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王女と異端の騎士  作者: 瀧野せせらぎ
第三章 異端の騎士[前編]
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紅が運び来る絶望

 視界を埋め尽くす真紅。煌々と輝きながら揺らめくそれは、世界を焼き払っていた。

 世界が灰燼となって散滅していく中、生ける存在はいない。須らく焔に焼かれて葬られたのだ。

 ゴアァァァ――ッ

 意思無き躰は首を巡らせ、地響きのような咆哮を上げた。遅れて、それを反射するよう地上と空中の六方向から響く。

 そして、焔と同色の獣たちが集うよう近づいてきた。その姿は共通して鉱石のような鱗に覆われ、額から鋭い円錐状の角を生やしている。

 まるで、御伽噺に出てくる龍のようだ。それらを尾で薙ぎ払い、爪で引き裂き、牙を突き立てて噛み砕いた。

 そして、己のみとなった獣は我が身を焔の中へと伏せる。そして、焔と化して世界と共に消え失せた。

 朦朧とする意識が現れて揺蕩い、徐々に強くなって自我が形作られていく。

「………っ、今のは」

 囁きに似た呟きが反響し、自身へ返ってくる。そんな奇妙な現象も気にする余裕もなく、先ほど体験した死を伴う記憶に思考を奪われていた。

 これが、ただの夢であれば大したことはない。そうであった場合は、すぐに認識して乖離することができるからだ。同調による介入であったとしても、この技能が有効であることは以前に証明済み。

 しかし、今回は完全に同一の存在となっていた。認識することさえできないなど、今まではありえなかったことだ。

 同化していた獣には、悪意や殺意などといった明確な意思が存在していない。ただ、焔を放って世界を焼いていただけだ。

 乖離することができなかったため、正体を確認することもできなかった。

(………けど、わかっていることが一つだけある)

 焔を形成する力の質は、今まで窮地の際に何度も行使してきたものだ。

 グランは目を閉じた。研ぎ澄ますよう呼吸を細く鋭いものへと変え、集中して自身の内を巡る呪力の流れを意識する。

 流れを辿り、その根源へと遡っていく。

(……………見つけた)

 目の前に現れたのは巨大な門。空間に太い杭が打たれ、それを繋ぐよう錠前のついた鎖が固く閉じていた。

「……いつもは意識してなかったけど、随分と厳重に封がされてるな」

 威容に圧倒されつつ、呟いた言葉は不自然に響いた。その違和感に気がつき、顔をしかめながら観察する。

 伝わってくる圧力は強大で、門の向こうにいる存在を物語っていた。それを封じるための門には、力の宿った精緻な文字が描かれている。

 グランには文字の意味が理解できいないが、文字は円陣や紋様を形成されていることは理解できた。

 ッ――――

「っ………、壊れてるのか?」

 不意に門から放たれた圧力に息を吞み、僅かな綻びに目が留まった。

 注視しなければ見つからないほど、細い亀裂が門の前提に広がっている。時折、そこから漏れ出る紅い輝きが圧力の正体だ。

(やっぱり、この門の向こうに何かがいるのか……。呪力でもなければ、瘴気でもない何かだな)

 これが呪力であれば、このような封をされる必要は無い。また、瘴気にしては質が違いすぎる。

 介入によって見た記憶の一端が確かであれば、門を挟んだ向こうに存在するのは地上を焼き尽くす化け物。

 制御は困難を極め、暴走すれば周囲一帯を灰燼と成す滅びの焔の正体。

「……………」

 グランとて力について考えなかったわけではない。ただ、力が想像を遥かに超越していただけだ。

 これだけの封印さえ綻びを見せていることを考慮すれば、何かのきっかけさえあればは弾け飛ぶことは自明の理。

 今まで、どんな怪物が立ちはだかっても感じなかった恐怖。全身の毛が逆立ち、膝が笑い始めた。

(………無理だろ)

 先日、〈剣〉に宿る魂を屈服させる修行において暴走し、師であるルディアを思い出した。溢れだした焔の暴走を止めるため、彼女は身を焼かれながら体を張ったのだ。

 今まで暴走させながらも制御していた力が、漏れだした一端だと知って心を侵す。

 自身が守ると決意し、禁忌とされる誓約を結んだ少女の顔が脳裏を過った。次に、彼女に仕える侍女や騎士団の面々が浮かぶ。

 グランの内を満たすのは力に対する恐怖ではなく、力によって奪われるかもしれないことに対する恐怖。

「今、其方は諦めたか?」

 背後から響く声に振り返らず、返事をすることなく立ち尽くす。

「てめぇが諦めるなら、その体は俺のものだ。それで、お前の守ろうとしていたものは壊してやる」

 二つ目の声に、ようやく振り返った。そして、瞬き一つの間に手刀を喉元へと突きつけている。

 それに驚愕の色を示すことなく、相手の瞳はグランを映していた。その喉元には黄金の刀身が突きつけられている。

「聞きたいことがある。あれは何だ?」

 怒りも怯えもない静かな問いかけ。濁りのない瞳には何も映さず、ただ光を通して反射する。

「なぜ、おれの中に封印されている」

 手刀を解いて腕を下ろし、短い問いかけを重ねた。

「その問いに、我らは答えを持たない」

「………どういうことだ?」

「どういうことも何も、俺たちも詳しいことは知らねぇんだよ」

 問いかけの答えを聞くことができず、希望を絶たれてしまう。

 いや、希望と呼ばれるものは存在していなかった。ただ、自身の疑問を解消しようとしただけだ。

 急激に身体から力が抜け、崩れるよう昏倒して意識が沈む。

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