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王女と異端の騎士  作者: 瀧野せせらぎ
第三章 異端の騎士[前編]
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隠れ家

 脱獄騒動が起きた翌日早朝、公国の都市付近にある小屋の前に人を担いだ少女が立っていた。

「ここは隠れ家。リカルドと待ち合わせしている場所」

「……そんなこと言われなくても理解できるから、いい加減に降ろしてくれ。ここまで来たら誰も見てないだろ」

 一晩中担がれていたグランは憔悴しきっていた。

 彼は念のためと呪力による防護を行わずにいた結果、無理な体勢のまま脳を揺らされ続

けたことにより二日酔いのような気分を味わっている真っ最中なのだ。

「そう? だったら降ろす」

 何も考えていない様子で答えると同時に、ジーニャは無造作に放り出した。受け身を取って着地し、体を起こして深呼吸を繰り返し空を見上げる。

(……一晩中、走り続けるとは思わなかった)

 誘拐に限らず長距離の移動を行うのであれば、夜の移動は仮眠を取る必要がある。人目を避けて整備されていない未開地を通るのであれば尚更だ。

 しかし、自分を荷物同然に運んだ少女に文句を言う気は起らない。

 これまでの彼女の行動原理で直感的に動くことを得意とし、記憶することや考えることが苦手であることが判明しているからだ。

 動物的と言っても良いぐらいに極端なため、説明に手間を割くだけ無駄だと達観してしまったのである。

(そもそもの言い出しはおれだし、自業自得ってこと納得するか……。とにかく、今は懐に入り込まないとな)

 半ば自分自身に言い聞かせるように酔いで鈍った思考を取り戻し、体に力を入れて立ち上がった。

 手首には枷がされたままであるが、彼は拘束具を装着したまま行動することに慣れているため問題ない。

(この拘束具は小屋の中に入ってから壊すとして、この先は鬼が出るか蛇が出るか運試し。……騒動が大きくなっただけに、セフィア様は心配しているだろうしな)

 つい最近、目にしたばかりの不安げな少女の顔が脳裏に浮かぶ。

 投獄されたというだけでも一大事に加え、誘拐されたとなれば心の弱い彼女は不安で堪らないだろうと考える。

 正直に言えば、グランは一刻も早く無事を伝えたい。しかし、状況がそれを許さないため博打のような真似事をしているのだ。

 彼が自身の行動について再確認していると、思わず苦笑が漏れてしまった。

(……旅をしている時も、ここまで特定の相手について考えることはなかったな。おれも随分と変わったもんだ)

 ふと気がつくと、ジーニャがこちらを見上げるように立っていた。

 何か言いたいことがあるのかと思ったが、彼女は無言で手枷を掴んで腕ごと持ち上げる。

「……じっとしてて」

 言うが早いか、彼女は呪力を纏って一瞬でそれを引きちぎった。そして、粘土を捏ねるように丸めて明後日の方向へ投げ捨てた。

 拘束を外されたグランは、目の前の光景と樹木が拉げて折れる音に呆けてしまう。

「……邪魔そうだったから外した。ダメだった?」

「……いや、それ以前に外して良かったのか? お前の役目は、俺を連行することだろ?」

 何も問題無いと言わんばかりの答えに、形容しがたい複雑な思いでため息をついた。

 彼女が良かれと思って行動し、言葉にした以外の思考は存在しないのは理解できる。そして、ここで問題点を指摘したところで無意味だという現実を受け止めるしかない。

 そもそも敵対関係になることが明確な相手の世話を焼く義理は無いのだが、それでも問いかけずにはいられなかった。

「おれが逃げ出すとは思わなかったのか?」

「……? 逃げたら追いかけて捕まえる」

「暴れ出したらどうするつもりだ?」

「……暴れるなら倒すだけ」

 打てば響くような答えだけに、それを躊躇なく実行することはジーニャの性格から考えて間違いない。

「隠れ家を破壊するかもしれないぞ? 中に非常食の備蓄や備品があったら、買いなおすことになる」

「……それは困る、かもしれない」

 自力でどうにかできる事柄については、彼女は直感的に判断を下すことのできる。しかし、それは裏を返せば自力で判断できない事柄に対しては判断が鈍るのだ。

(まあ、それでも直感的に動くんだろうけどな。……それにしても、どういう教育をしたらこんな脳筋な思考ができるんだ?)

 向き合って話をしてみると、グランの中には疑問とそれに対する回答がいくつか浮かぶ。

 幼少のころから戦闘訓練のみをつけられたのか、本人が戦闘に対して天才的なセンスを持っている素の人格なのか、簡単な行動ができるよう洗脳ているの判断がつかない。

 無論、ここで彼女に気を回す必要は無いのだが、行動の一つ一つが短絡的で稚拙であるため見ていられないのだ。

「まあ、今回は逃げもしないし暴れもしないから安心しろよ。さっさと小屋の中に入るぞ」

 これ以上の助言をする義理もなく、思考を打ち切って少女の背中を押して小屋へと向かった。

 彼が自ら敵地に入る理由としては夜通し運ばれたため仮眠を取りたいというのも一つだ

が、彼の被害者としての体裁を保つのが主である。

 中に入ってみると、最低限の寝泊まりが可能な環境が整えられている程度であることが

見て取れる。

 いつでも捨てることのできる仮の拠点であり、聖教に繋がるような物は一つも置かれていない。

(……予想通り徹底しているな。隠し通路の類も期待できないとなると、しばらくは様子見するしかないか)

 所持していた短剣まで拘束された際に取り上げられており、現在のグランは丸腰なのである。

 呪力を用いた格闘や覇帝剣技、正道から外れた邪剣など、手段は存在するものの考えなしに動ける状況ではない。

「とりあえず、今は腹ごしらえだな。そこの携帯食料を食わせてもらっていいか?」

「……ん、私も食べる」

 気の抜けそうな返事を聞き、複雑な面持ちで備蓄されている携帯食料を手を漁った。

 瓶や革袋に入った干し肉や堅焼きのパンなどを適当に取り出し、壁に背中を預けて座っているジーニャへ渡す。

「……ん、いただきます」

 干し肉を噛みちぎり、パンを細かくちぎっては咀嚼を繰り返す。その無防備な様子に、グランは諦めたようにため息をついて自身も食糧に手を付けた。

 保存性を重視した食糧は水気が無いため、慣れていなければ咀嚼して飲み込むまでに一苦労するのだが、二人は慣れた様子で一言も喋ることなく腹の中におさめていく。

「軟禁されている身で悪いんだが、質問していいか?」

 本来であれば立場を理解させるために回答を拒否すべきだが、ジーニャがそれをしないという確信を持って話しかけた。

「……ん、答える」

 返ってきた言葉があまりにも予想通りだったため、軽い頭痛を感じながら問いかけた。

「もう一人のリカルドとかいう男は、いつごろ合流できそうだ?」

「……ん、わからない。でも、すぐに合流できる」

 簡潔でありながら曖昧な回答に、もとから期待していなかったので次へ移る。

「どうして聖教にいるんだ?」

「……リカルドに拾われたから」

「聖教の訓練は厳しいのか?」

「……そうでもない。騎士なら誰でもできる」

「ちなみに、どんな訓練をするんだ?」

「……呪力を使って、ひたすら打ち合う」

「一対一でやるのか?」

「……そういうこともあるけど、相手が複数いることもある」

 暇を持て余さないよう情報収集を兼ねて問いかけを重ねていくと、底抜けの水瓶から水が垂れ流しになるように聞き出すことが可能だった。

「聖教の前は、どんな所にいたんだ?」

「……ん、【神導院】」

「っ……、そこでは何をしていた?」

「……ずっと剣の訓練をしてた」

「………そう、だよな。でないと、あそこまで強くなれないよな」

 【神導院】とは表向きは孤児院だが、その実態は騎士を人工的に育成するための施設だ。

 世界各地から子供を攫い、徹底して戦闘技術を身に着けさせる。そして、一定の技量を持つと試練という名の選別が待ち受けていた。

 年端のいかない子供に盗賊狩りや闇商人の暗殺を行わせ、殺しの経験を与えることで命を奪うことへの躊躇いを捨てさせる。

 そして、最終段階になると子供同士の殺し合いを行わせ、余計な感情を持たない依り代として完成させた。

 さらに異常なのは、これらの訓練課程が宗教的に行われていたということである。

「………ただの人間を神の依り代へと昇華させ、並び立つ者がいない救世主を生み出す。だったか?」

「……ん、そう、だったと思う」

 当然ながら、この訓練そのものは国は知らされておらず、あくまで孤児院として僅かな予算が出されていただけだ。

 それ故に【神導院】は裏の世界にも足を踏み入れていた。宗教の信者は密輸や要人の暗殺など、手広く行うことで資金を集めていたのである。

 その伝手を使って子供を攫い、毒物などの耐性つけさせるなど過酷な訓練を課すことができた。

「でも、確か【神導院】は火災で焼け崩れたんじゃなかったか? 聞いた限りだと、生き残りはいないはずだ」

「……〈剣〉の力を使った」

「………どういうことだ? 孤児院が火災に遭う前に、〈剣〉を宿していたのか?」

「……違う。熱くて苦しくて、ぼーっとしてたら宿った」

「……………」

 続けていた問いを止めざるをえなかった。

 つまり、ジーニャは火災の最中に〈剣〉を宿し、その力を使って生き残ることに成功したということだ。

(……〈剣〉が宿ること自体、ありえないとは無い。だが、その土壇場で力を使うとなると……無い話でも無いか)

 生存本能が働き、火事場の馬鹿力と言うべき身体の状態ならば、手に入れたばかりの力を使うことができたとしてもおかしくはない。

 また、訓練によって身のこなしや武器の扱いなどを熟知していれば、無意識のうちに最適な行動を取ることもできたはずである。

「……体が呪力に包まれて、楽になった。それから身体に力が入るようになってたから、〈剣〉で思いっきり壁を叩いたら部屋が崩れて――むぐっ」

「………もう理解したから、話さなくていい」

 グランは像時の状況について説明を続けようとする彼女の口を塞ぎ、軽く頭痛に悩まされながら内容を整理していく。そして、自分を納得させるための解を導き出した。

(……つまり、死の間際に近づいていたところに〈剣〉が宿ったから、封じられた魂と同調しやすかった。もしくは、本人の感覚が動物的だったため、本能か何かで理解した。というところか)

 できれば前者であってほしいところだが、後者の方が確率的に高いと思えてしまうことに、ため息をつきながら壁に背中を預けた。

「……どうしたの? お腹痛い?」

「とりあえず、話はここまでな。いい加減、眠くなってきたから寝、る……」

 覗き込んできたジーニャに答えながら、グランは身体を休めるために目を閉じて意識を手放した。

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