騎士は眠りにつく
夜闇を払うよう日が昇り、窓に差し込む光が医務室を照らした。早朝の静けさに乗じて、ベッドの一つへ近づく人影。
「……何してるんだ?」
ベッドに飛び乗ると、呆れたような声が聞こえる。
ベッドで横になっていたグランは、自身の上で馬乗りになろうとしている少女に呆れた視線を向けた。
「……セフィア様が心配してたから、私が勝手に様子を見に来たの」
アンリは抑揚のない声で言うと、ベッドへ押さえつけるようのしかかる。
呪力の枯渇により瀕死の身だったグランは、目を覚ました騎士たちの尽力によって事なきを得た。しかし、無茶を重ねたことによって指一本動かすのにも一苦労である。
衰弱から回復したシャルルの診断によると、全身を酷使したことによる断裂が原因らしい。
跳ね除けることもできないため、小さい侍女は好き勝手に密着してくるのだ。本人曰く、「小声で話すなら、この距離がいい」らしい。
「……まあ、王城が崩れたしな。無理もないか」
この状況になって半月、慣れてきたグランは囁くよう会話する。
怪物たちの蹂躙によって王城が崩れたため、国王を除くは公爵以上の屋敷を点々としているのだ。
王都の結界が役に立たないとなると、どこにいても危険にさらされていることと同議であり、騎士数名と共に日を置きながら移動を続けている。
(……焼け石に水だろうけどな)
一方のグランは、教会の医務室にて安静を厳命されていた。どのみち、体が満足に動かせないので療養に集中するつもりである。
ため息をつくグランから、音もなく重みが消えた。
「そろそろ、戻る。あまり遅いとリーゼに怒られるから」
ベッドから降りたアンリは、背中を向けたまま言うと駆けて窓から飛び出した。
(……ったく、いつ開けたら閉めて行けよ)
窓から入る冷たい風に顔をしかめた。同室の騎士たちは重症で動けないため、修道女が朝食を持ってくるのを待つしかない。
「――癒しの手よ。この者の命に火を灯せ」
呪力を体に纏い、魔術による治癒力の強化で回復を早める。しかし、すぐに途絶えて霧散した。
騎士にとって呪力と生命力は同意である。通常であれば、体が異常をきたしている状態では気休め程度にしかならないのだ。
「動かせるようになったのは、片手だけか……」
疲労と睡魔が同時に襲い掛かり、グランの意識は沈んでいった。
目の前に広がる真紅。揺らめく焔が覆っているが、不思議と熱を感じることはない。
「……それで、呼び出したのはどっちだ?」
いい加減に見慣れた光景は、言葉を口に出したのと同時に切り替わった。
地平線まで広がる黄昏の荒野。そこに浮きがるよう立っている二つの人影。一方の背中には黄金の剣を背負い、もう一方は四肢に枷を嵌めている。
「俺らが呼んだわけじゃねぇ。てめぇが自力で来たんだよ」
「………お前らが呼んだんじゃないのか?」
粗野ではあるものの落ち着いた青年の答えに、その意味は理解できても覚えがないグランは聞き返した。
「汝が我らを封じし器との同調を高めたがゆえに、無意識のうちに〈万霊界〉へと辿り着くに至ったのだ」
見かけ不相応の口調で説明したのは、青年の隣に立つ少年。〈万霊界〉という語の意味を理解できないが、青年の言葉と結びついて自分なりに整理することができた。
「………つまり、俺が〈剣〉を上手く扱えるようになった来れた。ってことでいいのか?」
「その通りだ。形こそ違うが、我らを屈服させた汝だからこそ辿り着いた領域だ」
肯定されても実感が湧くことはなく、無言で周囲に視線を走らせる。
この精神世界とグランが呼ぶ空間は、〈万霊界〉と呼ばれていることを知った。だからといって、何かが変わるわけではない。
「……戻るには、どうしたらいいんだ?」
ここは自分の居場所ではない。戻らなければならない。焦燥にも似た強い思いが脈動を起こす。
鼓動が強まると共に、瞳の色が赤みを帯びていった。
「「っ……!?」」
煌々と輝くそれに、驚愕のあまり二柱の神は息をのむ。それぞれが武器を抜けるよう手をかける。
それを認識すると同時に、血が沸き立って熱を帯びた――瞬間、心臓が締め付けられるような衝撃に襲われた。
「っは……、あっ……」
苦悶の表情を浮かべ、蹲ったグランの瞳から輝きが霧散する。
茹ったように体が熱され、呼吸が速く短いものへと変わっていった。それだけでなく、何か強大な力に押さえつけらたかのように動けなくなる。
(な、んだ…こ……)
さらに、意識が押しつぶされ始めた。戦闘時の切り替えに対し、体を支配されて主導権を奪われる感覚だ。
意図せずして、二の腕と背中から焔が噴き出す。
「ちぃっ…、させるかよっ!」
それを見ていたた〈簒奪偽王〉が焦ったよう声を荒げると同時に、枷から伸びる鎖でグランの体を拘束した。自身の権能を行使して鎖に同質の焔を纏わせて相殺し、放出を抑え込みつつ吸収を行う。
「さっさとしろ! 長くは――」
「言われなくても!」
荒げる声を遮って応え、〈討滅英霊〉は愛剣を抜いて駆ける。
鎖と鎖の隙間、心臓部分を狙って切っ先を突き立てた――瞬間、苛む灼熱が引くと共に意識が途絶えた。
第二章の完結です。なんとも後味が悪いのですが、この続きが気になる方は第三章の開始をお待ちください。




