早朝の騒々しい密会
久々にルディアの登場。相変わらず、グランを弄るのが楽しそうですねぇ。
翌日の早朝、グランは中庭に立っていた。彼はある人物が来るのを待っているのだ。
「やれやれ、医務室を留守にしないといけないなんてね? もし興味が無かったら、絶対にやらないことだよ?」
声をかけてきたのは、木の幹に背中を預けているシャルル。彼は笑いながらアクビをして目を擦っている。
もし性別が女であったなら、見惚れているだろう仕草からグランは目を背ける。あまり直視すぎると、毒されてしまいそうな気がしたからだ。
「別に付き合ってもらう必要は無いんだけどな……。っていうか、その変人を演じるのやめてくれないか?」
昨日も見た仮面が素顔を見た後だとギャップがありすぎ、二重人格ではないかと頭が混乱しそうになる。
「あははは、別に演じてるわけじゃないよ? 使い分けるのが癖になってるんだよ?」
「……頼むから、それ以上喋らないでくれ」
頭痛を感じて額を押さえた瞬間、茂みを掻き分ける音が耳に入ってきた。
ようやく待ち人が来たとグランは安堵する。
(このまま変人と二人きりでいると、絶対に気が狂うか殺されるからな……)
白衣を着たシャルルは、そのポケットの内に今も凶器を隠し持っている。
もし待ち人が大幅に遅刻していたら、弟子ということになっている自分が責任を取らされるのは目に見えていた。おそらくは半殺しにされる。
「知らぬ間に、妙な女と仲良くなっているみたいだな。ようやく男として目覚めたか?」
「変なこと言うなよ!? コイツは男だ!!」
からかう声に怒鳴りながら振り向くと、茂みの中から一人の女性が姿を現した。
〈剣姫〉の称号を持つ大陸最強の騎士ルディア=ワーデン。彼を拾って騎士として鍛えた人物だ。
「何? まさかとは思うが、そっちの方面に目覚めたのか?」
「何でそうなるんだよ!?」
「何度も身が焼けそうな熱い夜を共に過ごしたというのに、お前というやつは――」
「捏造するな! そんな事実は無い!!」
「そんなに大声を出すな。騎士たちが駆けつけたら面倒なことになるぞ?」
「……………」
肩で息をしながら、一度でも安心したことを後悔した。この女騎士は会う度に目に付いたことで、グランを意地悪くからかって楽しむのだ。
(……この性格がなかったら、純粋に尊敬できるんだけどな)
皮肉で叩き返してやろうかという思考が彼の頭にちらつくが、急な呼び出しに応じてもらったことを思い出してやめた。
さっさと本題に入るために、体に呪力を走らせて息を整える。
「悪かった。急に呼び出して」
「なに、可愛い弟子が助けを求めてきたのだから仕方が無い」
「誰が誰の弟子だ。それと、男に向かって可愛い言うな」
ペースを乱されるのも毎回のことだ。近くにシャルルがいることを忘れ、二人は軽口を叩きあいながらゆっくりと間合いを詰める。
「まずは久しぶりの手合わせをするか。……この前みたいに本気で来い」
「やっぱり歳を取ると血の気がおおくなるのか? 柄にも無い挑発はやめろよ」
二人はそれぞれが腰に提げている剣の柄に触れ、相手がぎりぎり間合いに入る場所で立ち止まる。
「ボクを放って勝手に話を進めないでくれるかな? 二人がラブラブなのはよくわかったけどね?」
「ラブラブじゃない!」「誰がこんな坊やを相手にするか」
割って入った声にそれぞれ言い返す二人に、シャルルは眠たげな表情で近づいていく。
「そうなのかい? まあ、どっちでもいいや」
シャランッ、キンッ、キンッ
反射的に二人は剣を抜き、それを払い落とした。
さらに、左手をポケットから出して同じ物が放たれる。グランは払い落として忍ばせていた短剣を投げ、ルディアは最小限の動きで躱して一気に間合いを詰めた。
横へ半歩ずれて短剣を避けたシャルルに、細剣の刃を喉元に突きつける。
「随分と手癖の悪い医者だな。 それと、随分なご挨拶だ」
「対応されるなんて思ってなかったよ。さすがは〈剣姫〉とその弟子ってことかな?」
両手を挙げて降参する彼を横目に、グランは地面に落ちている凶器を確認する。
一見すると吹き矢のように見えるが、矢羽が存在せず鏃は杭のようだ。
「患者の動きを封じるための道具だよ。多少の殺傷能力もあるけどね」
一切の感情がねじ伏せられた声での説明に、ルディアが怪訝そうな顔で指摘した。
「さっきまでのは仮面か。随分とまあ色物だな……」
「はっきり変わり者と言ってくれて構わないよ。ルディア=ワーデン」
通常の騎士ならば〈剣姫〉の名に物怖じするものだが、シャルルは敬意すら見せないで喧嘩を売るかのように視線を絡ませた。
その様子にルディアは不快そうに眉間に皺を寄せて睨みつける。
「それで、その変わり者はなぜこんなことをしたのか教えてもらえるか?」
「本来の目的を忘れて、二人だけの世界に入られたら腹が立つよ。師弟だか恋人だか知らないけど、場合によっては深刻な容態に陥るかもしれないんだからさ」
彼女の質問にシャルルは、グランへと視線を向けながら答える。
(……全面的に俺が悪いな)
若干の鋭さを感じて肩をすくめながら、地面に落ちている凶器をすべて拾い上げた。
挑発を受けたとはいえ、当事者である彼自身が自制していれば痺れを切らせることも無かっただろう。
「弟子が迷惑をかけて申し訳ない。これからも色々とあるだろうが、面倒を見てやってくれ。もし人手がいるようなら、ボロ雑巾のようにこき使ってくれてもいい」
細剣を下ろして鞘に納めながら、ルディアが笑って謝罪する。
「おい、半分はあんたのせいだろ」
責任を押し付けられた上に勝手な話をする彼女に抗議するが、どこ吹く風と華麗にスルーされた。
「本当は子守なんて嫌なんだけどね。かの〈剣姫〉直々の謝罪ということもあるし、言質も取れたから本題に入ることにしようかな?」
「あんたも納得するな! 勝手に話を進めるな!」
もう一人の方も勝手なことを言うので同じように抗議するが、こちらも華麗にスルーされてしまう。
「ご足労願って申し訳ない。何しろボクの手に負えないし、彼の師であり経験豊富なアナタの方が詳しいと思ったんだ」
先ほどの無礼を上塗りするようにシャルルは謝罪し、無感情に麗句を述べながら手を降ろした。
「症例は〈剣〉に宿る魂の干渉。これは一方的なもので自分の意思では遮断できないらしい。このまま放置しておくと体を乗っ取られ、魂を壊して転生できなくなる可能性がある」
冷静に診断の結果を告げる様子は医者そのもので、二人の取引に納得のいっていなかったグランも黙って聞き入る。
自分の命が関わっているだけに、聞き逃すわけにはいかない。
「対症療法に関しては前例が無いため、アナタに助力を願った次第だ。もちろんタダとは言わないし、ちゃんと礼も用意しているよ」
「……ちなみに、その礼というのは何だ?」
「それはお楽しみということで。期待してくれていいよ」
「もし体の関係と言うならお断りだ。うちの弟子で間に合っている」
また冗談を言っているが、今回は顔に出ていたからか黙殺する。いちいち反応するのも疲れたという言い分もあるのだろう。
「……さすがに、ボクも六十そこらの婆さんは相手したくないよ。大酒呑みなら尚更論外だね」
蔑むような視線と無感情な呟きに、白銀が閃いてグランの鼻先をかすめた。薄皮一枚が切れる。
殺気を感じて身を退いたところに、剣の切っ先が通り過ぎたのだ。
「いきなり何すんだよ。歳とって血の気が多くなったのか?」
「相変わらず女心がわかっていないな。あれこれ吹聴するなど、デリカシーが皆無にも程がある」
呆れたように言うルディアに、つい先日も同じようなことを言われたことを思い出す。そして、気まずそうにガリガリと髪を掻き揚げながら言い返した。
「……だからって剣を抜くなよ。口で言えばいいだろ」
「ふん、つくづくわかっていないな。幼女だろうが老婆だろうが、年齢についてはデリケートだと教えたはずだが?」
「どこかのドSな婆さんのせいで、その辺の話は吹っ飛んでるよ」
実際、何度か死ぬような目に遭ったのだ。これぐらいの皮肉は許されるだろうと思っていると、鼻先に切っ先を突きつけられる。
「ならば、一から教育してやろう。まったく世話のかかる弟子だ」
「……待った。こんな不毛な話をしている場合じゃないだろ。俺が悪かったから剣を納めてくれ」
どちらかが自制しなければ、先ほどの二の舞となってしまう。それに、あまり長引かせるのもまずいと判断し、グランはホールドアップした。
「ほぉ? 逃げるのか? そんな腰抜けに育てた覚えは無いが?」
しかし、よほど頭にきているのかルディアは脅すような口調で凄んでくる。
体に呪力を纏わせて殺気を放つ彼女に、呆れながら切り札を使った。
「セフィア様の護衛に支障が出てもいいなら、その挑発を受けても構わないけどな?」
「……………ふん、やはりただの憎たらしい青二才になったようだな。まったく、あの可愛らしい坊やはどこにいったんだか」
しばしの沈黙の後に剣を鞘へ納め、彼女は拗ねたように顔をそむけた。いつも一方的に弄んでいる青年に、言いくるめられたのがよほど悔しいらしい。
初めて見るその様子に、グランはますます呆れた様子で呟いた。
「……本当に、救いようの無い親バカだな」
かつて今は亡き王妃の近衛であり親友だった彼女は、その娘であるセフィアを自分の娘同然に思っているのだ。つい先日の慰問にも、騎士団でも無いのに同行しようとしたぐらいに過保護である。
立場の逆転を薄々と感じながら、先ほどから冷め切った目で自分達を見ているシャルルに頭を下げた。
「すみません、腰の話を折ってしまって」
昨日から迷惑をかけっぱなしのため、頭を低くして敬語で謝罪する。
「謝罪はいらない。今のはボクも悪かったよ。君が斬られたら、こき使えなくなるしね」
「……手が空いている時になら、いくらでもこき使ってくれていい」
とてつもない理不尽さを感じたが、グランは渋々と承諾して頭を上げた。そして、鍵を握っているであろうルディアへ問う。
もし彼女が知らなければ八方塞がりとなる。
「そろそろ本題に戻ってくれ。どうしたらいいんだ?」




