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王女と異端の騎士  作者: 瀧野せせらぎ
第三章 異端の騎士[前編]
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ハイル公国にて茶会を

 国境を越えれば、本来ならいずれの国にも属さない中立地帯である。しかし、王族の娘が嫁げば国境は名の通り国の境目となる。

 元々、ハイル公国は歴代グリオード国王の次男が建国したとされている。血筋からして傍系にあるため、国境を越えればすでに公国の土地だ。

 グランは詳細こそ知らないが、セフィアと合流するまでに一通りの情報は買っていた。

(……確か、国王の齢は四十だったな。となると、だいたい十は離れた女を娶ったことになるのか)

 政治的意味合いの強い婚姻ともなれば、歳の差などは障害にならない。それこそ、嫁ぐことができれば良いのだ。

 言ってしまえば正室の座に納まってしまえば、国家間の友好は一時的にも繋ぐことができる。一時的な繋がりとはいえ、無いよりは良いと考えるのが貴族の考えだ。

 もっとも、グリオードはそれなりに豊かな土地である。国家間に抱える問題も少なく、なりふり構わない小国とは比べ物にならない。

「ようこそ、いらしてくれた。グリオードの姫君にして我が義妹よ」

 国境を越えて最初に寄った街の前で騎士団らしき陣営が天幕を張っていたので、馬車を止めて騎士団が守るように展開した。すると、天幕の中から壮年の男性が現れたのだ。

 男性はそれなりに鍛えているらしく、体の芯にぶれがない。輝く銀灰色の髪質と片耳につけたイヤリングが特徴的である。

(……情報とも一致する。間違いなくハイル公国の王だな)

 一人で馬車の隣に立つグランは、冷静に観察しながら男性の破天荒さに呆れていた。四十代と言えば初老にさしかかるというのに、衰えを見せないどころか若々しいと言える。

「……あの変な人、誰?」

 いつの間にか横にいたアンリが問うが、軽く頭痛を覚えたため説明する気も起きなかった。

 そもそも一国の王とあろうものが、辺境間近の街で天幕を張っているのかが理解できない。

「グラン、お義兄様に挨拶するわ。手を貸しなさい」

 開いた戸から顔を出したセフィアに言われ、片手でドレスの裾を持つ彼女とリーゼが馬車から降りるのを手伝った。

 歩きだした主の斜め後ろを位置取り、共に公王の元へと行く。

 そして、その最中にグランは手に持っていた騎士服の上着に袖を通す。先ほどこっぴどく怒られたため、荷物から取り出しておいたのだ。

「お義兄様、お久しぶりです。このような場所まで来ていただき、感謝の言葉を述べさせていただきます」

「いや、そんな堅苦しい格式はいらんさ。いつ内乱が生じるかわからんので、駆けつけられるよう待機していただけだからな」

「ならば、その事について感謝を述べます」

「よせ、グリオードと我が国の間柄で礼は必要ないましてや我が国へ妻として迎えた者の縁者に危害が及ぶのであれば、この程度のことは当然と言えるだろう」

 両者共に王族としての振る舞いで挨拶を交わし、胸の内を探り合っているようだ。

「あの時、侍女の陰に隠れていた少女が成長したものだ。どこへ出ても一国の姫として恥ずかしくないな」

「そんな昔のことを仰られては嫌です。紳士として失格ですね」

 からりと笑った公王の言葉に、セフィアが指摘すると開き直ったように胸を張る。

「なに、私はハイル公国で名高き将軍でもある。これぐらいで丁度いいのさ」

 そう、彼は一国の王でありながら騎士団を指揮する将軍なのだ。

 ただの人でしかない彼が率いる騎士団の構成員には彼と同じ騎士ならぬ者たちもおり、天幕の横に並ぶ投石器や弩弓を使用して支援すると言われている。

 もっとも人智を超えた化け物に、そのようなものが通じることはない。小型の魔物であれば物理的衝撃に怯むだろうが、それ以上となると牽制ぐらいにしかならないのだ。

 かと言って聖国のように命を捨てさせるような戦いをさせているわけでもないらしいことは、公国側の騎士たちを見て察することができる。

「そちらにいるのは近衛騎士か?」

「ええ、その通りです。ここで紹介するのは、いくら何でも無粋というものでしょう」

 いきなり自分のことが話題に上がったことで、グランは再び公王へと視線を向けた。

 武勇を誇る彼は王でありながら、荒事に慣れているせいか市井に暮らす国民に近い雰囲気を纏っている。しかし、向けてくる視線は王族のそれに近い。

「……なるほど、良き騎士のようだ。奥底に何かを持っているな」

(……まったく、過大評価してくれるな)

 公王の言葉に心の内でため息をつく。自分が異質なのは認めているグランだが、周囲からもたらされる評価に関しては信用していない。

 たとえ騎士の誰よりも強かったとしても、それを誇るつもりは一切と言っていいほど彼には無かった。

 最近でこそ明確な理由ができたが、それまでの経緯を否定することはできないゆえに、自分は騎士ならぬ者よりも劣っていると考えているのだ。

「姉上が心配していますでしょうし、そろそろ城へと連れて行ってください。でないと、日が暮れてしまいます」

 棘を含んだ言葉を放つセフィアに、公国側の騎士たちが苦笑を浮かべる。それを知ってか知らずか、公王は鷹揚に頷いた。

「そうだな。城へと案内しよう」

 振り返って体を反らしたかと思うと、彼は深く息を吸い込んだ。そして、腹の底から声を出すよう指示を飛ばす。

「待機命令を解除し、我が義妹であるグリオード王国第二王女の護衛を命ずる。各員、早急に準備せよ!」

 声が町中まで届いたのか、赤子や幼子の鳴き声が響く。そして、周囲から向けられた白い目に公王は気まずそうだ。

「……うむ、これからは場を弁えるとしよう」

 公国の騎士団は高い水準で統制が取れており、天幕をたたみ移動を始めるのに時間はかからなかった。そして、驚くことに城までの移動にも時間がかからなかったのである。

 ハイル公国には正式な城以外に、砦としても機能する複数の分城があったのだ。

(……さすがと言うか、なんというのか)

 誰もが呆れて物を言うことができず、公王に招かれるままに入るしかなかった。

 騎士団は公国側の用意した天幕で、同行してきた聖教の二名を交えて話し合っている。

 ちなみに、グランに対する誤解は解くにいたっていない。彼らが目を覚ました直後に、公国側が接近して軍議に巻き込んでしまったからだ。

 次に会う時は騎士服を着ているため問題ないが、一度は〈剣〉を抜かずに下してしまった相手である。それが他国の使者ともなれば、後々に国際問題へ発展しかねない。

(……やっちまったな。せめて名乗っておけば良かったか?)

 以上の理由により自身の軽率な行動に対し、今更ながら後悔するに至っているのである。今回ばかりはどんなに理論武装しても無意味で、師であるルディアにも見放されるだろう。

「……まったく、こんな物を作るなんて何を考えてるのかしら? アルバート騎士団長ほど下劣ではないけれど、何を考えているのか理解できないという点では同等ね」

 そんなこととは露知らず、与えられた部屋にて棘を含む言葉を吐くセフィア。それを聞きながらリーゼは粛々と茶会の用意をする。

 グランは一応話を聞いてはいるが、自己嫌悪に陥るのをやめて別のことを考えていた。過ぎ去ってしまったことは仕方ないため、もしもの時を考えず放棄したのだ。

(……公王の態度、言動からは何も感じなかった。でも、何か違和感がある)

 何度思い出してみても違和感の正体に辿り着かない。思考に詰まったことを自覚し、切り上げて目の前の現実へと戻る。

「……リーゼ、言われた通りに用意した。確認して」

「わかりました。……小皿との調和も取れていますし、盛り付け方も綺麗です。ようやく慣れてきたみたいですね」

「当然。簡単なことだし、あれだけ怒られたから」

 小皿の茶菓子を確認したリーゼが褒めると、無表情のままアンリは誇らしげに胸を張った。その手元には人数分の茶菓子を盛った小皿の載ったトレーがある。

「そうですね。確か、三桁はいっていないはずでしたっけ?」

「……七十三回も怒られた。数や量が多かったり、小皿と合わなかっただけなのに」

(……………そんなに怒られてたのか)

 さんざんと説教を受けたに違いないことは想像でき、その時の剣幕を思い出してグランは肩をすくめた。

 中流以下であれば些細なことではあるが、格式を求められるため仕方ないと言える。

「それこそ当然です。お茶菓子は食べるだけでなく、目で見て楽しむためのものでもあるのですから」

「……食べることができるだけ幸せなのに、王族や貴族ってわからない」

 心の内で同意しながら、施設にいた頃の食事を思い出す。味わうことのできない黒パンと、具の少ないスープと質素だった。

 どんな環境でも耐えられるよう訓練を兼ねていたとはいえ、育ち盛りの子供にとっては苦痛以外の何物でもない。

 気配の消し方や身のこなしで気がついていたが、やはりアンリも同じ境遇で育っていたことを改めて認識する。

「………まあ、さっそく始めましょうか。秘密のお茶会を」

 踏み入れてはいけないと感じたのか、今度は聞きとがめることなく流した。それに対しては気を遣いすぎているように感じたが、グランはこの場で指摘するのは避ける。

 全員そろっての茶会は久しぶりのため、水を差して雰囲気を悪くしたくなかったのだ。

(まあ、後で頃合いを見て話すか)

 彼自身は余計なことはすべきでないと考えているが、自身と重ねてしまうためお節介を焼くことにしたのである。

 今日の紅茶は青みがかっており、まるで草原にいるかのような香りが鼻をぬけた。心穏やかでないセフィアはもちろんのこと、この場にいる全員もリラックスできる。

「東の小国より取り寄せたもので、出立前に届いたので淹れさせていただきました。セフィア様、お口に合いますでしょうか?」

「ええ、なんというのか、いつもの物より舌触りがいいわ」

 問われて感想を述べる彼女に、グランは紅茶を口に含みながら心の中で同意した。

 紅茶を嗜む習慣が無かったが、味覚に関しては鍛えられているため理解できる。普段の紅茶に比べて飲みやすく、苦みの中に仄かな甘味があるのだ。

 いつも紅茶を飲むのに苦戦しているアンリも、茶菓子と共に味を楽しむよう飲んでいる。その様子に満足そうな表情を浮かべ、リーゼはカップをソーサーに置きながら言った。

「それは良かったです。また、機会を見てお飲みいただきますね」

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