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王女と異端の騎士  作者: 瀧野せせらぎ
第二章 簒奪の咎神
25/61

遥か高みに座す異端

ようやく完成です。急ピッチで仕上げましたが、満足のいくできだと思います! ……たぶん

 カンッ

 鳴り響く音は修錬場の端まで届いた。銀髪の騎士が離れたかと思うと、すぐに踏み込んできて剣閃を浴びせてくる。

 呪力を纏っていないとはいえ、彼の足捌きや反射神経は並の騎士を遥かに凌駕していた。

 それにも関わらず、それを相手する騎士は僅かな体捌きで躱し、あるいは剣を使って受け切っている。

 まるで結界があるかのように、高速の攻めが一度も通らないのだ。しかし、それでも銀髪の騎士は諦めず回り込んでは斬りかかった。

 修錬場にいる誰もが、別次元の攻防に見入って剣を振るう手を止めている。

「速いだけなら、もう見切りました」

 しかし、幕切れを伝えるかのような言葉が聞こえると、あっさり木剣の刃は胴へと吸い込まれた――ように見えた。

 土くれのように幻影が崩れ、その背後から木剣の刃が飛び出してくる。

 腕が振り切られたところに突き込まれ、防ぐことも躱すこともできない。

「王手です」

「くっ……」

 左胸に当たる直前で止められた木剣の切っ先を視認し、銀髪の騎士は悔しそうに顔を歪めながら顔を上げた。

 そんな彼に対し、木剣を下してグランは言う。

「ただ速いだけなら、いくらでも対処することができます。それに、フェイントも単調すぎる。あと、焦って先へ先へと回ろうとするのも悪手だ。どうせ先へと回ることができるなら、待ち構えて迎撃することもできるはずです」

 厳しい言葉を浴びせられ、銀髪の騎士は木剣を持つ手を震わせ肩を怒らせる。

 それを見ていた誰もが息を飲み、第二戦が始まると予想した。

「ふん……、言われるでもない。次の手合わせでは覚悟しておけ」

 しかし、銀髪の騎士は言い捨てるだけ言い捨てて引き下がった。それを見た誰もが、まるで天が落ちて来たかのような顔をする。

「それは怖いですね。それまでに顔を洗っておきます」

 一方、言われたグランは肩をすくめておどけてみせた。

 銀髪の騎士と交代するように近づいてきたのは、赤みを帯びた茶髪の騎士だ。木剣を両手で構えるのを見て、グランは僅かに調整して木剣を構えなおす。

「やれやれ、エドがあそこまであしらわれると不安になるな。なんせ、俺は力でごり押しするしか能がないからなっ」

 言いながら、大きく振りかぶって踏み込んできた。単純であるがゆえに、その一撃は敵を押し潰せる。

 受けるのは悪手。ゆえに、グランはがら空きの胴を薙ぎに行った。

「かかった!」

 快哉の声が聞こえると同時に、振り下ろされる木剣の軌道がねじ曲がり、首を獲らんと迫ってくる。

 目を見開くグランに、誰もが勝敗が決した――ように見えた。

 カンッ

 木剣同士がぶつか音。同時に膝をついて深く体を沈ませ、斬撃をやり過ごす黒い騎士の姿があった。

 どういう手品か、あの回避不可能の一撃を躱してみせたのだ。

「すらっ」

 いつの間に逆手に持ち替えた木剣で、跳ね上げるようにして斬りつける。

「うおっ!?」

 油断して不意打ちをかけられ、大きく体をのけ反らせて躱した騎士。生じた隙を利用してグランは剣を順手へ持ち替え、先ほどの一撃を真似て上段から斬りかかる。

 さすがに修羅場を乗り越えて来ただけあり、大きく後ろへ飛んで回避された。体勢を立て直す猶予を与えてしまったが追撃する。

 横薙ぎに払って受けさせ、足捌きを行いながら弾く。追撃に追撃を重ね、そのすべてを受けさせた。

 そして、再び上段からの一撃を浴びせる。

 カァァンッ

 一際高く鳴り響き、互いに力押しを行う鍔迫り合いに持ち込む。そして、勝敗は決しった。

 茶髪の騎士の手から木剣が弾き飛ばされ、次の瞬間に肩へ浅く一撃が入ったのだ。

「……いやー、参った。降参」

 しばらくの間が空いて何が起こったのか理解し、騎士は降参して両手を上げた。それを見たグランは木剣を下ろし、緊張を解くように深く息を吐く。

「スピード不足も問題ですが、相手の攻めをすべて受けるのも問題だと思います。理由はわかりますよね?」

「なんとなくだけど、な……」

 説明を受けて後ろ頭を掻く彼に、グランは続けて改善点について説明を続けた。

「受けたり躱したりするだけでなく、流す防御を身につけるべきだ。相手が遠ざかるかもしれませんが、体勢を崩せばスピードが無くても一撃を浴びせることができるようになるはずです」

 しばらく頭を掻いていた騎士は、納得したのか苦笑しながらため息をつく。

「了解。エドみたいに次までとは言わないけど、なんとかしてみるよ」

 そう言って、飛んでいった木剣を拾いに行った。そして、その先にいたのは先ほどまで手合わせしていた銀髪の騎士だ。

 何を言われたのか怒ったように言い返し、苦虫を噛み潰させたかと思うと肩を叩いて笑い、木剣を受け取って手合わせを始めた。

(さてと……、次の相手は――)

 次の相手と手合わせしようと視線を向けると、そこでは二人の騎士が肩を寄せて化け物を見るかのように怯えていた。

 やがて、押し付けあうように小声で言い合いを始める。

「……えっと、手加減しますから――」

 見てられなくて安心させるよう話しかけると、言い終わらないうちに二人同時に脱兎のごとく逃げ出した。

「………はあぁ」

 思わず憂鬱になってため息をついて周囲を見てみると、全員がこちらを見ていて目が合うと同時に顔を背けられる。

 そして、さらに沈んだ気持ちになるのだった。

 自分が特異であることを自覚するがゆえ、彼らの反応に対してグランが抗議することはない。

 手合わせとはいえ高いレベルで攻防を行い、あまつさえ負かした相手に改善点を教えているのだ。

 遥か高みまで剣を極めた者にしかできず、通常なら何十年とかかる修錬を積まなければならない領域である。まだ二十歳にもならない青年が達する領域ではない。

 ダメ押しとなるのは、騎士団の上位に座る二人をあしらったことだろう。先日の一件で実力不足を痛感した二人に請われたとはいえ、自分から望んで少し本気を出して手合わせしたのだ。

 さらなる実力の片鱗を見せられ、誰も寄ってこようとしない。

(それでも……、この扱いはなんとかならないか?)

 さっきのように上位騎士二人が心折れることなく挑んでくるので、決して孤立しているわけではない。

 しかし、それでも城内で上手くやっていくために少しでも改善の必要がある。

(……まあ、しばらくは様子見だな)

 急ぎすぎれば何とかしようと焦る必要は無い。そう自分に言い聞かせてグランは脇へと移動し始めた。

「どこへ行くつもりなんだい? まだ修錬は終わっていないよ」

 遮るよう声をかけてきた相手を見ると、この騎士団を纏める団長アルバート=レガリアが近づいて来ていた。

 その軽薄な顔つきに騙されるが、先ほどの手合わせした二人を押さえて第一席の座にいる実力の持ち主だ。もっとも、そんな彼すらグランは下してしまっている。

「手合わせもしないのに、修錬場の真ん中に立っているのは落ち着かなくて……」

「気にすることは無いし、遠慮することは無い。君はその若さにして私を下し、近衛となった我が国の誇る騎士。そして、さすがはあの〈剣姫〉の弟子と言うべきだ」

「ありがとうございます。……ですが、他の騎士が意識して修錬の邪魔になるので隅へ移動してもいいでしょうか?」

(……そんな色眼鏡で見られても嬉しくないんだけどな)

 持ち上げてくるアルバートに、丁寧に断りながら心の内で文句を言っておく。

「ふむ、それもそうだね。ステイン第三席とガレット第二席を続けて下した剣技の冴え、この私ですらも見入ってしまったよ」

 どうしても褒め殺しにしようとする彼に、グランは警戒して気を引き締めた。

 この男の軽薄さに隠された裏側を見極めようと息を鋭く吐き、筋肉の強張り一つにいたるまで観察する。一瞬のうちに集中力が高まり、音が消えて世界が灰色に染まった。

 口元は僅かに引きつり、目に宿した光は獰猛な獣が息を潜めているようだ。何よりも体から走る気配に殺意が混じっている。

(……やっぱりな)

 グランは思わず納得してしまい、瞬きして集中を解いて緊張で強張った筋肉を緩めた。

 相手は立場ある人間で衆目ある場で何かするとは思えないが、万が一の時に無駄な力みは邪魔になる。

「さて、ここで立ち話など不毛だ。手合わせを願えるかな?」

 アルバートの提案に気になって周囲に視線を入らせると、そこにいる騎士たちは修錬しながらも集中できていない。体が強張って動きが鈍くなり、木剣を振るう型が乱れている。

 胸中に広がる複雑な思いを押し殺し、平静を装いながら頭を下げた。

「……お誘いいただきありがとうございます。他の団員が修錬に身が入らなくなりそうなので、とても心苦しいですが遠慮させていただきます」

 さっきの二人に加え、目の前の団長を一度は下しているのだ。ここで再び下してしまうと、騎士団の面目が立たなくなってしまう。

 挑んで来るからにはそれなりの実力を身につけたのだろうが、ここで無意味に軋轢を生む芽は摘んでしまいたかった。

「ふむ……、それもそうかもしれないね。では、今日はもう退出するといい」

「見学するつもりだったんですが……」

「構わないさ。君は遥か高みに座し、胡坐をかいていればいい」

 急に毒を含んだ言葉に動揺せず、心中で海より深いため息をついた。

 流れるような足運びと少しのぶれも無い体幹。

 それらで格の違いを見せられ呆然としていると、不意に聞こえてきた奥歯をすり潰すような歯軋りの音。それを聞きとがめた団員達が近くの団員たちが振り向き、慌てて目の前にいる相手へ集中する。

 まるで恐ろしい何かを見たかのように怯えるそれは、彼の目に入っていなかった。自分よりも遥か高みに座し、歯牙にかけない騎士のみを映す瞳。

「……月の無い夜、無窮の闇に捕われて死ぬといい。そして、煉獄で永劫にその身を焼かれ続けろ」

 不穏な呟きを漏らすアルバート。

 彼は迸らせた獰猛さと殺気を共に押し隠し、自分が鍛えている団員たちの元へ戻っていく。そして、まるで何事も無かったかのような振る舞いで木剣を構え、軽薄な笑みを浮かべたまま四人の騎士相手に手合わせを始めた。

 ただ黒衣を纏った騎士を下すために、〈獅子王〉と呼ばれた彼は爪牙を研ぎ澄ます。

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