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王女と異端の騎士  作者: 瀧野せせらぎ
第三章 異端の騎士[前編]
57/61

力を欲する愚者

 ガチャッ、ガチャガチャ

 こすれ合う金属音と手首に感じる僅かな痛みに、意識が徐々に引き戻されていく感覚。

「で、なんで牢に入れられてるんだ?」

 気が付くと丁寧に手足を錘付きの頑丈な枷と鎖で封じられており、視界に映っているのは無機質な檻の柵。この状況に思わず疑問を口にしてしまったのは仕方のない事だろう。

「鍛錬場で大暴れしたから牢に入れられた」

「……お前はそうなんだろうけど、おれは身に覚えがないぞ」

 同じように拘束されているらしい少女の声に反論し、ため息をつきながら転がって顔を向けた。その拍子に枷の内側についているらしい棘が食い込む。

 すると、視界に入ってきたのは自身よりも緩めに拘束された少女の姿だった。

「私は任務を遂行しようとしただけ。あなたを捕まえてリカルドの所に連れていく」

(……よりによって、こんな話の通じない相手と相部屋なのか。監視を楽にしようと考えているんだろうな)

 話が通じていないことに再度ため息をつき、体の向きを変えて腕に力を入れやすくする。何度か擦れ合わせた後に柵の外を意識した。

 気配や息遣いから警備の人数と距離を割り出し、現状での脱獄にかかるリスクの想定を始めた。

(……檻を破ることは可能。警備兵を倒すのも可能。だが、セフィア様たちに迷惑をかけてしまうのはダメだな)

 想定を終えて脱獄をすることを断念し、呪力を纏って膝から下へ手中させる。食い込んでいる棘はどうにもできないが、呪力を行使すれば拘束具を外すことは難しくない。

 呪力を無機物に流しこむことができるのは怪物討伐を行う際に誰もが知っていることだ。しかし、その誰もが考えもしない使用方法が存在している。

 騎士が呪力を限界まで流しこむことが可能なのは、天界の神々より与えられた〈剣〉以外に存在しない。それ以外の物体は加減なしに流し込めば自壊する。

(試したことはないが、少しずつ呪力を流して崩壊寸前ぎりぎりで止める)

 足の裏に呪力を集中させる方法を応用し、足首周辺の拘束具へと緩やかに流していった。すると、拘束具に細かな亀裂が入って静かに砕ける。

(これでよし。次は腕だが、こっちは壊すと面倒になるんだよな……)

グランの経験上、腕の拘束を解くと脱獄を意図していることが発覚しやすい。

 その理由については、人間が走る時に腕を振ることや武器を手で持つことが多いからである。

 自分の置かれた立場を理解しているわけではないが、面倒を起こすとセフィアの下へ戻るまでが長くなってしまうことだけは避けたい。

(脱獄するのはわけないが、面倒を起こしたくもない。なら――)

 彼の思考にはとある合法的な脱獄計画が描かれ、その鍵となる少女を視界に捉えた。

「……? なに?」

 自分が利用されるとは考えもしていない聖教の少女ジーニャは、グランが良く知る小さい侍女アンリがやるように首を傾げた。


「グランが拘束ーー!?」

 セフィアは公国騎士団の思わぬ報告に、意図せず取り乱してしまった。

「姫様、お気を確かに」

 侍女が声をかけながら椅子へ座り直させると、数瞬の間をおいて我を取り戻す。

「なぜ、私の近衛がそのような扱いを受けるの?」

「詳細については語りかねます」

 問いかけられた伝令は逡巡の後に答え、その場で一礼すると逃げるように部屋を出ていった。

 扉の閉まる音と共に不安が募り、手足の先から血の気が引いていく。生気が薄れた主人には寄り添い、親鳥が卵を温めるようそっと抱き締めた。

「大丈夫ですよ。きっと大丈夫です」

 言い聞かせるように耳元で囁く彼女の指先は震え、同じように不安を感じているのは明白だった。しかし、それでも彼女は主人を励まそうと微笑む。

「セフィア、大丈夫です。グランさんは強いですから」

 姉妹のよう育った二人は寄り添い、互いを支え合って笑った。

 不安の陰が差すその笑顔に、一人何も言わず控えていたアンリは口を引き結んだ。何かを堪えるかのような表情で頷き、窓枠を足掛かりにして気づかれることなく部屋を出た。

 落下しながら侍女服の内から両端に短剣のついた縄を取りだし、その片方を外壁に向けて投擲する。その先には飛び出した部屋と同様に窓があり、石材と木材の繋ぎ目に挟み込むよう突き刺さった。

 もう一方の先端についている短剣を握り、ロープが伸びていくのを調節しながら壁づたいに降りて適当な部屋へ飛び込んだ。

 今回は縄と刺した短剣の回収は不可能である。しかし、そんなことなど気にならない様子で短剣を回収し、縄を放り出して部屋の様子を確認した。

(初日に確認した通りなら、この部屋は誰にも使われてないはず。ここからなら誰にも気がつかれない)

 侍女服の内から縫い針よりも太い杭のようなものを取り出し、部屋の四隅に向かって投擲する。石材を穿つように刺さり、鈴の音が鳴り響いて輝く白い膜が部屋全体を這うように薄く覆った。

 杭には細かな線と紋様が浮かび上がり、それを核として四隅に円柱状の魔法陣が展開されている。そのことを確認したアンリは、いつもの眠たげな瞳を閉じて胸に手を当てた。

「これで大丈夫。誰もこの部屋に入って来れないはず」

 深呼吸を吐き、その体から呪力を漏出させる。それはまるで地面から水が湧出し、広がって湖を作るように溢れていった。

「――鳴け〈虚空識獣〉」

 聖句を唱えて胸に当てていた手を開き、両手へ〈剣〉の召喚を行う。呪力が収束し、騎士たちよりも時間をかけてそれは出現した。

 刃が起こされていない刀身を持つ双剣。流線を描いて鏡のように輝きを反射させるそれを持ったまま、腕を水平に開いて新たな聖句を口にする。

「行って〈虚空識獣〉」

 呪力が迸り、次々と猫のような小型の獣が象られる。瞬時にして部屋の内を埋めつくし、一斉に壁や床をすり抜けていった。

 残されたのは部屋の中心に立つ侍女の姿をしたアンリだけである。


 時を同じくして、砦の一室で自身の愛剣を手入れする男がいた。人の身で持つことが可能とされる限界に達した大剣に、油を塗り広げては布で拭うという作業を延々と繰り返す。

(…あの小童が炎を使った以外、それらしいものはない。どうすれば、魔剣の力を取り戻すことができるのだ)

 公王は闘技場の出来事を思い出し、手を止めて忌々し気に夕暮れに染まった防壁を見つめる。

(あの力を取り戻さなければ、王位簒奪と統合もままならん。……せめて、あれの産出される地域を特定できれば――)

 ごぷっ

 思考を遮るように水が湧く音が鼓膜を揺らす。それと同時に足に冷たい感触を感じ、不快に思いながら視線を落とすと床がインクを垂れ流したよう黒い水たまりができていた。

「……なんなのだ、これは」

『くっくっ、野心だなあぁぁ。なぁ、血濡れの王よおぉぉ』

 脳裏に響く声と共に背筋を凍らすような恐怖に支配され、指の一本も動かせなくなる。まるで、恐怖の根源がそこにいるかのように公王は錯覚した。

『他国の王族から娘を娶って踏み台にし、同盟という事実だけを手に入れる』

 水たまりは広がり、水位を増して膝まで水没させる。慌てて立ち上がって足を引き抜こ

うとするが、まるで湿地に踏み込んでしまったようにびくともしない。

『騎士だけでなく常人を訓練し、武力を生み出して周辺諸国に脅しをかける』

 水たまりは壁を這って天井へと広がり、最後には部屋の内外を断絶した。光さえも入っ

て来ない空間に取り残される。

『国内で起きる些事は放り出して他人任せ』

「なっ、なんのことだ……!?」

 自らの行いを次々と暴露され、公王に動揺が走った。なおも声は次なる指摘を行う。

『騎士団の中心に立つことで武力を押さえ、怪物から国民を守って支持させるのと同時に、横槍を入れてくる有力者共を抑止』

「……貴殿は何者だ? 人、ではないな」

 立て続きに指摘されたため、冷静さを取り戻した彼は声の主に問いかける。

 武力を後ろ盾にすることで、武勇を誇っている彼にとって暴露は致命的だ。騎士たちとは日頃から良好な関係を築いているが、知られた場合には万が一ということもある。

 聞こえていなかったとしても、相手に弱みを握られていることは間違いない。

 相手は姿を見せていない上に隔離された状態では手も足も出ないと理解し、足掻くことなく覚悟を決めて手入れをしていた愛剣を手放した

『王国を取り込んで帝国と同等の国家を楽に作ろうとする』

 野望さえも暴露され、人知を超えた相手に返す言葉を失った。

 もし声の主にその気があれば、野望が暴露されて統治支配が困難になり、民衆からだけでなく信頼を得ている騎士たちは離反していくだろうことは間違いない。それどころか、この場で人知れず命の灯を消されることさえあり得る。

 反抗する意思を見せることもできなければ、交渉を持ちかけることもできない。主導権は完全に握られていた。

『くっくっ、俺好みにも程があるなあぁぁ』

 絶望のあまり蒼白に染まった公王の脳裏に、先ほどまでとは打って変わって喜劇を楽しむ

かのような声が響いた。

 予想だにしない状況についていけず唖然となる。

『面白い。この俺を楽しませるとは、なかなかに見どころのあるやつだあぁぁ。くくっ』

「……いったい、何を言っている?」

 もしかいたら自分は助かるのか、という藁にも縋る思いで声の主に問う。

『なぁに、力をくれてやる代わりに始末してほしい化け物がいるだけだあぁ。あのくそったれな竜をなあぁ』

 竜と聞いて思い浮かべるのは、昼間の鍛錬場で手合わせをした青年騎士。そして、その身から溢れだした赫い輝きが象った姿。

 そこに存在するだけで、灰も残らず焼き尽くされる己の姿を幻視させられたことを思い出し、その恐怖が直面している絶望を超えて言葉になる。

「無理、だ……。あんな化け物に勝てるわけがない!」

『くくくっ、それは早とちりだあぁ。あれは完全な力じゃねぇぇ』

「あれが、全てでないというのなら尚更だ!」

 割に合わない取引を持ち掛けられ、必死に拒絶しようと公王は幼子が泣きわめくように

取り乱す。

『それが、無理じゃねぇんだよなあぁ』

「…………なに? どう、いうことだ」

 信じられない言葉を耳にし、数瞬ほど言葉を失って問う。

『いちいち理由を説明する必要があるのかあぁ? 昼間のことを思い出してみろよおぉ』

「だから、どういう――!?」

 怠けた声に問い詰めようと声を上げたところで、公王は竜の幻影が伝えて来たであろう思念を思い出した。

「……『摂理に従うならば再び眠りにつかん』

と言っておったな」

『くっくっ、思い出したかあぁ。そうだ、その通りだあぁ』

 明確な肯定を示す声に、公王は自らが掴む将来的な名声と課せられた危険性を天秤にかけ、危険性に含まれる問題点を見つけ出す。

「しかし、万が一にでも眠りとやらから覚めることがあってはならん。貴殿には何か手があるのか?」

『……あぁん? それについてはお前の態度次第だあぁ。もっとも、お前には選択肢なんて無いと思うがなあぁ?』

「……………」

 声に自らが置かれた立場を指摘されて黙り込む。本来なら信用に足るかどうかを考慮する必要があるが、この場ではその猶予すら奪われている。

 そして、何よりも自身が欲している力が引き換えとなる条件に葛藤した。それを現すよう苦悶の表情を浮かべながら決断を口にする。

「……よいだろう。我が覇道を行くためであれば貴殿が悪魔であろうと構わぬ」

 言葉は抑揚を失い、瞳は光彩を失って濁りきっていた。

『契約、成立だあぁ』

 声を合図としたように魂を何者かに売って抜け殻となったような公王に、周囲の闇が呑み込まれていく。

 そして、何事も無かったかのような静寂が訪れると、糸が切れた操り人形のように石造りの床へと倒れ伏した。

『さぁて、あとは見物と行くかあぁ。くくっ』

 残響する声と共に夜が更けていく中、部屋の片隅に兎の耳を生やした猫のような小動物が浮かび上がり、眼を細めたかと思うとその姿は霞むように消えた。

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