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王女と異端の騎士  作者: 瀧野せせらぎ
第二章 簒奪の咎神
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二人だけの茶会

 ――夜明けに小鳥の囀りを聞きながら、少女は起き上がってバルコニーへ出る。朝日の輝きを浴びながら目を細め、口元を隠して小さなアクビをした。

「今日もいい天気ね。街並みも綺麗だわ」

「姫様、今日の紅茶はどうなさいますか?」

 染まる街並みに目を落としながら呟くと、背後から声が聞こえてきた。

 茶葉が入った小瓶をいくつか並べるリーゼは、一つ一つ手に取って開けては香りを嗅いで確かめる。

 どれもセフィアと彼女が吟味に吟味を重ねたもので、庶民が飲むよりもやや高価なものから知名度の低い安価なものまである。

「グランが飲んだことの無いものがいいわ」

 紅茶は貴族にとって一種の娯楽であり、かかすことのない嗜好品。

 友人に自分達がこだわっている物を飲んでもらいたいと思い、近衛である彼の舌を慣らすために用意したのだ。

 これからは貴族たちとの面会も増え、その場で紅茶を勧められる可能性は高い。

(友人の粗探しをされるのは気分が悪いし、恥をかかせるのは申し訳ないわ)

 そこまで考えたところで、セフィアは紅茶を飲む青年の顔を思い浮かべた。

 彼はいつも口に含んでから渋い顔をして紅茶の香りを確かめる。その様子は年下のようで微笑ましく、それを見るのが外の話を聞く次に楽しみなのである。

「………そういえば、アンリは戻ってきてないの?」

「………そのようです。まったく、あの子ったらどこで何をしてるのかしら」

 いくら待っても現れない青年に、二人は先に朝の茶会を始めていた。

 そして、一つの問題が浮上したのだ。ここ最近は四人で紅茶を飲むのが当たり前だったので、二人がいないというだけで話が続かないのである。

 心なしか部屋が広く感じ、寂しさと不安が心中に渦巻く。

(二人に何かあったのかしら……)

 グランは騎士団団長を下して近衛となったが、それ以前は無名の騎士の一人だったのだ。

 もしアルバートの後ろ盾となっていた貴族が暗殺者を雇い、彼を消そうととしたのだとしたら――と考えると血の気が引いていく。

 思考はさらに悪い方へと流れてしまい、それにアンリが巻き込まれたのだとしたら――とまで考えてカップを持つ手が震えた。

 紅茶が溢れそうになったところで、そっと手が優しく包み込まれる。顔を上げるとそこにはいたのは、いつもの侍女ではなく幼馴染みのリーゼ。

「セフィア、あまり考えすぎてはダメよ。大丈夫、グラン殿は誓約してくれたでしょ」

 安心させるよう言い聞かせ、そっとカップを下ろさせて手を放させた。

 カップの中身は沸騰させていないとはいえ、人肌よりもかなり熱いので危険だ。場合によっては火傷する可能性がある。

「命ある限り、グラン殿は貴女を守るために自分を守ってくれるわ」

 言いながらリーゼはセフィアの利き手の甲を撫でた。そこはグランとの誓約の儀で刻印が刻まれた場所だ。

(……そうよね。誓約を結んだのよね)

 ほとんど忘れ去られ、書物では禁忌とされる魔術契約。その絶対的な強制力を伴う儀式で、彼は臆することなく決意と覚悟を以って自身を縛り付けたのである。

 王族であるセフィアはそれを知識として持ち、躊躇なく行使したことに取り乱しながら問い詰めた。

 あの日、グランが言った言葉を思い出す。

「言っただろ? 俺が剣を振るう理由は俺が決める。それに、最初からあんたを守るのが俺の役目だ」

 あまりにも強い意志を宿しており、同じく誓約の意味を知るリーゼでさえも、彼を説き伏せることができなかった。

 意図されず友人という対等な立場を望もうとも、自分は主でありグランは従者だということを思い知らされたのだ。

 特別な感情を抱いていたことを否定され、セフィアの心は突き落とされて暗く沈んだ。

 心の平穏を奪われた彼女は療養という名目で部屋に閉じこもり、グランを一歩たりとも部屋に入れないよう閉め出した。彼は毎日見舞いに来てくれたらしいが、とにかく落ち着くための時間が欲しかったのだ。

 心の整理を終えた翌日から、何も無かったように振舞って早朝の茶会で彼を見つめては思い出しそうになり、それに耐えながら外の話に聞き入って忘れ去った――はずだった。

(……どうして、こんなに胸が苦しいの? 自分を偽ることに慣れているはずなのに)

 貴族や使用人に見せる振る舞いは、すべて弱い自分を隠すための装飾。

 見栄えだけは貴く気高いそれに、見た者すべてが騙されている。そこまで自然に偽りを生きる自分が、なぜここまで苦しんでいるのかセフィアは戸惑った。

 たった一人に偽りの顔を見せるだけで、なぜ心臓を締め付けられるような痛みを感じる。

「セフィア、しっかりしなさい! 貴女が信じなくて、誰があの二人を信じるの!?」

 叱咤する声が部屋に響き、肩を震わせて我に返った。

 侍女の仮面を外したリーゼは、いつも以上に感情を露にしている。その身に纏う雰囲気は、仮面を着けたセフィアと同質のもの。

「失うことを恐れるぐらいなら、信じて待ちなさい。それが主である貴女の役目よ」

 隣国に嫁いだ年の離れた姉のように、包み込むような口調に不安や恐怖といった負の感情が和らいでいく。

「それに、グラン殿は強い意志を持って誓約たのよ。それを否定してはいけないわ」

 紡がれる言葉に耳を傾け、思い出すのは紫色の瞳。大陸では珍しい感情を映し出さないそれは、溢れんばかりの輝きに満ちていた。

 伝わってくる感情の熱は、僅かに残っていた固さを振り払っていたのだ。

「……そうね。私が信じないと」

 呟いた言葉には温かな感情が宿っていた。心を覆っていた曇りは払われ、セフィアは清々しい気持ちになる。

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