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王女と異端の騎士  作者: 瀧野せせらぎ
第二章 簒奪の咎神
32/61

狂乱せし偽りの王

 ジャラッ

 背後で聞こえた音に振り返り、グランは〈簒奪偽王(アダマ)〉を鋭く一閃して迫り来る刃を弾いた。小さい刃が鎖のように連結したそれは、相手が見えないほど伸びている。

『どうした!? さっきから守ってばかりじゃねぇか!』

 聞こえてくる挑発には乗らず、周囲の気配を探りながらその場を離れる。一箇所に留まれば猛攻を受け、接近すれば絡め取られると判断しての行動だ。

 ここは現実ではなく、〈剣〉に封じられし魂の精神世界。

 巨大な監獄は巨大な迷宮のように入り組んでおり、相手を見つけ出すだけでも手間がかかりすぎる。

 走っている間にも刃が奇襲をかけてくるため、考えたり立ち止まったりする暇さえない。

 なぜ、こうなったのかを説明するには数刻か数瞬を遡る必要がある。

「あまり勧めたくないが、一番手っ取り早い方法を教える。まずは、〈剣〉を顕現させろ」

「……どっちを呼べばいいんだ?」

 疑問に対する指示を理解したが、新たな疑問で中断させてしまった。

 グランが所持する〈剣〉は二本あり、そのうち問題となっているのがどちらかはわかっている。

「そんな事を私が知るわけ無いだろ。……そもそも一人の騎士が与えられる〈剣〉は一本のみで、私の知っている限りお前が例外だからな」

「長生きしている割に、知らないことがあるんだな」

「……ぐだぐだ言ってないで、さっさと〈剣〉を呼び出せ。お前のいない間に、姫君の純潔が散らされてしまったらどうする」

 脅すように細身の刃を向けられて肩をすくめながら、グランは体に呪力を纏って前方へ手を伸ばして息を整えた。

 万が一にも干渉された時に抵抗できるよう心構えをしながら、心の内で聞き耳を立てているかもしれない相手に言う。

(親バカに付き合うつもりはねぇけど、ここで時間をかけをかけるつもりもない。さっさと終わらせてもらうぜ)

 空を掴んで引き出すようにしながら、太古の言語を詠唱して〈剣〉を顕現させた。

 ―其の銘は、〈簒奪偽王〉―

 もう一本と共有する無骨な柄が掌中に収まり、小さな刃が鎖のように連結した刀身が現れる。

 今のところ握っていても違和感はないことを確認し、二人に見せるよう刀身を寝かせた。

「よし、次はその場に胡坐をかいて座れ。〈剣〉は脚の上に置いて、落とさないようにしろ」

「は?」

「さっさとしろ。あまり長く離れては、姫君に余計な心配をかけてしまう」

「……………」

 聞き返すとルディアに有無を言わさず捻じ伏せられ、説明の無いことを不満に思いながら指示に従って地面に胡坐をかく。

「そのまま目を閉じて集中しろ。〈剣〉の存在のみを感じ取れ」

 新たに受けた指示に従い、息を細く鋭く吐きながら集中力を高めていく。

 閉じた瞳に入ってくる僅かな光が消え、次に耳から入ってくる音が消えた。地面と空気以外に剣の感触だけが残る。

 ただ一つ違うのは、体に宿す呪力が何かによって引っ張られているということだ。

『……そっちから体を差し出してくれるなんてな。こっちは手間が省けて大助かりだぜ!』

 声が聞こえると同時に紅い炎が現れ、逃げ場を封じるように包囲した。

 以前にも見た光景に、グランは自分を連れて来た相手を探す。

『あん? 俺を探してるのか?』

 たまに街で見かける三下と同じ口調で言いながら、黒を基調とした蛮族の衣装を纏う青年が姿を現した。彼の手には〈簒奪偽王〉が握られている。

「お前が〈簒奪偽王〉か」

 獰猛な顔立ちと体から立ち上らせる殺気に、注意を払いながら問いかける

と刀身がうねりながら伸びた。 横へ半歩だけ移動して、ぎりぎり掠らないように避ける。

「……いきなりだな。そんなに俺の体が欲しいのか?」

『何か文句があるなら、死んでから冥府で言えよ』

 引き戻されて縮んだ刀身が、振られると同時に伸びて牙剣テブテジュへと形状を変化した。

 何を思ったのか、青年は〈剣〉を投げて足元の地面に突き刺す。

『俺を屈服させに来たんだろ? 貸してやるから使えよ』

 戸惑いが浮かんだのを読み取ったのか、まるで子供のような笑みを浮かべて青年は新たに武器を顕現させた。

『まあ、もっとも俺を見つけることができたらの話だけどな!』

 燃え盛っていた炎が掻き消え、一転して周囲が薄暗くなった。

 急な輝度の変化に目が慣れるのに数瞬を要し、ややかび臭さを感じながら周囲を確認する。

 光源は明り取り用の小さな窓があるだけで、目を凝らしてようやく通路であることがわかった。壁の所々が檻のようになっており、奥行きがあるのが見て取れる。

(……あまり、いい気分はしないな)

 ここと似たような場所に、あまり思い出したくない記憶がグランにはあた。

 狂気に取り憑かれ、幾人もの命を奪った血塗られた過去。どれだけ殺しても心の安寧を得ることはできず、生きるために鍛えさせられた日々。

 囚われそうになった瞬間、我に返って追い払うように頭を振った。

『思い出したか? お前は奪うことはできても、護ることなんてできないことを』

 声が聞こえた次の瞬間、背後から風切り音が聞こえる。

 反射的にしゃがみこむと、先ほどまで首のあった空間を何かが切り裂いて通った。

『ちっ、さすがにいい反応をしやがる』

 どうやってか不意討ちに失敗したのを知り、伸びた刀身が縮んでいくのを見て追いかけると――

 ジャララッ、ラッ、ラッ

「――!?」

 刀身がいくつにも分裂し、壁に当たって不規則な軌道を描きながら襲い掛かってきた。

 咄嗟に反応して体捌きだけで対応し、掠めさせながらくぐり抜ける。

『だったら、これはどうだ?』

 分裂した刀身が縮みながら一つになっていき、ギリギリで躱したのが災いして体に食い込み切り裂かれる。

 体のあちこちに走る痛みに耐えながら脚を止めると、再び刀身が分裂して前方から一直線に襲い掛かってきた。

 なんとか横へ跳んで回避するが、一本だけ脚に当たってしまう。

 変則的な攻撃に対応できず、数瞬の間にボロボロになってしまった。油断したわけではなく、相手の技巧が遥かに上なのだ。

(あとは、この閉鎖的空間が相手の武器と相性が良すぎるんだ。このままだと――)

『そのままだと、俺を見つける前にボロボロになるぜ?』

 思考を先読みしたかのような声に、普段はしない舌打ちをしてしまった。

 不利な要素が多すぎる死合に抜け道が無いかと思考を走らせるが、絶え間なく来る攻撃に回避と強いられて中断せざるをえない。

(くそっ…、敵に回すとここまで厄介なのか……)

 心中で愚痴を言いながら、避けては喰らってを繰り返す。そして、どうにか短剣を取り出して弾いた――

 ガシャァンッ

 が、たった一度で粉々に砕け散ってしまう。

 武器としての格に雲泥の差があり、グランの剣捌きを以ってしても補うことができなかったのだ。

 間を置かずに来た集中攻撃を、サーベルで受けながら背後へ跳ぶ。どうに

か攻撃の威力を殺すことはできたが、刀身がボロボロになって使い物にならなくなった。

 次の攻撃は弾くこともできないため、呪力を纏って上へ跳んだ。天井を足場にして跳び、床に突き刺さったままだった〈簒奪偽王〉を引き抜く。

『ははぁっ、ようやく使う気になったか!?』

「他の武器が仕えなくなったから、緊急避難的に使うだけだ」

 相手の思惑通りになったようで気に食わず、言い訳しながら弾いて一歩ずつ後退していく。

 実際のところ、相手の用意した武器を使うのは危険だ。しかし、背に腹は変えることができない。

「――伝令者の長靴を履き、我は風よりも疾く駆けん!」

 呪文を詠唱し、《伝令者の長靴》を発動させる。そして、とんぼを切るように攻撃を避けて全速力で駆け出した。

『おいおい、逃げるのかよ!?』

「戦略的撤退だ。それに、お前も隠れてるだろ」

 縮んでいく刀身を追えば返り討ちに遭い、一度でも刃を交えれば無駄に長引かせて体力がもたなくなる。

 ならば、別方向から追いかけて相手を見つけ出すしかない。

 背後からの襲撃を察知して回避し、角を曲がりながら斬りつけて目印を作って走った。そして、現在に至る。

『逃げてばっかで、俺を見つける気があんのかよ!?』

 隠れて姿を見せない代わりに、声だけを響かせるのを喧しく感じながら、通路を注意深く観察して道を選択する。

 数刻かけて作った目印は数え切れず、呪力で体力を補って走り続けていたため、だいたいの通路は把握できているのだ。

(……この先、右に曲がれば逆戻りする。だったら――)

 三叉路を左へ曲がり、そのまま真っ直ぐ続く道を駆け抜ける。

『ちっ…、ようやく来たか』

 格子を切り開いて飛び出すと、そこは大きく開けた空間だった。今までの通路とは違い、高い天井にのみ大きな明り取り用の穴が空いている。

 そして、部屋の中央には捜し求めていた声の主が立っていた。

『よう、待ちくたびれたぜっ』

 言いながら腕を振るい、刀身が伸びて襲い掛かってくる。

「お前の攻撃は狭い空間でなら複雑な軌道を描くけど、ここみたいに広い空間では直線的になってしまう。だったら、対処も簡単になる!」

 切っ先を巻き付けるようにして弾き、一歩踏み込んで瞬時に加速する。〈剣姫〉より教わりし剣技の一つだ。

『その技は瞬時の加速による一撃を放つ突進。途中で曲がることも止まることもできないだろ?』

 空中で刀身が分裂し、進路を塞ぐように地面へと突き刺さった。

 指摘された通り立ち止まることができず、格子状に組まれた刃に体が傷つけられる。

『僅かに減速し、皮を切らせて骨を守ったか。…いい判断だが――』

 分裂した刀身が引き戻され、一本へ戻ると刀身は円を描いて柄頭へと繋がった。

『苦しむ時間を延ばしただけだったなぁ!』

 戦輪チャラムとなった〈剣〉が投擲されて飛来する。不気味な輝きを宿すそれを横へ跳んで躱した次の瞬間――、

 ジャッ

 腕が切り裂かれて血が噴き出し、虚をつかれたグランは地面へ倒れこむ。

『この戦輪は、刑神の眷族から奪った王権だ。たとえ避けたとしても、範囲内に存在する対象は傷を負う』

 戻って来た戦輪を掴んで横へ振ると刃が変化する。形状は鉈のような〈剣〉だった。

『今、楽にしてやるよ。これで終わりだ!』

 青年は高く跳び上がって振りかぶり、落下と同時に横たわるグランへと叩きつける。

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