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王女と異端の騎士  作者: 瀧野せせらぎ
第三章 異端の騎士[前編]
49/61

白の信者と黒の従者

 目が虚ろとなり、馬車に乗りこもうと千鳥足で歩み始める。

「――我が剣は百害を退けん! ――魔性の呪詛を打ち払え!」

 響く声と共に空が波打ち、騎士たちの目に意思の輝きが戻る。彼らは自身に何が起こったのか理解できず、困惑しながらも剣を抜いて構えた。

「我らに何をした! 返答次第では容赦せんぞ!」

「怪しげな術を使う輩め! いくら他国の使者とはいえ、切り捨てさせてもらう!」

 威勢の良い口上を上げるが、剣先は僅かにぶれている。得体のしれない相手に対するものと、決して敵わない実力に対する二つの恐怖が原因である。

 そんな彼らなど眼中にないと言うように、視線を茂みなどで目隠しされている場所へと向けていた。

「……破邪と解呪の魔術を重ね、〈神勅代行〉を打ち消したか。貴様、何者だ」

「名乗るほどの者じゃない。とか言った方がいいか? カリバ聖教の枢機卿様」

 軽い口調で木陰から姿を現したのは、その身を黒く包み込んだ青年―グラン。

 彼の姿を久しぶりに見たセフィアは、驚きのあまり声を出せない。

 瀕死から回復し再起するまでには数か月かかると言われていた彼が、目の前に立っているということに認識が追いついていないのだ。

「答えないのであれば、賊として処分するまでのこと。――天より遣わされし刃よ。その身を抜き放て」

 詠唱しながらリカルドが軍刀を抜き放った。そして、呪力の輝きを宿して形状が変化する。

 通常の武器が宿すことのない神々しさを纏う長剣。天界の神々より貸与された武具であることは明らかである。

 隠蔽魔術〈神器封絶〉によって軍刀の形状に変わり、その気配を漏らすことなく納めていたのだ。

 この魔術は呪力の消費は〈剣〉に宿る魂に左右され、格が高ければ高いほど長時間の隠蔽は難しくなる。

 並みの騎士が見たとしても、リカルドの構える〈剣〉はかなりの上位。それがゆえに、グランを除く騎士たちは驚愕と畏怖を顔に浮かべた。

「十の弟子たちよ。汝らの剣を抜きて集え」

 あしらわれた宝玉が輝きを放ち、周囲に甲冑の幻影が出現する。そして、それらは十の剣へと形状を変えた。

 それぞれの格は中の上と多少は落ちるが、本体を抜きにしても充分な脅威である。

「征け、〈天兵団〉」

 よく鍛錬された騎士団のように一糸乱れぬ軌道で、〈剣〉たちは斬りつけてくる。胴に五本が突き刺さり、首、両腕、両脚切り飛ばされた。

 そのあまりにも無惨な光景に、騎士たちは息を呑んだ。

「幻狼」

 土塊のように残像が消え去り、斬閃は空を切っていく。

 背後を取ったグランは、短剣を手に斬りつけた。それを受けるために背後へと長剣が回され、十の〈剣〉が再び襲い掛かる。

「…こうなるよなっ!」

 切りつける姿勢から重心を移動させ、仰け反るよう倒れこみながら全ての切っ先を捌いた。

 間髪入れず長剣が胸部へと突きこまれる。

「幻狼」

 地面に背中をつけた残像が消え去り、その姿は逆位である頭上へと現れた。短剣の投擲を行い、空いた両手に袖から取り出した新たな短剣を握る。

「随分と面白い曲芸だな」

 笑いもせず短剣を弾き、返礼と言わんばかりに〈剣〉を宙で動きを取れないグランへ向かわせる。

「――我は救いを求めたり。主は御手を翳されよ」

 詠唱を行って人一人を余裕で収める掌の幻影が出現し、切っ先を受け止めて握りこんだ。

 しかし、〈剣〉を顕現させた騎士の能力は呪力を使うだけの騎士よりも上。一時凌ぎにしかならず、一本また一本と刀身が突き抜けていく。

「――誓約に従い、我は馳せ参じる」

 詠唱により誓約の刻印が共鳴するように輝き、その姿は白光に呑み込まれて消える。そして、ほぼ同時にセフィアの元へ現れた。

 その場に両手の短剣を放棄し、前方の虚空へと手を伸ばす。

「――冷たく堅牢なる鋼の王よ。我に仮初の剣を与えたまえ」

 次の詠唱を行い、その手に鋼で造られた軍刀が顕現する。神の眷属を宿した武具ではなく、呪力を押し固めただけのものだ。

 武具生成の魔術〈鋼王の鍛造〉によるものだ。一時的とはいえ、ある魔術を行使することで渡り合えるようになれる。

「――冷たく堅牢なる鋼の王よ。汝が造りし武具に加護を与えたまえ」

 魔術〈鋼王の加護〉を行使し、仮初の武具を一時的に〈剣〉にも劣らない代物へと格上げする。

 上方から襲い掛かってくる〈剣〉たちを一振りで砕き、切り返しで介入してきた少女の〈剣〉を受け止めた。

「……あなたは敵。敵なら、斬る!」

 鍔迫り合いに持ち込まれ、徐々に押し込まれていく。

(力が急激に跳ね上がってるな……。〈剣〉の能力か!)

 弾くことも受け流すこともできず、王城で夜襲をかけられた時に使用した小手先の技術も通じそうにない。

 寸分のずれもあれば、そのまま体が両断されかねなかった。

『我が力添えしてやろう』

 頭に響く声、途端に纏っていた呪力の輝きが黄金へと変じた。魔術で造られた軍刀さえも染まる。

 その途端、目に見えて少女の纏う呪力が散滅していく。

「――汝は鋼、冷たく堅牢な者。汝は剣、全てを切り裂く者なり!」

 〈鋼王の剣〉を詠唱し、〈剣〉の刀身を断ち切る。それと同時に、魔術で構築された剣は霧散した。

 すぐさま拳を作り、踏み込みの勢いを利用して打ち込む。

「っ……!?」

 そして、さらに回し蹴りをこめかみへと叩きつける。

「っと、やりすぎたか? まあ、先に手を出してきた方が悪いってことで」

「……随分と甘いな。もう一人いることを忘れているのか?」

 いつの間に背後にいたリカルドが、〈天兵団〉の本体で斬りつけてきた。その刃が届いた瞬間、グランの姿が搔き消える。

「別に、忘れてなんかないぜ。そっちが忘れてるんじゃないか?」

 声と共に手を打ち鳴らす音が響き、それを合図とするよう地面に突き刺さっていた短剣が輝きを放つ。

 設置型潜伏魔術〈聖輝縛鎖〉。あらかじめ刻印を刻んだ物体を設置しておき、挟み込んだ対象を合図一つで拘束する。

 本来は怪物の動きを封じるための呪力の鎖は、〈剣〉を召喚した騎士の動きさえ封じることが可能だ。

「とりあえず、これで動きは封じた。……悪く思うなよ」

 抑揚なく冷たい声を発し、半身になって拳を固く握りこむ。そして、引くと同時に踏み込んで放った。

「震衝」

 身に纏っている呪力が流れるように収束し、打ち込まれると同時に爆ぜる。

 呪力によって強化された一撃を放ち、ダメ押しとばかりに呪力を収束して放出する体術。覇帝剣Ⅰ式から着想を得たグランが、独自に編み出した無手の技である。

「っと、久しぶりだから加減を間違えたか?」

 寸止めしているにも関わらず、〈聖輝縛鎖〉が消し飛んでしまっている。さらに、地面が削られて土埃が舞っていた。

 体術には相手の内へと衝撃を通す発勁という技があり、震衝はそれを呪力の放出により威力と範囲が大幅に強化されている。

 つまり、内と外を同時に破壊するのだ。本来は大型種を想定した技であり、並の騎士を相手に使うものではない。

「いや、やっぱりタフだな。あんたたち聖教の関係者は」

 土煙の中から姿を現した影に、呆れたように言いながら構えを取る。

 忍ばせていた短剣は先ほど使いきっており、戦闘手段は格闘に絞られてしまう。

「その言葉、以前に我らが同胞に会ったことがあるようだな」

「まあな。けど、その辺を話したところで意味は無いだろ?」

(今ので決まってたら楽だったんだけどな)

 これ以上の戦闘が激しくなれば、周囲を巻き込みかねないのだ。

 相手は禁忌とされる魔術をも使ってくるため、一度でも後れを取った瞬間に殺されてしまう。

(……なら、次の一撃で決めるしかないな)

 鋭く息を吐き、重心を低くして呪力を練り上げる。対峙するリカルドも〈剣〉を構えて呪力を収束し始めた。

 相手を屠るための凶意と相手を殺めるための殺意がぶつかり合う。

 高まる緊張の中、不意を突くように少女の声が聞こえた。

「………ラン?」

 そして、それはグランの意識を目の前の相手から引きはがした。

 そこへ斟酌なく鋭い踏み込みと共に斬りこんでくる。刃が肩から腰にかけて切り裂く鋭い一撃。

「っと……」

 鈍い音が二つ響き、グランが立ったまま白銀の拳を突きあげていた。一方のリカルドは〈剣〉を手放して仰け反り倒れる。

「悪い、つい殴っちまった……」

 斬られたであろう場所は服が裂けているだけで、その下の皮膚は無傷である。〈剣〉による斬撃を受けたにも関わらず、その状態で打倒したことに見ていた騎士たちは驚愕と畏怖に染まった。

 そんな彼らの様子を見たグランは、視線を倒してしまったリカルドに向けて考える。

(……とりあえず、目を覚ましたら謝って話をしよう。いくら他国の使者に灸を据えるためとはいえ、やりすぎたのは間違いないしな)

 そして、先ほど斬撃を受けた肩の調子を確認する。

 咄嗟に剣筋に沿って呪力を集中したため無傷で済んだが、完全に威力を殺しきれたわけではない。相手がかなりの使い手だったこともあり、経験上では軽く打撲になるぐらいには衝撃が伝わっていた。

 〈剣姫〉ルディアの元にいた頃は、それこそ全身痣だらけにされたこともあった。それに比べれば随分とマシである。

「とりあえず、日が暮れるまでに足を稼ぎましょう。誰か馬車の御者をして下さい。それと、この二人の見張りもお願いします」

 未だに動かない騎士団に指示を出し、へたり込んでいるセフィアの方へと歩み寄る。

「セフィア様、怪我はありませんか?」

 グランが手を差し伸ばしながら尋ねると、セフィアは戸惑うように手と顔に視線を行き来させた。その後に恐る恐ると差し出されている手を取る。

「本当に、グランなの……?」

「はい、貴女の近衛騎士であるグラン=スワードです。長らくの不在をお許しください」

 問いかける彼女を安心させるよう顔に笑みを浮かべ、ダンスパーティーに誘うよう引き起こした。

 もっともグランは社交界の経験が無いため、セフィアを気遣いながらの行動の結果である。ようやく主従の再会ではあるが、小型種とはいえ怪物が現れたため先を急がなければならない。

「聞きたいことはあると思いますが、それは馬車で移動しながらでお願いします」

 次の更新は中旬ぐらいに考えています。どうか長い目でお付き合いください。

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