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王女と異端の騎士  作者: 瀧野せせらぎ
第二章 簒奪の咎神
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聖獣の奪還

 ジャラッ、ジャッ

 意識を失いかけたグランの耳に響いた声と共に、勝手に刀身が変化して壁に突き刺さった。そして、液体の中から引き抜かれる。

「ごほっごほっ、げほっ」

 受身も取れずに背中から叩きつけられ、急激に肺へ空気が入ったことで咽返った。そんな状態の彼に、激流と化した蛇が襲いかかる。

 しかし、牙を立てたのは壁だった。

「……サンキューな」

 一瞬早く横へ転がり、跳ね起きたグランは〈剣〉に声をかける。

『けっ、礼なんていらねぇ。お前の身体は俺が奪う物だからな』

 返ってきた声は心外だと言わんばかりに機嫌が悪く、思わず苦笑を浮かべながら追撃してきた怪物をした。

 ガウッ、グオォッ

 先ほど置き去りにしてきた怪物たちも追いつき、その対応にも追われて余裕が失われていく。

『チマチマしてんじゃねぇよ。面倒くせぇ』

 またも勝手に刀身が変化し、鎖刃が連結を解いて鏃を形作った。意識世界の中で〈討滅英霊〉に使った形態だ。

『往け』

 〈簒奪偽王〉の声に呼応し、鏃が狼の群れを射抜いた――途端、まるで糸が切れた操り人形のように動かなくなる。

『傷つけても治るなら、毒で動きを止めばいい。少しは頭を使いやがれ』

「……忠告、身に沁みるよ」

 二度も助けられ、さすがに感謝の言葉をかける。

 倒れた狼の群れを飛び越え、二体の甲冑が襲い掛かってきた。後方では蛇が口を開けて待ち構えている。

 一方の甲冑が構えた剣の刀身が巨大化し、もう一方の甲冑は籠手の鉤爪を一本へ収斂した。能力の完全解放ではないが、二つ同時に受ければ重症を負うことは間違いない。

 グランは息を吐いて鋭く研ぎ直し、目を閉じて意識を集中する。

 ―偽りの王よ。汝が簒奪せし権能を行使したまえ―

 詠唱しながら呪力を注ぎ込み、能力を呼び覚ました。

 頭に次々と浮かび上がり、その数は封印した焔も含めて十一。それらが意味する権能を読み解いて選択する。

 ―顕現せしは守護神の槍―

 刀身が柄に絡み付いて延長すると棒状になり、先は三つに分かれて十字を形作った。瞳を開くと同時に、聖なる十字を象る槍から鋼色の呪力が迸る。

 ガキィィィンッ

 二体の甲冑が振り下ろす刃がぶつかり、閃光を散らせて弾いた。

「貫け」

 構築された半球状の障壁が変化し、渦となって二体を飲み込む。

 シャアァァッ

 後方から鼓膜を揺らす威嚇に、穂先と共に振り向いて呪力の奔流で自身を守る。顎を開いて迫っていた蛇を制した。

 ―偽りの王よ。汝が簒奪せし権能を行使したまえ―

 ―顕現せしは死女神の矢―

 防御の呪力が霧散し、怪物たちを的と為して鏃が射抜く。一瞬にして毒が周って倒れた。

 動きを止めたのを確認すると同時に、その場から離脱して駆ける。

『女神の呪矢に、守護神の槍……。ふふふっ、そういうことですかぁ。その〈剣〉に宿っているのは、かつの同胞だった簒奪のアダマですねぇ?』

『………てめぇの気味の悪い声で、俺の名前を呼ぶんじゃねぇ』

 道化の声言葉に、歯ぎしりの音を響かせながら答える。

『ふふふっ、そう凄まないでくださいぃ。久しぶりに会ったのですから、積もる話でもしましょうぅ』

 道化が誘うように語り掛け、三叉に差し掛かった瞬間に怪物が挟み撃ちしてきた。グランは苦も無く躱し、鎖刃で動きを封じる。

『貴方は主に牙を剥きましたが、あの方は寛大ですからねぇ。再び忠誠を誓うのならば――』

『黙れ。てめぇの胡散臭い語りは、聞き飽きてんだよっ!』

 重くドスを聞かせた声が遮り、〈剣〉から呪力が放たれる。《鋼王の剣》が勝手に発動し、強化された刀身が縮んで切り裂いた。

 感情に呼応して脈動する〈簒奪偽王〉を逆手に持ち替え、グランはその柄頭を拳で小突く。

『……何しやがる』

 反応が返ってきたことに驚きながらも、それは横に置いて文句を言う。

「あれに腹が立つのは俺も同じだ。あまり勝手に能力とか魔術を使うな」

 どちらもグランの呪力を消費するものであるため、意図に関係なく勝手に使用されると妙な感覚あるのだ。

 舌打ちが返ってきたが、制御が戻ってきたことを確認する。〈剣〉の形状を牙刃に戻して構えた。

 ばらばらになった怪物たちは、部同士を繋ぐよう触手のように伸びる。

「きりがないな……」

『言っとくが、あの焔は使えないぞ。あれを何度も使われたら、いくら国や大陸があっても足りねぇ』

 釘を刺すように言ってくる声に、肩をすくめながら瞼を閉じた。〈簒奪偽王〉本来の力を使えるようになったばかりで、使用するには少なからず集中が必要となる。

 ―偽りの王よ。汝が簒奪せし権能を行使したまえ―

『ふふふっ、油断大敵ですねぇっ!?』

 迷宮の形状が変わり、そこに現れたのは五体の怪物。そのうち二体―獅子と人鳥がグランに襲い掛かる

 ―権限せしは刑神の戦輪―

 刀身が円を描くように伸長して柄頭と繋がり、やや大きめの戦輪へと変化した。。閉じていた視界を開き、精神世界の中で自身を傷つけたそれを投擲する。

 二体は避けるも、その体躯に一筋の深い斬閃が刻まれた。戦輪はそのまま後方に控えている三体の方へ向かう。

 甲殻類を模した鎧の甲冑が、その図体に似合わない動きで盾を構えた。表面を覆うように瘴気が湧き上がる。

 バチィィィッ

 盾に何かがぶつかり、火花を散らせる。そこへ遅れて戦輪が到達するが、それさえも受け止めてみせた。

『ふふふっ、不意を打ったつもりなのでしょうが、こちらには筒抜けですぅ。種がわかってしまえば意味がありませんよぉ?』

 戦輪が返ってこず、無手になったグランに傷が修復された二体が襲い掛かる。鎧を身に着けた人鳥が、翼から矢のように羽を飛ばした。

 挟撃を躱そうと後方へ飛ぶと、そこに先回りされる。槍が突き出されて胸の中心を突いた。

「ぐっ……」

 玉突きのように宙を舞う体には、傷一つついていない。咄嗟に、胸の中心へ呪力を集中して刺突を防いだのだ。

 集中した呪力を再び全身に広げ、飛びかかってくる獅子の牙を肩に受ける。

「――われらは剣を与えられ、地上を守護せし者。これは盟約にして、誓約なり」

 肩に牙を突き立てる獣の鼻っ面を鷲掴みにし、グランは矢継ぎ早に詠唱を締めくくった。

「危機は来たりて、我らは立ち上がる。主よ、我らに加護を授けたまえ!」

 纏う呪力が迸り、牙を砕いて吹き飛ばす。しっかりと捕まえ、獅子を殴りつけるように振り回した。巨体が軽々と投げ飛ばされ、迫っていた人鳥が巻き込まれる。

 二体まとめて遠方へ飛んでいくのを尻目に、地を蹴って一気に駆け抜けた。呪力による身体強化を爆発的に高まり、その脚力は〈伝令者の長靴〉使用時に及ぶ。

 目の前にせり上がった壁を飛び越え、目の前に現れた魔鳥を蹴り飛ばし、甲冑に受け止められていた〈簒奪偽王〉の柄を掴んだ。

 手から高まった呪力が流れ込み、〈簒奪偽王〉の刀身が牙刃に変化した。

「覇帝剣技Ⅶ式改・紫電」

 地面を蹴る足から剣を持つ手まで一斉に動かし、甲冑の構えた盾の一点に衝撃を与えた。

 ガッ

 瘴気の膜を破って切っ先が突き刺さり、引き抜くことができなくなる。

『おやおやぁ、何がしたいのですかぁ?』

 道化の声を聞き流しながら逆手に持ち替え、崩れかけた体勢を修正して拳を引き絞るように構えた。

「砕鎧」

 放った一撃は柄頭に叩き込まれ、切っ先に伝わった衝撃に盾が砕かれて甲冑が吹き飛ぶ。

 後方に控えていた牛が巨大な戦斧を振り、それは重い一撃となってグランの胴を捕らえた。上下で切り離された体は、土塊のように崩れ去る。

「幻狼」

 重い一撃を残像で躱して刃の上を駆け、空中に身を躍らせるようにして構えた剣を一閃。

 牛の角を切り飛ばし、勢いのまま背後へ周って連撃を放った。

『いきなり、動きが変わりましたねぇ? ですが、無駄ですよぉ』

 斬った部位が瘴気によって修復され、人牛の瞳が妖々と輝いた――瞬間、壁が変化して円錐状の突起が飛び出した。

 牙刃を鎖刃に変化させて薙ぎ払い、間隙を縫うように迫ってきた獅子たちをいなす。包囲網を崩して綻びを作り、抜け出して牙刃へ戻して駆け抜けた。

『……いきなり、だな。一言ぐらいあっても、良かっただろうが』

「戦闘中の言葉は無意味だ。それに、不意打ちになっただろ?」

 抗議する〈簒奪偽王〉に言葉を返しながら、両手に構えなおして跳躍する。

「それより、こいつらの力を奪えるか?」

 グランの押し寄せては引く波のような扱いの荒さに、すっかり苦労人となってため息をついて答える。

『扱いが荒すぎるぞ。……触れた感じだと、奪えないことはないな。ただ、容量的に一つか二つぐらいが限界だぞ』

 俯瞰する位置取りで〈剣〉の切っ先を振り下ろした。閃光が爆ぜて分裂した鎖刃が怪物たちへと伸びる。

 怪物たちはそれぞれが反応して躱すが、切っ先は地面や壁を跳ね回った。そして、まるで閉じ込めるように檻を作り出す。

 ―顕現せしは死女神の矢―

 檻を作り出した刀身は百を超える鏃を作り出し、全方向から怪物たちを射貫いた。為すすべなく毒の矢を受け、怪物たちは次々とひれ伏す。

 人鳥と巨鳥、盾の甲冑、獅子は鏃の毒に蝕まれながらも倒れていない。しかし、動くことはできないらしく唸り声のみを上げる。

『……一匹だけ残ったな。やっぱり、あれがこの空間を作り出してやがる』

 唯一鏃を防壁で受け止め、身を隠す怪物を示した。

「じゃあ、あれを片付ければいいんだな」

 言いながらグランは〈剣〉を一閃し、すべての鏃を刀身へと戻す。そして、呪力を流し込んで手近な獅子の怪物を突き刺した。

 この中では上位に位置する神獣の魂であり、セフィアを脅かす存在が核となっているのだ。躊躇するつもりは無かった――が、

「騎士団団長、悪いけど奪わせてもらうぞ」

 言葉が届いていないと知りながらも、謝罪を述べてから能力を発動させる。貫いた刀身から鋼色の輝きが迸り、獅子の体を走って包み込んだ。

 ―王を騙る者よ。殺戮を繰り広げる者よ―

 ―汝の凶気をもって、神とその眷属すら殺めたまえ―

 ―彼の敵より権能を奪い、新たな殺戮の糧と為したまえ―

 ―今こそ、汝の咎を曝け出せ―

 行使するのは二度目だが、不安は欠片も感じずに行使された。獅子の輪郭が解け、瘴気が霧散する。

 素材となったアルバートは意識を失ったまま落下し、切っ先が捕らえているのは宙に浮かぶ白銀の光球のみ。

 それは、刀身に吸い込まれるように消えた。

 奪った権能を瞬時に掌握すると同時に、肉食獣の咆哮が閃光と共に〈剣〉から放たれる。

 グオォォォオン――――ッ

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