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王女と異端の騎士  作者: 瀧野せせらぎ
第二章 簒奪の咎神
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第二の咎神と潜む者たち

『ふふふっ……、すべての人形を失ってしまいましたねぇ。主から賜った宝具の効果も、ああいった類は天敵ですかねぇ』

 道化は空中を踏みしめ、その手には十字に組まれた棒を遊ばせる。すでに反魂獣を操っていた糸は無く、一切の反応が無いにも関わらず笑い声を漏らした。

『また失敗かぁ? レンヴィーよおぉ。つーか、数を増やしすぎなんだよなぁ。所持者ごと利用しようとするから失敗したんじゃね?』

 いきなり気だるげな声が響き、虚空から滲み出すように黒い蜥蜴が現れた。それを振りむき、笑いを止めた道化が問いかける。

『……なぜ、貴方がいるのですかぁ? 確か、主の命で布石を打っていたはずですがねぇ』

『あぁぁん? そんなの面倒だから、さっさと終わらせてきたぜぇ』

 蜥蜴が輪郭を歪ませて変化し、上半身に布を巻いた人形となる。それは首を左右へ倒して音を鳴らせ、道化と同じ高さへと降りた。

『やれやれ、仮にも同じ主に仕えているのですから、少しは慎重さというものを身に着けて欲しいものですねぇ』

『あぁぁん? 慎重にやったところで、失敗したら意味ねぇだろうがあぁ』

 肩をすくめてあきれる道化に、人形は両腕の布を解いて揺蕩わせる。露わになった素肌は手首から肘にかけて鱗に覆われ、明らかに人外であることを示していた。

『殺すのは面倒だけどよぉ、いい加減にしねぇと三枚に下ろすからなあぁ?』

 ジャキジャキジャキッ、ジャキジャキジャキッ

 手首から肘にかけて鱗が伸び、連結して鋭い刃へと変化する。

 それを見た道化は、大して気にした様子も無く言動に対して苦情を言った。

『……意欲を持つこのはいいことですがぁ、八つ当たりはやめてもらえませんかねぇ?』

 瞬間、その喉元に刃が突きつけられていた。髪の一本ほど動かせば、ざっくりと斬れてしまうほどに迫っている。

 そこまで距離を詰めたにも関わらず、道化の首が斬り落とされていない理由。それは、男が刃を止めたからではない。

『ちっ、相変わらず油断してねぇなあぁ。今ので斬れてたら楽だったのによおぉ』

『ふふふっ、何度やっても学習しませんねぇ? それを向けるべき相手は、私たち同胞ではないでしょうぅ?』

 道化の手に握られている道具から、糸が伸びて男の肩を繋いでいる。肩から先の制御を阻害されているのだ。

『お前の声を聞くのは、いちいち面倒くせぇんだよおぉ!』

 叫びながら反り返るように跳び、男の足先が道化の顎を蹴り上げた。勢いの乗った一撃を受け、道化は仰け反るように倒れる。

『ちぃっ、また偽物かよおぉ? うぜーんだよおおぉ!』

 舌打ちしながら視線を向けた先では、道化の体が解けて消えていた。

 次の瞬間には、どこからか伸びてきた糸に縛られている。さらに、囲みこむように籠檻が出現。

『万事において、何重にも策を敷く。これぐらいは予想できませんでしたかぁ?』

 完全に封殺された男は、道化の声を聞きながら輪郭を歪ませた。人形から蜥蜴と姿を変え、全身の鱗を刃に変えて糸を切り裂く。

 そして、尾の刃を連結した巨大な刃で籠檻を切り崩しながら言った。

 拘束を振りほどき、首を巡らせて道化の姿を探す。そして、周囲に存在しないことを知ると――、

『……いちいち怠いなあぁ。興が失せたし、今回は諦めるぜえぇ』

 気だるげな響きを残し、蜥蜴は這うようにして虚空へと消えていった。

 残骸となって宙を漂っていた籠檻が、粘土が捏ねられるように人形が作られる。

『急に意欲を出したと思えば、こちらに害意を持ちますし、ああなると気を削ぐだけでも一苦労なんですよねぇ。あれほどに扱いにくい側近を持つとは、たまに主の考えが読めなくて困りますぅ』

 疲弊したように文句を垂れ流し、不完全で朧げな人形は大仰な動作で首を振る。

『……さて、私も主へ報告に行きましょうかぁ。その後は……ふふふっ』

 一転して不気味な笑いを漏らし、咎神レンヴィーは黒い靄となって霧散する。日の光が差す蒼穹は、裏腹に静けさが不穏さを醸し出していた。


 同刻、某所で二つの人影が移動していた。どちらも黒いローブを纏い、フードで顔を隠している。

「……どうにかして王城へ潜入するぞ。あの光を喰らえば、悲願の成就へと大きく近づくはずだ」

「……そう? わたしにはわからないけど」

 男性の声が重く響き、それを間の抜けた返事で少女の声が打ち消した。

「…………だろうな。お前は、それでいい」

「? …ん、わかった」

 長い間を置いた男性の言葉に、一度首を傾げてから少女であろう人影が頷く。二人は裏路地を通り、昼から営業している酒場へ入って行った。

「あー、やっと来た。私を待たせたんだから、代金を払いなさい」

「……時間は指定していなかったはずだが? それに、その服は何だ?」

 迷いなく目指したテーブルにいた先客は、どこかの令嬢と見間違うドレスに似た衣を纏っていた。あまりにも目立ちすぎるそれに、非難するよう鋭い視線を突きつける。

「別にいいじゃない。私が何を着ようと私の勝手でしょ」

「……? 派手なドレスに何か問題あるの?」

 二人の会話に、意味を理解できていないらしい少女が口を挟んだ。すると、二人は同時に視線を向けて溜息をついた。

「周りを見てみろ。こいつのように派手なドレスを着ている女がいるか?」

「……いない。一人だけ目立ってる」

 路地裏の酒場で昼ということもあり、周囲にいるのは年配の男性ばかりだ。彼らは日雇いの仕事をして暮らし、仕事にありつけずに来ている者たちだ。

 当然だが、衣服も相応の物。華やかなドレスを纏った女性は場違いにもほどがある。

「その通りだ。おれたちの目的を遂行するには、目立つことは避けなければならない」

「……目立ったらダメなの?」

「そうだ。だから、目立たないようにしていろ」

「……ん。わかった」

 男性が少女に言い聞かせるのを横目に、女性は店員を呼んで注文する。

「この店で一番高くて、とびっきり辛いのをお願い。グラスは二つ」

「……この際、服装については脇に置いておく」

「できるなら、今後は指摘しないでくれるかしら? がちがちに縛ってくる男は嫌いなの」

「茶化すな。……それで、首尾の方はどうなっている」

 先ほどまでのやりとりとは異なり、男性は声を潜めて問いかけた。そこに女性が注文したボトルと二つのグラスが運ばれてくる。

 女性はグラスへ注ぎ、男性の前へ置きながら答えた。

「上々よ。まあ、この程度の仕事なら当然だけどね。貴族の坊やに少し言い寄ってみたら、機嫌よく便宜を図ってくれたわ」

「……あまり急かさないの。今、出すから」

 言いながら、女性はドレスの胸元を開いて手を差し入れた。そして、一通の封筒を取り出した。

 多くの男性客が視線を集め、体を乗り出す者まで出る。

「今、ドキッとしたでしょ?」

 妖艶に微笑みと共に封筒が差し出されたが、それを気にした様子もなく奪い取った。

「相も変わらず、下らないことをするな。…………確かに受け取った。行くぞ」

 封を開けて中身を確認し、自分の懐へと収めてグラスを手に取って飲み干す。そして、横に座っている少女と共に酒場を出ていく。

 その様子にを見た女性は、つまらなさそうにグラスへ口づける。

「少しぐらいは動揺しなさいよ。……まっ、後は頑張ってね」

 男性と少女が去った後に、何人も言い寄ってくる男性客を蹴り飛ばしてから店主に倍の額を払って黙らせる。

「……個人的にも興味があるし、もう少し探りを入れてみるかしらね」

 女性から奔放さが失せ、冷めた口調で呟きながら酒場を出た。足早に表通りに出たが、彼女を気に留める者はいない。

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