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王女と異端の騎士  作者: 瀧野せせらぎ
第二章 簒奪の咎神
38/61

始まる狂宴

 時が刻まれ、侍女二人の謹慎が解かれた。

「セフィア様が特別に目をかけているから、貴女たちには今まで目をつぶってきました。……ですが、今回ばかりは私も特別扱いすることはできません」

 侍女長が二人の前に立ち、冷たい眼差しを向けている。その隣には、紳士の仮面を着けたアルバートが微笑んでいた。

 国王が緘口令を敷いたのだが、どこからか漏れたらしい。そして、それは間違いなく彼だとアンリは確信していた。

 しかし、ここで先日のような行動はできない。隣にいるリーゼならともかく、侍女長が目撃者になれば厄介である。

「王が許したとしても、この事を各国に伝えればどうなるか……わかるんじゃないかい?」

 声と表情は厳しいものだったが、その瞳には悦楽の輝きが宿っている。まるで、弱った獲物を嬲る蛇のようだ。

「レガリア殿、滅多なことは言わないでください。……とにかく、このことが公になる前に私が処理させていただきます。セフィア様の周りは他に任せ、覚悟を決めておきなさい」

 言いながら厳しい視線を浴びせた後、侍女長は廊下を早足で去って行った。一方、アルバートは追いもせずに二人に笑いかけた。

「君たちは災難だね…。まあ、あきらめずにいるといい」

「……あなたは、いい加減に諦めるべき」

 静かな声で発した言葉と共に、アンリは地を蹴って背後へ周った。そして、鋭く脚を弾くように振り上げる。

 ガッ

「っ……!?」

 頑丈な塀を蹴ったような感触が返り、普段は無表情の彼女が驚きに目を見開く。

 ただの少女には不可能な動きに、アルバートは落ち着いて狙われた場所を黒い靄で覆ったのだ。

「この前は油断していたけれど、心構え一つで防げるんだよ。…さて、暴行の現行犯だね」

 気がつくと腕を掴まれ、口と鼻を覆われていた。

 リーゼは突然のことに動くことができず、呆気に取られて目の前で暗く嗤う男に蹴り飛ばされる。壁へと叩きつけられ、強烈な衝撃に体が痺れて動けない。

「本当なら団員に引き渡して面倒を見させるんだけど、先日は世話になったからね。それに、見られたからには口止めしないといけないねぇ」

 口調が変化すると共に、口を塞ぐ手から黒い靄が噴き出した。息をつく間もなく口から侵入してくる。

「大丈夫、悪くはしませんよぉ。ふふふっ」

 気道が塞がれ呼吸ができなくなり、気が遠のき始めた。

「囀れ〈静鳴雀鳥〉」

 白銀の輝きと共に鳥の囀りが響いた――と同時に、瘴気が払われてアルバートが飛び退く。その表情からは感情の一切が消え、まるで人形のように虚ろだった。

 間に立つのは、白銀の輝きを纏った白衣の青年。

「まったく、随分と成り下がったものだね。騎士団団長殿」

 どこまでも冷めた声で、〈剣〉を構えて地面を蹴る。波打つ刀身に白銀の輝きが灯り、再び小鳥の囀りが響いた。

 呪力による耐性を持たない侍女二人は、それを聞いただけで意識を失ってしまった。

「おやぁ? あなたは、盗み聞きしていた鼠ではないですかぁ?」

「黙って検体させてくれないかな。非常に珍しいサンプルだからね」

 言いながら放った斬撃を躱され、返す太刀で追撃を仕掛ける。

「……おおよそ、人間の持つ思考ではありませんねぇ」

 あまりの言い草に呆れた声が聞こえるが、それすら取り合わずにシャルルは相手へと踏み込んだ。

「喋るな。そして、動くな。呪力への耐性を見せてもらう」

 素早く突き出して囀りを直接体へ叩き込もうとするも、アルバートだったものから放たれる瘴気に阻まれる。

 すぐに囀りを響かせて払い、傀儡へと接近を試みた――が、

「せっかく用意した人形を、壊されては困りますねぇっ!」

 払われた瘴気の中から現れたのは、昨夜見た黒い獅子を縮小させたもの。その鋭い牙を持つ咢を開いて迫る。

「ふむ、大きさを自由に変えられるのか。……となると、身体は怪物と同じ瘴気からできているのかな」

 考察しつつ〈剣〉から鳥の囀りを放つと、僅かに獅子の輪郭が揺らいだ。しかし、払うまでに至らなかった。

 獅子の牙が迫り、シャルルは躱そうとして背後の状況を思い出す。

「ちっ……」

 舌打ちをしながら、呪力を体から迸らせた。

「――この護法は、何者も寄せつけぬ不朽の壁なり!」

 鋭く放った詠唱により、半球状の単体障壁結界《護法》が発動する。

 今にも食らいつき、引き裂かんとしていた爪牙をぎりぎりで弾いた。障壁に蜘蛛の巣状の亀裂が走って砕ける。

「ふふふっ、実を言うと多少の疑いはあったのですがぁ、さすがに騎士としての誇りはあるようですねぇ?」

「………」

 騎士としての誇りとは、〈剣〉を与えられた時に強制的に行われる天界の神々との誓約のことである。

 その誓約は地上の守護であり、怪物から地上の民を守ることも含まれているのだ。

 守り切れなくても烙印を押されることはないが、それゆえに主従の誓約よりも強制力が存在する。戦場では生きたまま横たわる者たちや逃げ遅れた者たちがおり、その存在を勝手に意識して守ってしまうのだ。

 〈剣〉の持ち主の人格に関係なく、この誓約に逆らうことは不可能。

「やりにくいね。……また今度、検証させてもらうことにするよ」

 状況を不利と判断したシャルルは、言いながら後方へ跳ぶ。

「この状況で、逃がすと思いますかぁ?」

 答えを必要としない問いかけと共に、そのを開いて地面を蹴った。巨体に不相応な俊敏さで駆ける

 二人の侍女を抱え上げ、襲い来る相手へと切っ先を向ける。

「悪いけど、こっちも必死なんだ。だから――」

 ―森を守護せし者よ。森の女神より寵愛されし者よ―

 口から紡ぎだされたのは、太古の言語による詠唱。呪力の輝きが強まり、そこに一つの恒星が生まれる。

 ―汝の囀りを響かせ、彼の者たちを惑わしたまえ―

 白銀の輝きの中から何かが飛び出し、シャルルの周囲を飛び交う。

 ―我らに降りかかる禍を退け、傷つきし我らを癒したまえ―

 それは詠唱が終わりに近づくにつれ、数を増していって廊下を埋め尽くした。

「こ、これはぁっ!?」

 進行を妨げられた獅子は、自身に群がる小鳥たちを見て驚愕の声を上げた。逃げようと足掻くも、呪力が象った小鳥の群れに取り囲まれて退路はふさがれている。

 ―今こそ、汝の歌を天へと捧げよ―

 幾千もの鳥の囀りが響き、周囲が白銀へと染め上げられる。

 チチチチチッ、チリリッ、チチチッ

「ぐうううぅっ……、あぁぁぁああっ!?」

 獅子の輪郭がぼやけ、その姿を形作っていた瘴気が拡散し始めた。やがて人と〈剣〉へと姿が還元されかけた――瞬間、

 ヒュッ、ザザザザザッ

 小鳥たちの包囲網の外から、黒い矢が飛来して次々と駆逐していく。そして、そこへ盾を掲げた鎧の騎士が突入した。

 鎧騎士がアルバートの元に辿りつくと、障壁を展開して小鳥の群れを押しのける。

 やがて小鳥たちが一匹残らず消えると、障壁の中に道化が現れた。

『……逃げられてしまいましたねぇ。できれば捕獲し、人形に作り変えたかったのですがねぇ』

 気を取られている間に、侍女二人を抱えていた騎士は姿を消していた。

 まさか逃げの一手を打つためとはいえ、〈剣〉の能力を完全解放させるとは思ってもいなかったのだ。完全に不意を突かれた形になる。

『まあ、過ぎたことは仕方がありませんねぇ。問題は、今の騒ぎで異変に気が付かれたことですかぁ?』

 王都の警備に人員を割いているとはいえ、王城の警備に残っている騎士たちには感づかれたのは確実である。

 道化は首を傾げると共に、口元を歪ませて指を鳴らした。

『ならば、舞台を始めるとしましょうぅ。紳士淑女の皆様、どうぞお楽しみくださいぃ!』

 瞬く間に瘴気が広がり、そこから小型の怪物が次々と出現する。王城の壁が内側から破壊され、仕官していた貴族たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。

 王城に残っていた警備の騎士たちが〈剣〉を抜くも、怪物たちの中に混じる異質な存在によって蹴散らされる。

 それらは他の怪物よりも洗練された造形をしており、それぞれが特殊な能力を所持しているのだ。おそらくは、それぞれが騎士と〈剣〉を作り変えられたのだろう。

 今までにない状況に、王城は阿鼻叫喚の地獄図と化した。

「……これは、厄介なことになったね」

 シャルルは目の前の惨状を目にし、彼の中性的な顔には似合わない険を帯びた表情をしていた。

 王都には常に結界が張られており、その中に怪物が出現することは無い。それが、騎士のみならず民衆の共通認識だった。

 しかし、それを打ち壊すかのように怪物たちが現れたのだ。確実に混乱が起こり、王城のみならず街にまで被害が出るだろう。

(……王城にはいくつか隠し通路が存在するから、貴族たちは騎士たちが避難誘導するだろうね。警邏を行っている騎士たちも異変に気が付いて戻ってくるはず)

 前代未聞のことではあるが、騎士たちには神々との間に交わした制約が存在する。それに従って行動するならば、シャルルの予測通りに動くはずだ。

「〈剣姫〉ルディア=ワーデンとグラン=スワードを呼び戻さないとね。……その前に、この二人を安全な場所に運ぼうか」

 ため息をつきながら、横たえていた二人の侍女に視線をやる。

 〈剣〉の能力を解放して安全な逃げたのはいいが、新たに起こった怪物たちの襲撃で彼女たちにも危険が及ぶ可能性は高い。

「とにかく、事は一刻も争うからね。何があっても文句は受け付けないよ」

 言いながら二人を再び抱え上げ、外壁の上から飛び降りる。それを追いかけるように、一体の怪物が追いかけてきた。

 背中に翼を生やし、顔は猛禽類のそれ。身体には鎧を纏っている。

「囀れ、〈静鳴雀鳥〉」

 能力を使って牽制し、呪力を迸らせて目眩ましする。しかし、それでも怪物は追撃をかけてきた。

「ちっ……!」

 能力の完全開放をしようにも、呪文を詠唱するほど間が無い。

「――汝は鋼、冷たく堅牢なる者。ゆえに、我を守る鉄壁の盾となれ!」

 シャルルが選んだのは、呪力によって鋼鉄の盾を作り出す〈鋼王の盾〉。自動で位置を変えて防御するため、目の前にいる怪物には最適である――が、

 キエェェェッ

 怪物が鳴き声を発すると共に、その両翼から無数の羽が放たれた。それらは矢のごとく飛来し、鋼の盾を突き破る。

「くっ……」

 躱そうとするも、何本かを体に受けてしまう。負傷した彼を狙うように、怪物が槍を構えて急降下した。

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