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王女と異端の騎士  作者: 瀧野せせらぎ
第二章 簒奪の咎神
40/61

死へ誘う迷宮

 土は血に汚れて騎士たちは膝をつき、異形の獣たちが咆哮を上げて城壁を破壊する。民を救えないことに罪悪感を抱き、なおも立ち上がろうとする者は喰われた。

『ふふふっ、いくら強固な結界の中にいても内側に入り込まれたら一貫の終わりですねぇ』

 道化が空中から降り、指を鳴らして一匹を呼び寄せる。馬車ほどの体を持ち、筋骨隆々の牛が頭を垂れた。

『ふふふっ、〈剣〉だけを素材にして作りましたが、これほどまで従順であれば扱いやすいですねぇ』

 道化は牛の頭を撫でると、もう一方の手で指を鳴らした。鳥かごのような檻が出現し、そこには数人の騎士が閉じ込められている。

『しかし、心もとないのも事実ですぅ。なので――』

 格子が曲がって開き、そこから手を差し入れて一人だけ取り出した。〈剣〉を無理やり引きはがした騎士は、死にはせず半永久的な眠りについている。

 それだけならば、いずれは天界の神々によって安穏を与えられるだろう。

『使わせていただきますよぉ』

 牛の体に押し付けると、泥でできているかのように呑み込まれていく。頭から入り、絡みつくように取り込まれた。

 グチュグチュッ、ズオオォォッ

 牛の輪郭が蠢き、その姿は悍ましく変貌した。背には巨大な戦斧を背負い、直立する人牛が咆哮を上げる。

『さあ、我が主のために――』

「……見るに、堪えない光景だね」

 命令を遮るように声が聞こえ、道化の肘から上が地面へと落ちた。

『…おやぁ?』

 鳥の囀りが響き、輝きの中から白衣を着た青年が姿を現す。肩で息をしており、衣服はボロ雑巾のようだ。

 片手に構えた〈剣〉は、明滅を繰り返して今にも消えてしまいそうである。

『おやおや、まだ生き残っていましたかぁ?』

「生憎と、僕は医者なんだよね。先に死んでしまったら、ケガ人の手当てが出来すに死者が出るんだよっ……」

 息が整うと同時に斬りつけるが、道化は闘牛士のように身を翻してかわした。

『ふふふっ、そんな満身創痍の身で姿を現すとは、下策中の下策でしかありませんよぉ?』

 続けざまに斬りつけられるが、それを最小限の動きで避けながら笑いを漏らす。それに対して、シャルルは鋭い殺気を放った。

「わかってるさ。でも、お前を殺せば事態が収まる。死者の面倒は見れないんでねっ!」

 力をこめて鋭く刺突を放ち、それすらも空を切ると彼は膝をついてしまった。すでに体は悲鳴をあげ、呪力も底をつきかけている。

 頼みの綱である〈剣〉を維持することができず、顕現が解けて光の粒子となって掻き消えた。

『ふふふっ、もう終わりですかぁ? 辛そうですねぇ?』

 呪力による守りが無くなり、宙に漂う瘴気が肺に吸い込まれて荒れ狂う。想像を絶する苦痛に耐え切れず、胸の周辺を掻き毟りながら倒れた。

 呼吸すら困難になったシャルルに、道化は芝居じみた礼をする。

『ご鑑賞いただき、ありがとうございましたぁ』

 朦朧とする意識で、声のする方を睨みつけた。顔を上げた道化は視線が合うと、口を不気味に歪めながら手を伸ばす。

『御代は、貴方と〈剣〉の魂で結構ですよぉ』

 掌から瘴気が放たれて布状に変わり、巻きついて縛り上げた。表面が不気味に泡立って輪郭をなぞっていく。

 体をかき回される感覚に、シャルルは意識を手放すことさえ許されない。

『ふふふっ、意識を保ったまま作り変えられる気分はいかがですかぁ?』

 意識が朦朧とする中、纏わりついてくる道化の声。指先まで動かすことができず、別の何かへと変わった。

 視界が明瞭になると同時に、湧き上る衝動に掻き立てられる。

(………喰いたい……くいたい…クイタイ!)

 喉が砂漠のように干からびる。この渇きを潤し、衝動を治めたいという欲望に駆られて雄叫びを上げた。

 空気を震わせた引き裂くような音が響くが、それを気に留めることなく飛び上がる。

「っ――!?」

 両翼を羽ばたかせ、巨大な怪鳥が空へと舞い上がる光景にセフィアは悲鳴を上げかけた。両手で口を塞いで身を隠す。

 異変が起こって侍女の一人が迎えにきたのだが、リーゼとアンリのことが気にかかって侍女の制止を振り切ったのだ。向かった先は道が断たれており、逃げる暇も無く瘴気が王城を包み込んだ。

 怪物たちが周囲を蹂躙し、立ち向かった騎士たちが次々と〈剣〉を折られて倒れた。呪力による守りを失った彼らは、瘴気によって体を蝕まれて命を落としたのだ。

 常人であるセフィアが無事なのは、グランと誓約を交わしているからである。

 手の甲に輝く王冠の紋章を見つめ、胸に抱えこんで怯えるように蹲った。

(……グラン、グラン、グラン――!)

 恐怖に体を震わせ、縋るように何度も守護者の名前を呼んだ。きっと来てくれると信じ、天界の神々にまで救いを求めて祈りを捧げた。

 すっ……

「……呼んだか? セフィア様」

 聞きなれた声に顔を上げると、そこにはアメジストのような瞳がある。その輝きに魅せられ、心を覆っていた暗闇が払われた。

 なぜか煤けた顔で安心させるように笑い、セフィアの頭を撫でながら短く言う。

「すぐに終わらせてくる。だから、ここに隠れてろ」

 立ち上がった彼を視線で追い、壁に穿たれた穴から飛び出す背中を見送る。

 次の瞬間に白銀の輝きが翔け、宙を飛ぶ鳥にぶつかった。横殴りの衝撃を受けて地面へと落ちる。

 怪物たちが動きを止め、異変の起きた方向に振り向く。

『おやぁ? まだ生きていらっしゃったのですかぁ? 憎らしいほどしぶといですねぇ』

 道化の声に魔鳥の上に降り立ち、青年は日輪の如き輝きを纏って睨みつける。その手には鈍く輝く鋼色の牙剣が握られていた。

「『囀るな」』

 二つの声が重なって響き、周囲の怪物たちが怯えたように後ずさる。

『……随分とご立腹のようですねぇ。その冷めた瞳の奥に、怒りが透けて見えますよぉ?』

 言葉が終わると同時に、怪物たちが一斉にグランへ襲い掛かった。

 ジャラッ、ジャッ

 刀身が変化して意思を持っているかのように乱れ舞い、一瞬にして怪物たちを切り裂く。騎士たちを苦しめた個体のみが残る。

『……これはこれは、驚きましたねぇ。以前とは違う〈剣〉のようですが、どこで手に入れたのか教えてもらってもよろしいでしょうかぁ?』

 ジャラッ

 返事の代わりに鎖刃が鞭のようにしなり、道化を縛り上げて締め付ける。〈鋼王の剣〉を発動していないにも関わらず、呪力がこめられた刃はびくともしない。

『……これは、力を奪われてるのでしょうかぁ?』

「答える義理は無い。さっさと、この怪物たちを消せ」

 有無を言わさない口調で命じるグランは、道化をいつでも切り刻めるよう構えている。交渉ではなく脅迫の形であり、射抜く視線には一切の躊躇が存在しない。

『……そう言われましても、我が主の命は騎士たちの殲滅ですからねぇ? こちらとしても完遂せずに引き下がるのは――』

 ジャシュッ

 言葉が終えるのを待たず、その体は引き裂かれて地面へと崩れた。

 冷え切った瞳が、周囲を取り巻いている怪物たちに向けられる。

「かかってこい」

 狂気ではなく凶気で己を支配し、手に持った〈剣―簒奪偽王〉の形状を変化させて構えた。

 白銀の閃光が爆ぜ、怪物の一体が切り裂かれる。

「覇帝剣技Ⅱ式・迅雷」

 しかし、周囲を漂う瘴気によって傷は塞がってしまった。動きを止めたグランに、蛇と狼の姿を模した怪物が襲いかかる。

 それを見計らったように、円を描く剣閃が走る。

「覇帝剣技Ⅶ式・閃舞」

 本来なら崩れ倒れるはずの怪物たちは、その身に受けた傷が瞬時に塞いで突進した。蛇が巻きついて捕縛し、狼がその数を増やして襲いかかっる。

 訓練を受けたように統制された連携に、為す術なくグランはその身に牙を突きたてられ――たかのように見えた。

 土くれように残像が崩れ、狼の群れは同士討ちになる。

「幻狼」

 頭上から俯瞰して全体を見渡しながら落下し、自身を見上げる怪物たちへ振り下ろした。

「覇帝剣技Ⅲ式・破槌」

 呪力を纏った刀身に膂力と重力が合わさって地を砕き、余波を受けた怪物たちが吹き飛ぶ。

 傷を負わせても瞬時に回復するため、衝撃で動きを止める手段を取ったのだ。

「……やっぱり、やりにくいな」

『文句言ってんじゃねぇ。お前の扱いが荒すぎるせいだろうが』

 地面から引き抜きながら呟くと、声が内と外の両方から聞こえた。二重に聞こえる不快感に顔を顰めながら、鉤爪を具えた篭手をもつ甲冑を斬り伏せて跳んだ。そして、既視感を覚えて確認する。

 以前、セフィアを拉致された時に現れた怪物の一体だ。よく見てみると、先ほど吹き飛ばした狼と蛇も見覚えがあった。

「……どういうことだ? あの焔に焼かれたはずだ」

 思わず疑問を口にした――次の瞬間、周囲に壁が出現した。

 この現象にも覚えがあり、前後を確認して怪物たちが迫って来る様子を確認する。以前と異なるのは、足元を瘴気が漂っているという点だけだ。

「……またか。これは何なんだよ」

 現状を作り出している何かがあり、以前はこれを真紅の焔で焼き尽くしたが、今回はその方法を使えない。

 〈討滅英霊〉を使えない現状では、焔を使っても消すことができないからだ。

「それに、あの怪物たち……」

 先ほど覚えた既視感に加え、以前は覚えなかった引っかかりがあった。

『ふふふっ、気になりますかぁ? 気になりますよねぇ? 特別にお答えして差し上げますぅ』

 いい加減に耳慣れてしまった気味の悪い声に、眉根を寄せて息を吐いて牙刃を鎖刃へ変化させた。

「勝手にしてくれ」

 狼の群れがいる方へ駆け、いくつにも分岐させた刀身で貫く。一瞬とはいえ傷が塞がるまでには隙があり、それを突いて群れの上を跳んだ。

『それらは新作でしてねぇ。今までとは比べ物にならない代物なんですよぉ』

 突き当たりを曲がると、そこには伸び上がった蛇が待ち構えていた。巨大な顎を開いて襲いかかる。

 刀身の形状を戻し、グランは姿勢を低くして速度を上げた。

「覇帝剣技Ⅷ式・翔撃」

 交錯する瞬間、地面を強く蹴って跳んで斬りつける――が、剣閃は何の抵抗もなく滑ってしまう。〈伝令者の長靴〉を使用しない空中では身動きが取れず、蛇の身体へ突っ込んでしまった。

 蛇の身体は液体に変わっており、勢いを殺されて捕らえられる。

『なんと、〈剣〉と騎士の魂を素材にしているのですよぉ! すごいでしょうぅ!? 名づけるのであれば、反魂獣ですかねぇ!』

 嬉々として語る道化から与えられた答えにより、全てが繋がって目を見開く。そして、僅かに生まれた口の隙間から液体が流れ込んできた。

(くそっ…、そういうことか! 息が……!)

 呪力の鎧すら無視して体内に入り込み、命を奪おうとする怪物に抵抗すらできない。刀身を制御しようにも、錐揉みになって妨害を受ける。

『苦しそうですねぇ? ふふふっ、そのまま死んでくださいぃ』

 ごぽっ

 道化の声を聞き、限界が来て大きな気泡を吐き出してしまう。急速に意識が遠のき、目の前が暗くなっていった。

『ちっ…、死にそうになってんじゃねぇ』

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