
「『君に想いの分だけキスしてあげる』ですよ」
そう言いながら立ちあがり、俺のそばに立つと…小さなキスを俺の頬に落した。
「……」
「ねえ、誉田さん。なんとか言って…?」
自分が行動しきれなかった事に腹が立つけど、正直この展開は大歓迎だ。
「…これからは…俺の事は名前で呼べよ?」
「…浩太郎…さん?」
「別に呼び捨てでいいよ…分かったか?」
「はい…っていうか、…浩太郎は?」
「俺は…追々な…」
そう言って、誤魔化すわけじゃないけれど、彼女の唇に齧りつくようなキスをする。
直ぐに名前なんて呼べねぇよ、ずっと鶴ちゃんだったんだ。 ま、追々…名前で呼んでやるから待ってろよ。なっ?
やっと、彼女が動いてくれたおかげで、滑り込みセーフだったバレンタインデーに彼女をゲット。
明日はガンガン働くぞ!
…でも、食い物の恨みは恐ろしいんですよ、係長…。
翌日、係長はジト目の俺に、戦々恐々としていたのが面白かった…。