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王女と異端の騎士  作者: 瀧野せせらぎ
第三章 異端の騎士[前編]
52/61

枢機卿と子猫と公王

 翌日の早朝、グランは普段通り目を覚まして鍛錬場へ向かって歩いていた。分城には使用人を兼ねた兵士がおり、昨日に顔を覚えられたのか道順を教わって向かっている途中である。

「今から鍛練場へ向かうのか? 通常の鍛練などでは物足りないだろうに」

 交差路で突然の声に立ち止まり振りむくと、聖衣を纏ったリカルドが壁にもたれていた。冷ややかな瞳に敵意の有無は判断できない。

 多少は気が緩んでいたのか、気配に気がつくことができなかったことに密かに歯噛みする。

(……勘が鈍っているな。今ので死んでいた)

 相手は戦闘訓練を受けた古参の戦士とはいえ、戦場であれば気がつく間もなく首を刈られている。相手が目の前にいるため、なるべく人当たりのよさそうな笑顔を浮かべた。

「聖教の枢機卿様は鍛錬場には行かなくていいのですか?」

 相手は戦闘訓練を受けた古参の戦士とはいえ、戦場であれば気がつく間もなく首を刈られている。

 最近は同格以上の相手と刃を交えていないため、剣筋は鈍らないまま勘が鈍ってしまっているのだ。

「俺は参加しない。するとしたら、ジーニャだけだ」

(なるほどな。格下を相手する気にはなれない、といったところか)

 言葉から感じ取った意味に、若干の同意しながらも良い気分にはなれない。このまま話をしているつもりも無いため、切り上げるべく表情を作った。

「もう鍛錬が始まっていますので、これで失礼させていただきます」

 丁寧な断りを入れて少し進んだところで、思い出したように振り返る。

「先日は名乗りもせず、無礼を働いて申し訳ありませんでした。それでは、改めて失礼し

ます」

 先日の一件について謝罪し、改めて鍛錬場へと向かった。わざと殺気を帯びさせた視線を背後から感じるが、その挑発に乗らることなく歩いて行く。

 リカルドは立ち去る青年の背中を見送り、収集した情報を整理し終えた。僅かなやり取りの間、何気ない動作や表情の動きに気を配っていたのだ。

(……やはり、この程度では動じないか。他にも何人か候補はいたが、あれで間違いないようだな)

 年齢に不相応な落ち着きと熟練の域に達した戦闘力、並みはずれた呪力の保有量。いずれもが目的の対象と一致していた。

(よりによって近衛騎士とは、失踪の理由をこじつけるだけでも面倒だな。……だが、手が無いわけではない)

 確実で隠蔽しやすい手法は、聖教が創設されてからの長い歴史で培われていた。騎士団を抜けて使徒となった者たちは、明るみに出ているものも合わせると裕に三桁はいる。

 カリバ聖教は怪物の掃討を至高の目的とするため、戦力増強の手段は選ばない。ゆえに、それを国教とする聖国とその関係者は忌避される傾向にあるのだ。

(幸いというべきか、事を起こしやすい状況だ。欲を言えば、もう一枚手札が欲しい)

 聖教の枢機卿は戦力だけでなく、権謀術数を巡らせて成功させることのできる者が選ばれる。そして、そんな枢機卿の中で群を抜いてリ優秀とされるのがリカルドだ。

 情や干渉は捨て去り、慈悲もなく決定を下せる意思。忌み嫌われようと畏怖されようと意に介すことはない。

 そんな姿を微塵に感じさせないで、片手で聖印を結んで胸の前に構えた。

「ただ、大いなる主のために。そして、来るべき誓約の日のために我は捧ぐ」


 グランはやや小走りになりながら、先ほどのやりとりで得た情報を整理して渋面を浮かべていた。

(昨日はわざとやられたふりをしたのか。あるいは僅かな油断をしていたのか。どちらにせよ、警戒しておいた方がいいのは変わらないな)

 先ほどのやりとりで情報を得ていたのは、リカルドだけではなかったのだ。ある程度の武術に対する心得さえあれば、どんな体勢だろうと技量を見抜くことができる。

 そして、そこからグランが導き出したのは自身と同等以上であるということ。〈剣〉の有無で言えば、抜いている方が上回る。

 つまりは、相手が手を抜いたか一瞬の隙をついたかだ。どちらにせよ警戒すべき相手であることに変わりはない。

 育った施設では、聖教が関わった失踪についての情報も集められていた。すべての手法が巧妙に隠されているが、その手の知識を蓄積していれば見抜ける類のものばがほとんどだ。

 それらのことを鑑みれば、口調や言動に違和感はなくとも裏で何かを考えているのは間違いない。

「……また難しい顔してる。何かあった?」

 声と共に背中に重みを感じると、そこには小さな侍女がしがみついていた。無音と曖昧な気配の接近については何も言わず、他に疑問に思ったことを口にする。

「なんで背中にくっついてるんだ?」

「……グランが走ってたから?」

 昨日もそうだったが、合流してからというもののアンリがべったりと甘えるように接触してくるのだ。

 おそらくは歩幅が違うから背中にしがみついたと言いたいのだろうが、このまま鍛錬場へ行くわけにもいかないので立ち止まる。

「これから鍛錬場に行く。だから離れてくれ」

 背中では手を回すことはできない。かと言って、無理に払い落とすこともできない。

 今の彼女に言っても無駄だとは思ったが、このまま連れていくのは二人の立場的にまずいのだ。万が一にも誰かの目に留まっても言い逃れをする方法は無い事もないが、それを使うのはできるだけ避けたいのである。

「…………………ダメ?」

「いや、ダメも何もセフィア様やリーゼさんに迷惑がかかるだろ」

 専属の侍女と近衛騎士の色恋については、かなり厳しい扱いになる。なるべく噂が立たないことに越したことはない。

「……また、怒られるよ? 名前で呼ばないとダメ」

「いや、本人がいる前ならともかくな。婆さんとは違う意味で逆らったら駄目な類だ」

 婆さんとは師のことであるが、グランは弟子であることを頑なに認めない。修行の時に死にかけたことなど一度や二度ではないからだ。

 また、死にかけたことはないものの、怒った時のリーゼには得体のしれない重圧を放つ。何度も視線を越えてきた彼でも委縮する何かがある。

 どちらが良いかと問われれば、グランは間違いなく前者と答えるだろう。後者の方は対処する方法すら考えつかないからだ。

「……いいこと教えて欲しい?」

「ん? 何だ?」

「……リーゼはグランより年下。一四歳」

「………は?」

 唐突な情報提供に頭が追いつかず、間の抜けた声を出してしまった。

 グランの年齢は推定で一八歳のため、アンリの言ったことが真実であればリーゼは四歳年下ということになる。

「………いや、確かにおれの方が年上かもしれないけどな。あの――って、話を逸らすな」

 ようやく頭が追いついて反論しかけ、途中で突拍子な情報の意図に気がついた。

(まったく、あの婆さんといい勝負で調子を狂わされる。こっちは悪意が無いからマシだけどな)

「……むぅ」

「唸ってもダメだ。鍛錬が終わったあとで相手してやるから」

 強引に引きはがそうにも、どうにもならないことは理解しているためグランは譲歩した。仮に引きはがすことができたとしても、また同じ状態になるのは想像するに容易いからだ。

「本当?」

「セフィア様とリーゼさんに言って、時間を取ってやるから」

 説得材料に二人の名前を出しつつ、後で頭を下げる時のことを考える。セフィアはともかくリーゼには小言を並べられることは間違いない。

 怒っている時ほど剣幕はないが、彼女は逃げることは許されない雰囲気を放つのだ。

(「責務を果たすのに支障が出る」とでも言えば、少しは加減してもらえるかもな)

 心許ないものの理論武装しながら待っていると、背中に感じていた重みと気配が音もなく消えた。

 振り返ってみると、説得のかいあって納得したらしいアンリが立っている。これが普段であれば小走りに自分の持ち場へ戻っているはずだ。

 低い位置にある頭に手をのせてやり、髪を梳くように撫でてやる。

「また後でな。ちゃんとリーゼさんも説得するから」

「……ん」

 喉を鳴らす子猫のように目を細め、撫でる手に押し付けてくる少女にグランは苦笑しながら離れた。

 名残惜しそうな視線を感じたが、気がつかないふりをして走り出した。やりとりで時間を取られてしまったため余裕が無いのだ。

 いくら鍛錬の必要がないとはいえ、合同訓練に遅れたとなれば公国と聖国の双方に漬け込む機会を与えることになってしまう。

(……まあ、いざとなれば聖教側に足止めされていたことにするけどな)

 足止めをくらったのは事実であるため否定はしないだろう。なぜなら、否定材料も存在しないからだ。

 鍛錬に参加していない人物であれば、充分に言い訳として使うことができる。

(まあ、我ながら悪知恵が働くようになったな。主にあの性悪婆さんのせいで)

 自身の思考に呆れながら走っていると、異様に頑丈な両開きの扉が視界に入った。使用人から説明を受けた場所と特徴の両方が一致する。

 グランは駆け寄って一度立ち止まり、息を吸いこんで一気に扉を押し開いた。見た目通りの重みがあったが、日頃から鍛えている甲斐があって勢いはつかないものの開く。

 一歩踏み入れると、重厚な扉に遮られて聞こえなかった剣戟の音が耳をついた。

 声を上げず気迫だけを放ち、刃を交えているのはハイル公国騎士団の団員二名だ。使用しているのは画一された鍛錬用の木剣ではなく、それぞれに合った真剣。

 その様に呆気に取られていると、一方の刃がもう一方の喉元へと突きつけられた。

「参った」

 真剣による寸止めによる決着。一寸のぶれでもあれば死んでしまっている。

 中央に立つ二名が剣を鞘に納めたことにより緊張感が消えたのも束の間、響く声が場の空気を引き締めた。

「以上が、我々の日常における鍛錬の内容だ。真剣を使うことにより適度な緊張感を持つことにより、騎士団の質を保つことを目的としている。もし、異議を唱えるのであれば外れてもらって構わない」

 声の主―ハイル公国公王の視線の先には、グリオード王国からセフィアの護衛として派遣された騎士団の団員たちがいる。

「グリオード王国騎士団の諸君はどうするかね?」

 彼らは先ほどの剣戟を前にして圧倒され、問われて言葉も発することができず棒立ちになった。

「……おれは受けますよ」

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