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王女と異端の騎士  作者: 瀧野せせらぎ
第三章 異端の騎士[前編]
56/61

赫き竜の幻影

 赤銅と黄金を混ぜ合わせたような輝きは熱を持ち、白銀と漆黒をのみこんでいく。そして、その根源となる場所には真紅の輝きが象った竜の姿があった。

 ―――――っ、―――――っ

 複数の音が重なったような表現しがたい咆哮を上げ、それに呼応するように焔が勢いを増して煌々と輝く。まるで日輪が地に落ちたかのような光景に誰もが思考を停止し、抗うことなく焼かれるまま一人また一人と消滅していく。

 そして、すべてが焼き尽くされた――途端に視界が一転する。

 そこに広がっていたのは衝撃の余波に崩れた鍛錬場。そして、焔に焼かれた者たちは地に膝をつくか地に伏していた。

「…………今のは」

 誰かが口にした言葉が全員の耳に届くが、それに答えることのできる者はいない。誰もが状況をのみこめずに呆けた顔をしているのだ。

「ぅっ……」「つっ………」

 二つのうめき声と地を擦るような音に不意をつかれ、驚きのあまりに地面に転がる者まで出ている。

 声と音のした場所では少女と公王が立ち上がるところだった。少女―ジーニャが顕現していた〈剣〉の気配と公王が発現していた瘴気は消失している。

「……いったい何があったのだ。皆の者、なぜ倒れている」

「……不覚、どこかの暴王のせいで気が付けなかった」

 二人が視線を交わすが互いに醒めてしまっているのか、戦闘態勢に移行することはなかった。

 周囲に気を配りながら視界の端に映った赫に戦慄する。先ほど幻視した焔と竜を形成していた輝きと酷似していたのだ。

 地面に落としていた得物を拾い上げて構える。その様子を見た騎士たちは視線の先を辿り、後に驚きと恐怖に顔を引きつらせた。

「我が魂を喰らいて、目覚めよ。黒き片鱗」

 公王が剣から力を引き出そうとするも、先ほど何があったのか反応を見せない。そのことに目を見開きながらも、焔の竜を斬らんと武器を構えて駆けだす。

 呪力と似て非なるそれは燻るように明滅を繰り返し、火の粉を散らしながら消失した。降りかかる火の粉に騎士たちは騒ぐが、それは延焼することなく消えていく。

 焔の竜を薙ぎ払わんとしていた大剣は、現れた青年へと振るわれる。その斬線は確実に首を刈るものだった。

 がぎんっ――

「なっ……!?」

 まるで鋼を殴りつけたような感触に驚愕の声を上げる。それもそのはず、大剣の刃を受け止めたのは青年が目を閉じたまま挙げた片腕だったのである。

 籠手のように赫い輝きを纏っているとはいえ、呪力を纏った騎士を後ずらせるほどの斬撃を受け止めたのだ。

「……グラン=スワードだったな。その力が何なのか問うてもよいだろうか?」

 問いかけに応じるかのように閉じていた目を開くと、そこには深紅に染まった瞳があった。まるで路傍の石でも見ているような視線に公王は危険性を感じる。

 それを現実とするかのように刃を受け止めていた腕が振るわれ、造作もないと言いたげに弾き飛ばされた。足で地面を削って勢いを殺すが、壁際まで来てようやく止まった。

 それを一瞥したかと思うと興味を失ったように視線を反らし、周囲を確認するように首を巡らせる。

(明らかに手加減されていた。殺意がなかったのが不幸中の幸いといったところか)

 公王は安堵したが、それは次の瞬間に否定されてしまった。

 防具を象った真紅の輝きが熱を持ち、焔へと変化してグランの肘から先を覆いつくす。

 そして、それが虫を払うかのような何気ない動作て振るわれると、熱風が吹き荒れて腰を抜かしていた騎士たちの皮膚に火傷を負わせた。

 直接触れなとも余波により負傷するということは、それだけで脅威になる。それも、おそらくは本気を出していない無意味な動作だったのなら尚更だ。

 近づけば火だるまになり、そうでなくとも重傷。それで済むのならよい方で、下手すれば死を呼びかねない。

 また、それだけの力を尽きることなく溢れさせているグランに、誰もが立ち向かう前に心を折られる。

 神々との誓約も効果を発することなく、微動だできないまま目の前で起きる事象を見ることしかできない。

『我、永き眠りより醒めたり』

 何者かの声が響くが、それが誰のものか理解できない。そもそも声ですらなく、まるで意思そのものが伝わってきているかのようである。

『我は終をもたらす存在。いかなる存在も我を止めることは能わず抗うことは許さず、ただ灰塵と化して消え失せるのみ』

 再び赤き竜の幻影が現れ、ただ一人立ち向かってきた公王へと首を回らせる。

『されど、今は時ならず。我が同胞も眠りについたままであるがゆえ、摂理に従うならば再び眠りにつかん。この時を生ける存在たちよ、今しばらくはその天命をまっとうすべく生きよ』

 まるで何事もなかったように焔は消え失せ、それを操っていた青年は力尽きたように倒れた。

 誰もが我に返るのに猶予を必要とし、動き始めることができるようになったのは訓練時間の終了を告げる鐘が鳴ってからのことだった。

 そして、グランは意識を失ったまま聖教の少女と共に牢へ投じられた。

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