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王女と異端の騎士  作者: 瀧野せせらぎ
第二章 簒奪の咎神
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煉獄からの帰還

 王城が混乱と恐怖に包まれる中、王都の郊外にて光の輪が回っていた。精緻な装飾のように文字が刻まれており、一定の間隔で明滅を繰り返している。

 その中心には一人の青年が座り込み、眠ったように目を閉じて俯いていた。

「……これ以上は、待っても無駄か」

 細剣を手に構えた女性が、輪の外で何かを諦めたように呟く。

 そして、手に持っていた剣を横へ振ろうとした――瞬間、輪の中にいる青年から紅い輝きが立ち上った。

 やがて煌々と燃え盛る炎の如く輝くそれは、徐々に苛烈さを増して熱量を持つようになる。囲みこむ光輪に触れると、跡形も無く蒸発させた。

「これはっ……!? 審判を降せ〈天輪王妃〉!」

 咄嗟に〈剣〉の能力を使い、青年の周囲に何重もの円を展開した。円はそれぞれが異なる動きをし、障壁を作って真紅の焔を阻む。

「この距離で暴走されると、さすがに厳しいな……! この借りは高くつくぞ、馬鹿弟子」

 女性―ルディアは悪態をつきながら、〈剣―天輪王妃〉へと呪力を注ぎ込んだ。

 輪が数を増やし、拘束するかのように中心へと縮んでいく。真紅に触れた傍から蒸発し、それと同時に上回る速さで数を増やす。

 ―断罪を司どる者よ。真実を見透かす者よ―

 能力を使用する片手間で、完全解放を行うための詠唱を始めた。

 ―汝の天輪を回し、罪科に審判を下したまえ―

 ―罪無き者たちを救い、我らと共に導きたまえ―

 百を裕に超える光の輪が収束し、帯状になって紅い輝きを覆うように巻き付いていく。その様子を見ながら、最後の一節を唱えた。

 ―今こそ、汝の罰と救いを与えよ―

 帯は外周に出現した光の輪に繋がり、決して動くことのないように固定された。

 ジャキンッ

 金属音と共に、光の輪から伸びた刃が光の繭を四方から串刺しにする。

「……生きていたなら、いくらでも文句を受け付けてやる」

 聖書の一節に、審判と裁きを司る王妃について記されている。

 かの女神、その瞳に罪人を映せば罪科を見抜く。

 かの女神、その身に背負いし輪によりて罪人へ慈悲を与える。

 かの女神に罪科を見抜かれし者、その身に裁きを下されて転生の理へと還る。

 この伝承通りに、罪科を背負う青年は〈天輪王妃〉の能力で裁かれた。並の騎士であれば、記されたように転生へと導かれる。

 そう、並の騎士であればの話だ。

 ゴウッ

 繭が焼き破られて真紅の焔が荒れ狂い、刃と光の輪が蒸発する。

「やはり、ダメか……」

 一瞬の間があったため、ルディアは安全な場所まで退避することができた。

 しかし、二度目の完全開放を行うことは不可能だ。

 そもそも完全開放というのは、〈剣〉の中に納められた神とその眷属の魂を活性化させ、本来の力を引き出すものだ。

 その制御を行うのは、恩恵を与えられているだけの人間。無理に行使を続ければ、死に至るのは当然の摂理。

 まして、真紅の焔は尋常ではない。僅かな時間とはいえ、抑え込むだけでも消耗が激しすぎる。

 押さえていた延焼が起こり、空間が熱に歪んで地面が蒸発した。このままでは周囲一帯が消滅してしまう。

「悪く思うなよ。さっきも言った通りだ」

 息を吐きながら自身の心臓を叩き、身体に纏う呪力を一点へ集中する。――と同時に、〈天輪王妃〉を構えて火柱の中心を見据えた。

「覇帝剣技・三重式:――」

 地を蹴って力強く二歩踏み込み、最速の疾駆を以て火柱へと飛び込む。火柱の中で身を焦がしながら、押し返されないよう力任せに突き進んだ。

 Ⅴ式:奔槍とⅦ式:疾風の合わせにより、中心にいる青年の元へたどり着いた。

「威吹」

 Ⅰ式:穿千の突きを放ち、切っ先に収束させていた呪力を爆発させた。

 残された全力を使い切り、ルディアは火柱の外へ放り出されて地に叩き付けられる。呪力を使い果たしたため、〈剣〉の顕現を維持できず淡い輝きとなって消滅した。

 全霊を尽くした一撃を放ち、身じろぎすらできない彼女に焔は容赦なく押し寄せる。死を覚悟して目を閉じ、唇を噛み締めて襲うであろう苦痛に備える。

「奪え〈簒奪偽王〉」

 焦熱が肌を撫でた瞬間、聞きなれた声が響く。

 覚悟を忘れて驚きに目を開けると、そこには理を超えた現象が起きていた。荒れ狂う焔が中心へと吸い込まれ、使役するかのように青年が持つ〈剣〉に宿る。

 融けたようなクレーターの中心で、煤汚れた姿でグランは立っていた。

「悪い、遅れた」

 疲労を帯びた声で短く言い、焔を宿した剣を横に薙いで消滅させて近づいてくる。

「……馬鹿弟子、あまり心配させるな」

「弟子になった覚えは無い。…まあ、心配かけたのは悪かった」

 普段通りの返しをした後に歯切れが悪く謝罪する彼に、ルディアは微笑を浮かべて意識を手放した。


 真紅の焔が眼前に迫り、〈討滅英霊〉で斬ろうと呪力を迸らせていた時だ。

 グランは自身に宿る二つの〈剣〉以外の力を引き出した。

「うおぉぉぉぁぁあっ――!」

 〈剣〉の能力で無理やり制御して相殺し、呪力で身体能力を強化して押し返す。

「……見てらんねぇな」

 肩を貸している〈簒奪偽王〉が、生気を取り戻した声で呟いた。

「自分で引き出した力を制御できてねぇ。そんなんじゃ、押し返す前に自滅するのが落ちだ」

(……そんなことは、わかってる。でも、ここでやらなきゃ死ぬんだよ!)

冷静な分析を聞いて一瞬だけ気が逸れ、腕が弾かれてしまう。

「馬鹿野郎、よそ見してんじゃねぇ!」

 焦って声を荒げ、グランの首根っこを掴んで上へ跳躍する。

 切り裂こうとしていた前方だけでなく、膨大な呪力で遮っていた左右と後方からも焔が押し寄せ、広場の床一面が紅蓮に染まった。

「らっ……!」

 ジャラララッ

 いつの間にか出現させた牙刃剣を振り、刀身を変化させて天井の隅へ突き刺した。振り子の原理で壁へ向かう。

「壁に剣を突きたてろ!」

 大声で出された指示に従い、勢いを利用して突き立てる。黄金と真紅が混在する刃が、根元まで突き刺さって壁を爆散させた。

 勢いのまま外へ飛び出すと、意志を持っているかのように真紅の焔がが眼前に噴き上がる。

「ちっ……!」

 舌打ちをしながらも〈簒奪偽王〉はグランを引き寄せ、伸ばした刀身を縮めて回避した。

 ある程度縮まって刀身が元の形状へと戻ると、二人は宙ぶらりになって下を見ることになる。

「突き立てろって言ったのに、壁を壊すんじゃねぇ! 危うく焦げ死ぬところだったぞ!」

「うるさい! こっちだって、制御できなくて必死なんだよ!」

 必死に守ろうとしていた相手に、罵声を浴びせられて堪忍袋の緒が切れた。

「身に合わねぇ力を使おうとするからだ!」

「じゃあ、どうしろって言うんだよ!」

 力を引き出すことはできても、完全な制御はできていない自覚は彼にもある。しかし、使わなければ二人して死んでいた。

 〈討滅英霊〉の能力を全開にしても断ち切れない焔には、それと同じ力で対応するしか方法を思いつかなかったのだ。

「てめぇの剣は、そこにいる野郎だけじゃねぇだろ」

 怒りに荒いでいた声が、凪いだように告げた言葉にグランは目を見開く。

 どんな心境か先ほどまでと打って変わった態度に、沈黙すると〈簒奪偽王〉の表情が怒りに染まった。

「勘違いすんじゃねぇ。お前の体は、いつか奪ってやる」

「……わかった」

 思惑を理解できたわけではないが、言葉が真実であると信じることにした。ここで言い争いを続けていても何も無い。

「お前を捻じ伏せてでも使ってやる」

 奪いに来ると言うのなら、それを迎え撃てばいいだけの話である。そう覚悟を決め、自身の中に潜む冷徹さを表に出すグラン。

「へっ…、いちいち癇に障るガキだ」

『友誼を結ぶのはいいが、現状を忘れるでないぞ』

 言い争いを黙って聞いていた〈討滅英霊〉の声が響き、咎神の一柱である青年が睨みつける。

『あれ程の無茶な扱いを受けたのだ。我は眠りにつく』

「文句は聞かないぞ。黙って眠っとけ」

 一言多いことは気にせず、英雄神の宿る〈剣〉を手放した。黄金の輝きに変化し、グランの体へと吸い込まれる。

「……使わせてもらうぞ」

「ああ、さっさと済ませろ」

 煉獄と化した下方を見つめて言葉を交わすと、〈簒奪偽王〉は鋼色の輝きとなって天井に突き刺さる〈剣〉へと吸い込まれた。

 意思を持つかのように自然と抜け落ち、所有者の手へと収まる。

 生きた焔が噴きあがり、火柱となって襲い掛かってきた。その数は六つ。

 それを見ても脅威とすら映らず、頭は冷えきっていた。

「奪え、〈簒奪偽王〉」

 全身から呪力を放出して鎧と成し、鎖刃へ変化させた刀身を六つに分裂させて伸ばす。

 ―王を騙る者よ。殺戮を繰り広げる者よ―

 ―汝の凶気をもって、神とその眷属すら殺めたまえ―

 ―彼の敵より権能を奪い、新たな殺戮の糧と為したまえ―

 〈剣〉を介して焔と自身を呪力で繋ぎ、制御を端から奪っていく。そして――、

 ―今こそ、汝の咎を曝け出せ―

 〈簒奪偽王〉の能力を完全開放し、取り戻される前に奪い尽くす。

『ちっ…、随分と多いな。いい加減、破裂しそうだ』

 息苦しそうな声が頭の中で響いたが、意識は眼前の焔を捉えたまま返す。

(もう少し辛抱しろ。一気に薙ぎ払う)

『あの野郎も言ってたが、随分と扱いが荒いな……』

 やりとりを行っている間に、容量一杯までに焔が吸収された。伸ばしていた刀身を縮め、一つにして構え直す。

 焔に包まれて熱に肌を焦がされながら、呪力を一気に〈剣〉へ流し込んだ。

 ―偽りの王よ。汝が簒奪せし権能を行使したまえ―

 鋼色の刀身が真紅に染まり、その形を失って陽炎のように揺らめく。さらに呪力が注ぎ込まれ、封じた焔を燃え立たせた。

 やがて呪力が白銀の巨大な刀身を生み出し、その周囲に焔が螺旋を描いて纏わりつく。

「覇帝剣技Ⅸ式・散華」

 一息に放たれた六つの斬閃。白銀が世界を切り裂き、真紅が灰燼と為す。

 灰が舞う視界が晴れると、そこは見覚えの無い場所だった。自身を中心として窪みがあり、焼き払われて焦土と化している。

 グランはため息をつき、それが自分の起こした惨状だと受け入れたと同時に、この程度で済んだことに安堵する。

 被害の規模を確認すると、横たわる女性を発見した。手に持っていた〈剣〉の顕現を解いて近づく。

「悪い、遅れた」

 短く帰還を伝えると、女性―ルディアは文句を言って意識を失った。グランは彼女を焼け残った木の幹にもたれさせ、簡単に外傷が無いかを確認する。

 微弱ではあるが、呪力による回復が始まっている。無意識なのだろうが、それほどの重傷でもない。

 手当の必要が無いと判断し、空を見上げて星の位置を確認する。

「王城は、あっちか」

 王城のある方角を見ると、昏い靄が立ち上っていた。嫌な予感に突き動かされ、地を蹴って駆け出す。

「――伝令者の長靴を履き、我は風よりも疾く翔けん」

 魔術〈伝令者の長靴〉を発動し、障害を跳び越えて自分が守るべきものの元へ翔けた。

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