表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王女と異端の騎士  作者: 瀧野せせらぎ
第二章 簒奪の咎神
37/61

封じられし存在

 同刻、黄金の奔流が消えうせた薄暗い広間で決着がついた。

「ははは、こりゃ俺の負けか?」

 薄暗い広間の中心で、黄金の刀身に胸を貫かれた青年が力なく笑った。戦闘中に凶気に満ちていた表情が嘘のようだ。

「……ああ、お前の負けだ」

 誇りもせず淡々と告げ、グランは刀身を彼の体から引き抜いた。支えを失って膝から崩れた〈簒奪偽王〉は、息も絶え絶えに語りかける。

「ぐふっ……、鏡があれば、見せてやりたいぜ……。今のお前の顔を」

 返り血を浴びながらも平然としている顔には、表情と言うものがこそげ落ちていた。死を宣告するように、瞳に冷酷な輝きが宿っている以外は何も無い。

 それを見て嘲笑を浮かべながら、青年はグランへと語りかける。

「……それが、お前の、本性だ。…傷つける、ことはできても、守ること、なんて、できや……しない」

「………かもしれない」

 沈黙の後に肯定を返し、手に持っていた〈討滅英霊〉を地面に突き立てた。そして、視線をあわせるためにしゃがみこんだ。

「でも、それがどうした?」

「な、に……?」

 意図を理解することができずに問い返す〈簒奪偽王〉に、グランは深く息を吐いてから話し始める。

「確かに過去は否定できない。今の俺があるのは、その過去があったからだ」

 冷酷さは陰を潜め、その表情に浮かぶのは呆れ。

「……………」

 未だに意味が掴み切れないのか、青年は沈黙を返すことしかできない。

「でも、未来はどうだ? 過去から逃避するか引きずるか、向き合うかは誰が決める?」

 施設から解放されて路頭に迷った先、〈剣姫〉の称号を持つ女騎士に出会った。

「誰かに決められた道を歩んだとしても、いつかは自分で決断する時が来る。そこで決断できなかったら、そこで道は終わっちまうんだよ」

 彼女に稽古をつけられ、ある程度の実力を持ってからは放り出された。そして、行く先々で色々な人や物を見て周り、決断してきたからこそ今のグランはある。

「ただ決断するだけなら、誰にだってできる。問題は、どれだけの想いがあるかだ」

 〈簒奪偽王〉が倒れたからか、世界が歪んで亀裂が走る。建物のあちこちで紅蓮の焔が上がり、退路が塞がれていく。

「強い想いを持って決断すれば、後は真っ直ぐ突き進むだけだ。それが、あの婆さんから教わったことだよ」

 戦う力があるから、怪物を討伐することを選択したと思っていた。自分の居場所を持たない青年は、ここで自身の真意に気が付く。

(……俺は、居場所が無いという苦しみを誰にも感じて欲しくないから、自分の持つ力を使って怪物を討伐してきたんだ)

 理由を誤っていた自身に苦笑し、グランは横たわる青年の腕を掴んで自分の首に引っかけた。

 肩を貸すことで強引に立たせ、引きずる様に歩き出す。

「だから、俺の想いを押し通すことができるなら、背負ってでも引きずってでも行くよ。過去だろうと、何だろうとな」

 すでに周囲は炎に包まれ、すべてを焼き尽くさんと言わんばかりに迫りくる。それを見たグランは突き刺していた〈討滅英霊〉を引き抜き、呪力を迸らせて流し込む。

「前みたいに力を貸してくれ、〈討滅英霊〉」

『……よかろう。其方の信念に免じて、此度も力を貸し与える』

 黄金の輝きが、宙に星雲を思わせるよう太古の文字を描く。そして、そのすべてが刀身へ吸収された。

(…こいつは、とんでもねぇ馬鹿だ。……自分を殺そうとした野郎を助けようとするなんてな)

 嘲笑うよう口を歪ませた――瞬間、それを感じ取ったように視線を向けられる。

 紫色の瞳に感情は映っておらず、見透かすような底知れなさに息を飲まされた。

「ここを切り抜けた後、話があるから死ぬなよ」

 耳に入ってきた言葉も頭に入らず、グランの動作一つ一つを追いかける。

 呼吸が刃のように研ぎ澄まされ、〈剣〉を頭上に振り上げて眼前に迫っていた炎に斬撃を浴びせた。

 神とその眷属の権能を無力化する聖剣の刃は、燃え盛る紅蓮を断ち切っていく――が、それでも完全に消しさることができなかった。

 身を熱に焦がされ、勢いに押されて後退を余儀なくされる。

 しかし、炎は前方だけでなく左右や後方からも迫ってきており、このままでは骨すら残さず灰となってしまう。

「うおぉぉぉおっ―――!」

 大音声を放って全身から呪力を迸らせ、黄金の刀身に注ぎ込んでいく。果てしなく底の見えない甚大な力に、それを直に浴びせられている〈簒奪偽王〉は言葉を失っていた。

(……なんなんだ、こいつは。……ただの人間が、こんな……)

『此奴は、ただの人間ではない。其方も感覚を研ぎ澄ましてみろ』

 驚愕に返ってきたのは、グランが振るっている〈討滅英霊〉のもの。その言葉の意味を確かめるために意識を傾けた。

 黄金に注ぎ込まれる白銀の流れを認識し、それを遡って奥へと入り込んでいく――と、そこには固く閉ざされた門があった。

 鎖が幾重にも巻きつけられ、それは頑丈な錠前によって門の端々で繋ぎとめられていた。まるで、強大な何かを封じているかのようだ。

(これは……、封印か? いったい、何が……っ!?)

 風すらも通ることすらままならないほどに密閉されているが、奥からは漏れだす気配に全身の毛が逆立つ。

 バキンッ

 何かが砕ける音に目を向けると、そこに鎖を繋ぎ止めていた錠前の一つが破壊されていた。

 門の奥に存在する何かが、その圧倒的な力により破壊したのだ。

 奥で上げられる唸りと共に、僅かな隙間から紅い輝きが漏れ出る。

「こいつは、まさか……!?」

 炎と同じ色のそれに、〈簒奪偽王〉は見覚えがあった。忘れることもできないそれは、死ぬ間際に奪うことのできなかった片鱗。

「そう、此奴の中に眠る力……。あれが持っていたものと同質。いや、そのものと言っても差し支えなかろう」

 いつの間にか隣に立っていた少年に振り返り、取り乱すようにして胸倉を掴み上げた。

「てめぇ、何を知ってやがる!? なんで、あれが人間のガキなんざに封じられている!?」

「我にもわからぬ。ただ、言えることは一つであろう」

 なんの抵抗もせず、されるがままの〈討滅英霊〉は抑揚無く告げた。

「あれが出てきた時、始末するのが我らの役目。ゆえに、死した我らの魂は呼び戻され、剣という形を与えられたのだ」


「っ………、くそがっ!」

 英雄神を突き放し、再び門へと視線を向けた。そして、その手に牙刃剣を構える。

 鋼色の輝きを纏わせ、連刃剣へと変化させて伸ばした。

「無駄だ。門が開いていぬ以上、あれに刃を通すことはできぬ。汝の権能も行使することさえかなわぬ」

 制止の言葉も聞かず、武器を振るって紅い輝きに斬りつけた――が、触れた切っ先が一瞬で蒸発してしまった。

「ちぃっ……」

 ほとんど反射的に腕を引き、刀身を縮めて牙刃剣へと形状を戻す。最初から存在していなかったかのように、切っ先から刀身の半ば近くまでが消え失せていた。

 その様子を目にした少年は、苛立つ青年に向かって言葉の続きを伝える。

「あれの力に触れれば、次こそは魂をも焼かれて転生もできぬ。安易に手を出せば、その身を滅ぼすぞ」

 耳に入ってくる言葉など聞こえないというように、剣の形状を頭蓋へと変化させて再度の攻撃を試みる。

 その様子を見かね、〈討滅英霊〉は剣を抜いて間に割って入った。柄頭で頭蓋を叩き割り、〈簒奪偽王〉を押し戻す。

「……てめぇ、何しやがる」

「随分な物言いだな。我が止めていなければ、其方はその存在ごと消えていたぞ?」

 床に仰向けになったまま問う彼に、少年は呆れ気味に言いながら門へ目をやる。

「今の我らがあれに手を出すことはできぬ。下手すれば、我ら諸共森羅万象が焼き尽くされるであろう」

「なら、あのガキを殺せばいいだろ!? あいつが死ねば、この封印ごと――」

「あれの力が暴走したら、どうするのだ? 次こそ世界が消え失せる」

 思いつくままに言葉を口にしてみたが、それは冷静に否定されてしまう。

 年に似合わない物言いで青年は諭され、自身の無力さを認めることに苛立ちを覚えた。

「……くそがっ!?」

 怒りの矛先を向けることができず、地面へと拳を叩きつける。

「ここで嘆いていても、何も為せぬ。人の子を生かさなければ、遅かれ早かれ――」

「どうしろって言うんだよ!? あの炎は、俺らの力でどうにもできないだろうが!?」

 声を荒げて掴みかかった瞬間、頭上に日輪が現れたかのように周囲が明るくなった。

 白銀の輝きが上から降り、人の形を取って二柱の神の前に立ち上がる。

「お前は……!?」

「やはり、来たか」

 〈討滅英霊〉と〈簒奪偽王〉が宿る〈剣〉の所持者―グランが、力の片鱗が漏れ出す門へと手を伸ばす。そして、白銀の呪力を迸らせて放った。

 白銀の輝きが門へぶつかり、こじ開けようというように激しく揺らす。

「やめろ!? 自分が何してんのかわかってんのか!?」

 掴みかかった青年は、不可視の障壁によって弾き飛ばされた。

「やめておけ。我らでは、人の子を止めることはできぬ」

「封印が解けたら終わりなんだぞ!? なのに、なんで冷静にっ――!?」

 錠前が悲鳴を上げて鎖に亀裂が走り、門の内側から真紅の本流が氾濫を起こした川のように溢れだす。

 そのすべてがグランの体へ吸い込まれ、白銀の輝きが真紅へと染まっていく様に絶句せざるをえない。

 理の外にあり、理に反した力を人の体に納める。人はおろか神ですらも扱えぬそれは、たった一人によって行使されようとしているのだ。

「人の子が片鱗を引き出し、行使した後に封印は修復される。そのように術式は組まれているようだ。我らが手を出さなくとも、さして問題は無い」

「……なんだってんだ。あのガキは、いったい何なんだよ!?」

 神の業すら超える力。それを行使する人の子。

 森羅万象の理を崩壊させるがごとく、その事象は眼前で起こっていた。

「人の子は、今まで何度もあれを行使していた。そして、その度に自らの寿命を削っている。……やはり、対価を払わずに行使できるものではない」

 対価を支払っていたところで、目の前の事象については何の解決も存在しない。

 茫然と〈簒奪偽王〉が見つめる中、人の子は紅い輝きに姿を変化させて流星のごとく宙を翔けた。

「人の子が己の存在について疑問を持ち、それを知れば糸口が見つかるやもしれぬ」

 〈討滅英霊〉の声を聞いて振り向くと、そこには黄金の輝きがあった。

「我は、それまで付き従う。……其方に我と共にあれとは言わぬし、己の義に従えば良い」

 言葉を残して輝きは追いかけるように翔ける。

 跡に残された咎神は、魂が抜けたかのようにその場で立ち尽くした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ