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王女と異端の騎士  作者: 瀧野せせらぎ
第二章 簒奪の咎神
35/61

血に穢れた手

 ゆさゆさっ、ゆさゆさっ

「セフィア様、起きて」

 体を揺らされながら、聞こえてくるのは鈴のような声。まだ部屋が薄暗いこともあり、心地よい揺れに身を委ねる。

 アンリは少し力を強くし、まどろみの中にいる彼女を起こしにかかった。

「そろそろ、夜明け。だから、起きて」

 耳元で囁くよう声をかけながら、焦った様子でベッドの上に乗る。そして、シーツを掴んで飛び降りる要領で剥ぎ取った。

「きゃっ!?」

 突然のことに悲鳴が上がり、部屋の主が起床したことを告げる。

 セフィアは何事かと部屋を見回し、シーツの端を持った少女を見つけて安堵した。

「アンリだったのね。……もう、驚かさないで」

 王城という箱庭に入れられて育ったため、シーツを剥ぎ取られる暴挙を受けたことは滅多になかったのだ。あったとすれば、まだ政治も何も知らなかった幼い頃である。

「セフィア様、もうすぐ夜が明けます。だから、私は部屋に戻ります」

 夜が明ければ侍女たちが部屋に来ることになっている。その時、謹慎中のアンリがいたとなれば問題になるのだ。

 昨夜の約束を果たすためにも、それだけは避けなければならない。しかし――、

(……セフィア様のために生きるなら、悲しませるようなことはしたらダメ)

 何も告げずに戻れば不安を与えてしまう。グランがいない今、余計な不安を与えたくなかったのだ。

 セフィアは毅然とした表の顔を持っているが、それは傍に心の支えになる者がいる時に被る薄い仮面。一人になれば脆く崩れ落ち、ただの何もできない少女になってしまう。

 命を拾ってもらったアンリは、そんな彼女の支えになろうと侍女の仕事を全うしてきた。たとえ失敗してリーゼに怒られたとしても、へこたれずに傍に居続けたのだ。

 ようやく心の支えになれた矢先に、近衛がつくこととなった。そして、やってきたのは自分と同じ匂いがする黒い青年。

 彼は守る力を持ち、瞬く間に心の支えになってしまった。だが、不思議と悔しさは微塵にも感じていない。

 張りつめた空気の流れる王城の中にいて、アンリでさえも彼の傍であれば不思議と落ち着くことができるのだ。

「……グランが戻ってくるまでの我慢。だから、頑張ってください」

 そう言い残してベッドの端を足場にして跳び上がり、天蓋に飛び乗って天井を蹴った。すると、まるで切り取られたかのように天井の一部が外れる。

「えっ? あ、アンリ?」

 天蓋の上に姿を消したアンリを追いかけ、セフィアはベッドから降りて見上げた。そして、天井裏へと猫のように潜り込む姿に唖然とする。

 慣れたように穴から頭だけを出し、

「また、今夜来ます。だから、心配しないでください」

 と告げて引っ込むと同時に穴を塞いだ。

 一ミリの隙間もなく平面となった天井を見つめ、今起こったことが現実なのかどうかを確かめるために、セフィアは自身の手の甲を抓った。

「……痛い」

 まるで御伽噺に出てくる盗人の手法だったが、今見たことが現実だと言うことを認識する――と同時に、彼女の止まっていた思考が動き出した。

(……グランが戻ってきたら、たっぷり我儘を聞いてもらうんだから)

 いつの間にかいなくなっていた青年への想いを胸に、セフィアの表情から不安げな少女の面影が消えていく。

 コン、コン

「誰かしら? この時間は紅茶を飲むのが日課なのだけれど」

 ノックした人物に毅然と言い放ち、ベッドに腰かけて返事を待つ。


 ギンッ

 セフィアが部屋で客人を迎える同時刻、金属同士がぶつかる音が響いた。

 頭を叩き割るはずだった大鉈の刃は、寸前で滑り込んできた黄金の刀身によって受け止められている。

「てめぇ……」

 忌々しそうに言葉を吐く青年。その瞳に映るのは、刀身と同じ黄金の瞳を持つ少年。

「……悪いが、我は此奴を気にいてっている。このような場所で死なすのは、我としても面白くないのでな」

 臆することなく、〈討滅英霊ウルス〉は倒れ伏すグランを守るよう立つ。死した彼につけられた英霊の名を体現するかのような絵面。

 妨害されたことに苛立ちを募らせた〈簒奪偽王アダマ〉は、獣が雄叫びを上げるよう怒鳴った。

「くだらねぇ理由で、俺の邪魔をしてんじゃねぇよ!」

 押し切ろうと力をこめ、大鉈の刀身に鋼色の輝きが走る。そして、その形状が再び変化。

 神すらも食らう獣のごとき頭蓋が、青年の腕にまとわりつくように顕現する。そして、その牙を少年の持つ剣に突き立て、噛み砕こうとした。

 しかし、それを目にしてもなお恐怖を感じない。まるで、その姿に何か別の物を見ているかのような眼差しを向ける。

(……主神の名のもと戦場に立ち、理に反した神々を討ち滅ぼした英雄の我。強き力を求め、神々とその眷属を殺めて権能を簒奪した殺戮者たる其方)

 目的も立場も異なる両者だが、その手を血で穢した者同士。

 ただ呼び名が違うだけで、その身に背負いし業の深さを決められてしまう不変の理。

 共に一本の〈剣〉へと封じられたがゆえに、討滅英霊〉は年月をかけて辿り着いた世の摂理があった。

「……ならば、ここで終わらせることにしよう。善も悪も関係なく、どちらの信念が上かを賭けての闘いだ」

 横たわる青年を横目に見ながら、力を自身の愛剣へと流し込んだ。

 すると、刀身が磨き上げらていくように輝きを増し、牙を粉砕されて〈簒奪偽王〉を吹き飛ぶ。

「へっ、意味わかんねぇこと言ってんじゃねぇよ! お前を殺して、その力を奪いつくしてやる!!」

 着地と共に牙剣へと戻った刀身を変化させ、連結した刀身が喉元を狙って伸びる。

「畏れよ。我の力の前では、あらゆる権能は無力と化す」

 諭すように言葉を紡ぎ、力を纏った剣で防いだ。連鎖剣は砕け散り、再び元の牙剣へと戻ってしまう。

「だから、どうした!?」

 再び刀身の形状が変化し、三本の矢が放たれる。それぞれ異なる軌道を描き、〈討滅英霊〉の剣を避けて急所を射た。

「っ……!?」

 ところで、体が傾いで片膝をついてしまう。続けて、なぜか手に持っていた剣が滑るように落ちた。

「森の女帝に仕える精霊から奪った権能だ。鏃には、力が強い者ほど効く毒が仕込まれている」

 目論見が成功したことを知った〈簒奪偽王〉は、驚きを浮かべる少年へと説明しながら歩み寄る。

「お前ほどの力を持っていれば、その程度はすぐに解毒できる。殺すには三本でも足りない……が、僅かでも体の自由を奪うことができれば――」

 口端を吊り上げ、手に持っていた剣の刀身を変化させる。

 まるで黒水晶で造られたかのような湾曲した刀身が、〈討滅英霊〉の首にあてがわれた。

「刈り取ることができる。お前の力、ありがたく奪わせてもらうぜ」

「……そうまでして力に執着するのは、なぜか問うても良いだろうか?」

 英霊である体の回復は、蝕む毒によって妨げられている。

 逃げることも避けることもできない死を前に、少年は自らを殺す者へ問いかけた。

「……力が無ければ意味は無い。てめぇが英雄を名乗れたのも、単に力があったからだ」

 その答えを最後に、青年は首を刎ねるべく腕に力をこめた――

 ドッ、ジャラララララ

 が、突如として走った衝撃に動きを制止させられた。何が起こったのか、四肢を動かすことさえできない。

「………人のことを忘れて、勝手に終わらえようとしてんじゃねぇ」

 〈簒奪偽王〉を構えた人の子―グランが立ち上がり、その鋭い双眸で二柱の神を射ぬく。

 連鎖する刃が地中を通って伸び、足元から飛び出して縛り上げたのだ。

 牢獄の看守より簒奪した鎖の権能により、権能の行使を抑制されてしまう。

「ちっ……、まだ動けたのか」

 舌打ちと共に言葉を吐きながら、〈簒奪偽王〉はグランを

 衣服は血に濡れているが、傷の方は完治とはいかないまでも塞がっている。流血した量も大したことはない。

(……野郎とやり合っている間に、回復に専念してやがったな)

 振り出しに戻ったことを知り、忌々しげに顔を歪める。

 瀕死の傷を負いながら、この短時間で回復して見せる自己治癒能力。たとえ呪力による強化があったとしても異常だ。

 さらには、神を一つの存在として利用する所業。常人では持つことのできない〈覇者〉の器を、たった十数年を生きただけの人の子が体現した。

「……なるほど、我を利用したのか。…人の子よ」

 同じ結論に至ったらしい〈討滅英霊〉は、新しい玩具を見つけた子供のように笑ってみせた。

 利用されたことに喜びを得ているのか、あるいは自分の所持者たる騎士の器が誇らしいのか、その意図を読み取ることはできない。

「こうなったら、まとめて殺してやる!」

 吼えるように声を荒げ、〈簒奪偽王〉は力を行使した。手に持つ剣の刀身が形を変え、先ほど砕かれた獣の頭蓋となる。

 ガギンッ

 連鎖する刀身を噛み砕き、束縛を振り払いながら迫り来る。

 ―汝は黄昏に死して永劫の眠りにつきし、太古の英雄なり―

 詠唱しながら、自身を噛み砕こうとする牙を紙一重で躱す。

 ―汝の剣は破邪の霊験を宿せし聖剣。ゆえに、神をも殺める唯一無二の神器なり―

 かかる追撃を絡め取って外し、白銀を迸らせながら蹴り飛ばす。

 そして、それに共鳴して黄金の輝きが現れた。その中心に立つのは、少年の姿をした英雄神。

 天界の神々によって定められた理により、強制的に引き寄せられているのだ。

「……この戦場で我を呼ぶか。ますます面白い」

 手を握って開き、正常に動くかを確かめ、〈討滅英霊〉は足元に落ちていた剣を拾って立ち上がる。

 ―主の命に従いて、悪神と邪神、魔神、その眷族を討ち滅ぼす最強の守護者なり―

 少年の体が黄金の輝きへ変わり、剣へ収束していった。

 瀟洒な意匠が施された柄と武骨な造りの刀身が、そこに宿った魂の輝きを帯びて宙に浮き上がる。

「させるかっ!」

 〈簒奪偽王〉が詠唱を阻もうと、頭蓋を槌のように振るって叩きつけた。重量と衝撃に耐え切れず、グランは木っ端のように吹き飛ぶ。

 しかし、それは見せかけであった。

 一撃を受けたのは確かだが、呪力を胴に集中することによって防いだのだ。

 強引に体を捻って地面へと〈簒奪偽王〉を突き刺し、勢いを殺しながら空いている手を伸ばした。

 ―今この時、再び覚醒せよ。其の銘は、討滅英霊―

 最後の一文を唱え終えると同時に、〈討滅英霊〉が飛来して追従する。

 バキンッ

 連鎖する刀身の半ばが砕け、空中で後転しながら地面へと落下。そして、地面へと降り立った。

「うおらっ!」

 眼前に迫る頭蓋の牙。

 右手を振るって連鎖刃を伸ばして絡め取り――、

「ふっ……」

 息を鋭く吐いて左手で掴んでいた〈剣〉を一閃。

 頭蓋が砕け散り、その破片の中から黄金の切っ先が飛び出してくる。

「ちぃっ……」

 〈簒奪偽王〉は舌打ちをしながら牙刃剣を盾にして防いだが、それすらも貫いて切っ先が迫る。

 そして、日輪の如き輝きが爆ぜて世界を染め上げた。

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