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王女と異端の騎士  作者: 瀧野せせらぎ
第三章 異端の騎士[前編]
47/61

カリバ聖教の使徒

随分と遅れてしまい、申し訳ありません!

中途半端だと思われるかもしれませんが、この流れは次話に続きますので安心してください。

 ガタッ

 車輪が小石を踏み、馬車が揺れる。その度に小柄なアンリは跳ねるため、同じ侍女のリーゼに抱えられて座っていた。

(……むかつく。なんでかわからないけど)

 今朝、グランのいる教会から戻る途中で見知らぬ二人と遭遇したのだ。

「……こんな時間に外出したらダメ。お母さんとお父さんは、どこ?」

「……いない。それより、貴方たちは誰?」

 初対面で子供扱いされたアンリは、珍しく警戒心をむき出しにして尋ねた。

 長身の男性と小柄な少女が立って居る場所が、秘密裏にセフィアが宿泊している屋敷の前だからだ。旅装束を纏っているが、もし旅人であれば街の宿を理由する。

 そして、子供に見える相手に子供と勘違いされたことも理由として付け足された。

「……リカルド、どうしたらいい?」

「お前は、もう少し考えてから発言しろ。ただの孤児であれば、このような立派な屋敷に近づくわけがない」

「……しゃあ、敵? 敵なら――」

 リカルドと呼ばれた男性の答えを聞き、少女は旅装束を脱いでアンリへ飛びかか――ろうとしたところで髪を掴まれた。

 勢いそのまま倒れ、顔を地面にぶつける。引き抜こうとしていた剣が、鞘から滑り落ちて音を響かせた。

「……痛い、何するの?」

「言っても無駄だと思うが、少しは考えて行動しろ。もし早合点だった場合、どうするつもりだ?」

「……怪しいなら敵と思えって教わった。後のことは後で考える」

 言いながら剣を拾い、立ち上がろうとする少女をが頭を掴んで止める。そして、そのまま徐々に力をこめていく。

 しかし、少女は大して堪えた様子もなく、ぼんやりと眠たげな表情を崩さない。

「すまない。どうにも、間違った教育をされているようだ。この事については、後で本山に報告するので許してもらいたい」

「……私は、そこの屋敷の関係者。貴方たちは何者? 見た感じだと、聖職者?」

 聖職者と判断したのは、少女が纏う服装の形状が法衣に似ていたからである。確証できなかったのは、丈が縮められたり切れ込みが入っているためだ。

「それは失礼した。だが、そのような服装で外出している貴女にも非があったはずだ」

「……そう。もし関係者なら、そんな服は着てないはず」

 自分のせいではないと言いたげな言葉に、手に淡い輝きを纏わせて力をこめる。

「お前は黙っていろ。…貴女の指摘した通り、我らはカリバ聖教から遣わされた者だ。こちらに、その旨を記した書状がある」

 話を聞きながら、アンリの視線は少女を掴む手へと集中していた。それは見間違いようのない、騎士のみに行使することを許された呪力だったからである。

 そして、強化された握力に顔色一つ変えない少女も只者ではないことが窺い知ることができた。

(……逃げ切れない。セフィア様たちを残して逃げれない)

 茫洋としている表情からは想像できない早さで判断し、書状を受け取って蝋の紋章を確認する。

 かつてアンリは、ある施設で様々なことを学んでいた。その中には、宗教や王族が使用する紋章も存在する。

(……十字剣クレイモアに鷲の翼。カリバ聖教の紋章)

 十字剣は勝利と神の加護を意味し、鷲の翼は天界を意味するのだ。

 カリバ聖教とは、怪物を魔物と呼称する過激派の宗教である。その目的は怪物を掃討することにあり、騎士でない者たちまで戦力として数え上げられているのだ。

 死者を出すことすら厭わず、ただ目的を遂行する駒となる。そのことから疎まれがちだが、最も功績を上げている集団なのだ。

「……確認した。屋敷の主に伝えてくるから待ってて」

 もっとも、正確にはセフィア付のリーゼから間接的に伝えてもらうのだ。直接、屋敷の関係者に書状を持って行って、深夜に外に出ていたことを知られると後に面倒が待ち受けている。

 アンリは出る時に使用した裏門に周り、短剣をとり出して隙間を狙って投げつけた。やや重い音が響いて突き刺さったのを確認すると、短剣の柄を二つ目の足場に利用して跳んだ。

 無事に門を飛び越えると、短剣へと繋がる鉄線を引っ張って突き刺していた短剣を回収する。そして、すぐに周囲を確認した。

 呪力を持たない一般の警備兵たちが、裏門のすぐ内側に横たわっている。

(まだ、薬が効いてる。少し強すぎたかも)

 夕暮れ頃に不意打ちで遅効性の睡眠薬を塗った針を刺し、グランのいる教会へ行っている間は目を覚まさないようにしたのだ。

 しかし、久しぶりの調合だったために効きすぎたらしい。弛緩の効果もあったため、口が半開きになって涎が垂れてしまっている。

 その様子に表情一つ変えず、中和の効果を持つ薬を塗った針を突き刺した。この薬も当たり前のように遅効性である。

「これで、大丈夫なはず。……早くリーゼに伝えないと」

 気がつかれないよう開けておいた窓から侵入し、軽い身のこなしで跳ねるよう駆けて目的の部屋に向かう。そして、寝起きだったリーゼに伝えると同時に抜け出していたことが発覚したのだった。

 それから少し時が刻まれ、屋敷で迎え入れる準備が整って二人を迎えいれたのである。書状を読んだ公爵から頼まれ、セフィアも同席することになった。

「カリバ聖教の使徒、リカルド=アレクサンドルと申します。このような早朝に訪ねてしまい申し訳ありません」

「よいよい、書状の内容からして事情は理解しておる。其方たちが聖教の使徒か? そちらの少女は、まだ十を超えたばかりのように見えるが……」

 対面した公爵は謝罪を受けて許し、の横に座る少女へと目を向けた。眠たげな表情で座っているのは、聖教の法衣を着ているものの小柄な少女である。

「このような見かけですが、彼女も聖教の優秀な使徒です。実力の方は保証いたします」

「聖教の使徒、ジーニャ=ティンクル。……敵を倒すのは任せて。いつもみたいに、すぐ叩き切るから」

 カリバ聖教においての敵とは、当然ながら怪物たちのことを指し示す。つまり、ジーニャという少女は幾度も戦場に出ていることを認めたのだ。

(こんな子供まで、戦場に立たせるなんて……)

 セフィアは言葉もできず、アンリと雰囲気の似たジーニャを見つめる。

 目の前にいる小柄な少女が、戦場に立っているという光景が想像もできない。そして、そのことを平然と口にすることが信じることができなかった。

「このような少女まで、戦場に駆り出されるとは……噂に違うことなき人外の所業だな。と、これは失礼した」

 公爵は思わず言葉を口にしてしまったことに対して謝罪するが、二人は気にした様子がない。

「いえ、それが正しい認識でしょう。平穏に暮らす者たちであれば、戦えない者たちは守られる対象でしかない」

「……でも、力が無ければ一方的に蹂躙されるだけ」

 繕った言葉の裏で、彼らは公爵やセフィアのように守られるだけの存在を非難している。

「いつ襲ってくるかもわからない敵に、戦うことすらしないで逃げ隠れする臆病者たち。お前らに何がわかる」

 と、その瞳が語っているようアンリは読み取った。そして、おそらくは間違っていない。

 寸分の違いはあるだろうが、この場にいる者全員が同じように読み取ったのだろう。重い沈黙が空気を澱ませる。

「無駄話が過ぎましたね。本題に入らせてもらってもよろしいでしょうか?」

 澱みをなくすためかき混ぜるよう発せられた言葉に、公爵とセフィアは同時に頷いた。

「先日の王城襲撃により、結界の意味は既に形骸化しました。ゆえに、我らカリバ聖教はグリオードの血を継承するセフィア様を守護するよう命を承りました。そして、王族を襲撃する魔獣たちを殲滅せよと」

 書状の内容を確認するように話し、リカルドは視線を移した。瞳に映されたのは、侍女二人を傍に置いているセフィアである。

「こちらも事前に調べたことなのですが、姫君におかれては魔獣に襲撃されることは初めてでは無いご様子です。王城襲撃以前の一ヶ月以内にも襲われていますね?」

「っ……!?」

 騎士団と王城における一部の人間しか知りえないことを指摘され、セフィアたちは驚き息を吞んだ。

 当然ながら、一国の王女が怪物に襲撃されたとなれば傷物扱いされることもままある。多くは、「瘴気による穢された」などと根も葉もない噂である。

 しかし、将来的に嫁ぐセフィアにとっては不利な状況なのだ。もし、この公爵家から国外へと伝われば、その噂を信じた国々との交易すら難しくなってしまう。

「危惧されていることはわかりますが、それについてはこちらの方で対処させていただきます。「姫君を犯した瘴気を我々が浄化した」ということで、よろしいですね? もし姫君が穢れているなど噂が立てば、この屋敷にいる者たちには制裁を下しましょう」

 圧力をかけられたよう、公爵の体は一瞬の痙攣を引き起こした。第三者には気づかれないよう一瞬のみ殺気を向けられたのだ。

 戦場を知らないまま平穏な温室で育った貴族にとっては、喉元に刃を突き付けられたように感じたのだろう。

「わ、わかった。この屋敷にいる者については、この私が保障させていただきましょう」

「それは、よかった。我々も無暗に血を流させたいわけではありませんから」

 鉄の仮面を被ったように表情一つ変えず、一連の言葉を述べたリカルドはセフィアの方へ視線を向けた。

「それでは話を聞かせていただきますので、公爵には席を外していただきましょう。ジーニャ、丁重に連れ出してくれ」

 指示が出た刹那、一陣の風が吹いて公爵の腕は掴まれた。そして、そのまま引きずられように部屋の外へ連れ出される。

「は、放せ! 私を誰だと思っている!? グリオード王国に、古くから仕える公爵家――」

「そう、よく知らないけど。でも、リカルドたちの邪魔だから外に出る」

 その体躯からは想像できない力を以て、ジーニャは喚く公爵は強制連行した。ドアの閉まる音と共に部屋に静けさが戻る。

「これで、気兼ねなく話すことができそうだ部外者がいては、姫君も話すことはできなかったのではないか?」

 リカルドの発した声は、今までの丁寧な口調から一変して厳かだ。場の空気が水を浴びせられたように冷える。

 鷹のよう鋭い双眸も相まって、その存在に場が圧倒された。

「失礼、驚かせてしまったな。これが本来の俺だ。先ほどまでは、公爵がいたので気を遣ったまでのこと」

 謝罪をする彼の前に、セフィアを庇うよう割り込む小さな影が現れた。

「……セフィア様に何をする気?」

 アンリは不安定にしていた自身を安定させ、強く敵意を発して牽制する。

 本来なら相手を釘づけにすることができるのだが、死線を越えて来たリカルドにとってはそよ風に吹かれた程度でしかないらしい。

「なに、ただ話を聞くだけだ。それ以上の目的は無く、書状の任務を遂行するのみ。近衛が不在の現状であれば、そちらにとって都合が良いのではないか?」

 微塵の違和感も抱かせない変化に、圧倒されながらも侍女であるリーゼは冷静に判断を下した。

「……失礼ながら、どのように知ったのかをお教えいただいてもよろしいでしょうか?」

 アンリの隣に並んで切り出し、主導権を取り返すために強気に出る。

 内心は喉元に刃を突きつけられたように、今にも取り乱して悲鳴をあげてしまいそうなのだ。しかし、従者としての矜持が退くことを許さない。

「許可も無く侍女が発言するとは、随分と指導が行き届いていないようだな。……まあ、こちらも言えた義理ではないか」

 苦虫を噛み潰したリカルドは、部屋の入り口へと視線を向けた。彼が誰のことを言っているのかは容易に想像がつく。

 幼い頃は姉妹のように育ち、従者となった今でも捨てきれない誇りが彼女にはある。

「私も末席とはいえ王族です。そちらの配慮が足りないのではありませんか?」

「………なるほど、その意見には一理ある。どうやら、貴女の方が一枚上手のようだ」

 言葉で説き伏せることに成功し、リーゼは自分の隣に立つ小さい後輩に感謝した。もし彼女が前に出てくれなければ、恐怖で誇りを失ってしまっていたかもしれない。

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