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ドリゲラ◆学園騎士団  作者: きり
第1章
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1

彩芽(あやめ)ちゃんも、早く」

 昼休み、空腹を満たすべく学食で食券を買おうと長蛇の列に並んでいると、聞き慣れた声が耳に入ってきた。

「あ、澤井(さわい)先輩、ご一緒してもいいですか?」

 その台詞が吐き出された瞬間、騒がしかった学食内が、凍り付いたように静まり返った。声の持ち主は、“元”自称親友の姫宮さんだった。傍らには、日増しに顔色が悪くなっている我がクラスの新委員長である滝彩芽(たき あやめ)さんがいる。これがここ最近、慶雲学園高等部の学食に於ける昼休みの風景だった。

 この状況にいい加減慣れてもいい頃だと思うのだが、この場にいる大半の人間は、未だこの状況に慣れないらしい。とりわけこの状況を不満に思っているのはお嬢様方で、その証拠に、チラチラと彼女等を見ながら、聞こえるか聞こえないかという絶妙な音量で非難の言葉を口にしている。

「何、あの()、澤井様に向かって馴れ馴れしい!」

「ねえ、あの隣りにいる娘って、1―Cの新しい委員長でしょう? どうして彼女を注意しないのかしら」

「職務怠慢よね」

「案外、一緒にいると、澤井様達に近付けるから、喜んでいるんじゃないの?」

「なんて厚かましいの!」

 等と、聞いているだけで、お腹いっぱいである。

 ……そんな事より、横入りした事に突っ込もうよ、と思っているのは、きっと私だけじゃない筈だ。ちゃんと並んで先頭に来たばかりの澤井先輩達に声をかけ、どさくさに紛れに列の先頭に並ぶって、どうなのよ。まあ、それをあっさり認めてしまうあたり、澤井先輩達もどうなんだと思わなくもない。私が彼女のお守りをしていた時は、流石に抑えていたけれど、滝さんには彼女を制御出来るとは思えないから、これは当然の結果か。

 澤井先輩――若しくは澤井様は、3年生の現生徒会会長である。噂によると、誰もが知っている有名優良企業の社長であるお父様の跡取り息子様でもあるらしい。生徒会会長をやるだけあって、頭も良く、カリスマ性もある――とは言え、高校程度でカリスマ性と言うのも微妙ではあるけれど。しかも性格は兎も角、見目も良いという好物件でもある為、お嬢様達が、密かに狙っているのも致し方ないだろう。

 また、一緒に並んでいらっしゃる生徒会の主だった方々も、似たり寄ったりの好物件なものだから、お嬢様達の鼻息も荒くなろうというものだ。

 とは言え、滝さんに対する非難は頂けない。正直、彼女は流れ弾に当たったに過ぎない。

 私が委員長から降りたが為に、クラス中で押し付けあった末、大人しい滝さんに白羽の矢が立ってしまったのだ。ごめんね、滝さん。(代わる気は無いけれど)。

 その結果、転校生でもある姫宮さんのお守りまで担う事になってしまったのである(それでも代わる気は無いけれど)。

 でも、転校生と言ってもなぁ……。一学期の間は仕方なかったとしても、9月も半ばになろうとしている今、果たして彼女が転校生と言えるのか甚だ疑問である。

 何故なら、転校してきたのは、ゴールデンウイーク前なのだ。もう、今なら、ちょっと遅刻しました――程度の誤差にしか思えない。しかも幼稚園からの一貫校の慶雲で、滝さん自身、高等部から入ってきた外部進学者である為、慶雲に対する馴染み度という点に於いては、姫島さんと同じくらいのレベルなんじゃないかと思わなくもない。正直、もうお守り役は要らないんじゃないの?、と言うのが、私の見解。

 でも実際のところ、本人達にとっては、そんな一方的な関係ではなく、互いに対等な関係なのかもしれないので、見なかった事にしようと思っていた。

 ……いたのだが、そうはいかないようである。

「ちょっと、あれ、放っておくつもり?」

 と、唐突に背中を突かれた。浅野さんである。

 何時からいた!?

「滝さんって、外部からの進学者だから、この状況が不味いって事、気付いていないんじゃないの?」

 手には財布が握られているところを見ると、私と同じく食券を買う為に並んでいたらしい。その後ろを見遣ると、連れと思われる違うクラスの女の子達が数人、困った顔でこちらを窺っていた。間違った意味でのアクティブさを持つ友人を持つと、苦労するのだろうな、と心の中で手を合わせる。

 そんな浅野さんは、生粋の慶雲の生徒だと聞く。幼稚園からのガッチガチの慶雲生で、こう見えてお父様はエリート外交官だそうだ。彼女も時折、御両親を訪ねて海外に赴いているようだけれど、基本、日本に残されている。結婚後初めての赴任地が情勢不安な国であった為、当初はご家族を残しての赴任であったらしい。浅野さんが生まれた時も、お父様はそんな国でお一人で頑張っていらしたとか。仕事が出来る為なのか、赴任させられる国が、行くところ行くところそんな国ばかりのお父様に、浅野さん達ご兄弟の手がかからなくなった頃、お母様のご実家に二人を預け、御両親お二人だけで海外赴任するようになられ、今に至っているという。

 お母様のご実家が、大層なお金持ちらしいので、ある意味、浅野さん達は何不自由なく育てられているようだが、もう少しこう躾の面で何とかならなかったのかと御両親並びにお祖父様達には問いただしてみたいものである。

「最近、滝さんが、嫌がらせにあっているって、貴女も知っているでしょう?」

 空気は読めないが、意外と姐御肌の所がある浅野さんは、眉を顰めて言った。

 何故だろう。何だか責められているような気がするんですが。そしてその気遣いを何故私にはしない!

「ちょっと聞いているの!」

 ちっとも返事をしようとしない私に業を煮やしのか、強引に私を自分に向けた。

「貴女、委員長でしょう! 何とかしなさいよ!」

 ……もう委員長じゃなのですが。

 と、声を大にして言いたいのだけれど、現実問題、今、この場で声を出す事すら憚られた。

 何故なら、浅野さんの声が、徐々に大きくなってきていて、先程まで滝さん達を非難していた周囲の人達が、私達に注目し始めていたからだ。後ろのお連れの皆さんが、一生懸命彼女の暴走を止めようと気を引こうとしているのに、一向に気付いてはくれない。

 ……浅野さんはきっと、お父様の外交手腕を全て弟さんに根刮ぎ持っていかれたに違いない。

 私は溜め息を吐くと、先の見えていた列を抜け出し、問題の人物の前に立った。

「滝さん、ちょっとよろしいですか」

 もう横入り云々と言う気はないので、列の先頭にいるのだから、さっさと食券を買って後ろの人に場所を譲ればいいものを未だにうだうだとああでもない、こうでもないと迷っている姫宮さんの背後で途方に暮れていた滝さんの肩を叩いて声をかけた。

「お尋ねしたい事があるのでが、今からよろしいですか?」

 そう告げると、滝さんは明らかにホッとした表情になった。けれど、次の瞬間、後ろを振り返り次いで困った顔で私に向き直った。

 恐らく、姫宮さんのお守りから解放される喜びから、彼女を放り出して行くことへの後ろめたさにかられたのだろう。

 が、気を遣われているであろう本人は、滝さんの葛藤に気付く風もなく、澤井先輩以下、一緒に並んでいらした生徒会の方々と楽しくご歓談の最中でいらっしゃるので、私に言わせれば、滝さんの心配は杞憂に過ぎないと思われ。

「滝さん、お借りしまーす!」

 仕方が無いので、一向に決心のつきそうにない滝さんに、私は大声で宣言した。

 すると、今まで滝さんの様子を全く気にしていなかった姫宮さんを始め生徒会の面々はその存在に初めて気付いたとばかりに振り返った。しかも姫宮さんを除く生徒会の方々は、『誰だ、こいつ』的な視線を寄越してきやがり……いやいや、不思議そうな顔で私をご覧になられている訳で。

 そしてこんな時でも、キャラクターを崩壊させない姫宮さんは流石である。澤井先輩の陰に隠れるようにして立ち、その制服の肘を摘むようにしてこちらを窺っているその様子は、どう見積もっても私に怯えている(てい)である。ちょっと前までは私の親友だって仰られていたというのに、素晴らしい変わり身だと思わなくもない。

「姫宮、どうした?」

 冷静沈着、頭脳明晰と言われているらしい澤井先輩達に対する評価に、激しく異議を唱えたく思うのは、気のせいだろうか。

 無意識に、片眉を上げてしまい、我に返ってそれだけに止める。本当は、関わりたくないので、無表情を貫きたかったのに、呆れてしまい、思わず眉毛が上がってしまった。危ない、危ない。

 そんな私のハラハラ感を余所に、姫宮さんは何やら澤井先輩の耳元で囁いていた。

 うん、何となく立場的に不味い事を澤井先輩に申告されているのは分かるけど、今はそれどころではない。グズグズしていると、昼食を食べ損なう為、滝さんの返事を聞かずに彼女の手を掴むと、とっとと学食を後にしたのだった。


「食べないんですか?」

 教室に戻り、途中、購買部で購入したサンドイッチを頬張りながら、未だ戸惑いの抜けきらない滝さんに声をかける。

 彼女の目の前にも同じく購買部で購入したパンと牛乳があった。

「……あの、良かったんでしょうか?」

 ポツリと滝さんが呟いた。

「何がですか?」

 言いたい事が分からないでもなかったけれど、敢えて尋ねてみる。案の定、それに対する返答は無い。

「滝さんと親しい方は、このクラスにいらっしゃいますか?」

 牛乳でサンドイッチを流し込むと、滝さんに向き直る。

 委員長になってから、必要にかられてクラスの人間を見てきたけれど、私が見る限り、彼女と親しい人間はこのクラスにはいない筈だ。だからと言って、虐めにあっているというのでもない。元々、ちやほやされて育ってきた人間の多い慶雲では我の強い人間も多く、滝さんは気後れしてしまうようだった。

 その為、元々、内部進学者で仲の良かった者同士で固まってしまっているクラスの中で、浮いた存在になってしまっている。

「……いませんけど」

 辛うじて聞き取れるくらい小さな声が返ってきた。

 私が知らないだけで、もしかしたら仲の良い人間がいるかもしれないと、確認の為に尋ねてみたけれど、やはりいないらしい。

「では、姫宮さんとは親しいのですか?」

「えっ!?」

 絶句する滝さんに、納得した。

 成る程、成る程。今、彼女がおかれている状況は、本意ではないらしい。

「ならば、今日から浅野さんと仲良くして下さい」

「はい!?」

「浅野さん、よろしいですね」

 再び絶句する滝さんを残したまま、席を立つと、教室に戻ってきたばかりの浅野さんに声をかけた。

「何よ」

「滝さんの事なのですが、姫宮さんとは親しくないそうです」

「は?」

 何を行き成り言うんだと言わんばかりの浅野さんに、有無を言わさず続ける。

「滝さんにも言ったのですが、今日から滝さんと仲良くして下さい」

「は!? 行き成り何なのよ!」

「滝さんは外部進学者なので、慶雲学園の事がよく分からないと思うので、慶雲学園の事にお詳しい浅野さんにご指導頂きたいので」

 何で私が、とぼやく浅野さんの耳元で囁く。

「でしたら姫宮さんと仲良くして頂けるのですか?」

 そう告げると、浅野さんが絶句した。言葉にはしなかったけれど、だったら貴女が姫宮さんを何とかしたらどうなのよ、と暗に告げる。さっきは私が滝さんをあの場から連れ出したのだから、と。

「仕方無いわね」

 忌々しそうにそう呟いた浅野さんは、存外、いい人であると思うのだった。

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