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王女と異端の騎士  作者: 瀧野せせらぎ
第二章 簒奪の咎神
30/61

誓約の刻印は輝く

 緑原の間にナイフとフォークの音が響くのを聞きながら、料理を見つめて物憂げな表情で考え事をする。

(……結局、二人とも来ませんでした。アンリはともかく、グラン殿は何をなさっているのかしら)

 早朝の茶会には四人分の紅茶を淹れる準備をしていたが、二人が来なかったので無駄になってしまった。

 一度は沈んだ主の気持ちを考え、リーゼは自分の中で苛立ちが膨らんでいくのを感じる。

 セフィアを安心させるために大人の態度を取っていたが、自身も渦巻く感情に取り乱しそうになっていた。しかし、それを押さえこんで侍女として幼馴染みとして支えたのだ。

(戻ってきたら二人から訳を聞いた上で、気を引き締めさせないといけないわ)

 ひとまず思考に区切りをつけ、侍女らしく楚々とした表情を浮かべる。

 リーゼの家は低級とはいえ王族の血を引いているというだけで、王女の遊び相手に選ばれて成長してからは侍女として仕えているのだ。

 気持ちを乱したまま仕事をして失態を見せれば、陰口を叩かれて追い出される可能性は充分にある。

(セフィア、貴女を支えるためにも私がしっかりしないとね)

「……リーゼ、考え事してる?」

「きゃっ!? ……も、申し訳ありません!!」

 不意に聞こえてきた声に悲鳴を上げ、すぐに粗相を詫びて声の主を見下ろした。一瞬前まで誰もいなかったはずの場所に、小さな侍女が行儀よく立っている。

(いったい、どこから出てきたの? ……とにかく、後で覚えておきなさい。ゆっくり、話を聞かせてもらいますからねっ)

 心の内で恥ずかしさ交じりに怒りながら、ようやく彼女が戻って来たことにリーゼは安堵した。気丈に振舞っていたとはいえ、やはり心配でたまらなかったのだ。

 視線を食事を取るセフィアに映すと、微笑みを浮かべて自分たちを見ていることに気がつく。

(……仕方ないですね。あの娘の笑顔に免じて許してあげるわ)

 熱された頭を冷やし、そっとアンリの手を掴んで引き寄せた。戻って来た彼女がまたどこかへ行かないよう、この場では言葉を使えないため行動で諭す。

「先ほどから気になっていたのだが、スワードはどうしたのだ? 見当たらないようだが」

「私が用事を言付けたので、街に滞在しているルディア様のところへ行っていますわ」

 予想していた王の質問に対し、あらかじめ用意していた答えをセフィアは自然に言う。

 誓約を結んで部屋に閉じこもっている間、一度だけルディアが部屋へ訪れた。その時に部屋の外で「しばらくは付近に留まる」と言っているのが漏れ聞こえ、万が一にも疑いをかけられないよう利用するようリーゼが助言したのだ。

「ほう、ルディアの元へか。……召喚せずに遣いを出したのか?」

「はい、若々しい外見に反してお歳を召していらっしゃるようですから。それに、他の者よりも勝手を知った仲の方がよろしいでしょう?」

 訝しむ父親の質問にそつなく答え、次に来ると予想されるものも封じる。

 優雅な笑みと共に聡く気遣いのできる淑女を演じ、自分と親しい侍女たち以外を完璧に騙しにかかった。

「……なぜ、もっと早く言わなかった。代わりの騎士を用意しなければならんだろう」

 感情の揺れが僅かにも感じることのできない声で、王は迂闊さを責めるような言葉を発する。

「グランほどの騎士がいるのであれば、私もお願いしようと思いました」

「確かに実力的には劣るが、アルバート=レガリアを筆頭として腕の立つ者たちが騎士団にはいる。人格にも何の問題が無い」

 セフィアが正論で反論すると、そこに存在する穴を見つけて広げてくる。長く行政に関わってきた王ならではの手腕を発揮し、反発をねじ伏せようとする目に見えない圧力を纏った。

「っ……、それだけではダメです。私は信頼する者以外は傍に置きたくありません!」

 呑み込まれ淑女の仮面が外れかけたが、どうにか堪えて父に初めて本音を口にした。

「そのように我儘を言うものではない。我ら王族は国の象徴であり、民を守る騎士たちの契約者なのだ」

 セフィアの見せた綻びを突き、正論で説き伏せようとしてきた。

 局面を読んで効果的な言葉を選んでいることに、自分の迂闊さを呪いながら波立つ心を落ち着けて言葉を発する。

「そのようなことはわかっています。それでも、私の騎士はグラン以外に考えられません」

 誓約を交わした時に口付けられた手に、熱を感じながら譲れない想いを言葉に乗せる。

「お母様がルディア様を信頼していたように、私もグランのことを信頼しています。私の身に危険が迫った時、必ず彼は駆けつけて守ってくれると」

 まるで春のような包み込む熱を帯び、ナイフを持っていた右手が輝きを纏った。その眩さに部屋にいた全員が目を細める。

 やがて白銀の光が線を描き、一つの刻印が浮かび上がった。

「……これは〈盟主の王錫〉ですな。……騎士と真の誓約を交わした主が持つとされるものです」

「何? それは真なのか?」

 年老いた相談役の言葉を聞き、王は驚いて刻印を見つめているセフィアに対して問う。

 真か否か問うまでもない証があるが、忌避されてきた誓約をしたことが信じられないという様子だ。

「はい、セフィア様はグランと誓約を結びました」

 何が起こっているのか理解できずにいる主の代わりに、いつの間にか傍へ移動した小さな侍女が答えた。

 その小さな体から発する気配に、離れて座る相談役が体を震わせる。

「アンリ! この場で許可も無く発言するなんて、不敬だと何度も教えたでしょ!?」

 まるで子供を叱りつけるように声を上げ、リーゼは近づいてアンリの手を引き元いた場所へ連れ戻す。そして、場を騒がせてしまったことへの謝罪の意を込めて深く頭を下げた。

「教育が行き届いておらず申し訳ありません! どうか、御身の深き慈悲によってお許しください!!」

 咎められることに怯えて必死に許しを請う姿に、その場にいた全員の視線が刻印から逸れた。徐々に輝きが弱まり、空気に溶け込むようにして消えていく。

「リーゼ=フィバレーよ。顔を上げるがよい」

 名を呼ばれたことに肩を震わせ、恐る恐る顔を上げるリーゼ。そんな彼女に王は告げる。

「受け継いだ血は薄いとはいえ、王族の末席に名を連ねる貴族の娘。そのように怯えなくともよい。心配せずとも、その娘とお前を咎めるつもりは無い」

 しばらく言葉の意味を理解するのに時間がかかり、アンリに袖を引っ張られて我に返ると再び頭を下げた。

「今のことは他言無用とする。良いな?」

 問いかけの形を取ってはいるが、王は異論を許すつもりは無い。それを部屋にいる使用人たちはほとんどが承知し、また彼の視線に射竦められて頷いた。

 それを確認して視線を空に輝く刻印へと戻そうとし、消えていることに気がついて娘へと移して問う。

「スワードと誓約を結んだのだな? そして、その場にはそこにいる侍女たちも立ち会っていた。そのことに間違いは無いか?」

 セフィアは仮面が剥がれて俯きそうになるのを堪え、しばらくの沈黙の後に青褪めた顔で答えた。

「……はい、間違いありません。私はグランと誓約を結びました」

 刻印という動かぬ証拠を見られている以上、ここで否定しても意味は無かった。

 否定してリーゼやアンリに矛先を向けられれば、彼女たちがどのような罰を受けるかもわからない。

(二人が咎められるぐらいなら、私の気が狂ったと噂が流れる方がマシだわ!)

 姉妹のように育ったリーゼと慰問した先で拾ったアンリ。どちらも心を許せる数少ない存在で、セフィアは失うことなど考えたくなかった。

「二人には私が口止めしました。禁忌を犯したのは私の過ちです。どうか、咎めるのであれば私一人をお咎めください」

 王女であるセフィアが黙っているよう命じたということにすれば、咎められはしても王城から追い出されることはない。城内にいるのであれば、会おうと思えばいつでも会うことができる。

 伊達に日頃から淑女を演じているわけではない。二人を守り通すことができるのであれば、セフィアは自身の騎士と勝手に誓約を交わしたと偽ってみせる。

 覚悟を決めた彼女の顔には、一度は外れた王女の仮面が着け直されていた。

「……どのような内容で誓約を交わしたのだ」

「それを答える必要があるのでしょうか?」

 裁定を待っていたセフィアにとって、父の放った問いは予想外のものだった。しかし、それで彼女がうろたえることはない。

「真の誓約を結ぶ時、その手順には主従が互いの同意を得ることが必要とされる。そのことは知っているであろう?」

「それは存じておりますが――」

「忌避されているとはいえ、天界の神々が作りし掟の一つだ。裁定を下すのは、それを聞いてからでも遅くはあるまい。どうしても言いたくないというのであれば、多少は心苦しくともスワードを処刑する他にない」

 弁明の機会を与えられことに安堵する一方、グランの処刑を伝えられたことに顔が緊張で強張る。

「……お父様、グランに真の誓約を結ばせたのは私です。私が命じて――」

「あの〈剣姫〉の弟子が、命じられただけで易々と従うとは思えん。あの者の瞳は権威に屈することのない輝きを宿していた」

「……………」

 説き伏せられ、セフィアは俯いて黙り込んでしまった。

 国を治める者として、その人を見る目は確かだ。日頃から多くの貴族や商人を相手取ることもあって、その鍛えられた弁舌は自衛するだけの少女では勝てるはずもない。

 本質を寸分も違えることなく見抜いて言い当てくるため、どんなに凝った虚飾をしたとしても剥がされてしまう。

「誓約の内容によっては従者たちを咎めずに済む。国を預かる王として、何よりもお前の父として約束しよう」

 王の言葉は耳に届いていなかったが、セフィアは決断した。

 長年に渡って馴染ませた淑女の仮面を着けて顔を上げ、父に対して偽りではなく事実を伝える。

「グランは、自分の命ある限り守ると言ってくれたのです。でも、私は彼が自分のために死ぬのが嫌で拒絶しました」

「それで、どのように譲歩したのだ?」

 続きを促す問いかけに、一瞬の躊躇を経て答える。

「……まずは自分の命を守ることを約束させました」

 言い終えてから少しの間を置いて「本当に事実を伝えるべきだったのか?」、「どうして自分は言ってしまったのか?」と後悔が彼女を襲ってきた。

 娘から事実を聞きだすことのできた王は、顔の前で手を組んで悩む素振りを見せる。

「オズワールよ。そなたの意見を聞きたい」

 どんな裁定が下されるか身構えていると、彼は相談役に意見を乞う。

「……真の誓約は、その性質から忌み嫌われておりますが、決して禁じられているわけではありませぬ。……それに此度は命ある限り主を守護し、そのために騎士が生きるという義務を誓約に昇華させただけにすぎません。……ゆえに、咎める必要は無いかと思います」

「………ふむ、なるほど」

 提示された意見に納得し、瞑目して熟考の姿勢を取った。

 相談役の意見を聞いたセフィアは安堵する反面、まだ裁定が下されていないことに不安が渦巻く。

(お父様、どうか私から大切な人たちを引き離さないで)

 この時ばかりは、普段から嫌っている父に祈ることしかできなかった。

「裁定を下す」

 永遠にも感じられる時間を待ち、響いた声にビクッと大きく肩を震わせる。

 王は目を開いて射竦めるような威圧を放ち、不安に心を支配されかけているに告げた。

「義務を誓約へと昇華させた主従の覚悟に免じ、此度の件は不問とする」

真の誓約・・・主従が互いに同意した上で、魔術によって結ぶ魂の契約。

       これを違えた時、騎士は命を落として魂は転生できなくなると言い伝えられている。

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