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王女と異端の騎士  作者: 瀧野せせらぎ
第二章 簒奪の咎神
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奇人の仮面と冷徹な素顔

 口の中に広がる錆付いた鉄の味。忌まわしい過去を思い出させるそれを味わうよう、舌が口腔を這い回って舐め尽す。

 忘れ去ることが許されない過去。永劫に背負い続けなければならない咎。

 目を閉じても耳を塞いでも、それは心を蝕んでくる。

『お前の過去こそ、永劫に消えない烙印。血に穢した手で何を守るつもりだ』

(ああ、そうだな……)

 誰のものかわからない声に同意する。

『本当は気がついているだろ? 適当な理由をつけて自分を正当化してるだけだってことに』

(……かもな)

 また同意し、口腔にたまった唾液を飲み込む。喉を焼くような熱が生じた。

 多くの人間を殺め、その顔すら覚えることなく過ごした日々。

 顔にかかった血飛沫を手で拭い、それを舌で舐め取って味わう。そうやって生きていることを実感していたのだ。

 そして、死に怯える一方で心の内に湧く別の感情に狂う。恐怖すら塗りつぶすそれは、さらにグランの手を血で汚させた。

『……破滅の子よ。我が声を聞け』

(……なん、だ?)

 聞き覚えのある声。視界が暗く一筋の光も見えないが、それが誰のものであるかはわかった。

『あの者が接触したようだな。しっかり気を持ち、汝が我に託した義を思い出せ』

(……覚えてるさ。俺はアイツを守ると誓約までしたんだ)

 誓約とは、決して違えてはならない騎士の契約。

 それはどのような方法によっても破棄することができず、違えた騎士には天界より神罰が下される。

『ならば、それが道標となる。……後は我が語るべきではないな。汝の師にでも聞くがよい』

 その言葉を最後に、声が途絶えて静寂が訪れた。一人取り残されたグランは、それまで一度も発することなかった声を使う。

「あの婆さんは師匠って柄じゃないだろ……」

 体が浮遊する感覚と共に目を開くと、見覚えの無い天井が視界に入った。

 気だるさが残る体を起こして周囲を確認すると、部屋にはいくつもベッドが並んでいる。そこに横たわる人物たちには見覚えがあった。

「おや、気がついたみたいだね?」

 聞こえてきた声に振り向いて確認すると、部屋の入り口に白衣を着た男性が立っていた。

「……アンタは医者か?」

「答える必要があるのかな? ボクが説明しなくても理解できているみたいだしね?」

 癖のある話し方に、思わず眉間に皺を寄せると白衣の人物は微笑んだ。

「おっと、ごめんごめん。もったいぶった話し方は嫌いのようだね?」

 謝罪しながらも改めるつもりはないらしく、白衣のポケットから手を出しながら近づいて来て顔を覗き込んでくる。

 声は男性のものだが、その容貌は女性のようにも見えるためグランは体を引いた。

「半日ほど気を失っていたようだけど、目覚めた気分はどうだい?」

 顔を挟まれて動きを封じ、吐息がかかる距離で話しかけてくる。貞操の危機を感じたグランの背筋にゾゾッと悪寒が走った。

「……初対面なのに、馴れ馴れしい医者のせいで最悪だ」

 あまりにも遠慮が無い彼を引き剥がそうと胸板を蹴ろうとしたが、脚を動かすと同時に膝を乗せられて封じられた。そして、あっという間に組み伏せられる。

 騎士団の体調管理も行う医者だ。どれだけ暴れようと拘束が緩むことは無い。

「あははは、手厳しいね? でもまあ、嫌味を言いながら暴れようとするぐらいには元気かな?」

「なんなんだよ、アンタは!? 普通に話せないのかよ!?」

 いい加減に耐えられなくなって声を上げて抗議したが、

「おー、すごく元気だね? これなら、経過観察する必要も無いかな?」

 笑顔で軽く受け流されてしまい、何をしても無駄だと悟らされた。

「……………いい加減に放してくれ」

 グランが力なく降参すると、白衣の人物は頷いてあっさり拘束を解く。解放されたにも関わらず、精神をガリガリと削られたため起き上がることができない。

「ごめんごめん。ただ診察してただけなんだよ? ついでに、潤いの少ない騎士に夢を見させてあげたんだ。ボクなりの気遣いだったんだよ?」

(……絶対に、そんな気遣いはいらない。むしろ、体調が悪化するだろ)

 気力を消耗しきって声を出せないので、心の内だけで強く反論しておく。

 リーゼに説教された後も、ここまでの精神的ダメージは無かった。そのことを考慮すると、この医者はグランの天敵と言えるだろう。

「そういえば、自己紹介がまだだったよね? ボクの名前はシャルル=ジョンソン。この医務室の主であり、騎士団には所属していないけど君たちと同じ騎士だよ」

 名乗る彼の顔から笑顔が消え、口調も平淡なものへと変化する。身に纏う雰囲気は静寂そのもの。

 自身の内に存在するいっさいの感情をねじ伏せ、瞳に映るものを客観的に観察する研究者がいた。

「どういう状況で失神したのか教えてもらってもいいかな? 先に言っておくけど、ボクに嘘は通じないよ」

 白衣のポケットに入っている手に何かを握っている。医者とは思えない脅迫に、グランは深々とため息をついた。

(コイツも仮面を被っていたのか……。王城は仮面舞踏会でも開いてるのか?)

 自分やセフィア、アンリ、アルバート、シャルル。

 理由や演じ方に違いはあるが、一目でも見抜けない仮面をつけている人間が五人。その中でも目の前にいる彼は跳び抜けている。

 くせのある変人を装い、その下に隠されていたのは正反対の顔。

 常人であれば極端な温度差に容易く飲み込まれるだろうが、特殊な訓練を受けたグランには思考する余裕があった。

「……その質問に答える前に、確認したいことがある」

 目の前にいるのは医者でありながら騎士だ。

 頭に響く声について、二つある推測を一つに絞れる可能性が高い。ここで聞いておかない理由はなかった。

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